25.やっと、見つける事が出来た。前編


 満月の夜、その『店』は現れる。

 月を守護する神であるルナ――彼女自身の力により、僕の魔力は一気に固まり、僕の魔術は完成する。

 魔術と言っても、自分で思い描いたような建物を出す事しかできないのだが。毎回出す時に笑ってしまう僕が居る。

 今日もいつものように『店』を出した後、クロさんが来るだろうと思ってパンケーキを用意していたのだが、数分後勢いよく扉が開いた事に驚いてしまい、僕は思わず扉の方に視線を向けると、笑顔で挨拶をしてきた人物――シオンさんが姿を見せたのだ。


「やっほーアキノリ!生きてますかー!?」


「……人を死んだように言わないでください、シオンさん。死んでますけど」

 多分きっと、今の僕は呆れた顔をしているに違いないだろう。少し僕の嫌な過去を話したからなのか、シオンさんはこの店に入るたびに同じような言葉を投げつけるようになった。

 正直、いい迷惑である。

 僕、柊明典は既に死んでいる、と言ってもらった方がいいのかもしれない。けど、体は生きているし、息もしている。

 向こうの世界では既に死んだ身として、こちらの世界ではこの『店』の中でしか生きられない『存在』になってしまっている、幽霊みたいなもの。

 そんな事をクロさんに言ったところで、信じてくれるかどうかわからないが。シオンさんは僕が既に死んでいるという事をわかっているからこそ、相変わらず店に来て僕が作った料理を食べに来てくれる。

「今日もコロッケが食べたい気分なんですけど、用意出来ますか?」

「できますけど……好きですよねシオンさん、コロッケ」

「あのかにって言うものが入ったコロッケもおいしかったですが、やっぱりあのコロッケの味が忘れられません……と言う事でご所望します!」

「じゃあ準備するので待っていてくださいね」

「あ、それとですねアキノリ。実は少ししたら僕のお仲間が二、三人ほどこちらに来る予定になっているのですが、大丈夫ですか?」

「シオンさんの仲間……」

 シオンさんは一人で来ることは多かったのだが、仲間がいるなんて初耳だったので思わず驚いてしまったと同時、こんな人に仲間がいるのだろうかと言う疑問が生まれてしまった。

 はっきり言って、シオンさんは僕以上に腹黒で何を考えているのかわからない存在だ。

 もし、シオンさんが漫画のキャラクターで王道で言うならば勇者と魔王はどっちだと考えるならば――シオンさんは間違いなく魔王だ。

 嬉しそうに笑っているあの顔ですら、胡散臭いと思ってしまう僕が居る。そういう事を考えてはいけないのだけれど。

 もしかしたらシオンさんが来るのではないだろうかという事で、一応コロッケの方も準備をしていたので、僕は油を多めにフライパンに入れて、用意しておいたコロッケを油の中に入れる。

 じゅわっという音が響くと同時に、シオンさんのお腹がの音がぐうっとなる音が僕の耳に聞こえてくる。

「フフ……お腹すいたんですか、シオンさん」

「ま、まぁ……ここに来る前に魔物と戦ってきましたから、お腹が空いてどうしようもなかったんですよーいやぁ、流石は『死の森』と呼ばれているだけはある。魔物も上級のモノばかりだ」

「……そうなんですか?」

「ええ。半分は頑張ったんですけど、残り半分は仲間に任せて僕だけ先に来ちゃったんですよーまぁ道は教えてあるから大丈夫だと思うんですけどねーあははははッ」

「……」


 ――この男は、正真正銘のクズだ。


 僕は今、コロッケを揚げた事を後悔した後、急いで箸を置き、火を止めた後、座って笑っているシオンさんに向かっていき、拳を握りしめておもいっきりぶん殴ってみた。すごく、良い音がした。

 吹っ飛ぶ事はしなかったが、殴られたことに驚いた後、シオンさんは再度笑いながら僕に目を向ける。

「あ、あははは……僕を殴る事をするなんて、アキノリだけですよ……大丈夫。仲間を見捨てたわけじゃないですから」

「……本当ですよね?」

「そんな怖い顔をしないでください。見捨てるわけないじゃないか……大切な仲間ですからね。それに、彼らを見くびらないで。強いんですよ」

「……」

「……いいですね、その顔」

「え……」


「――アキノリの怒った顔はとても貴重で……とても良いです」


 ――その顔を、愛しい人に見せた事はありますか?


 その言葉の最後に、そのように言われたような気がした僕は少しだけ体が反応してしまった。

 そんな事、言われたことだってない。いや、怒った顔なんて、見せた事がない。

 僕はクロさんにいつも迫られているばかりで、怒らせる事などさせた事だってないのだから。

「フフ、顔真っ赤ですよ、アキノリ」

「……テメェ、本当に……はぁ、シオンさんに構っていたら、コロッケ焦げちゃいますね」

「ええ、焦げるんですか!何とかしてくださいよアキノリ!」

「コロッケが心配なのかよ……」

 シオンさんが来ると、振り回される感じになるのは気のせいだと思いたいのだが、絶対に気のせいではないのだ。

 ため息を吐きながら、僕はシオンさんのコロッケを揚げると同時に、仲間が来ると言う事を言われたので、他の人たちにも準備をした方がいいだろうかと思ったので、冷蔵庫を開けてみる。

 冷蔵庫の中にある食材を確認しながら、僕はふと、思い出す。

「あ、そう言えば餃子……食べようと思って材料は用意したんだけど、準備とかしてなかったなぁ」

 餃子なら、大人数でも食べられるし、タネを作って簡単に焼ける事が出来る。

 シオンさんのコロッケを揚げている最中に、僕はまず材料――ニラとキャベツを細かく切り、切り終わるとボールの中に入れ、その後ひき肉を全て投入する。

 生姜とにんにくのチューブを入れて、そのままコネ始めると、店の扉の鈴の音が静かに店内に響いた。


「……本当にお店があったよ……ああ、シオンが居るゥ!!」

「マジだったのかよ……おい、シオン!テメェよくも俺たちを見捨てていきやがったな!!」


 一人の少女と一人の少年が店に入ってきたと同時にシオンさんに向かって武器を用意し、襲い掛かったのだが、シオンさんは笑いながら用意してあった水を飲み、簡単に交わしていく。と言うより店で乱闘はやめてほしいんだけど。

 どうやらシオンさんの仲間らしく、少年少女は涙目になりつつシオンさんに殺意を向けている。本当に仲間なのだろうかと思えるほど。

 すると、再度店の鈴の音が静かに響く。


「――シオンの言っていたことは本当だったのですね……全く、ここにいるのですか、あなたが言っていた人は」


「……え?」

 聞き覚えのある声が、僕の耳に響いた。

 忘れもしない、大切な人の声。

 二度と聞く事がないとわかっていた声が、僕の耳に入ってきたので、僕は作っていた手を止める。

 そのままゆっくりと視線を向けた先に、法衣のような服装を着た人物が大きな杖を抱えるようにしながら立っていた。

 美しい女性――それと同時に、その顔に、その声に、僕は絶対に忘れる事はなかった。


 ――僕が来た、目的がそこにいる。


「……ねぇ、さ……」


 そこに立っていた人物は、僕の姉に瓜二つ――シオンさんに向けてため息を吐いている女性に、僕の視線は釘付けになった。

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