04.心まで温かくしてくれる、生姜入りの紅茶をどうぞ。


 『死の森』と言われているこの場所で、今日も僕はお客さんを待ち続ける。

 しかし、今回もお客様は来ない。

 当たり前なのかもしれない。

 来ると言えば、たった数人の常連客のみで、今回も訪れたお客様は相変わらず僕に迫ってくる人物でもある。

 何度も断っているのだが、この常連客はまったくもって諦めようとはせず、相変わらずグイグイと来ているから悩みの種である。

 そんな常連客――クロさんは僕のお店を訪れるとすぐに近づいて口説いてくるはずなのだが、今日だけは違った。

 外は雨。

 ずぶ濡れになりながらお店に入ってきたクロさんに驚いた僕は急いで店の奥にあったバスタオルを手に取ってクロさんに近づいて行った。

「よう、店主」

 いつもの挨拶を交わすのだが、そんな事などかまっている場合ではない。

 抱きしめるようにしながらバスタオルを持ってきた後、僕はそのバスタオルをクロさんに思いっきり投げつけた。

「挨拶をする前に体をふいてください!」

 濡れた体でお店を歩かれては困ると思ったことと、体調面を心配しての行動だった。

 投げられたタオルを簡単にキャッチしたクロさんは、バスタオルを握りしめるようにしながら体を拭き始める。

「前も思ってたんだが、これはふわふわで気持ちいいな。ばす、たおるだったか?」

「ええ。体を拭いたりするものですからどんどん使ってください。本当、クロさんは雨の日は必ず濡れてきますよね。今度傘でも貸しましょうか?」

「かさ?」

「はい。雨を凌げるものですよ。この世界にはそう言うのないんですか?」

「ないな。少なくとも俺の周りの奴らはそのようなものはない」

「……ぶっちゃけて聞いちゃうんですけど、クロさん本当は何者なんですか?」

「それなら俺も聞きたいなァ。店主は何者なんだ?」

 僕がクロさんのことを知りたいように、クロさんも僕のことを知りたいらしく、お互い譲らない。

 別に僕は自分の事をペラペラとしゃべっても良いのだが、ある意味意地になってしまっていたのかもしれない。多分僕のことをしゃべった所でクロさんは自分の正体を明かさないであろう。

 興味はあるが、無理にして聞くつもりはなかった。だって、人間誰しも秘密を持ちたくなる。

 当然、僕にも秘密があるのだから。

 会話がなくなってしまったため、新たな会話を始めようとした矢先、クロさんが小さくくしゃみをする。

「あー冷えちゃったんですね」

 僕はクロさんに近づき体を拭いているバスタオルに手を伸ばしてクロさんの体を優しく丁寧に拭き始める。

 その様子をどこか珍しいかのように見ているクロさんを無視しながら全ての体を拭き終えると、クロさんの手に触れる。

「冷たい……クロさん、本当風邪ひいちゃうんでこっちに来てください。すぐに温かいものを用意しますから」

「パンケーキは?」

「パンケーキも作りますけど、その前に温かいものを飲んでください。本当風邪をひいても知らないですよ?」

 やんわりと、少しだけ顔を膨らませながら答える僕の姿に、クロさんは一瞬硬直すると同時に頷き、いつもの席に行き椅子に座った。

 その様子を確認した僕はお湯を用意。

 用意した後マグカップにお湯とお店で売っている紅茶を用意し、マグカップの中に入れてお湯を注ぐ。

 紅茶を注いだら蒸らして二分。

 その後チューブの生姜と蜂蜜を少し入れて完成。

「クロさん、お待たせしました」

「ん?」

「生姜と蜂蜜入りの紅茶です。温まりますよ?」

「蜂蜜と紅茶はわかるんだが……しょうがってなんだ?」

「体の中をポカポカさせてくれる、とても良い食材です」

 僕は宣言するかのように笑いながら答え、それをクロさんに渡す。

 クロさんは少し半信半疑のような顔をしながら僕を見ていたのだが、にこにこと笑う僕の姿に少しだけ圧倒されてしまったのかもしれない。

 ゆっくりと口の中に入れ、一口喉を通してみる。

「……ん、これは、うまい」

「本当ですか?」

「今まで飲んだことのない紅茶だな。蜂蜜を入れるのはよくやっていたが、このしょうがってやつを入れると美味しいんだなぁ……」

 クロさんはうっとりした顔をしながら温かい紅茶をゆっくりと飲んでいる。

 いつもならばキザのような言葉を使って僕を口説いてくるのに、今日のクロさんは顔がとても緩んでいるかのように、隙がある。

 今まで見たことのないクロさんの姿に、僕は思わずクスっと笑ってしまうほど、面白かった。

「なんだ店主、俺の顔に何かついてるか?」

「う、ううん。ただ、クロさんのそんな顔見たの初めてだったから、つい笑っちゃった。クロさんもそんな顔するんだなぁ、なんて……」

「そうか?」

「はい、そうですよ」

「……そう、か」

「クロさん?」

 僕がその言葉を言ったと同時、突然クロさんの顔が曇ったかのように見えたのは気のせいだろうか?

 首をかしげながらクロさんを見つめていると、クロさんは突然僕の両手に手を伸ばし、そのまま強く握りしめる。

 そして、そっと笑った。


「きっと、それはお前だからなんだろうな……明典」


「……クロさん?」

 僕はその時、クロさんの悲しそうに笑う表情を忘れる事はなかった。

 クロさんが見せる瞳の奥は、どこか濁っているように見えてしまったから。

 その時初めて僕はクロさんのこの手を二度と放したくないなと思ってしまったなど、言えるわけがなかった。

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