05.突然のお客様には簡単に出来る野菜炒め定食を!【前編】
「ひぇ、今日は雨か……」
僕はお店の中で窓の外を見ながら静かに呟いてしまう。
何せ、雨になるとお客様が来ないからである。
いや、そもそもこのお店は『死の森』と言われており、近づくもの好きなどおらず、僕のお店は数人のお客様しか来ない。
ため息を吐きながら、僕は雨でも来てくれるクロさんのためにパンケーキの下準備を始める。
「クロさん、必ず来てくれるからな……本当、ありがたいよ」
僕は今日も来るクロさんのために下準備をしながら、鼻歌を歌う。
鼻歌は某アニメソングであり、実はお気に入りになっている歌でもあり、この曲を聴くと少しだけ勇気がもらえる気がしていた。
ふふんっと歌いながらパンケーキの生地を混ぜ合わせようとした時、鈴の音が聞こえる。
お客様が入ってくると、鈴の音が聞こえるように設置していたから。
雨の中で来るとすればクロさんぐらいなのだが、時間的に早い。
もしかすると別の常連、ラティさんだろうかと厨房から出ていき、お店の扉の前まで足を動かした。
「いらっしゃーー」
「……」
そこに現れたのはびしょぬれになりながらも赤い瞳でジッと見つめている男の姿、身長二メートルはあるだろうかと言う巨体が僕の前に立っていた。
呆然としながらその男を見つめながら、僕は思わず声を出した。
「ぎゃぁぁああ!お、おばけぇぇえええ!!」
「お……い、いや、ちが……」
その時の僕は本当に情けないのだろうと実感できた。
涙をためながら泣き叫ぶ僕の姿を、目の前の大男はとりあえず泣いている僕を宥めようとしているのだが、どうすればいいのかわからず慌てている姿があったなど、気づかないままだった。
***
「……お見苦しいところをお見せいたしました」
「……いや、すまない」
顔を真っ赤にしながら土下座の勢いで謝っている僕に対し、同じように床に正座をしながら僕を立たせようとしている大男さんは相変わらずどうしたらいいのかわからないままらしい。
涙目になりつつ僕は顔を上げる。
「あ、新しいお客様は久々で、ただ全身ずぶ濡れで……さ、〇子だと思ってしまった?」
「さ……なんだそれは……?」
「ほんとう、すみませんでした……」
有名な某ホラーの登場人物を想像してしまったのだが、この世界の人間には全くわからないのであろう。首をかしげながら僕を見ている。
静かに息を吐きながら、僕は立ち上がりお店を紹介する。
「その、ここは僕のお店でして……一応定食屋みたいな事をしております」
「テイショクヤ……と言うものはなんだかわからないが……こんなところで?ここがどこだかわかっているのか?」
「うぃ、わかってます……けど、なんだかよくわからないんですけど、ここに現れるんですよこのお店。不思議ですよね……」
「そ、そうなのか……」
「このお店の店長、柊明典と言います。従業員とか全くいないんですけど……僕一人でやってます」
「ヒイラギ、アキノリ……」
ふと、目の前の大男さんは何かを考えるようにしながら僕を見つめており、僕は首をかしげている。
ジッと見つめながら数十秒の事だった。
突然、大男さんのお腹がぐぅっと腹を鳴らしたのだ。
空腹の合図だという事を理解した僕は、目の前にいる大男さんに視線を向けると、彼は顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「えっと、もしよろしければ何か食べます?」
「いや、しかし……」
「料理は得意なんですよ。そうですね、簡単に出来ると言ったら……」
僕は厨房に急いでいき、まず材料を確認する。
すると昨日買っておいた野菜がある。
キャベツに人参、あと安売りしていたもやしや豚肉などが入っており、それを見た僕は頷くようにしながらいつの間にか客席に座っている大男さんに声をかける。
「あの、もしよろしければ野菜炒めなんてどうでしょう?」
「ヤサイ、イタメ?」
「美味しいですよ」
僕は大男さんに顔を向けて、笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます