第178話 獣の歓待

「ウォォォォォォン!」


 森の浄化を終えると、突然巨大な魔物が雄たけびを上げた。

 すると森の中から無数の雄叫びと共にゴゴゴゴゴッという地響きが生まれる。


「え? 何々?」


 突然の出来事に困惑していると、森が爆ぜた。

 いや違う。アレは魔物だ。

 無数の魔物が森から飛び出してきたのである。


「って、魔物ぉーっ!?」


 その数たるや、森中の魔物が一斉に姿を見せたとしか思えない程だった。

 しかも魔物達はまっすぐこちらに向かってきている。


「え!? ちょっ、ちょ!?」


 キキィーッ!!

 あわや魔物達と正面衝突かと焦ったものの、魔物達は私達の直前でブレーキをかけた。


「え?」


 やってきた魔物達はそのままピタリと止まったまま動かない。


「グォウ!」


 そんな中、ただ一人動いた巨大な魔物の声に魔物達が反応する。


「グルォォォォォ」


 そして巨大な魔物の話? をじっと聞き続ける。

 その光景はとても不思議で、何種もの違う魔物達が互いに喧嘩する事も無く、まるでこの巨大な魔物を王様として従っているかのようだった。


「ガウ!」


「ひぇっ!?」


 最後の一吠えを聞いて、魔物達が一斉にこちらを見る。


「な、ななな何!?」


 けれど魔物達は私の問いに答える事はなく背中を向けて去っていく。いや違った。


「え?」


 魔物達は移動を始めると、まるで私達を迎え入れるかのように森までの道に整列したのだ。


「ガゥ」


「うひゃ!?」


 突然背中からひっぱりあげられたかと思うと、そのまま体がグルンと振り回され、何やらフワリとしたものの上に下ろされる。


「え? 毛皮? って高っ!」


 どうやら私は巨大な魔物の背中に乗せられたらしい。

 何で乗せられたのか分かんないけど。

 そして巨大なノッシノッシと王様のように魔物達が整列する花道、それともレッドカーペット? を進んでゆく。


「ガォォォォォン!」


「ギャッギャッギャ!」


「キュイー! キュイー!」


 そして魔物達が口々に鳴き声や雄たけびを上げだす。

 けれどその声には敵意や殺意は感じず、寧ろ歓迎してくれているかのようだった。

 そんな風に魔物達に歓迎されながら巨大な魔物は森の中へと入ってゆく。

 普段なら下から見上げる森の木々が、今は上からてっぺんを見下ろしていて、なんだか奇妙な気分になる。


 そうしてやって来たのは、大きな洞窟だった。


「もしかして君の巣?」


「ガウ!」


 どうやら当たりらしい。ただ……


「ここはまだ汚染されたままみたいだね」


 洞窟という横穴だった所為で、ミズダ子による上空からの浄化が上手く届かなかったみたいだ。


「ミズダ子、ここも浄化してあげて」


「任せて~」


 私は浄化ポーションをミズダ子に渡すと、彼女はその中身を霧状にして洞窟内に散布してゆく。

 その結果、洞窟内の汚染は綺麗に浄化されたのだった。


「ガウ!」


 心なしか巨大な魔物がありがとうと言っている気がする。

 そして巨大な魔物は私を地面に下ろすと、巣の奥へと入って行き、少し経つと戻って来て私に何かを差し出した。


「これは……宝石?」


 それは緑の大きな宝石球だった。

 大きいと言っても指輪に嵌める石レベルではなく、占い師が占う水晶玉みたいなサイズの宝石だ。


「水晶なら分かるけど、緑、エメラルド? でこのサイズっていったいどれくらいするの?」


「ガウ!」


 私が驚いていると、巨大な魔物は宝石球を鼻先で押して私にグイグイと押し付けてくる。


「え? 何々?」


「森を浄化してくれた礼と言ってるんじゃニャーか?」


「ええ!? お礼!? いやいやいや、流石にこれは高すぎでしょ! 貰えないよ!」


「気にする必要はニャーよ。コイツは魔物ニャ。宝石なんぞただのキラキラ光る石でしかニャいのニャ」


「カラスが光物を集めるようなものってこと?」


「そういう事ニャ」


 そういう事ニャんですかー。いやホント良いのか?

 これ、明らかに人の手で加工されてるよね? 持ち主が居るんじゃない?

 こんな大きな宝石の持ち主っていったら間違いなく大金持ちだよね!?


「グォォォォォン!」


 私が戸惑っているとまたしても巨大な魔物が雄たけびを上げる。

 そして再び聞き覚えのある地響きの音。

 はい、魔物達がやってきました。


「ガォウ!」


「ピィーッ!」


「ギャウ!」


 さっきと違ったのは魔物達がそれぞれに食べ物を持ってきた事だ。

 狩った獣、木の実、果物、キノコ、山菜など持ってきたものは様々だ。

 魔物達は私の前にやって来ると、それらの食べ物を置いてゆく。


「ええと、くれるの?」


「ガウ!」


 魔物達の代わりに巨大な魔物が答える。


「ええと、ありがとう皆」


「「「ガウ!」」」


 ええと、この子達って魔物なんだよね?

 人を見たら襲ってくる恐ろしい存在なんだよね?


「なんか友好的すぎない!?」


 どうなってんのこれ!?


「森を統べる主が統率しているからだニャ。コイツが居なかったら普通に襲われるのニャ」


 ですよねー!


「まぁ素直に貰っておくのニャ。森を丸ごと救った礼としちゃ安いもんニャ」


 お礼ならさっきデッカイ宝石を貰ったんだけど……


「でもそうだね。ありがたく貰うね」


「ガァウ!」


 と、受け取った果物を口に運ぼうとした瞬間、突然巨大な魔物が大きな声をあげたのだ。


「うひっ!? なになに!?」


 そしたら巨大な魔物は贈り物の中から肉をつまんで私の前に置く。

 これはもしかして……


「美味い肉にしろって言ってるのニャ」


「やっぱり……」


 その後、森の魔物達を交えたお肉パーティが始まったのは言うまでもない。


「ガウガウ!」


「キュイキュイ!」


 狼の魔物やイノシシの魔物がお肉に嬉しそうにかぶりつき、鳥の魔物が木の実や果物を歌のような鳴き声と共についばむ。

 はい、勿論私のスキルで最高品質にした食べ物たちです。


「ゴロゴロ」


「キュピキュピ」


 魔物達がゴロゴロと喉を鳴らしてお肉や果物を強請って来る。

 いや君達恐ろしい魔物なんだよね!? 親分といい君達魔物のプライド捨ててない!?


「ギャウギャウ!」


 いやまぁ、喜んでもらえるなら別にいいんだけどさ。

 こうして、魔物との宴会という世にも奇妙な経験をする私達なのだった。


 ◆ニャット◆


 夜になったニャ。

 カコは昼間の魔物達との大騒ぎでぐっすり眠っているのニャ。


「もう体は大丈夫なのニャ?」


「……」


 言葉もなく姿を見せたのは巨大な魔物、この森の主だニャ。


「ニャッフ、カコはどうニャ? 森の主」


「……悪くない」


 魔物の筈の森の主が人の言葉を喋ったニャ。まぁ別段おかしい話じゃニャいのニャ。

 強い力を持つ魔物は同様に高い知性も持つものなのニャ。

 当然人間の言葉を理解することくらい容易なのニャ。寧ろ人間よりも賢い魔物だって少ニャからずいるのニャ。


「それにしてもおニャーともあろう者がとんだ惨状だったのニャ。一体何があったのニャ?」


「……人間共の国が穢れた水を森に捨て続けた」


 ふむ、人間達の国とニャ。

 ニャーは以前カコと海に行った時の事を思い出すのニャ。

 あの時も別の国の人間が原因で海が汚されたのニャ。

 まぁその時の連中は相応の報いを受けたけどニャ。


「おニャーならそんニャ人間共どうとでもニャッたんじゃニャーのか?」


「マジックアイテムを使って我等の目を晦ます人間が居た。そうこうしている間に森の大半が汚されてしまい正気を失ってしまった。不甲斐ない」


 ニャルほどニャア。マジックアイテムニャんて使われたら、コイツならともかくよっぽど感覚の鋭い魔物じゃニャーと隠れた人間を察知するのは難しいのニャ。


「カコに感謝するのニャ。アイツのおかげでおニャーは正気を取り戻す事が出来たのニャ」


「ああ、感謝している。だから……」


「守護者の証である宝玉をカコに譲ったのニャ」


 正直ニャーもあの行動には驚いたのニャ。


「本当に良かったのニャ? アレはおニャーが女が……」


「使命を果たせなかった俺には分不相応な品だったという事だ。寧ろ己が爪の鋭さを鈍らせるものだったと今なら分かる」


 やれやれ、どこまでも真面目な奴ニャ。


「それにアレはあの娘が持っていた方が良いだろう。お前もそのつもりであの娘をここに連れて来たのではないのか?」


「それは買いかぶり過ぎにゃ。そもそもニャーはアイツにそんな資格があるとはこれっぽっちも思ってもいニャいのニャ」


 ニャーが笑って否定すると森の主は思うところがあるのか、ニヤリと口の端を歪ませたのニャ。


「そうかな、俺にはお前があの娘を買っているように思える。……の後継者にしたいのではないか?」


「はっ、それこそありえニャーのニャ。アイツはただの人間として何も知らずに生きるのがお似合いのボンクラなのニャ」


 やれやれ、どいつもこいつもアイツの事を過大評価し過ぎなのニャ。

 とはいえ、宝玉が手に入った事でアイツもちっとはマシになるんじゃニャーかニャ。

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