2・攻略対象とヒロイン、プラスワンに囲まれました

 顔を上げると大公令息リュシアン・デュシュネは、おかしそうな表情だった。


「縦ロールを見かけないと思ったら、やめてしまっていたのか。しかし相変わらずひどいヘアスタイルだ。どこのご夫人だ?」


 攻略対象たちがぷっと吹き出す。


「え? ダメですかこれ? アレンジ加えたつもりなんですけど」

「服もベージュだし」とリュシアン。

「だってあまり目立ちたくなかったのですもの」

「強烈縦ロールをしていたくせに?」

「あれはそんなに変でしたか?」


 みな一斉にうなずく。

 そうだったのか。

 アニエス、前世の記憶を取り戻して良かったね!


「そんなことよりもさあ、なんでぶら下がっていたの?」

 そう尋ねたのは攻略対象での弟キャラ、クレール・フィヨン十四歳。柔らかな栗毛に大きなお目め、小柄で華奢な手足。ショタを強調するために彼だけ膝丸出しのショートパンツ×ハイソックス。もちろん靴下止めあり。伯爵家嫡男。ぶっちゃけ推しキャラ。


 だけど現実に会うと、彼はないな。格好がショタすぎる。こんな十四歳はイヤだ。


「そう、そこが重要だ。本来ならばすぐに衛兵を呼ぶべきなんだぞ」

 不満げにリュシアンを責めるのは攻略対象での脳筋担当エルネスト・ティボテ二十五歳、騎士団所属。黒髪黒瞳に黒い制服。堅物でもありストイックな性格。テンプレだね。もちろん父親は騎士団長だ。


「何か訳があるのではないですか」

 穏やかな声で微笑んでくれるのは、ジスラン・ドゥーセ二十三歳。若き神官。白く長い髪に赤い瞳の博愛主義者。ゲーム設定では、悩みある人にそっと寄り添う慈愛の人、だったけど。彼に悩み相談するのは奥様方ばかりで、しかも美味しい報酬をいただいているとのもっぱらの噂だ。


「訳などあるものか。覗き見趣味の変態に決まっている。あの縦ロール女だぞ!」

 吐き捨てるように言って顔をしかめているのは宰相の息子で公爵家嫡男、ディディエの親友、と素晴らしい肩書きが並ぶ銀髪に緑の瞳のマルセル・ダルシアク十八歳。冷静知的だけど女嫌いというキャラ設定だった。実際年頃の令嬢の間では、難攻不落のご令息ナンバーワンと言われている。


「さてはお前、私のストーカーだな!」

 ディディエ・サリニャックが身を引きながら叫ぶ。テンプレ通りに金髪碧眼の見目麗しい王子様。


「違います! 誤解です!」

 大変だ、こんな早くにストーカー認定されてしまっては悪役令嬢まっしぐら。

「あなたには全く興味ありません! 八方美人なんて趣味じゃないから!」


「『趣味じゃない』」と何故かリュシアンが繰り返す。


「そうですとも! いつも笑顔を絶やさず品行方正。王子オブ王子! だけど時たま哀愁漂わせて、本当の自分を押し殺して頑張っているんだ雰囲気醸し出すって、どんだけあざといんだって思いますもの!」


 ぶふっとリュシアンが吹き出す。

 しまった、ストーカー認定されたくなくて、ついつい正直に言ってしまった。

 ディディエは目を見開いてワナワナと震えている。

 でも仕方ない。それがこの一年、彼を遠くから観察した私の正直な感想なのだ。


「えっと。だからですね、陛下にご挨拶も済んでヒマになったので、このバルコニーで休んでいたのです」恐る恐る言い訳を続ける。「そうしたら殿下とそちらの可愛らしい(ここ強調)ご令嬢がいらっしゃるのが見えて、邪魔しちゃいけないと思って、避難したのです」


「バルコニーの下に?」騎士エルネストが胡散臭そうな顔をして尋ねる。

 ここは堂々と返事をしないと、嘘を言っていると疑われるだろう。


「そうです」と力強くうなずく。


「どこにそんなアホウな令嬢がいるのだ」と女嫌いマルセルが汚物を見るような目で私を見る。


「アホウに思えるのは分かります。私も自分でそう思いますから」


「自覚はあるのですね」と神官ジスランが苦笑する。


「この舞踏会はディディエ殿下の婚約者を見つけるためと聞いていたので、目立たないようにするつもりでした。それが思わぬ事態に遭遇してしまって、本当に焦ったのです。焦りすぎて、ぶら下がったり登ったりが子供のころに大得意だったので、ついその方法をとってしまいました」


「どんな子供なのさ」とショタ・クレールが呟く。


 構わずに私はディディエとロザリーに向き直った。また地面にちょいと指先をつく。


「結局、おふたりの素敵なひとときを邪魔してしまいました。申し訳ございません」

 深々と頭を下げる。

 実はこれも前世で得意だったんだよね。ばあちゃんに年始の挨拶をするときは、必ず正座しなきゃいけなかったから。作法はともかく、丁寧に挨拶しないとお年玉がもらえなかったのだ!


「まあ。なんて素敵楽しい方かしら!」


 可愛らしい感嘆の声に顔を上げると、ヒロイン、ロザリー・ワルキエが突進してきて同じように地面に座り込むと、私の手を取って握りしめた。


「お願いします、お友達になって下さい! 私、貴族になったばかりで、お友達がひとりもいないのです。みなさま気高くて声を掛けづらいの」


「なにげに失礼」とショタ・クレールの突っ込みがはいる。


 ロザリーはスミレ色の瞳をキラキラさせて私を見つめている。テンプレのピンクブロンドの髪はふわふわで庇護欲を誘う儚げな女の子オブ女の子。しかもいい香りがする。


「こんなに美しいのに力業にでちゃうなんて、可愛すぎ! ね、お願いします」

 こてん、と首をかしげるヒロイン。可愛すぎはお前じゃー!!


「ではお友達になりましょう」

 と考えるより先に答えてしまった。

 大丈夫かな? ヒロインとお友達。

 大丈夫だよね? そんな展開、悪役令嬢への転生ものではよくあるパターンだもの。


 ビミョーにドキドキしながらも、にこりと微笑むと、ロザリーは

「嬉しい!」

 と叫んで抱きついてきた。

 スキンシップ激しくない?

 ヒロインだからかな?


「……本当に私のストーカーでも変質者でもないのだな?」

 ディディエが疑わしそうに尋ねる。不審者から変質者に格下げされているぞ。

「違います!」


 ゲームでも現実でもあなたなんか好みじゃないですから!


「だとしても不審すぎる」騎士エルネストがまだ言う。「あんな突飛な縦ロールがこんな地味女になるなんておかしい。裏があるに違いない」


「それは酷くないですか?」思わず反論してしまった。「縦ロール、私に似合うと思っていたのに」

 以前のアニエスはね。


「本気?」ショタ・クレール。

 彼は突っ込み担当だったっけ?


「それにあれは一年も前にやめました。今日、急に地味になったわけではありません」

 そうなのだ。さすがにベージュのドレスは今日が初だけど、前世の記憶を取り戻してからは、なるたけ目立たないをモットーに、服装も行動も押さえてきたのだ。


「確かに、俺の誕生会で見たのが最後だった」リュシアンが同意してくれる。

「そうですね」と神官ジスラン。「それに本当に不審者ならば、もう少し格好を考えるでしょう。スカートの中を丸見せにするなんて。あ、見せたがりでしょうか?」


「えぇ! 見えていたの!」

 ディディエとロザリー以外、全員うなずく。


「窓の外にひらひらしたものがあるなぁと思ってね」とショタ・クレール。

「ちょっと身を乗り出したら、ばっちり見えました」神官ジスラン。

「「はしたない」」女嫌いマルセルと騎士エルネストが口をそろえる。

「と言いながら見たの!?」

 ふたりはそっと顔をそらした。


「見せるほうが悪い」とディディエ。

「だって、窓の真正面にいたわけではないもの。覗く人がいるなんて思いません」

「スカートがひらひらしてなければ、気付かなかったよ。ドンマイ」とショタ・クレール。

「おかげで命拾いをしたのではありませんか」と神官ジスラン。

「羞恥心はあるんだね」と再びショタ・クレール。


 そりゃ私だって令嬢ですから。スカートの下にはペチコートやらドロワーズやら絹のストッキングやらを履いていて、肌は見えない仕様になっているけど、そういう問題じゃない。


「まあ、へるものじゃないから」と神官ジスラン。「こっちは見慣れているから気にしないで下さい」

「そんなのはお前だけだ」と騎士エルネストがすぐさま抗議する。

「そうだ、一緒にするな」女嫌いマルセルも加勢する。

「ノリノリで見たくせに」ショタ・クレールが口を挟む。

 すかさず騎士エルネストが彼の頭に拳骨を落とす。酷い大人だ。


「とにかく、だ。アニエス嬢、今夜は誰と来ている。姿が見えずに心配しているかもしれない」

 リュシアンがそう言いながら、手を差し出してくれた。意外なことにこのメンバーの中では、一番まともらしい。


 その手を掴んで立ち上がると、礼を言ってから

「ひとりです」

 と答えた。

「ひとり?」とリュシアン。「エスコートは?」

「いません」


「……」

 微妙な沈黙がおりる。

 さりげなくロザリーにまた手を握られた。


「え? 親は何やってるの?」ショタ・クレールが尋ねる。

「屋敷で多分いちゃいちゃ」


「……」

 またも微妙な沈黙。


「ディディエ。今回は見逃してやってくれ。彼女はただの変わり者だ。誕生会に騒ぎはお前も嫌だろう?」とリュシアン。

 ちょっとひっかかるが、ここは黙っておくしかない。

「ああ、そうだな。アニエスといったな」

「はい、殿下」

「もう少し、令嬢らしくな」


 普段は令嬢らしいのよ、と言いたいところをぐっとガマンする。


「日ごろは、淑やかで有名なご令嬢ですよ」と神官ジスラン。「ご夫人方の間では、センス以外なら娘を見習わせたいと言われています」


 何その『センス以外』って。

 しかも、そこの騎士と女嫌い、嘘ばっかりって呟きが聞こえてますけど!


「まあ! そんな淑女なのに、咄嗟のときは腕力に出てしまうのね! 素晴らしいギャップ!」ヒロインはますますおかしい。「私、ロザリー・ワルキエです。今度一緒にお茶などいかがですか?」


「そこまでにしろ、男爵令嬢」

 リュシアンが割って入ってきた。


 と思ったら、突然抱き上げられた!

「な、何を!?」


「アニエス嬢。髪はボサボサ、ドレスは崩れている。他の貴族に詮索されたくなかったら具合の悪いふりをしていろ」

「だねぇ」とショタ・クレールが含み笑いをする。「一見、乱暴された令嬢だよ」


「します! 具合悪いです!」

 慌てて答えると、頭の上から笑い声が聞こえた。


「じゃあ、もらっていくな」とリュシアン。

「……好きにしろ」とディディエ。





 なんとか不審者の汚名は免れたけれど(多分)、いまいち危機は乗りきれていない気がする……。



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