21.5 クロノス・アルトリアスは嫌われたくない【後編】
ヒイラギ・アキノリはこれからもクロノス・アルトリアスと言う存在がどんな人物なのか、どんな人なのか、と言う事を知らないだろう。いや、知るすべがない。
クロノスは分かっている。
ヒイラギ・アキノリは自分の存在を聞く事はない。
「……俺の事を知らないように、俺はアキノリの事を知らない」
静かに呟くようにしながら、クロノスは窓の外に視線を向ける。
満月ではない日は退屈で、つまらない毎日だ。
『魔王』と呼ばれていたところで、別に世界を滅ぼすつもりはないし、ただ自分が人間とは全く違う生物――『魔物』と呼ばれている存在の一種であるだけだ。それ以外は何も変わらない。
アキノリは人間だ。
手を伸ばし、握ってしまったら壊れてしまう、か弱き存在。
クロノスはそんなアキノリと言う存在が愛おしくて仕方がない。
早く次の満月にならないだろうかと考えていた時、ふと思い出す。
「話は戻るが、ルギウス」
「えっと、戻すと言う事は……店主に告白してきた相手の事ですか?」
「そうだ、調べろ」
「そんな簡単に見つかりますかね……名前とか、特徴とかは聞いています?」
「金髪の男、名前は『シオン』だって言ってた」
「……金髪の男で、『シオン』ですか?」
「ああ、そうだ……なんだルギウス、知ってるのか?」
ルギウスは心当たりがあった。
金髪の髪に、『シオン』と名乗る青年――それは間違いなく、『彼』だろうとすぐに理解したのだが、まさかそのような人物まであの店に訪れていたなど、正直信じたくない真実だ。
ルギウスは頭を押さえるようにしながら、クロノスに目を向ける。
重い目がジッとクロノスを見てきたので、流石に驚いたクロノスは少し反応をしつつ、ルギウスに問いかける。
「な、なんだ……俺は何か変な事を言ったか?」
「……変な事じゃないです。相手が悪いですよ魔王様」
「……どういう意味だ?」
「金髪の髪で、『シオン』なんていう名前は、この世界ではたった一人ですよ……」
ため息を吐きながら、ルギウスはその名前を口にした。
「多分ですが、男の名前は『シオン・フローディア』」
「ん、その名前どこかで聞いた事あるぞ?」
「何回も言いましたからね、魔王様」
再度深いため息を吐いた後、ルギウスは真っ直ぐな瞳でクロノスを見た。
「彼はこの世界で、『勇者』と呼ばれている……魔王と敵対関係の人物ですよ」
――この前、攻めて来たでしょう。未遂で終わったけど。
ルギウスが最後にその言葉を言った瞬間、クロノスはただ呆然と椅子に座ったままルギウスを見ている事しか出来なかった。
※
「ふえっくしょん!」
「風邪ですか、シオン?」
「……そうなのかな、誰かが噂してる、とか?」
「噂ですか……魔王があなたの噂をしているんじゃないですか?」
「うわ、ありえるー」
笑いながら答えるシオンに対し、女性は静かにため息を吐きながらシオンに視線を向けると、嬉しそうに笑っている姿を見てため息を吐いてしまう。
シオン・フローディア――勇者と言われている男は、まるで子供のように笑うが、心の中はとても黒く、何を考えているのかわからない程、目の前の勇者はわからない。
女性は鼻歌を歌い始めるシオンに対し、問いかける。
「どうしてそんなに嬉しそうなんですか、シオン?」
「この前運命の人に会ったって、言ったじゃん?」
「ああ、おかげで魔王討伐がうまくいかなかったやつですよね?」
「だって会いたかったんだもん、運命の人」
「さぞ運命の人は迷惑がっていたでしょうね?」
「うん、好きな人いるみたいだから」
「……」
笑いながら答えるシオンに対し少しばかり恐怖を感じながら、若干引いてしまう女性。
対しシオンは手招きをしながら引いて離れてしまった女性に声をかける。
引きつつ、女性は話を続けた。
「それって、何て言うか……シオン、略奪はダメですよ?」
「え、何で⁉」
「あー……やる気だったんですね。最低ですよ」
略奪しようとしたんだなと思いながら、女性は頭を押さえるようにしながらため息を吐く。
対しシオンは再度鼻歌を歌いながら、空を見つめる。今日はとても綺麗な空で、青い色が印象的だ。
ふと、シオンはアキノリの事を思い出す。
可愛らしい笑顔で、自分の名前を呼んでくれる彼の姿を想像するだけで、シオンの身体が疼く。
『あはははっ……けど、このお話、シオンさんにしか話してないんですよ。バレたから』
自分にしか話していない、と言う話を聞いたとき、嬉しかった。
好きな人より、自分にこの話をしてくれた事が嬉しくて楽しくて、シオンはクスクスと笑うようにしながら答えた。
「もう、可愛いんですよめちゃくちゃ……抱きしめて閉じ込めたいぐらい」
「……勇者が犯罪を犯すのだけはやめてくださいね?」
本当にこの勇者で大丈夫なのだろうかと、思わず考えてしまう女性だったが、それと同時に、シオンを虜にした『運命の人』は一体どんな人物なのか、少しだけ気になったのだった。
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