02.出会いはふわっふわな蜂蜜をかけたパンケーキ【後編】



 お湯を沸かすことに成功した僕は新しいタオルを沸かしたお湯につけて絞った後、汚れた男性の顔を拭き始めると、徐々に見えてきたのは男性の顔だった。

 チラッと、先ほど男性の目の色が見えたのだが、汚れた体を拭いてみるととても整った顔をしており、明らかにイケメンだ。

 顔の泥を全て拭き終わったと同時に、いつのまにか目が合った状態のまま僕はその顔に釘付けになってしまった。

 整っている顔、綺麗な瞳の色、自分の世界ではみたことのない美形の顔だ。

 ぼうっとしていたのかもしれない。

 真正面にいた男性が首を傾げるようにしながら僕を見つめていた。

「……あ、す、すみません。お客様見たことのない綺麗な顔だったから、あはははっ!」

「……お前の方が綺麗だ」

「え?」

「少なくとも、お前は俺が見た人間の中で初めて、綺麗な瞳をしている男だ」

「……ふぇ?」

 無表情な顔で簡単にそのような言葉を言う男性に思わず変な声が出てしまった。

 僕が綺麗?

 いやいや、そんなわけがない。

 僕は幼い頃から平凡な生活をしていたし、綺麗だなんて言われたこともないし、鏡を見たところで目の前の男性のように顔は整ってない平凡たる顔だ。

 しかし、綺麗だなんて言われてしまったことで、僕の顔は真っ赤に染まっていたのかもしれない。思わず恥ずかしくなりながらも、僕は笑いながら返事を返す。

「い、いやいや、僕は綺麗なんかじゃないですよ!お客様の方がめちゃくちゃイケメンで……す、すみませんくだらないことを……あ、怪我しているところ見せてください。消毒するので」

「……」

 男性は黙ったまま頷き、僕に右手を差し出した。

 右手が一番負傷しているのか、傷だらけの腕であり、一体どんなことをすればこんな傷だらけになるのだろうかと思ってしまうほど酷かった。

 救急箱から消毒液とガーゼを取り出し、手当てを開始した。


 ♢ ♢ ♢


 簡単な応急処置のような怪我の手当てを終えた僕は自分の両手を消毒し、手を洗いながら椅子に座っている美形の男性に視線を向けた。

 手当てが終わったのだがあれ以来何も喋らず、心あらずのような顔をしながらその場に座っているだけで、動こうとはしない。

 ずっと、このままいるのだろうかと思いながら、僕は携帯を取り出し時間を確認する。

 残り二時間ほど残っていることを確認しながら、僕は冷蔵庫からステンレスのボウルを取り出しラップを外す。

「……よし」

 僕はおたまとフライパンを装備し、台所のガスコンロに火をつけた。

 フライパンを簡単に温めて、バターをしいた後お玉でステンレスのボウルにある『タネ』を流し込み、フライパンで焼き始める。

「〜♩」

 軽く鼻歌を歌いながら手際よく焼いていき、焼き終わったそれを皿に盛り付け、そして仕上げに蜂蜜をかけて完成させる。

 完成させたそれを男性のところに持っていき、声をかけた。

「お客様、よければ甘いものを食べませんか?」

「……?」

「簡単に作ったんですけど、僕のオススメのデザートです」

「デザート?」

 首を傾げつつも、かすかに匂ってくる甘いものに気づいたのか、男性の頬が少しだけ赤く染まっている。

 テーブルがある場所に移動してもらい、僕は男性にそれを出した。


「蜂蜜をかけたパンケーキでございます」


「……ぱんけぇき?」

 見たことのないものだったのか、男性は目を見開きながら目の前に置かれたパンケーキに視線を向けている。

 蜂蜜と甘い匂いが鼻を刺激している。

 僕は男性にナイフとフォークを渡す。

「ごゆっくりどうぞ」

 軽くお辞儀をした後、僕はそのまま厨房に戻っていき、男性がどんな反応をするのか楽しみで厨房の隙間から見つつ、男性を見守っている。

 一方の男性は最初は戸惑いながら目の前に置かれているパンケーキに視線を向けていたのだが、意を決してナイフでパンケーキを一口サイズに切り、そのまま口の中に入れる。

 一回噛んで。

 二回噛んで。

 三回噛んでーー喉に通った瞬間、無表情だった男性の顔が一気に崩れるような顔になった。

 気に入ったのか男性はそのまま無言でパンケーキを食べ始める。

 無表情で白かった顔が、今では幸せそうな顔をしながらパンケーキを食べ続けている。

 その姿を見て、僕は安心した。

「……よかった、気に入ってもらえて」

 僕は静かにそう呟きながら、男性が食べ続けている姿を見つめていた。

 それから数分後、簡単にパンケーキを平らげたのを確認した後、僕はレモン水を持っていき、男性に渡した。

「どうでした、僕のパンケーキ?一応ここで定食屋をやっているのでご贔屓にお願いします。あとレモン水はサービスですので」

「……」

 男性は渡されたレモン水を一口飲んだあと、僕に視線を向けていた。

 白かった顔が、いつの間にかキラキラと輝くような顔になっており、元気になったことが再度確認できて嬉しくなった。

 どうして男性があのような傷だらけでここに来たのかわからないが、何があったなどと聞かない。そこまで踏み込むつもりはないのだから。

 良かったなぁ、と思っていた次の瞬間、突然手首を掴まれる。

「え?」

「……店主、名は?」

「僕ですか?僕は柊木明典と言います」

「ヒイラギ、アキノリ……」

「えっと、名前がアキノリなので、アキノリと呼んでください。で、あの……」

 どうして僕は目の前にいる男性に手首を掴まれているのか全く理解できない。

 初めてこのようなことをされているのか頭が理解できないまま居ると、椅子から立ち上がった男性がそのまま両手を掴み、顔を近づけさせながら答えた。

 全く考えていない言葉だった。

「好きだ」

「え?」

「好きだ」

「ぱ、パンケーキが、ですか?」

「いや、ぱんけぇきというものは美味しかった。そうではなく……」

 握り締められた両手が強くなり、男性は再度答えた。

 想像していない信じられない言葉を。


「俺の番……いや、妻になってくれ、アキノリ」


「………………え?」

 僕はその言葉を聞いたと同時に腑抜けた声をだしながら目の前の男性を見つめることしかできなかった。


 ♢ ♢ ♢


「……それが、僕とクロさんの出会いです」

 常連客のラティさんに僕はクロさんとの出会いを聞きたいと言われたのでお話をすると、ため息を吐きながらラティさんはアップルジュースを飲んでいた。

「へぇ、そんなことがあったんだ……なんか、流石に今日出会った人物に突然妻になれって言われたら驚くわよねぇ?」

「はい、驚きました。もちろん丁重にお断りさせていただいたんですけど……」

「しつこく口説かれている、と」

「はい……僕、そんな魅力あると思いますか?」

「うーん……少なくとも、クロさんには魅力があったんじゃない?好みだった、とか?」

「そ、そうなんですかね……」

 あははっと笑いながら僕はラティさんが平らげたカレーライスのお皿を片付ける。

 僕は定食屋を経営しているこの世界では同性同士の結婚もできるらしい。

 少なくとも僕の世界では同性の結婚は出来なかったので、突然告白された時には何言ってるんだろうこの人なんて思ってしまったことがある。

 自分で用意したお茶を飲んだ。

「でも諦めないんでしょう、クロさん?」

「はい、全然諦めません」

「……厄介な相手に好かれちゃったわね、店主さん」

「……僕も、そう思います」

 あれから僕は来てすぐに迫ってくるクロさんには何度も断りを入れるのだが、クロさんは諦めることはない。

 いや、これからも絶対に諦めるつもりはないだろうと性格上わかる。

「いっその事お試しで付き合ってみれば?」

「それはできませんよラティさん。いや、出来ないんです……出来ないんですよ……」

「……店主さん?」

 そう、出来ない。

 もし、僕が実はクロさんが好きだったとしよう。

 両思いになったところで、結局はダメなのだ。

 ちゃんとした理由があるからこそ、僕はクロさんの気持ちに応えることができない。

 その理由を僕以外は知らないため、ラティさんが首を傾げながら僕を見つめていると、入口の扉が開きいつもの人物が声をかけてくる。

「店主、来たぞ」

「あ、いらっしゃいませクロさん」

「いつものやつ、お前が俺に作ってくれたぱんけぇきをくれ。蜂蜜たっぷりな」

「はい、了解ですクロさん」

「ついでに俺の気持ちも「申し訳ございません。お答えすることができません」

 クロさんは入ってきて早々に告白をしてくるので丁重にお断りをさせていただき、そしてクロさんの所望するパンケーキを作るために厨房に入る。

 クロさんはあれ以降、必ずパンケーキを注文する。

 最後まで、美味しく、味わって食べてくれる。

 いつのまにか僕は、そんなクロさんの嬉しそうに食べる姿を見るのが楽しみになっていた。

 そして今日も、僕はクロさんのために美味しく食べてもらうように、パンケーキを作るのだ。

「……本当、厄介な相手に好かれちゃったわね店主さん」

 常連のラティさんが静かにそのように呟いていたことなど、僕は知らなかった。

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