13.彼が来るのを待ちつつも、いももちチーズを作ろう。
クロさんの言葉が離れられない。
あの後結局クロさんは帰って行ってしまったのだが。
次の満月の夜、僕はクロさんが来るかどうかちょっと怖くなってしまった。
どのような返事をすればいいのか、どのような言葉をかければいいのか、わからないまま今の僕は頭の中がぐるぐる状態のまま、店を開いた。
店を開くと同時に、青ざめた顔をしながら大荷物を持ってきた女性の姿が。
「いらっしゃ……あれ?
「こんばんはー店主さん……突然だけど、いや、本当に申し訳ないんだけど…」
申し訳なさそうにしながら涙目になっている女性、常連のラティさんは大荷物をすぐさまテーブルに乗せると、両手を合わせて頭を下げた。
「頼む店主さん!これを消費させてほしい!」
「……はい?」
涙目になりながら答えるラティさんに対し、僕は思わず首をかしげるようにしながら荷物を見つめることしか出来なかった。
※
「つまり、えっとですね……ラティさんのご実家から送られてきたものを処理してほしいと……」
「うん……うち、農家なんだ。野菜を作ってるんだけど、今年は豊作らしくって、大量にこんなにダンシャクが送られてきてしまったんだ……」
「こちらの世界ではダンシャクって言うんですよね……うわ、ジャガイモがたくさんあるー」
大荷物の中身を確認すると、大量のジャガイモが僕の目に飛び込んできた。
ラティさんは元々実家を農家だと言うのは初めて知ったのだが、思わず手に取って確認してみると、どれもこれもとても状態の良いジャガイモの姿だった。
目を輝かせながら、僕は、ジャガイモを見つめる。
「こんなにいただいても構わないんですか?」
「うん、店主さんでよければ使ってほしい……毎日のように送られてくるから、ジャガイモを食べるのも飽きてきちゃって……まぁ、金欠のこっちとしては嬉しいんだけど」
ため息を吐きながら答えるラティさんは何でも冒険者と言う仕事をしているらしい。異世界転生ものとか小説や漫画で読んだことはあるので一応知ってはいるのだが、元々ラティさんがこの『死の森』に入ったのは、魔獣の討伐の為だったらしい。
ラティさんと僕との出会いは、ラティさんが物珍しそうに僕が料理している所を窓の外から涎を垂らして眺めている姿があったなんて、誰にも言えるはずがない。もちろんこれは僕とラティさんの秘密でもある。(本人が他の人たちに言わないでほしいと言う強い希望である)
おかげでラティさんがいつも頼むものが、丁度作っていたカレーライスになった、何て言うお話だ。
袋に入っているジャガイモを抱えるようにしながら、僕はラティさんにお礼をするために一礼する。
「では早速なんですけど使わせていただきます。ありがとうございますラティさん」
「いやいや、いつも店主さんにはカレーライスと言う美味しいものを食べさせてもらっているし。まぁ、ここが『死の森』じゃなければ、気軽に誰でも入れるんだけどねー」
「あはは、すみません……」
笑いながら答えつつ、僕は厨房に行きジャガイモの皮をむくために包丁を取り出し、丁寧に剥き始める。
ジャガイモを丁寧に剥いていると、ラティさんが厨房に視線を向けながら答える。
「そういえば店主さん、あのクソ悪魔……クロとなにかあったか?」
「……え?」
突然ラティさんからクロさんの話をされてしまい、思わず動きを止めてしまった。
そして、以前言われたことが頭の中から流れ出してしまい、思わず顔を真っ赤にしていると、その様子を見つめていたラティさんが驚いた顔をしている。
「うわ、その反応を見ると何か言われたのかな……いつもだったら告白されても丁寧にあしらっていた店主さんが……」
「いや、あの……ちょっと、色々ってわけじゃないんですけど、僕が気にしているだけで……」
「気にしている、だけ?」
「……はい、そうです」
少しだけ赤く染まっている僕の姿が気になるのか、ラティさんはジッと僕の事を見つめているだけだ。対し、僕も何も言えないので、顔をそらすことしか出来ない。
不思議に思っているのだろう。クロさんの告白は訪れるたびに何度も受けている僕が、今回顔を真っ赤にして反応をしていると言う事に。
ふと、どうしてラティさんがクロさんとの関係について聞いてきたことに疑問を抱いた僕は顔をあげて視線を向けると、察したかのようにラティさんは話をつづけた。
「どうして私がそんな事聞いたって言うのが気になったんでしょう?」
「はい、すごく気になりました」
「実は数日前にクロにあってね、ちょっと少しだけ様子がおかしかったから気になったの。店の外以外で会うの初めてだったからちょっとびっくりしちゃって声をかけてみたんだけど、まるで上の空って感じでさーあ、これ何かあったなーなんて思って」
「あ、あはは……そうなんですね」
僕は入り口に視線を受けてみるがクロさんが訪れる様子がなく、ラティさんと二人きりの状態。いつもならばそろそろクロさんが訪れてもいいはずなのに、どうして今日は来ないのだろう?
「クロ、来ないね」
「そうですね……」
「本当、何かあったの?」
「……」
ラティさんの言葉に対し何も言えず、ジャガイモの皮を剥き続ける。
これ以上何も言ってこない事を感じたラティさんもそれ以上何も言わなかったが、それがラティさんにとって優しさの一つなのだろうと感じながら、数個のジャガイモの皮を剥き終える。
「よし、これで……」
僕は鍋に水を入れた後、コンロに火をつけて温め始め、同時に剥いたジャガイモを包丁で四等分に切り、鍋の中に入れる。
興味本位で調理を見つめながら、ラティさんは首を傾げた。
「何を作るの、カレー?」
「カレーではないんですけど、僕が好きなものです」
「ん?」
笑顔で答える僕の姿に、ラティさんは再度首をかしげることしか出来なかったようで、不思議そうに僕を見つめていたのだった。
※
「お待たせしました、いももちチーズです」
小さなお皿でラティさんの目の前に置かれたそれに興味を抱きながら、持ったフォークで半分、いももちを切り、口の中に入れた瞬間、ラティさんの表情が変わる。
「んんっ!こ、これ本当にダンシャク?」
「はい、ダンシャクです」
「全然、こんなの食べたことないよー!ナニコレめちゃくちゃ美味しい!飽きない、うん飽きないよー!」
「それはよかったです。ダンシャクを柔らかくして、細かくつぶした後にチーズを入れてバターで焼いて完成です。最近僕、よく食べてるんですよ」
「へぇ……やっぱ店主さんに頼んで正解だったなーまた頼みたいー」
「え、じゃあ今日のカレーはいいですか?」
「食べるにきまってるじゃん!店主さんは私の楽しみを奪う気なのか!」
「奪いませんよ、少々お待ち下さいね」
「はーい……しかしこれ、作り方覚えて店を出したら売れるんじゃないか?」
ブツブツと何かを呟きながら答えるラティさんに笑いながら僕はカレーライスを温める為に厨房に戻るのだが、ふと入り口に視線を向けてみるが、やはりクロさんが来る気配はない。
いつもだったら来るはずなのの、今日は来ない。この前の事なのか、それとも何かあったのか――。
『だから俺のモノになれよ、アキノリ』
あの時言ったクロさんの言葉と笑顔が忘れられない。辛く、優しく、そして――。
僕はクロさんの事を何も知らない。何をしている人なのか、全く知らない僕に対し、素性も知らない僕を好きだと言ってくれるクロさん。
あの時の顔を見て、胸が強く締め付けられる。同時に、僕はこんなことを考えていいのだろうかと思ってしまった。
僕はきっと、『ここ』には居てはいけないのだと。
「……」
「店主さん?」
ふと、ラティさんが僕の背中を見て声をかけてきたので、僕は気づかれないように、いつものように笑う。
「はい、なんですか?」
「……いや、何でもないけど……大丈夫?」
「大丈夫ですよ。あ、カレー温めてきますね」
いつものように笑っていると思う。ラティさんは不思議そうな顔をしながら僕は入り口付近を少しだけ気にするかのように、クロさんが来るのを待っていたのだが、今回クロさんが来ることはなかった。
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