第9話 魔物暴走 1

 西の都と呼ばれるフランは、帝国の中でも皇帝直轄領最大の都市だ。

 以前は辺境伯領だったみたいだけど、2代前の皇帝が即位した時に直轄領ってなったんだって。と言うのも、3代前の皇帝が160年振りの女帝で、夫としてこの地の辺境伯を迎えた訳で。何故夫にしたかと言えば、元々皇女時代の婚約者。

 で、時の皇太子に弟皇子、従兄弟が揃って流行り病に倒れたらしい。子を失った皇帝も失意に倒れ、皇家の血族が皇女ベアトリスと皇帝の老いた父君しかいなかったとか。因みに、この病を治す魔法を創り上げたのは母さんメーヴと友人で『伝説の聖女』と呼ばれた帝国正教会法皇エフェメラ。

 それはさておき女帝ベアトリスの子は1人しかおらず皇太子は皇家と辺境伯家の両方とも継ぐ事になったって聞いた。だから辺境伯領が皇帝直轄領になったと。

 そのせいか、帝都にも負けない位の繁栄をみせる帝国西の玄関口とも言える領都。ゲーム内では何度も来たけど、実際目の当たりにすると賑わいが違う!こんなにも人がいて、街の中央広場周りには屋台が立ち並び、店主の掛け声や人々の買い求める声が響いている。オレの頭の中では『賑わいの市場』ってBGMが鳴り響き、凄いテンション上がってしまっていた。


 そんな喧騒の中、冒険者風の若者達の慌てた声が聞こえてきた。

「ヤバ、マジで撒かれた。ったく、シャーロットもだが、あの跳ねっ返りのお嬢は!」

「馬鹿言ってないで探せ!カイル‼︎屋台に目移りしてでん…お嬢様から目を話すなんて護衛失格だ」

「いや、マゼールだって同罪だろ?で、チェレン、そっちは?」

「コッチもいない。シャーロットがついているから大丈夫だとは思うけど。で…お嬢様も賢者だから魔法威力半端ないし」


 うわぁ、探し方雑!

 そんな周りをキョロキョロするだけなんて。それじゃ護衛対象を見失ったって丸わかりだよ。察する処冒険者風に身を窶した若手の騎士かな?


「ロディ、あそこ。あの娘もじゃない?」


 肩のピクシーアリスが指し示す方向。

 見るとキョロキョロしている女戦士風。成る程。お嬢様って言ってたし、あれも護衛の女騎士って処かな。あ、コッチの男達が気付いた。


「シャーロット!おま…、で…お嬢様はどうした」

「一緒じゃなかったのか?」

「私はカイル、貴方達と一緒だと思って。『カイルの処へ行っとくから』って言ってましたし」

「チィっ。こうして見ると姿隠しハイド使えるって地味に痛い。こんなにアッサリと撒かれてしまうなんて」


 合流した護衛騎士達があぁだこーだいいあっている。あれって…、もしかして帝国の四天騎士マジカルナイツ


 熱きパワーファイター、炎騎士フレイムナイツのカイル。

 神速の連撃、風騎士エアロナイツのマゼール。

 絶対の壁、土騎士グランナイツのチェレン。

 守護の聖光、水騎士アクアナイツのシャーロット。


 帝国の至宝と呼ばれる皇女リスティアに仕えし騎士?…そうか!ゲーム内では過去の、って言うか歴史設定が現実のモノなんだ。

 確か皇女リスティアって市井に紛れて色んな奇跡を起こしてた伝説の女性。『民と共に』って最終的には平民に降嫁したんだっけ?あれ?騎士にだったっけ?


 下々目線なので上流貴族からは煙たがられた皇女。でも彼女のお陰で帝国市民の暮らしは格段に良くなった。ベルン王国の我儘王女ダイアナとは大違いってゲーム内では評判だったんだ。


 この時代か…。

 ゲーム内より数百年過去の世界になってる。

 考えてみれば、だよね。何せ母さんメーヴが存命なんだから。我ながら感にくるのが鈍いや。


 待てよ?皇女がこの街にいるって…、何か歴史的事件があったっけ?その辺は流石に『世界の知識』でも分からないか…。まぁ、歴史の立会人になるつもりも無いし、勿論傍観者も御免だ。


 ある意味折角の2周目プレイ。

 誰の思惑かは兎も角、オレは巻き込まれる事を選ぶ!それがチートな異世界転生者の正しい道…の筈…。


 うん?この感じは?

 あのモヤは?まだ薄らだけど…。


 冒険者ギルドは街の南の高台にある。

 依頼の封書を届けた時、街壁越えて森の向こうに変なモヤが見えたんだ。薄いけど黒っぽい。これは…確か…瘴気?

「アリス?」

「うーん?瘴気だと思うけど、森の真ん中外れかぁ。アソコにはダンジョン入り口もなかった?」


 ダンジョンの入り口…。

 それじゃ偶に外に薄ら瘴気が溢れるのも無い事は無いよね。


「私も気になるのです。確かにこの街では日常茶飯事だと思うのですが」


 ふぁっ?

 いつの間に、オレの横に?


 そこにいたのはやや青味に輝く長い銀髪の少女。少し大きめのアクアマリン色の瞳をキラキラさせてオレを興味深気に見詰めている。

 確かに格好は女冒険者。ソフトレザーアーマーにレザースカート。腰ベルトに短めのメイスを下げている。

 でも、何て言うか…オーラが違う‼︎


「貴方は『テイマー』ですよね?肩にいるのはピクシー?」

「成る程。珍しいんだ。ま、冒険者クラスでも邪魔者扱いハズレクラスだし」

邪魔者扱いハズレですか?そうでしょうか?魔物と意思を通じ合わせる、共存できるなんて、とても素晴らしく思えますのに」


 オレは答えなかった。

 確かに、テイマーって魔物を相棒に出来るスゲェクラスだと思ってるけど。冒険者にとって魔物はメシの種でしかないし、そんな価値観ばっかりだから。


「オレはロディマス。ロディって呼ばれてる。見ての通り『テイマー』。で、貴女は?」

「ティアと呼んで下さい。『治癒師ヒーラー』ですわ」

 微笑んで応える少女。…あのね。偽名にもなってねぇよ。

「リスティア皇女様ですよね?ほら、あそこ!護衛の四天騎士、必死で探してますよ」

「はい?誰ですか、それ。私はティアです」

 は?まだ言う?


 その時だった。


 ブォン、ズン!ドドォーン‼︎


 大きな地響き。そして


「ガォオオーン!」


 何かの遠吠え。それに呼応する鳴き声が響き出す。


「ロディ!瘴気が‼︎おかしいわ!あれ、何者かが瘴気を撒き散らしてる‼︎」


 モヤ状のモノが漆黒と呼べる程に濃くなり、森全体を覆い始めた。


 カーン、コーン、カーン、コーン!


 街の警報の鐘が響き出す。


「ギルドへ。多分魔物暴走スタンピートだ。特別依頼が有るかも」

「そうですね。行きましょう」

 後ろを振り返る。見るとゾロゾロと冒険者が集まって来てはいる…けど…、何だ?この街の規模にしては少ないし、若いのばっかだし。


 熟練者は?普通はもっといるだろ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る