困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです 《改訂版》
新 星緒
1・転生しまして悪役令嬢……のはずがただの不審者
魔が差したとしか言いようがない。
伯爵令嬢として厳しくしつけられた私は、当然のこと、使用人の世界である屋敷の地下にふざけて降りる、なんてことはしない。だけどそのときは意味もなく、踏み込んでしまった。
「アニエスお嬢様はお綺麗なのにねえ」
聞こえた声に足を止めた。私のことだ! 声に聞き覚えがないから、そば仕えのメイドではない。
「本当に美しいのに」
返したこちらは私付きのメイドだ。
というかこの言い回しは、なんだか良くない。
「「性格がアレじゃあねえ」」
ふたりの声が重なり、それに苦い笑い声が続いた。
「ワガママだし、キツいし、心が折れそう」
「なまじ何でも出来るからプライドも高いのよね」
「勧めた服が気に入らないだけで、こっちのセンスが悪いと言うのだから、嫌になるわよ」
何人ものメイドの声。
あまりに信じられない言葉の数々にめまいがして、壁に手をついた。
私の性格がアレ?
ワガママでキツい?
私のせいで心が折れる?
そんなこと、思ってもみなかった。
私のように素晴らしい令嬢に仕えることができて、メイドたちは皆誇りに思っていると考えていた。
「だけど仕方ないわよ」
「家庭教師がアレじゃあね」
「ご当主夫妻もほぼ留守ですものね」
「いても子供は家庭教師任せだし」
「お嬢様、気の毒なのかもね。アレでは嫁ぎ先で嫌われてしまうでしょうね」
続くメイドたちの話に目の前が暗くなっていく。
私の家庭教師は良くないの?
私は嫌われるような令嬢なの?
あまりの衝撃に、ふらふらとその場を離れ、部屋に戻った。
それから三日、高熱を出して寝込んだ。私は柔な精神をしていたらしい。悪口、というか衝撃の事実に耐えきれずに高熱だなんて。
そして四日後、回復した私(アニエス・バダンテール十五歳)は前世の記憶を取り戻していた。
◇◇
どうやら流行りに乗って異世界転生をしたらしい。ここがやりこんでいた乙女ゲームの世界で、自分は悪役令嬢と分かったときは、ほっとした。私の性格がアレなのは、そういう設定だからだ!
それなら改善できるはず!
まあ。多くの例に漏れず、悪役令嬢の私の末路は悲惨だ。良くて修道院行き。悪くて処刑。もうちょっと他のバリエーションはないのかと製作陣に言ってやりたい。だけどこれが流行なのだから仕方ない。私だってせっせと課金してやっていたわけだしね。
だけど悪役令嬢に転生といえばフラグを折りまくってハッピーエンドと決まっている。幸いオートモードでもなく自分の意思で動くことができるし、まあ、なんとかなるだろう。
なにしろ私は悪役令嬢といってもテンプレである、攻略対象の婚約者ではない。対象その1である第一王子に懸想して主人公を邪魔しまくるという、ただの悪質ストーカー。
だから第一王子と主人公に近づきさえしなければ、話は簡単なのだ。
あとは性格を改善して、素敵な伯爵令嬢になれば薔薇色の人生を送れるはず。
よし。がんばろう。
ゲームが始まるまでまだ一年もあるから、なんとかなるだろう。
そうして私は周囲が
お嬢様、変わりすぎじゃない?
悪魔払いを呼んだほうがいいかしら?
と悩むほどにキャラ変した。
もちろんアニエスとして十五年の間に身に付けた淑女の振る舞いはそのままに(中身は根っからの庶民だけどね)、相手の身分問わずに優しく慈悲深いお嬢様になった。もうこれ、聖女じゃない!ってぐらいのだ。
もう、こっそりメイドの会話を盗み聞きしても、私の悪口なんて叩かれてない。むしろ聞こえてくるのは、
お嬢様がいつも優しすぎて調子が狂うわ
昔のお嬢様が懐かしいわ
こんな声ばかり。
……え、なんで?どういうこと?
メイドたちは昔の私のほうがいいの?
でも、まあ、悪役令嬢らしさはなくなった(はずだ)から大丈夫、問題ない。
さて。
この乙女ゲームは城の夜会から始まる。この夜会、表向きは第一王子ディディエの十七歳の誕生日を祝う会なのだが、実際は婚約者を探すことが目的だ。それが王族の習わしらしく、貴族や豪商の娘が国中から集められる。
ただし上は十九歳で下は十五歳。ゲームプレイ中は何も思わなかったけれど、悪役令嬢としてこの世界に生きるアニエスは知っている。
それがディディエのストライクゾーンだからだ。
先日あった大公令息の十七歳誕生会はもっと幅広い年齢で、昼間の舞踏会だった。私も参加したけれど、令息は私の琴線には全く触れなかったので、遠くから見ていただけだった。
その会のときに、会の規模や内容、招待する女性など、全てのことを当事者が決められるという話を耳にしたのだ。
このディディエの夜会に庶民から男爵令嬢にジョブチェンジ(?)したばかりの主人公ロザリーがやってきて、攻略対象たちに会う。
おまけに私もちらりと登場するけど、ここではまだモブだ。
◇◇
というわけで、私アニエスはその舞踏会にやって来た。招待されている以上、欠席なんて選択肢は(両親には)ない(私にはあったけど)。
ゲームにおける私はきつい縦ロールに赤×黒のハデなドレスだったけれど、そんなのは私の趣味じゃない。かといって主人公とかぶっては申し訳ないから、髪はミセス風のアップをちょっとくずして若者感を出し、ドレスは色はベージュなもののふんだんな刺繍とフリルで可愛らしさをアピール。
そして舞踏会にはお年頃男子も招待されているから、適度に良いのを捕まえるのだ!
だけど……。
顔を合わせた友人や知人に挨拶をしているうちに居たたまれなくなり、早々にバルコニーへ避難した。女の子はみな、父親か兄弟にエスコートされている。ぼっち参加は私だけ。弟はいるけどまだ十歳だからエスコートなんてできないし、父親は端から来る気はない。参加命令をしておきながら、酷い。だけどあの人に悪気はないのだ。ちょっと感覚がおかしいだけで。
空に浮かぶ丸い月を見ながらため息をつく。
前世の記憶を取り戻してから約一年。私なりにがんばって、ディディエを含めゲームキャラとは会わないようにしてきた。今日も何人かを遠目に見かけはしたけど、すぐに回れ右をして上手く回避できている。
だけど疲れてしまった。ゲームは今日から始まり、終わるのは一年後だ。あと一年もディディエやロザリーたちを避けなければならない。なんて面倒なのだ。
……しかし、寒いな。三月も末とはいえ、夜はまだ気温が下がる。何重にも着こんでいる下半身やコルセットで締め上げているお腹はいいけれど、むき出しの顔と首周りが冷えている。
仕方ない、広間に戻ろう。
たそがれていた手すりを離れてガラス扉を向く。そんな私の目に飛び込んだのは、談笑しながらこちらへやって来るディディエとロザリーだった!
初っぱなからこんな展開あったっけ!?
アワアワと辺りを見回す。隠れる場所はない。こんな所で待ち構えているなんて、恐ろしすぎるストーカーだ!
ふたりは話に夢中でまだ私に気づいていないようだ。
どうしよう。
ここは地階ではないから、バルコニーの外に出るということも出来ない。
どうしよう。
上下左右と見回して。
咄嗟に頭に浮かんだのは……。
ボルダリング!
前世の私はスクールに通っていたのだ。
手すりを苦労して乗り越えると(スカートの中のふんわりさせる骨組みがめっちゃ邪魔!)、そこを掴んでぶらさがった。そしてゆっくりと壁際に移動する。
壁にたどり着いたら登って上の階に避難だ!
……ていうか。体がめちゃくちゃに重い。
スクールに通っていたのは小六までだった。私、今、十六歳。サイズも重量も着ているものも違う。更に言えば体も違った。アニエスは当然のこと、ボルダリングなんてしたことがない。
それでも落ちたら死にそうな高さなので、必死にがんばる。
なんとか壁際までたどり着き、足を壁に踏ん張って体重を支える。
てか、私ってば腹筋もなかった! まずいぞ!
早くしないと、落ちる!
壁に掴めそうな出っ張りを探す……
って、いくら満月で明るかろうが、夜だ。それほどよくは見えない。
どうしよう。
掴めるような凹凸がないような気もする。
確実に進めそうなルートは、バルコニーに戻るものだけだ。
それにしても。ディディエたちに顔を合わせないことばかり考えていて、思わず外に逃げてしまったけど、普通に
「こんばんは。おほほほほ」
なんて挨拶をして入れ替わりに室内に入ればよかったよね!?
なんてこった。
上からはディディエたちの楽しそうな笑い声が聞こえる。せめて夢中でちゅっちゅしてくれていれば、バルコニーにこっそり戻れるだろうけど。出会ったばかりじゃキスはムリかな、やっぱり。
どうしよう。落ちて命を終わりにするか、バルコニーに戻り不審者となって令嬢人生を終わりにするか。
「そんな所で何をしている」
青年らしき声がした。
私のことかな。いや、そんなはずはない。誰がバルコニーの下を覗くというのだ。
「バルコニーからぶら下がっているお前に聞いている」
あれ。
「もしかして私?」
「お前以外に誰がいる」
首を巡らすと、階下の窓から身を乗り出している人物が目に入った。スカートが邪魔で顔は見えない。
「何をしている、不審者」
「ボルダリング中の令嬢であって、不審者ではありません。でも助けていただけると嬉しいです」
しばしの沈黙。やっぱりムリがあったかな?
「……上から引っ張ってやるから待っていろ」
「他に策はないでしょうか。今、この上はお取り込み中です」
「ならば落ちろ」
「それも嫌なんです」
「……諦めるんだな」
その言葉を最後に青年(仮)は行ってしまったようだ。
うぅむ、これは本当にピンチだ。そろそろ腕が震えている。だってアニエスは筋肉ないもの。意地でしがみついているだけ。これは明日から鍛える必要があるな。
……私に明日があればだけれど。
仕方ない、バルコニーに上がろう。壁にそって静かにいけば、もしかしたらディディエたちに気づかれないかもしれない。
まあでもこのバサバサの巨大スカートが絶対に目に入るよね。
と。
腕をがしりと捕まれた。見上げると、柵の隙間から伸びた二組の手が私の腕を掴んでいた。
「引っ張り上げるぞ」
その声はさっきの青年(仮)だ。
「ま、待って」
と言ってみたものの思いの外簡単に引き上げられ、気づけば手すりに体をくの字にして乗せていた。
そのままずるっと落ちてなぜかバルコニーで前転を決める。ぱきっとスカート内部の骨組みが折れる音がした。
恥ずかしいなぁ、やらかしたなぁ、不審者として捕まるかなぁとドキドキしながら顔を上げる。
するとそこには呆気にとられた顔のディディエとロザリー、何故かその他攻略対象の面々、そしていまいち私の琴線には触れなかった大公令息がいた。
「で、不審者。名前は?」
そう尋ねたのは大公令息。
どうやら私を発見して助けてくれた大恩人は彼らしい。
とりあえず正座をしてみる。
「バダンテール伯爵家長女、アニエスです。助けていただきありがとうございました」
ちょんと指先を地面につき、深々と頭を下げる。
「ああ、あのドギツイ縦ロール令嬢か!」
令息が楽しそうに声をあげた。
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