24.考えた事なかったけど、思わず聞いてみたら距離が近かった。
「くりぃむましまし、だ」
「ま、ましまし、ですか?」
「ああ、ましましだ!」
「……何かありました?」
「…………」
僕の言葉に対し、クロさんはそっぽを向いた状態で目線を合わせようとはしなかった。
いつものようにパンケーキを用意したのだが、クロさんは生クリームを追加してほしいと言ってきたので、もしかしたら何かあったのではないだろうかと声をかけてみたのだが、それを言うたびに目線をそらしている。
もしかしたら、嫌な事でもあったのか、それとも何か放棄してここに来たのか――良い事なのか悪い事なのかはわからないが、十中八九悪い事なのだろうとすぐさま理解した。
静かにため息を吐きながら、僕はクロさんに用意したパンケーキに生クリームを追加する。
かなりの量をかけたあと、ちょうどサクランボがあったので可愛くのせておいた。
「そんなに甘いものが食べたかったんですか?」
「……疲れたり、考え事をするときには甘いものだと、以前店主が言っていたからない」
「ああ、そんな事以前言いましたね……確かに疲れた時とかには糖分は大事ですね。流石にこれ以上の生クリームは食べ好きだと思いますが……おかわりはないですよ、クロさん」
「なぜ!?」
「食べすぎはいけないからです」
糖分の取りすぎもよくないとクロさんに説明した後、クロさんはきっと生クリームを追加したことを後悔しているのかもしれない。
少し涙目になりながら、一口パンケーキを口の中に入れながら、おいしそうに食べている姿を、僕は静かに見つめる。
クロさんはこの店に来る時は必ずパンケーキを二食分食べて、朝になるまで一緒に過ごすようになっている。
仕事は大丈夫なのかと時々聞くこともあるのだが、その時はなぜか目線をそらして笑っているので、多分抜け出しているのではないだろうかと思ってしまった。
そもそも、クロさんの仕事っていったいどんな仕事なのだろうかと、ふと考えてしまった。
聞くつもりはなかったのだが、思わず今日はその言葉を口にしてしまったのである。
「クロさん。気にはしていたのですが……クロさんは一体どんなお仕事をしているのですか?」
「…………」
三口目のパンケーキを口の中に入れたと同時に、僕の言葉を聞いたクロさんはそのまま静かに持っていたフォークを落としかける。
そして目を見開き、僕の方に視線を向けていた。
「…………て、店主よ……」
「は、はい?」
「……俺の職業、聞きたいか?」
「え?」
真剣な瞳でそのような言葉を口に出してきたので、一瞬ものすごく気になるので聞きたいなとも思ってしまったのだが、同時に、本当に聞いてもいいのだろうかと言う言葉が頭の中に過る。
深くまでクロさんの事を知りたい、と思ったことはあるのだが、きっとこの先クロさんの事を聞いてしまったら、戻れなくなるような気がした。
まっすぐな瞳で見つめてくるクロさんに対し、僕は思わず目をそらしてしまう。
別に何かを企んでいるわけでもなく、静かに見つめるその瞳が少しだけ純粋な目に見えて、くすぐったい。
そんな目で自分を見ないでほしいなと思いながら、どのように返事をすればいいのかわからないでいると、半分ほど食べ終わったクロさんはその場から立ち上がり、徐々に近づいてくる。
いつの間にか壁側の方に追い込まれてしまったのは、僕の方で、再度目線を向けてみると、子供が悪戯をするような顔をしているように見えた。
これは間違いなく何か企んでいる顔だ――と、同時に、からかってしまおうと思っている顔に違いないと理解した僕は、少しだけ恥ずかしそうな顔をしているのだと自覚しながら、クロさんの頬を片手で軽く叩く。
「もう、そうやって僕の事をからかわないで――」
「からかっていないぞ、店主」
低い声が、耳元で聞こえる。
その時見たクロさんの表情はどこか真剣で、先ほどの顔がどこに行ったのかわからないほど、いつもと違うクロさんの表情だった。
叩いた手を優しく掴み、そのままクロさんは僕に顔を近づける。
クロさんの瞳はどこか純粋で、同時に少しだけ濁っているように見えてしまったんは、僕の気のせいだと思いたい。
「く、クロさ……」
「店主」
耳元でささやかれた声が、とてもひどく、もどかしい。
くすぐったく感じてしまった僕は、いつの間にかこの男に捕らわれたまま。
(でも、それはいけないことだ)
何度も理解している。
僕は絶対に、この人のモノになってはいけないのだから。
そんな胸に秘めている事など知らず、クロさんは口元を動かし、笑う動作をしながら答えた。
「――俺が何をしているのか、気になるのか?」
どこか妖艶で、強く、胸が締め付けられる感覚を覚えた。
こんなクロさん、僕は知らないのだから。
目を見開き、驚いた顔をしていると、クロさんは満足したのかそのまま手を放し、僕から離れていく。
先ほどの席に座り、パンケーキの残り半分を食べるために、フォークを手に取った。
「実は仕事をルギウスに押し付けてきたから、これを食べたら今日は帰らせてもらう」
「え、そ、そうなんですね……」
「……さみしい?」
「さ、さみしくないです!!」
「クク、店主の反応は本当に面白いな」
多分、いや、間違いなくからかわれたのであろうと理解した僕は顔を真っ赤にしながら急いで厨房に引っ込んでいく。
僕の背中を見て、クロさんが静かに何かを呟いていたことなんて、僕には聞こえなかった。
「……お前が俺の事に少し興味を持ってくれたことは、とても嬉しかったんだよ……ただ、俺がまさか『魔王』だとしたら、店主……アキノリは俺の事をどう思うだろうな」
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