6・怒濤のモテ期到来、なのでしょうか
演奏家三人は令嬢やら紳士がたに囲まれていたけれど、しばらく待っているとクレールがやって来た。
「どうだった?」と姉に尋ねる。
「素敵だったわ!」と頬を紅潮させたコレット。「最初は驚いたけれど、魂が揺さぶられるようだったわ!」
ロザリーも一生懸命にうなずいている。
「ああ。なかなか斬新で度肝を抜かれた」とは悪役騎士クロヴィス。
「俺は音楽は全く分からないが、凄かった」と堅物騎士エルネスト。
クレールは私を見た。
「縦ロール、感想は?」
「……それ、私のこと?」
「当たり前」
ショタ・クレールはにっ、と意地の悪そうな笑みを浮かべた。コレットがすかさず叱るが、聞いていない。
「縦ロールはとっくにやめたのよ」
「知ってるよ。つまらなく思っていたんだ。なのに今日はまた」そこで彼はぶふっと吹き出した。「変な髪型!」
「クレール!」とコレット。
クロヴィスは従弟の頭に拳骨を落とした。騎士の間では流行っているのだろうか。
「あの縦ロールを似合っていると思える独特の感性!」とクレールは懲りない。「素晴らしいよね」
これは褒めてるの? けなしているの? よく分からない。
「そんなあなたから見て、どうだったかな?」
うぅん。一応、褒められているのかな。ここは突っ掛かるのはやめて、素直に感想を言おう。
「格好良かったわ。あなたの音色は、曲調に合わせて自由自在ね」
ショタ・クレールは満足そうな顔をした。
「縦ロールのくせに、よく分かっているね」
「私の名前はアニエスよ」
「知っているけど、縦ロールと呼ばせてもらうよ。僕だけの呼び方をしたいからね」
……ん?
今のセリフは何だろう。おかしくないかな?
コレットを見ると、彼女は頬に手を当てて、令嬢らしく淑やかに困り顔をしている。そしてクロヴィスは何故かニヤニヤしながら従弟の頭をわしゃわしゃなでて、やめてよ!と叱られた。
まさか、ショタ・クレールにまで気に入られたなんてことはないよね、と胸がドキドキする。私は悪役令嬢であって、ヒロインではないよ。
はっとする。となりにヒロインがいた!
「ロザリーさまは彼の演奏、どうだったかしら?」
彼女に話をふる。クレールが惹かれるべきはこちらの令嬢ですよ!との思いをこめて。
「ええ、大変に素敵な演奏でした」とロザリー。「だけれどアニエスさまに変な呼び名をつけるのは、いかがなものかと思います」
とげとげしい声。
気のせいか、ショタ・クレールとヒロイン・ロザリーの間に火花が散ったように見えた。
おかしい、おかしい!
そのとき、はっとゲームを思い出した。
クレールは芸術家なだけあって、ロザリーに惹かれるポイントがおかしいのだ。
ロザリーがとあることの礼としてクレールにプレゼントを送るのだけど、その選択肢の中の『自分で描いたクレールの肖像画』を選ばないと、好感度が上がらない。
この絵が、お前は前衛画家かと突っ込みたくなるような絵で、普通ならば絶対に選ばない品物なのだ。
もしやクレールの謎のアーティスト魂に、私のヘアセンスが火をつけてしまったのだろうか。
思わずぶるりと震えた。
いやいや、そんなはずはない。気のせいに決まっている。私は悪役令嬢だし、何のフラグも折ってないはず。
と。
刺し殺されるかのような強い視線を感じた。
驚いて辺りを見回すと、悪役上司セブリーヌ・ベロムとチェリストのマノン・ゴベールが並んでやって来るのが見えた。今の視線は絶対にセブリーヌだ。だってまだ私を睨んでいる。
大切な団員をたぶらかす悪女だと思われてしまっただろうか。
違うのですよ、私はクレールにも全く興味はありません。
そんな雰囲気を必死に醸し出していたせいか、セブリーヌほ私たちの元に着くころには穏やかな表情になった。
みんなで挨拶を交わし、談笑が始まる。
このメンバーはコレット以外、ほぼ話したことがない人たちだったけれど、悪役騎士クロヴィスとマノンが私とロザリーも会話に加われるよう上手に話題をふってくれて、楽しいおしゃべりとなった。
クロヴィスは悪役とは思えないほど、感じがいい。堅物騎士の友人とは違って表情も話題も豊か。イケメン度合いはエルネストに劣るけど(ごめん!)、彼氏にするなら絶対にクロヴィスだ。コレット、見る目がないんじゃないかな?
それにしても、ギヨーム・ゴベールと話がしたい。彼はずっと女性陣に囲まれている。今日知り合ったばかりのマノンやクレールに紹介してほしいと頼むのも気が引ける。
なんとかならないかなぁと思っていると、なんと、ギヨームもこちらにやって来て会話に加わった。コレットやクロヴィスが、先ほどの曲はどこから着想を得たのかという良い質問をしてくれるが、ギヨームは神が降りてきたと答えて笑うばかり。しかもみんな、それを信じているようだ。
私は思いきって、
「神様とは転生の神様ですか?」
と尋ねてみた。するとギヨームは目を見開いたあと笑顔になって
「正解」
と答えた。
みんなが転生の神なんて聞いたことがないと口々に言う中、ギヨームは
「アニエス殿とは、今度ゆっくり話がしたいな」
と笑顔を浮かべた。とたんにエルネスト、クレール、ロザリーがずるいと抗議をして、ギヨームは戸惑いの顔をした。
「尊敬するギヨームといえども、抜け駆けはさせないよ」とクレール。
「順番を守れ。最初に誘ったのは、この俺だ」とエルネスト。
「あら、男性陣なんて下心が見え見えで、アニエスさまにはふさわしくありません。ここは友人と認めてもらっている私が、彼女に代わってお断りいたします」とロザリー。
クレールとエルネストが、勝手なことを言うなと抗議をし、他の面々はぽかんとしている。
うわぁ。これはどう見ても、逆ハーだ。あれによくある、悪役令嬢おいてけぼりでまわりが争うやつだ。
侃々諤々の三人。背中を冷や汗が流れる。勝手に足が動き、後ずさる。
と、そこへ。
「エルネスト、嘘はいけない。一番目に口説いたのはこの私ジスランです!」
と高らかな宣言とともに、真っ赤な鼻をしたジスランと悪役巫女のカロンが現れた。よかった、骨折はしてなかったらしい……
って、そうじゃない!
完全にカオスだ。
逃げたい。脱兎のごとく、この場から走り去りたい。
だけどそんなことをしても、何の解決にもならないのは確かだ。ぐっと手のひらを握りこむ。考えるのだ。せめて、悪役ポジションのひとたちへの言い訳を。
「さっきから、おかしいの!」同じ令嬢の立場であるコレットに向かって主張してみる。「みなさんと話すのは今夜が初めてなのに、なんだか変なことを言ってばかりで。酔っぱらっているのかしら」
おろおろ感は演技をしなくても、出ているはず。コレットも、まあ、と困り顔で私と弟たちを見比べる。
「いや、クレールはまだ酒は飲まない」
とクロヴィスが冷静に答える。今のところ、私を敵視していないようだ。
「毒きのことか?」とマノン。
「そんなもの、どこで食べたんだよ」とギヨームが突っ込む。
「先輩はわりと通常運転ですけどね」と諦めモードのカロン。
「だけれどクレールが音楽以外にこんなに熱いなんて、普通じゃないわ」とセブリーヌ。
「とにかく」と神官ジスランが場を締めるかのように言ってみんなを見た。「私は彼女の美しい平伏からの礼に心を動かされたのです。あなたたちよりも先にね」
「確かにお前よりはあとだが」と騎士エルネスト。「あんな素晴らしい頭突きをする令嬢は他にいない。俺は譲る気はない」
「何を言うのさ。独特な美意識を持つ彼女は、芸術の神に愛された僕にこそふさわしいよ」とショタ・クレールが顎を上げる。
「皆さまは勝手すぎます。アニエスさまは私を選びました。友達になってくれると明言しましたもの。聞いていたでしょう?」負けじとヒロイン・ロザリー。
「馬鹿馬鹿しい」新しい声が加わった。「この私を恐れず歯に衣着せない、あの物言い! 彼女は私の妻にこそふさわしい!」
そんな恐ろしい発言をしたのは、王子ディディエだった。いつの間にそばまできたのか、リュシアンとマルセルを両脇に従えて、胸をそらしている。
うわぁ。ディディエもか! どうなっているんだ! さっきはガン無視したくせに。
恐怖で涙が浮かぶ。
「なんなの? みんなで私をからかっているのですか? 縦ロールの不審者だから?」
「そうだ、悪趣味だ」そう言ったのはリュシアンだった。「ふざけるのも大概にしろ。今夜はディディエの誕生会。伯爵令嬢をからかい追い詰める会ではない」
さっきあなたも私をからかったけど、とちらりと頭によぎったけれど、リュシアンは助け船を出してくれている。懸命にうなずいて、彼の言葉への同意をしめす。
争っていた五人は気まずげに押し黙った。
「アニエス嬢。エスコートはいないのだったな」とリュシアン。
はいと答える。
「ならば俺の従者に送らせる。退出しろ」
……いいところ、あるじゃないリュシアン。もう居たたまれなさ、マックスだったよ。
彼には丁寧に礼を言い、ディディエはじめ他の面々にも挨拶をしてその場を離れた。
今夜はあまりにおかしい。
悪役令嬢的展開は回避できているようなのに、まさかのヒロインポジション。
一体なにがどうなっているのだろう。
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