22.月の神様はプリンアラモードを食べ、話をする。


「こんばんわ、明典」


 満月の夜、『死の森』の魔力は満ち、店が現れると同時に僕は異世界に飛ばされる。僕にとってはその時間なんて短く、長く感じない。

 今日も一日頑張ろうと厨房から姿を現し、エプロンをつけながら店内の掃除をしようとしていた矢先、綺麗な女性が笑顔で僕の前に姿を見せ、同時に嫌そうな顔をしてしまったのかもしれない。

 嫌いではない、存在だ。

 同時に、僕の願いを叶えられるように、この異世界に来させてくれた人物でもある。


「神様……ルナ、どうしてここに?」


 彼女の名前はルナ――別名、『月の神』。

 僕に力を与えてくれて、僕に店を作らせてくれて、僕に自分の魔力の半分を分け与えてくれた、僕が自殺する瞬間に現れたちょっと性格がわからない女性だ。

 どこから用意したのかわからない湯飲みにお茶を入れ、美味しそうに飲みながら僕を見ている。キラキラするあの目が、正直好きではないのだが逆に感謝しかない人物でもある。

 僕は素を隠す事なく、近くに行き問いかける。

「相変わらず嫌そうな顔をしますね明典。あなたは本当に私……いえ、『私たち』が嫌いなんですね」

「ここに来させる前に何回も言いましたよね、ルナ」

「敬語、やめていいんですよ。誰も来させないように魔力を強めました。魔王だろうが勇者だろうが、絶対に入りません」

「……」

 『素』を見せて良い――と言う言葉を聞いた瞬間、僕は舌打ちすると同時に前髪をかき分けるようにしながら音を立てて椅子に座る。

「……で、僕に何か用があってきたのか?」

「うん、やっぱり明典はそのような悪い顔の方がお似合いですよ」

「テメェ、僕を何だと思ってるんだよ?」

「フフ、随分猫かぶりしてるんですね、かわいらしかったですよ」

「……見せたら絶対にお客さんに嫌われるし」

 ふと、僕の頭の中に浮かんだのはクロさんの姿だ。

 絶対に僕はこんな悪顔だったら、間違いなく嫌われるかもしれない。それだけは絶対に、別れるまでは絶対にこの顔を隠し通そうと心の中で誓っている。

 ルナはそんな僕やクロさんたちのやり取りを影から見ていたのか、楽しそうに笑いながら思い出していたのだが。

「ですが明典、これだけは言わせてほしいです」

「……何?」

「あの黒髪の男性の事…‥クロさんと言う方と金髪のシオンさんって言う方、正直おススメしませんから選ばない事を祈ります」

「あのね、僕がそう言うの出来ないって、ルナは知ってるだろ?」

「……そうでしたね」

 フフっと笑っているルナだったが、ルナの表情が寂しそうに見えてきた。それは、仕方がない事なのだからルナが落ち込んだ所で仕方がない。

 シオンさんには話しているが、僕は既に『死んでいる』。

 ルナがくれた月の魔力があるからこそ、僕はこの『死の森』の店の中で活動できるし、大好きな店を開く事が出来たし、楽しんでいる。それだけはルナに感謝しなければならない。

「……明典、せっかくなので注文したいです」

「え、注文?」

「プリンアラモード、作ってください。この前練習で作っていたでしょう?」

「…………変態」

「何故そんな事を言われなきゃいけないんですか!私はね明典、あなたの事を見守っていてですね!」

「はいはい、プリンアラモード一個注文入りましたー静かにしていてくださいクソ神様ー」

「誰がクソ神様ですか!可愛くないですね本当!」

 手をひらひらとしながら答えたのだが、やはりそれが気に入らないのかルナは少し怒りを露わにしているようにしながら怒り、口を膨らませながらゆっくりと椅子に座るのを確認する。

 椅子に座ったところを確認すると、僕はお皿を用意し、冷蔵庫を確認してみると、そこには入れた事もない材料がいくつか入っており、思わずルナに視線を向ける。

 時々、いや店を始める時、大抵冷蔵庫に用意していなかったモノが入っている事が多い。犯人は誰だかわかっているのだが。

 プリンと果物、そして以前から準備しておいた砂糖菓子も軽く用意をし、それをお皿の容器に綺麗に並べ、最後に生クリームでデコレーションをし、飲み物と一緒にそれをルナの前に出した。

「お待たせしました、プリンアラモードです」

「ほぉ……綺麗だなぁ、相変わらず美しい」

「そりゃどーも」

「プリンはとりあえず最後にして、この白いモノ……確か、なまくりぃむでしたね。それを一口……ん、んん!あまぁい……ああ、美味しいです」

「え、泣くほど美味しいの?」

「食べた事ないですからね……いや、そもそも神はご飯食べなくても生きていけるので」

 ルナはそのように呟きながら、一つ、一つ、丁寧にスプーンですくって食べては美味しいと嬉しそうに笑いながら答えている。僕はそんな彼女の姿を楽しそうに見つめながら、無意識に笑っていたのかもしれない。

 最後まで、丁寧に食べた後、カランっと言う音が店の中に響き渡り、ルナは持っていた布のハンカチで口を拭きながら僕に目を向ける。

「プリンアラモード、ごちそうさまでした……さて、実は本題があるのですが、聞きますか?」

「え、食べに来たんじゃないのか?」

「それだけの為に姿を見せると思いますか……おかわりを所望したいのですが、話が終わってからにさせていただきます」

「あ、おかわりほしいんだ」

 余程プリンアラモード好きなんだなと思いながら、軽く突っ込んでしまった僕。対し、ルナは少し恥ずかしいのか、頬を赤く染めつつ、顔をゆっくりと隠している状態だった。

 そして同時に、真剣な話なのだなと思い、ジッとルナに目を向けていると、彼女は静かに言う。

「あなたの願い……もしかしたらもうすぐ叶うかもしれないです」

「え?」

「あなたのお店のお客様の中に、『それ』と接触している人物の姿がありました。もし、もしかしたら、連れてきてくれるのかもしれないと、私は思っています」

「……本当に?」

「ええ、本当です。誰か、と言ってしまったら面白くないので、言わないですけど」

「言えよ、それは……けど、はは、そっか……そうなんだ……」

 いつの間にか、僕の笑いは続いている。嬉しいのか、それとも――僕にとって、そのような感情は全く分かっていない。

 しかし、いつの間にか両目からゆっくりと流れてくる涙に、ああ、嬉しいんだなとすぐに実感する事が出来た。

 本来の目的は、『それ』と出会う事。

 つまり、もしかしたら、会えるかもしれないと言う事。

 それと同時に――。

「だからこそ、覚悟しておいてください。私がかなえられる願いには限度があります」

「……出会う事が出来たら、終わり」

「ええ、終わりです」

 それは、初めからわかっていた事。

 次の瞬間、ルナは僕の手を優しく取り、握りしめた後ゆっくりと消えて行ってしまう。

「出会う事が出来たら――」


 ――それは、この世界ともお別れと言う事です。


 ルナがそのように言い残した後、僕は静かに目を閉じた。

 自分自身の願い。

 全てが終わった時には、僕はこの世界にはもう居ないのであろうと分かっていたからこそ、僕はクロさんの事を思い出した。

「……ああ、だから、ダメなんだよなぁ、僕」

 いつの間にか依存し始めていた存在が居る事は既に理解していたからこそ、出来たらもう一つ、願い事が出来ないかなと思いながら、目を閉じた。

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