イレーズ
「4階のマティーニ」で突然の求婚を受け、その翌日、田中が忽然と姿を消してから2年が経った。
田中が消えて、あたしは一人で「4階のマティーニ」に通い、相変わらずドライマティーニを飲んで夜の時間を過ごしていたが、その「4階のマティーニ」も渡辺さんごと消えて1年が経つ。
イレーズが起きたのだ。
2年前のよく晴れた夏の日、あたしがお昼休みから会社に戻ってくると、社屋の前に人だかりができていた。
社屋を見上げると、道に張り出した看板がない。いや、看板がないだけではなくて、4階建てのはずの社屋が3階建てになっている。違和感この上ない。
よく見ると、それは会社の2階部分がすっぽり抜けてなくなっていたのだ。倉庫のある1階に、私の部署である海外事業部と総務部が占める3階が乗っかっている。2階にあったはずの国内営業部がない。
あたしは遠い外国でこの現象が時々起こるのは知っていた。動画も見たことがある。ビルの途中階が突然消えて、上の階が落ちてくる。
イレーズと呼ばれている現象だ。
ずっと遠い国の話か、トリック映像だとばかり思っていたけれど、この国の、まさか自分の会社で起きるとは夢にも思っていなかった。
早速警察や、なぜか自衛隊が会社に来ていろいろ調べて行ったけれど、2階が抜けてなくなったというただそのことだけを確認して帰って行った。
社長はすぐこの事態に対処し、1階と本来の3階をつなぐべく、配管配電と、建物の補強の工事を行った。新しく3階建ての社屋になった会社は、一番上の本来社長室だった場所を海外事業部と総務部が、その下の階を国内営業部が占めるようになり、追い出された形で社長は会社に隣接するワンルームのアパートに社長室を設けた。
イレーズが起きる地域には年によって偏りがあるようで、それまでは海外で起きることが多かったものが、それからは日本で頻繁に起こるようになった。
東京タワーもそういえば喪失した。
日本橋も。
そして、ある日、仕事を終えた私の目の前には、「4階のマティーニ」のある4階を失った雑居ビルが建っていたのだった。
あの日の昼休み、たまたま二人で国内営業部のフロアーにいた田中とゴージャスちゃんはやっぱり戻ってこなかった。
世界中のイレーズの記事を読んでも、戻ってきたという例は一つもなかった。彼らは文字通りこの世から消された。イレーズされたのだった。
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