14.ダンシャクを使ったコロッケはいかがですか?【前編】


「……雪って降るんだなぁ」

 月が全く見えず、今日も『死の森』で営業を始めたのだが、この世界にきて初めて僕は雪と言うものを見た。

 現実世界でも雪は何度も見たことあるのだが、異世界に来て初めて、僕は雪を見る。ぱらぱらと降り続ける雪に対し、肌から寒さが感じられる。

「この世界は今冬なのかぁ……」

 両手を合わせて温める為にこすりつつ、僕は入り口付近に視線を向けてみる。

 前回、クロさんは来なかった。

 いつもだったら営業開始から数十分後に、笑顔で挨拶をしにきて、そんでもってパンケーキを食べながら僕の事を口説いてくるクロさんの姿が、全く見えない。

「……はぁ、これって、だめなやつだよねぇ」

 僕は認めなければならない。

 クロさんが来ない事で寂しさを感じているなんて、いつの間にか、クロさんが来てくれることが楽しくて仕方がなくて、明らかに僕はクロさんに好意を抱いているのだと言う事を。

 恋愛なのかどうかは全く分からないが、それでも僕はクロさんが来ることを楽しみにしている。それなのに、クロさんは全く来る気配がない。

「……来たら無視して困らせてやるかな」

 思わずそんなことを考えてしまったのだが、そんなことをしてもクロさんは反応を楽しむかもしれないと想像してしまう。

 ため息を吐きながら、僕はいつものように簡単に、そしてすぐに用意が出来るように料理の準備を始める。

 ついでにクロさんがいつ来てお良いように、パンケーキがすぐに準備出来るように準備をし始めつつ。

 ふと、入り口が開いた鈴の音が聞こえる。

 もしかしてクロさんだろうかと思った僕は厨房から顔を出して、いつものように笑顔で挨拶をする。

「いらっしゃいま――」

「……」

 僕はその光景に固まった。

 雪の中から姿を見せたのはクロさんでも、常連のラスティさんでもない。

 そこに立っていたのは、震えながらじっとこちらを見ている、一人の男性の姿。

 見たことのない姿形をしつつ、震えながら僕に何かを訴えてくるかのような目をしてその場に立っているのだった。

「……し、新規のお客様?」

 僕はそれしか言えることが出来ず、凍えて立っている新しいお客さんにそう声をかけることしか出来なかった。


 ※


「いや、本当に助かりました。ありがとうございます店主さん」

「い、いえ……本当拭くだけで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。いやぁ、『死の森』でまさかお店があるなんて知りませんでしたよ。びっくりしてしまいました」

 そう言いながら笑っている青年は、どうやらこの『死の森』に出没するモンスターを狩っていたらしいのだが、雪が降られてしまいどうしたらいいのか途方にくれていた時、僕の店の建物を発見したらしい。

 今回は満月の夜の日だったからいいのだが、もし満月の夜でなかったらこの人は凍え死んでいたのかもしれないと思うと、寒気がする。

 とりあえず、タオルで体を拭いている人物に視線を向けながら、温かい紅茶を入れながらその人物を見る。

 よく見てみると、その人物の容姿は輝いていると感じた。

 透き通るような金色のショートヘア、青色の瞳をした美男子と言うべき人物だった。『死の森』で何人か美形を見ていたはずなのに、金髪の美男子を見るのが初めてでもあった。

 ジッと見開いて見ている僕の視線に気づいたのか、拭き終わった青年は僕に目を向けて、そして笑いかける。

「ッ……」

 ラティさんは女性で綺麗だ。クロさんも美形で俺様系の人物だ。

 しかし、目の前の人は僕も見たことのない、キラキラ系の青年だった。

 美形に耐性を持っていたと思っていたのだが、思わず小さな声を漏らしてしまった僕は笑いながら目線をそらした。

「……あの、店主さん?」

「は、はいッ!」

「ここは、どんなお店なんですか?」

「え、ああ、ここですか?ここは飲食店、みたいな感じです」

「『死の森』なのに?」

「……あははー」

 青年の言う通り、この森は『死の森』と言われており、滅多な人物が来るところではないと言うのは、僕でも理解できる。

 現に目の前の青年は少し驚いた表情を見せながら、首をかしげるように問いただしている。ただからこそ、僕は笑う事しか出来ない。

 笑いながら目線をそらしている僕に対し、青年はクスクスと笑うようにしながら答えた。

「実は噂で聞いた事があるんです。『死の森』の奥に、美味しい料理を出してくれるお店があるって……それがここなんですね」

「そ、そんな噂がたってるんだ」

「はい。しかも満月の夜のみに現れるって……ここは、何かの魔道具とか使っている、って感じですかね?」

「ま、まぁ、そう思ってください。なので、ここは料理を出すお店です。ご注文はいかがいたしますか?」

「そうですねぇ……」

 青年は考えるようにしながら、店の周りを見回すようにしながら視線を動かしている。

 一応メニューらしきものを隣に置いてみたのだが、青年は何も見る事はなく、ただ静かにお店の周りを見ているのみ。

 そして、再度僕に視線を向けた。

「店主さん。店主さんのお店にダンシャクはありますか?」

「え、ダンシャクですか?はい、ありますけど……」

 ダンシャクーーこの世界ではジャガイモの事をダンシャクと言うらしい。その言葉を聞いて思わず驚いてしまった。

 ダンシャクと言う言葉を言っていた青年の目の色がとても輝いているように見えたからである。

 それに、前回ラティさんが来られた時にダンシャクを大量にもらっているため、まだ半分以上も残っている。

 あると言う言葉を聞いて、青年は笑った。

「では、お願いがあります」

「はい」

「ダンシャクを使った、美味しい料理作ってくれますか?」

 笑いかけてきた青年の姿に、僕は胸が少しだけ締め付けられるような衝動を感じながら、平然を保ってお辞儀をした。

「了解いたしました。少々お待ちください」

 いつものように、僕は笑顔でその言葉を言うのだった。

 

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