13・調べものにございます

 我が国で最も古今の叡智が集まる場所、王立図書館。王宮からほど近いそこは、正面にドーリア式の柱が並ぶ荘厳な雰囲気の建物で、前世の町の図書館とは全く違う。


 私は昔も今も推理小説が好きだけど、ここにはそういった娯楽本はない。難しい学術本か古文書がメインで、文学はいにしえの名著しかないそうだ。入館できるのは一定の身分があるか、相応の学術の徒か、王侯貴族の紹介状を持つ者のみ。


 はっきり言って、未成年の私風情が来るところではない。というか本来は未成年だけでは入れないらしい。


 受付の老人が、私と引率のアダルベルトとエマをすまなそうに見る。まだ用件も告げてないにの、このメンバーでは入館は不可だという。私が貴族でも引率の大人が貴族ではないかららしい。これは困った。


 そこに奥から出て来た若い男性が、

「そちらはジョス・バダンテール卿の姪ごさんだよ」と声をかけた。

 すると老人は

「あのジョス?」

 と言う。

「そう、あのジョス。彼女たちは私と約束をしている。――アニエス殿、お初にお目にかかります。迎えが遅くなって申し訳ありません」

「初めましてケーリオさま。こちらこそ、突然に不躾なお願いをして申し訳ありません。本日はよろしくお願いいたします」


 男性はにこりとした。彼はここの司書、ケーリオ氏だ。

 王立図書館に行きたいとアダルベルトに相談したら、叔父さんがよく行っていて親しい司書がいた、と教えてくれた。それがケーリオ氏。

 ダメ元で調べたいことがあると相談の手紙を出したら、すぐに引き受けてくれた。叔父さんとかなり仲が良かったらしい。


 両親は叔父さんのことを穀潰ごくつぶしってなじっていたけど、ギヨームのことも今回のことも叔父さんのおかげでスムーズにいっている。ありがとう、叔父さん!


 老人が、そりゃ申し訳なかったと謝ってくれる。彼も叔父さんをよく知っているらしい。入館名簿に三人分の名前と来館目的を書く。それから、書物の持ち出しは禁止などの注意事項を説明された。

 やっぱり前世の気軽な図書館とは色々と違うらしい。


 ケーリオ氏に導かれて受付を後にする。向かう先には大きな両開きの扉。

「アニエス殿のご希望の本はですね、かなり遠くにあります。少し歩きます」とケーリオ氏。

 遠くか。この図書館は相当に広いのかもしれない。


 ケーリオ氏が扉を開ける。そこは王宮の大広間よりも広い空間だった。奥に向かって細長く、天井は高い。ゆうに二階ぶんはある。上方に明かり取りの窓が歩けど日焼け防止のためか小さく、やや薄暗い。壁一面が書架で古くて重厚な書物が隙間なく並んでいる。フロアには机が二列ずつ奥までびっしりとあり、そこかしこに読書や写本をしている人たちがいる。壮観だ!


「叔父はここで何をしていたのでしょう」

 書棚に沿って歩きながら、小さな声で尋ねる。

「あらゆることですよ。ジョスの興味は尽きることがなく、知識に対してどこまでも貪欲でした。本を読むだけでなく、専門家に教えを乞うことも多く、ここにいる」とケーリオ氏はフロアの人々に視線を向けた。「大半の人が彼を知っています」


 そうなんだ。

 叔父さんの話をしながら館内を進む。途中で大広間を出て、幾つかの部屋を通りすぎる。どこも書物だらけ。前世のように書架に案内がついていないから、どんな分野の本なのか皆目分からない。段々部屋の差異もつかなくなってきて、もしここでケーリオ氏がいなくなったら迷子になること間違いなしだ。

 ――図書館で迷子か。それはそれで面白そうかも。


 かなりの時間を歩いたあと、小さな部屋でケーリオ氏はようやく足を止めた。ここも壁面のみが書棚で、中央に机と二脚の椅子がある。

「こちらと隣が二百年ほど前の文学の部屋です。作家別になっていて、随筆はまとまっていないのですが」ケーリオ氏は通ったばかりの入り口そばの書棚から一冊の本を出した。「こちらに一覧があるので、これを見て探しましょう」

「はい」


 この数えきれない書物の中から探すのか。もう何人か連れてくればよかったかもしれない。

 アルベロ・フェリーチェが気になるので何か手掛かりがないかと考えて、前回咲いたときのエッセイを読んでみようと思いついた。伝説の花なのだから誰かしらは言及しているはず。でも。我ながら発想は良かったと思うけど、これは今日一日では終わらないかもしれない。


「さて、頑張るとしますか!」

 エマが袖のボタンを外して腕まくりをする。アダルベルトも『失礼して』と上着を脱ぐ。ふたりとも頼もしい。弱気になっている場合ではなかった。

「よし、まずは随筆本を探すわよ!」



 ◇◇



 何冊かの本を見つけたあとは椅子を増やして、中身の確認タイムに入った。


 花が咲いた年は分かっているから、その辺りの内容を読めばいいと考えていたけど、目的の記述はなかなかみつきらなかった。しかも昔の言葉だから読みにくいし。はりきっていたエマも、目がどんよりしている。

 気晴らしにお菓子でも持ってくればよかった。


「エマ」

「はい」

 彼女が目を上げる。

「ちょっと疲れたから、付き合ってくれないかしら」

「何をですか」

 不思議そうに顔をしたエマを立たせて、背中合わせになる。万歳した彼女の手首を掴み私は前屈みに。腰にエマを乗せる。

 と、彼女はキャァと悲鳴を上げた。


「お、お嬢様! 怖いです!」

「そう? 身体が伸びて気持ち良くない? 私にこれをしてほしいのだけど」

「えええええっ」



「……一体何をしているんだ?」

 アダルベルトでもケーリオ氏でもない声がした。聞き覚えのあるこの声は。

 体勢を戻すと、入り口にリュシアンが立っていた。後ろに従者がふたりいる。

「ストレッチ。ちょっと気分転換に」

「ストレッチとは?」

「身体をほぐす運動よ。それより、どうしてこんな所にいるの?」

「視察。定期的に来ているんだ。そうしたら入館名簿にアニエスの名前があったから、何をしているのかと思って」


 それでわざわざこんな奥地まで来たの?


「そうしたら、また変なことを」

「変ではないわ! ストレッチ! 気持ちいいのよ」

 従者を見るリュシアン。でも従者はふたりとも首を横に振る。

「……その奇っ怪な運動をしに図書館に来たのか?」

「まさか! 前回アルベロ・フェリーチェが咲いたときのことを作家の誰かが書き残していないかと思って探しに来たのよ」

「なるほどな」とリュシアン。それからアダルベルトたちを見回し、「楽にしていい。作業を続けろ」と声を掛けた。


「で……まだ見つかっていないのか」

「そうなの。本当にあるか分からない記述を探すのって大変ね」

「ふうん」リュシアンは開いたままの書物を手にとった。「俺も探す」

「視察は?」

「いつも勝手に見て回るだけだから」


 ケーリオ氏を見ると、

「殿下は毎回現場の声を拾って下さるのです」と言った。「司書一同、大変感謝致しております」

「それなら視察をしたほうがいいわ」

「いえ!」とケーリオ氏。「だからこそ殿下のお力になる機会があればと、常々一同考えております!」

「ありがたい」

 リュシアンはケーリオ氏に笑顔を向けた。私には見せない爽やかなものだ。そんな顔もできたんだ。


「では、本を」とリュシアン。「でもその前に。お前たち」従者を見る。「さっきのをやってみろ」

 ふたりの従者は、『え!?』という顔をした。が、リュシアンが

「俺がアニエスとやっとらマズイだろう?」

 と謎の脅しを掛けると、おずおずと試してみた。


「うわっ、怖い!」と背中に乗った従者。「でも伸びる!」

 ふたりは交代でやって、気持ちいいと喜んでいる。

「ふむ」とリュシアン。「俺もやる。アニエス」

 その瞬間、さっとアダルベルトとエマが私の前に立った。

「どうぞご勘弁下さい」と毅然と執事が言う。

「誰に教わったのか訊こうとしただけだぞ」とリュシアン。

「それは失礼しました」

 壁がすっと消える。ふたりともリュシアンが実はお嬢様をからかって遊んでいると知っているのかな。やけに反応が素早い。


「で?」とリュシアン。

 あ、そうか。誰にか。

「お……叔父よ」

 ふむふむと納得したらしいリュシアンは、従者をせかして試す。


 結構マヌケなポーズだけど、いいのかな。大公令息なのに。でも満足そうな顔をしているから、いいのだろう。




 ◇◇




 リュシアンとふたりの従者も加わって、七人で読書会となってしばらく経ったころ。

 ついにアルベロ・フェリーチェの開花の記述をみつけた。

「あったわ!」

「本当か!」

 隣に座ったリュシアンが、本を覗きこむ。


 そこには、前例通りに花びらを市民に配布したと書かれていた。幸運のお守りになるらしい。


「こっちにも!」とケーリオ氏が声を上げる。

 別の筆者の作品だったけれど、やはり配布のことが書かれていた。


「これは陛下にお伝えしなければ」とリュシアン。

 そうねと答えながら、その先の文章を読む。『恋の樹』とかカップル急増といったことも書かれていたけど、その理由とか原因については触れられていなかった。


「私に急にモテ期が来たのは関係ないのかしら」

 そう呟くと、

「なんだ、それを気にしていたのか」

 とリュシアンが言った。

「だって絶対におかしいもの」

「令嬢として『絶対におかしい』ことをしたせいじゃないのか?」

 大公令息が得意の意地悪な顔をしている。

 向かいではエマの眉がピクリと動いた。今の言葉が引っ掛かったに違いない。


『だめリュシアン、ボルダリングのことは言わないで!』と、懸命に目で合図を送る。

 すると伝わったのか、彼はおかしそうに笑ったのだった。


 嫌なヤツめ!

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