26.やっと、見つける事が出来た。中編


 そこに居たのは、綺麗な瞳、綺麗な髪をした一人の女性だった。

 ずっと探し求めてきた、僕にとって『目的』たる存在――見てすぐにそれはわかった。


 姉――柊木明菜ひいらぎあきなの姿だという事に。


 思わず呼び止めようとしてしまったが、それはいけない。それは、『約束』なのだから絶対に言ってはいけない。

 唇をすぐさま噛みしめるように、言葉を飲み込んだ後、僕は感づかれないようにしながら、いつもの作った笑顔を彼女たちに見せた。

「い、いらっしゃいませ……あの、シオンさんのご友人、たちですかね?」

「どうもー、おじゃましますー」

「あ、ウッス」

「こんばんわ、あの、私は――」

 ふと、姉の明菜に似た女性は笑顔で挨拶をしようと僕に目線を向けた後、少し驚いた顔をしながら口を閉ざす。

 一瞬、何故黙ってしまったのだろうかと不安になりながら、僕の背中は汗をかいている状態。気づかれてはいけないこの気持ちをと思いながら、笑顔で対応しようとすると、同じように明菜に似た女性は首をかしげながら問いかける。

「あの、失礼ですが……どこかでお会いしましたでしょうか?」

「いえ、初対面ですよ。僕はここから出られないので……ようこそ、いらっしゃいました」

「そうなんですね……不思議です。あなたとはどこかで出会ったかのような気がしていたので……改めまして、私はミリーアと申します。後ろの二人は男の方はリューク、女の方はシンシアです」

「あ、えっと、ひ……アキノリ。僕はこの店の店長をやっております、アキノリです。よく、店主って呼ばれてますが、よろしくお願いいたします」

 軽く会釈をしたあと、僕は再度笑顔を作る。

 姉に似た女性の名前はミリーア――綺麗な人で、綺麗な名前だと思いながら、僕は微笑みかける。絶対に悟られてはいけないのだから。

 もちろん、ミリーアにはあった事ないし、そもそも僕はこの満月の夜にしか、この店の中でしか動けないし、外に出る事も出来ない。だからこそ、会う事すら出来ないし、初めてだ。

 しかし、きっと、間違いなく僕と彼女はあっている――別の世界で。

 後ろの二人も再度軽く挨拶をして呉れた後、今度はシオンの方に視線を向けると、シオンはいつもと変わらない、ふざけた笑顔を見せながら仲間たちに声をかける。

「いやぁ、すみません。大変だったでしょうここまで来るの?」

「あのなぁ……大変だったってもんじゃねーよ!ったく……」

「後で一発ぶん殴らせてよね!もうお腹ペコペコ……」

「私もです……しかしシオン、本当にお店があるのですね。びっくりしました」

「まぁね……僕も流石に見つけた時は驚きましたけど、それよりも僕はここで運命的な出会いを果たしましたからねぇ」

「……」

 運命的な出会い――間違いなくそれは僕に指をさしているような気がしている。厨房に入った時に、僕はその言葉を聞いてシオンさんに目線を送る事が出来なかった。

 とりあえず早く食べて早く帰ってもらおうかなと思いながら、僕は再度扉の前に視線を向けてしまう。

 もちろん、待っているのはクロさんだ。

 早くクロさん来てくれないだろうかと言う希望を胸に抱きながら、僕は用意した餃子の皮を用意し、コネ終わったタネを一つずつ丁寧に皮の中に入れて包む。

 そして餃子を包み終えたと同時にコロッケが揚がったので、そのまま皿にのっけ、シオンさんの所に持っていく。

「はい、コロッケですよシオンさん。揚げたてですから、気を付けてください」

「待ってました……ああ、よだれが……」

「これは、ころっけ?」

「ころっけってなんだよシオン?」

「コロッケはですね……僕が最も愛してやまない料理ですよ。良かったら一口ずつ食べます?」

 笑顔でそのように言ってきたシオンさんに対し、三人は顔を見合せたと同時に、僕が準備したコロッケに再度視線を向ける。

 鼻歌を歌うようにシオンさんが一口サイズに簡単に切った後、それを三等分にして三人に渡す。

 最初、戸惑うような顔をしていた三人だったが、笑顔でおいしく食べているシオンさんの姿を見た三人はそのまま用意してくれた一口サイズのコロッケを、ゆっくりと口の中に入れる。

 同時に、三人の口の中がはじけるように、じゅわっとした肉汁が口の中に広がったかのように、目を光らせる。

「な、なにこれ……お、おいしいっ!こんなの食べた事ないよ!」

「う、うめぇ……」

「お、驚きました……すごくおいしいし、味わいが今まで食べた事のないものです……こんな料理が、この店で食べられると、言うのでしょうか?」

「ね、おいしいでしょう?」

 笑顔で答えるシオンさんに対し、半信半疑だったミリーアさん、シンシアさん、リュークさんの三人はお互い再度顔を見合わせた後、勢いよく頷いた。

 するとシオンさんは今度は僕に目線を向けて、ウィンクをしてきた。

「あ、あはは……」

 笑う事しかできなかった僕は、楽しそうに再度食べ始めているシオンさんに乾いた笑いを見せる事しかできず、同時進行に僕はフライパンに包んだ餃子を並べ、水を入れて火にかける。

「とりあえず、他の人たちにはこれで、よし、と」

 餃子を焼く準備が終わった僕は、再度彼らの視線を向けてみる。

 シオンさん、ミリーアさん、シンシアさん、リュークさんの四人は楽しそうに話しながら、何やら雑談をしている。その内容は聞こえなかったのだが、先ほどのシオンさんの笑顔は消え、少し真剣そうな顔をしながら何かを放していた。

 もしかしたら仕事の話だろうかと思いながら、僕の目線は、そのままミリーアさんに向けられる。


 ――間違いなく、あれは柊木明菜ひいらぎあきなだ。


「……もう、こんな簡単に会えるとは思わなかった」

 僕は静かにそのように呟いた後、餃子を蒸しながら、何も言わずただ見つめているのみ。

 ふと、僕はクロさんを思い出していた。

 目的は、達成されてしまった――最初で最後の願い。


「……でも、あえて良かった。幸せそうで良かったよ、姉さん」


 静かにそのように呟いた後、僕はミリーアに目を向け、笑った。

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