03.争いを止めさせるカレーパン
満月の夜、『死の森』と呼ばれる場所で小さな定食屋を経営している僕、柊木明典は異世界の人間だ。
僕はこの場所で満月の夜にだけ定食屋をやっているのだが、『死の森』と言われるほどなので、客と呼べる人たちが滅多に来ない。
来ないのは日常茶飯事であり、主に数人の常連客が来る。
ラティさんもその一人だ。
彼女が言うにはこの世界で冒険者として働いており、依頼された任務をこなしてお金をもらっているらしい。しかもラティさんはどうやらSランクの冒険者らしく、強いらしい。
だから一人でこのような場所に来れるのか、納得できてしまう。
今日もそんな彼女が店に訪れる。
「こんばんわー店主さん」
「ラティさん、いらっしゃいませー」
「今日も食べにきた……ん、おや?なんだかいい匂いがしてるね」
「あ、気づいちゃいました?」
「気づいちゃったー何作ってんの?」
厨房から漂ってくる良い匂いに、思わず頬を赤く染めながら目をキラキラさせているラティさんの姿が少しだけ可愛いと思ってしまったのは僕だけだろう。
ちょうど揚げたてのものが仕上がっているので、僕はラティさんに揚げたてのものを見せにいった。
「カレーパンです」
「かれーぱん?なんだそれ?」
「パンの中にカレーが入っているんですよ。パン生地を作ったのでカレーを入れて揚げてみたんです」
「と言うことは中にカレーが入っていると言うことかな?」
「はい、全くその通りです」
ラティさんの質問に僕は淡々と答えながら笑顔を向けてみると、興味をそそられたのかラティさんの目がいつも以上に輝いている。
無理もないかもしれない。
ラティさんはこのお店で必ずカレーライスを頼むほど、カレーが大好きな人物なのだ。
この定食屋を訪れたラティさんが感激するほどカレーライスが気に入ったようで、訪れるたびに食べてくれる。
今回、カレーパンを作ったのもラティさんのためでもある。
「たまには違う感覚でカレーを食べてもらいたいなーと思ってラティさんのために作ってみたんですけどどうでしょう?」
「え、これもしかして私のために?」
「はい、ラティさんのためにです」
笑顔で僕が答えると同時に、突然ラティさんが泣き始める。
涙を滝のように流し始めたラティさんに驚いた僕だったが、そのまま両手を広げて迫ってきた。
「店主さん!だいすー「おっと、こんなところにゴミが」
多分、ラティさんは感激のあまり僕に抱きつこうとしたのだろうが、それを全く良しとしなかった人物がいる。
先程入ってきた男性――クロさんがラティさんの首根っこを掴みそのまま投げ捨てるようにラティさんと僕を引き剥がしたのだ。
当然引っ張られ床に叩きつけられたラティさんなど気にすることなく、クロさんは僕に近づき、僕は同時に壁に迫られてしまい、逃げるタイミングをなくしてしまう。
「やあ、店主。今日もとても綺麗だな」
「ど、どうもクロさん。あの、ら、ラティさんは?」
「ん、ゴミより俺を見てくれないか店主?」
「いや、だから、その、ラティさんは……」
「俺と言うものがありながらあんなゴミにこのようなものを特別に作るなんて……少しヤキモチというものを妬いてしまったようだな」
「……こんのぉ、クソ悪魔!何しやがる!!」
床に叩きつけられたラティさんの形相は明らかに鬼だった。僕が思わず「ひぃっ!」と声を出してしまうほど。
一方、殺意が向けられたクロさんは相変わらずけろっとしている状態で、睨みつけるようにしながらラティさんを見る。
「ほぉ、ゴミをゴミと言って何が悪いんだ?しかも俺の店主……アキノリに抱きつこうとするとは、よほど死にたいみてェだな?」
「はぁ!ラティさんは私に!私のために!!カレーパンを作ってくれたんだから感激して抱きついてもいいだろうが!そもそもまだ!まぁぁぁだ!店主さんはお前のものじゃねぇぇしなぁ!」
「ククッ…………燃やすか」
「……氷漬けにしてやるよ」
「え、ぇえ!」
次の瞬間、ラティさんの右手には冷たい水色のようなものが現れ、クロさんの右手からは黒い炎のようなものが出ている。
うわぁ、魔法だーーなんて言っている場合ではなかった。
このままでは絶対に営業妨害に陥る。
そして絶対にこの定食屋が燃えてしまうのは間違いない。
青ざめた僕はどうにかしないといけないと思い、行動に移した。
持っていた皿を近くの机に置き、ラティさんとクロさんの間に入った僕は、両手に一個ずつ持っていた揚げたてのカレーパンをクロさんの口とラティさんの口の中に無理やり入れてみた。
二人とも、口の中にカレーパンを入れられたことにより、突然動きが止まり、右手に出ていた魔法も一瞬にして消えていく。
無理やり入れられたカレーパンを二人は口を動かし、もぐもぐと食べ続け、1分後カレーパンを完食した。
「え、えっと……美味しいですか僕の手作りカレーパン?」
「「……」」
二人は黙ったまま間に入った僕をみて一言。
「「……美味しかった」」
とりあえず喧嘩を収めることができたことに安心しながら、僕は笑いながら答えた。
「えっと、ここでの喧嘩、戦闘などはご遠慮願います。でないと……」
僕は精一杯の顔で二人に向けて答えた。
「ここを出禁にさせていただきます」
黒い笑顔をしていたのかもしれない。
僕の顔を見た二人はそのまま硬直した後、ゆっくりと一歩下がり、椅子に座って頷いた。
((……店主『さん』を怒らせないようにしないと、もう二度と食べられない))
二人は今後、ここでの戦闘は絶対にしないと誓うのだった。
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