3・イケメンモブの大公令息は厄介です

 リュシアンの指示により、私は王宮の一室でメイドたちに身だしなみを整えてもらえた。


 彼女たちはさすが宮仕えなだけあっててきぱきと、ドレスも髪型も私が屋敷を出たときと全く同じに直した。

 派手に転んでしまってという言い訳も信じてくれて、久しぶりの(いや、アニエスとしては生まれて初めての)ボルダリングで皮が向けてしまった指や手に、良い香りのする軟膏を塗り込み、気分が落ち着くようにとココアもいれてくれた。


 素晴らしき哉、王宮メイド!

 もっともうちのメイドたちだって、負けてないと思うけど。性格アレな私に負けずに仕えてくれていたし、性格一変したあとも不気味がりながらも辞めずにいて完璧な仕事をしてくれる。


 ……不満があるとしたら、評判が悪いヘアスタイルとベージュのドレスに意見をしてくれなかったことだ。けれどそれは確実に、昔のアニエスがアレだったせいだ。


 屋敷に帰ったら素直に自分のセンスの悪さを謝って、次からはお任せしたいと頼もう。


 密やかにそんな決意をしていると、メイドたちが下がるのと入れ替わりで、リュシアンがやって来た。


 リュシアンは攻略対象たちに比べるとやや派手さにかけるが、それなりに美男だ。髪はくせのあるダークブラウンだけど、瞳は従弟ディディエと同じ碧眼。そのアンバランスさが印象的で、背は高くスタイルもいい。


 そんな彼がなぜ私の琴線に触れなかったかというと。

 彼の誕生会に参加していた令嬢への態度が最悪だったからだ!


 重箱の隅をつつくかのように令嬢の悪いところみつけては指摘して、自分のような素晴らしい王族には相応しくないと嘲笑っていたのだ。

 なんとかして大公令息に見初められたいという令嬢数人が、最後まで頑張って愛想笑いをしていたけれど、あまりの毒舌ぶりに顔は強ばっていた。噂によれば、帰りの馬車に乗り込むときに泣いていた令嬢もいたらしい。


 元アニエスより、よほど性格が悪い。


 そんなリュシアンは、長椅子に腰かけていた私のとなりに座った。前にも他にもイスがあるのに。しかも部屋にはふたりきり。気味が悪いので、バレないように離れる。

 だが。


「さて、アニエス嬢。白状してもらおうか」

 リュシアンはそう言いながら、私の腰に手を回した。

「は、白状?」

 家族以外の異性と、こんな至近距離で話したこともなければ、触れられたこともない(悲しいことに、前世も含む!)。

 テンパって更に逃げようとしたら、腕を捕まれた。


「白状ってなんですか?」

「どう考えたって、バルコニーの下に逃げるなんておかしいだろう?」

 うわぁ、まだ不審がられていたのか!

「だから焦って」

「焦ってサルの真似事をするようなキテレツな令嬢なら、とっくに社交界で噂になっているはずだ。それなのに実際にある噂は『淑やか』。おかしいじゃないか」


 うっ、と言葉につまる。


「あのバルコニーで何をしていた?見つかると不味いことをしていたから、隠れたのではないか?」


 その言葉に、はっとした。

 メイドたちがドレスを直すときに、服も私の体もやけに触っていたのだ。あれはきっと、何か不審物を隠し持っていないか探していたのだ。


「違います!」

「正直に答えろ。でないと」


 そう言ったリュシアンは、がしりと私の腰を両手で掴むと、軽々と持ち上げ自分の膝の上に横向きに降ろした。


「???」

 焦ってジタバタするけれど、しっかりホールドされていて逃げられない。


「正直に答えないと、外にいるメイドと従者を呼ぶ。痴女に襲われていると叫んでな」

 ニヤリとするリュシアン。

「どう見たって逆よ!」

「いいんだ、俺の言葉の通りに反応してくれる者たちだから」

「卑怯者!」

「不名誉な噂が広がるのが嫌なら、話すのだな」


 足掻くのをやめて、息を吐いた。


「さすがね、性格がサイアク」

「褒めてくれてありがとう」


 イヤな奴だ。

 素早く拳を握ると、リュシアンの腹に叩き込んだ。


「んぐっ」

 と踏まれたカエルのような声を出すリュシアン。

 私は立ち上がると、彼の正面のイスに座り直した。

 所詮、令嬢の華奢な手のパンチだ。たいした衝撃ではないはず。実際彼は驚いただけで、ダメージは受けていないようだ。


「どこが淑やかなんだ?」

 と苦虫を噛み潰したような顔を向けてくる。

「不埒なことをする人にまで、淑やかに対応する必要はないでしょう?」

「不審者はお前なのに」


 確かに。

 言い訳を懸命に考える。前世、なんてことを言っても信じてもらえないだろう。この国にそういう概念はない。

 ならばこの国で信じてもらえそうなのは?


 神様だ。


 この世界は西欧風の色んなものが時代考証無視でごちゃ混ぜになっていて、宗教は多分ギリシャかローマ時代のものをモチーフにした多神教だ。


 信仰深さは人によってまちまちで、バダンテール家は冠婚葬祭のときしか宗教と関わらない。


 でもこれでイケる。誤魔化しきるのだ!


「では正直に話しますが、他言しないで下さいね」

 リュシアンは案外素直にうなずいた。

「神様のお告げです」

「……神様?」

 不審そうな顔をされるが、押しきる!


「そもそもは一年前でした。夢に神様が現れて、縦ロールをやめて性格改善しないと、良くないことが起きると仰ったのです」

「……で、奇抜な縦ロールをやめた、と」

「そうです。お告げを守ったおかげで、良くないことは何も起こりませんでした。そしてひと月前、またお告げがあったのです。ディディエ殿下の恋路を邪魔すると身に危険が及ぶ、と」


 リュシアンはいよいよもって疑いの目をしている。


「だからこんな地味な髪型とドレスで目立たなくしてきて、バルコニーでひっそりとしていたのです。なのに向こうから近づいてきた。それは焦るでしょう?」

「……本気で言っているのか?」

「もちろん。疑うのならば、うちのメイドたちに尋ねて下さい。みな口を揃えて、アニエスは一年前に突然性格が良くなったと言うでしょう」


 ふうん、とリュシアンは呟いてイスの背にもたれた。

「お前を見つけたあと念のため、真下の庭を確認させた。不審者も不審物もなかった」


 なんと。性格サイアクでも、危機対応はきちんとしているらしい。わずかにポイントアップ。

 もっともリュシアンは頭脳や武術など総じて優秀との噂だ。悪いのは性格だけ。


 あれ。これって昔の私と同じじゃない。

 ちょっとだけ親近感を覚え……ないな、こんな奴。


「お告げねぇ」

「お願いだから内密でお願いします。巫女とか神殿勤めとかしたくないです」


 実はお告げは、この世界ではわりとポピュラーだ。ただそんな体験をした者は男女問わず、神殿にスカウトされてしまう。神職は結婚を認められていないから人気がなくて、常に人手不足なのだ。

 だから貞操観念緩めのジスランもクビにならない。


「ああ。それは黙っていてやる」

「意外。話がわかる方なんですね」

「喧嘩を売っているのか?」

「褒めてます」

「『意外』と言ってる時点で褒めてない」

「バレました?」

「……」


 リュシアンはため息をついて、変な女、と呟いた。

 自分でもそう思う。前世の記憶を取り戻してからも、元のアニエスと変わらない完璧な令嬢として振る舞ってきた。それなのに、なんでイヤミなんて言ったり腹パン決めたりしているのだろう。


 ちょいちょい、とリュシアンが手招きをする。

「……なんですか?」

 すると今度は自分の膝を叩いた。

 これはまさか、そこに座れということ?


「いくらお告げを信じたからって、バルコニーの下に逃げるサルはそうそういないぞ、アニエス嬢。不審な行動は不問にしてやるから、来い」

「……サルに見えても、厳しく躾られた令嬢なんです」

「聞いているだろう?俺は愛しい婚約者に逃げられて傷心なんだ。おかしなことはしないから、ちょっと癒せ」


 リュシアンの表情は傷心中には見えなかったけれど、その噂は聞いている。


 誕生会で彼は遠縁にあたる伯爵令嬢を見初めた。彼女は一人っ子で、結婚するならば婿に入ることが条件だったらしい。リュシアンは大公家の長男だったけれど両親を説得して、伯爵家に婿入りを決めめでたく婚約と相成った。


 ところが先月、その伯爵令嬢が幼馴染の使用人と駆け落ちしてしまったのだ。


 どうやらリュシアンの一方的な好意で、令嬢のほうは結婚がどうしてもイヤだったらしい。そりゃ彼の性格はサイアクだから、逃げたい気持ちは分からないでもない。


 ただ今夜見る限りでは、思っていたほどサイアクではないように見受けられる。

 少しの間悩んで。


 立ち上がると、先ほどと同じように彼の膝に横向きに座った。やっぱり今日の私は少し変なようだ。


 リュシアンはゆるく腕をまわして、うなじに顔を埋めた。

「令嬢がスカートの中身まる見せでぶら下がっている姿は、破壊力抜群だった」


 シチュエーションとセリフが全く合っていない。甘い言葉をささやかれても困ってしまうが。すでに私の心臓は爆発寸前だもの。


「お前に惚れたかも」

「っ!?」

 慌てて立ち上がる。


「冗談に決まっている。サルに惚れるほど趣味は悪くない」

 リュシアンはそう言ってバカにしたような笑みを浮かべた。


「最低!! ちょっとでも同情した私がバカだった!」


 ツカツカと扉に向かう。そのノブに手をかけて。

 いったん離してリュシアンを見た。

「助けて下さったことと服装の乱れを直す手配をして下さったことには感謝します。ありがとうございました」

 一礼をして、今度こそ部屋を出た。


 廊下にはリュシアンの従者らしき青年が、ひとりで立っていた。メイドはいない。

 ということは、私を痴女と貶めるつもりはなかったということだろうか。何を考えているのか、よく分からない奴だ。


 それはさておき、どうするか。広間に戻るのが(両親的には)正しい選択だろうけれど、疲れた。帰りたい。


 と、向こうから誰かがやって来ると思ったら、神官ジスランだった。

「リュシアン殿下との話は終わったようですね」


 顔には優しげな笑みが浮かんでいるけれど、何の用だろう。彼も私の行動を問いつめに来たのだろうか。

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