5・ひっそりしているはずが、次から次へとゲームキャラに遭遇

「どうだ? 少し、話さないか?」

 たいしたことのないセリフを騎士エルネストは真っ赤な顔と泳いだ目をして言う。これはちょっと、母性をくすぐられる。バルコニーにいた時は不信感満載の顔をしていたのに、まるで別人みたいな純情騎士になってしまった。


 けれど彼にも興味はない。

 ゲームキャラと親しくなるのもイヤだ。


 それなら選択肢は屋敷に帰るか、広間に戻るかだ。

 だけど帰宅にはまだ早い。舞踏会をなぜ途中で抜け出したのかと両親に問われてしまうだろう。


「私は広間に戻ります」

「……」エルネストはあからさまに落胆の表情をした。「……ではせめて一緒に」

 素早く考え、分かりました、と答えて並んで歩き始めた。


 エルネストもご令嬢方に人気があるけれど、ジスランと違って堅物で有名だ。共に広間へ入ったとしても適度な距離を保ち、丁寧に付き添いの礼を述べれば、何かしらの理由があってのことだと推測され、それほど反感は買わないだろう。


 だけれど。

 エルネストは全く喋らない。話そうと誘ってきたのはあなただよね?


 ちらりと盗みみれば、まだ赤い顔をして視線が揺らいでいるから、緊張しているのかテンパっているかしているようだ。さっきまでは幼馴染のジスランがいたから、フツウでいられたのかもしれない。

 ぐいぐい来すぎるジスランと足して二で割れば、ちょうどよい具合になるのかな。


 ゲームキャラであるエルネストと関わるのはイヤだけど、この状況はなんだか可哀想だ。二十五にもなる(四捨五入したら三十歳!)くせに、この奥手ぶり。


 こんな彼にも、ちゃんと悪役令嬢ポジションのキャラがいる。ただし令嬢ではない。なんと悪役騎士だ。


 その悪役騎士クロヴィス・ファロはエルネストの同僚で、同じ年齢、同時期入隊ということから騎士団の中では一番親しい。彼はヒロインロザリーをあの手この手でエルネストから遠ざけるよう仕組む。だけどその内容はアニエスやカロンよりずっと軽いので、断罪されても国境警備隊への左遷で済む。


 しかも断罪の場面で彼が悪役になった理由がわかるのだが、それが妹のように可愛がっている従妹がエルネストを好きだから、というものなのだ。

 そのせいあってクロヴィスは、悪役騎士でありながら結構な人気があった。


 ちなみにその従妹はクレールの姉コレットだ。


 クロヴィスは幼少期に両親が早世したため、母の実家であるフィヨン伯爵家に引き取られ、クレールとコレットと実の兄弟のように育ったらしい。


 そう考えるとクロヴィスは良いヤツで、彼やコレットの気持ちに全く気づかないエルネストに問題があるような気がする。

 でもこの純情っぷりでは仕方ないのかな。堅物すぎて恋愛に慣れていないのだろう。


 ふう、と小さく息を吐いて、エルネストを見上げる。


「エルネストさん。一応、伝えておきますがあなたにも興味はありません」

「っ!!」

 堅物騎士は剣で胸を突かれたかのような表情をして動きを止めた。大袈裟な。私たち、出会ってからまだ一時間かそこいらだよ?


「出会ったばかりの小娘にどうこう言わないで、ちゃんとご自身のまわりに目を向けたほうがいいと思います。あなたほどにすぐれた騎士ならば、きっと慕っている方がたくさんいるでしょう」

 堅物騎士の表情が険しくなった。

「お前の素晴らしい頭突きに一目で虜になった。こんな気持ちは初めてだ。俺を受け入れるかどうかはお前次第だが、俺の気持ちを否定する権利はお前にはない」


 ……えっと。そうなのかな?

 だって一目で恋に落ちるなんて、本当にあるの? ゲームの世界だから? しかも頭突きなんかで?


 なんとなく腑に落ちない気もするけれど、エルネストは真剣に怒っているようだから素直にごめんなさいと謝った。


 お互いに気まずくなり、黙ったまま向かいあっていると。

「エルネスト!」

 と呼びかけてくる声がした。


 絶妙なタイミングで現れてくれたのは、クロヴィスとコレットだった。コレットは不安そうな、クロヴィスは険しい目を向けてくる。


「そちらは?」とクロヴィス。

 エルネストが私を紹介すると彼は

「ああ! あのとんでもない縦ロール令嬢か! 髪型が違うから分からなかった!」

 と声をあげた。


 ……そんなにアレはアレだったのかな。一年も前にやめているのに、誰も私をアニエス・バダンテールと分からないなんて。ゲームキャラには極力近づかない、社交界でも目立たないを貫いてきたとはいえ、ちょっと悲しい。


「失礼よ!」コレットが小さな声でたしなめた。「アニエスさま、クロヴィスの無礼をお許し下さいな」

「気にしません。そのセリフは今晩だけで何度も言われています」


 コレットは、まあと目を見張る。

「ずいぶん長いこと、していませんのにね」

 ええ、とうなずく。


 コレット・フィヨンは同じ伯爵家の令嬢なので、お互いに挨拶ぐらいはする仲だ。親しくはない。

 彼女はとても消極的な令嬢で、極々親しい人としか話さないのだ。


 というのも多分だけれど、弟クレールのせいだ。コレットもそこそこ可愛らしいのだけど、クレールの弟キャラを全面に押し出した美貌には完全に負けている。しかもクレールは神童とも言われて、十歳から宮廷に出入りしているのだ。


 あんな派手な弟では、よほど神経が図太くないとコンプレックスを感じて当然だ。


 かつてのアニエス(オリジナル・アニエスとしよう)の時は、おとなしく存在感の薄いコレットと親しくなりたいとは塵ほどにも思えなかった。

 前世の記憶を取り戻したアニエス(進化アニエス)は、ゲームに関するキャラとは距離を置いてきた。


 だけど。頭突きに一目惚れするような変態騎士を好きだなんて、彼女もなかなかに面白い娘なのかもしれない。


「探しに来たんだ、エルネスト。もうそろそろ始まるぞ」とクロヴィス。

「ああ。広間に向かっていたところだ」

 エルネストはしれっと答えたけど、最初はその辺で語り合おうとか言ってたよね? 同僚との約束を完全に忘れてたよね? 酷いヤツだ。


 そのまま四人で広間に向かいながら、コレットにこれから何があるのか尋ねた。

「宮廷楽団のチェリスト、ギヨーム・ゴベールをご存知かしら」

「ええ、もちろん」


 ギヨーム・ゴベールは演奏も作曲も神の域、と褒め称えられるほどの天才だ。だけれど何ヵ月か前に左手の指をケガしてしまい、休養している。以前のような演奏はもう出来ないのでは、なんて噂もある。


 コレットはにこりとした。可愛らしい。

「これから彼の復活演奏があるのよ。妹のマノン・ゴベールとクレールと三人で」

「まあ! 素敵!」

 マノンもチェリスト。そしてクレールは天才と称されるピアニストだ。ちなみに彼は楽団史上、最年少で入団している。


「曲もギヨームがこの日のために書き下ろした新曲なのよ。クレールの話ではとても革新的らしいわ。ぜひアニエスさまも聴いて下さいな」

「もちろんよ。ギヨームの演奏は私も大好き!」

 これはすごい! 帰らなくて良かった!


「クレールの演奏も注目して下さると嬉しいわ」

 ふわりと微笑むコレット。

「……もちろん、彼の演奏も素敵よ」


 あれ。弟にコンプレックスがあると思っていたのは間違いかな。優しいお姉さんにしか見えない。


 そうして広間に入り、クロヴィスに導かれて人混みを進む(彼はコレットのエスコート役だそうだ)。何故か私も一緒のままだ。


 と、

「アニエスさま!」

 今度は私が声を掛けられた。

「お探ししました」とやって来たのは、ヒロイン・ロザリーだ。ひとり。「お話したくて……」

 彼女は、私のまわりにコレットたちがいるのを見て怯んだ。

「失礼しました」


 彼女は、よくある空気を読めないおバカヒロインではないらしい。

 私はコレットたちにロザリーを紹介した。知り合ったばかりだけれど、ヒロインは友達がいなくて淋しいと嘆いていたからね。


 だけど、ここでエルネストたちと別れたほうがいいかな。

 では私はここで、と言おうとしたときに。


「これから弟が演奏します。ロザリーさまも是非お聴きになって下さい」とコレットが声をかけた。

「ならば彼女も一緒に」とクロヴィス。


 そうしてゲーム的にはカオスなメンバー(ヒロイン、攻略対象、悪役騎士、悪役になる原因、別の悪役つまり私)で、演奏を聴くことになった。こんなのゲームにはなかった。どこでおかしくなったのだろう。


 そしてまたロザリーに手を握られている。何故だ。


 人混みを抜けると、そこにはピアノと椅子が二脚あった。まだ誰もスタンバイしていない。だけれどそのすぐ前には王子ディディエたちがいる。きっと演奏開始を待っているのだ。


 ディディエは女嫌いマルセル、彼の幼馴染の公爵令嬢(彼女は悪役令嬢だ!)、大公令息リュシアン、その妹に囲まれ談笑している。が、こちらに気付いたようだ。それにつられてリュシアンたちも私たちを見た。仕方ないので、一礼する。


 それにふたりのご令嬢たちだけがうなずいて反応を返してくれた。男たちはイヤな感じ! まあ身分が違うから当然と言えば当然なのだけど、令嬢たちは優しいのにね。


 だけどあの様子なら、ディディエとマルセルには好かれていないようだ。良かった、おかしいのはジスランとエルネスト、それとロザリーだけらしい。もしや、悪役令嬢に転生したら逆ハーになりました、という展開かと思って怖かったよ。


 ふう、と安堵していると、ゲームにおいて悪役令嬢ポジションにいる最後のひとりが視界に入った。クレールの上司である宮廷楽団事務局長のセブリーヌ・ベロム二十八歳バツイチだ。ロザリーに意地悪をしまくるのだけど、楽団員を守りたかったという彼女の気持ちにロザリーが絆されて、減給だけで済む比較的ライトな悪役だ。


 彼女が来たならそろそろかな。


 そう思っているとチェロを抱えたゴベール兄妹とクレールがやって来た。広間に黄色い歓声が沸き上がる。言うなれば彼らは社交界のトップアイドルなのだ。


 彼らが座ると、とたんに静かになる。

 そして三人は顔を合わせてうなずきあうと、静かに演奏を始めた。


 やわらかで美しい調べ。

 と思ったのもつかの間、曲調は一気にアップテンポの激しいものになった。ディディエたちがぽかんとした顔をしている。こんな攻撃的な音楽は聞いたことがない。



 いや、違う。私は聞いたことがある。

 これは前世のロックだ!



 呆然として演奏している三人を見る。チェロもピアノも、弾き方まで激しい。これを作曲したのは、絶対に転生者だ。そうとしか思えない。


 さっきコレットはなんと言った? 『ギヨームがこの日のために書き下ろした』とそう言わなかった? ならばギヨーム・ゴベールが転生者だ。


 疾風怒濤のような演奏が終わった。

 静寂。

 それからパラパラと拍手が始まり、最後は広間が揺れんばかりの大喝采となった。


 ブラボーの声が飛び交う中、私はギヨーム・ゴベールと話したくてうずうずした。

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