第163話 魔獣族領域の異変
「ネッコ族に借りを作るなんぞ屈辱の極みだワンが、白夜の魔猫の二つ名に免じて感謝してやるワン」
どこまでも上から目線なイッヌ族達なんだけど、尻尾をくるんと丸めて隠してるから、全然威厳がないんだよなぁ。
「ねぇ、何でこんなにイッヌ族ってネッコ族を敵視してるの?」
「ネッコ族とイッヌ族は縄張りが近いのニャ。それでお互いの縄張りの境目当たりの主張がぶつかって争いになってるのニャ」
成程、国家間紛争って奴だね。
「まぁそれは建前で、単にどっちが強いかシロクロ付ける為にやってるだけニャ」
違った、ただのガキの喧嘩でした。
思った以上に平和な理由だったわ。
「それにしてはあんな魔物に後れを取るとはイッヌ族も弱くなったモンニャ」
「「「「ワンだとぉぉぉぉぉっ!!」」」」
ニャットの呆れ気味の言葉に、イッヌ族達が気色ばむ。
「ニャーとやるかニャ?」
「「「「今日はお前も戦って疲れてるだろうから止めといてやるワン」」」」
手のひらクルックルですやん。
「呆れたもんだニャア」
あっ、本気で呆れてる。
「ワン達を馬鹿にするなワン。本当に強い連中は外に出て狩りをしてるんだワン」
「狩り?」
「ワンが村を出たのも、狩りに出ている仲間達に助けを求める為だったんだワン」
成程、それで私達の所まで行き倒れて来たんだ。
「だとしても腕利きがこぞって村を留守にするのはおかしいニャ。普通は何人か村に残るもんニャ」
確かに、村を守る人が居なきゃ留守にしている間に村が襲われちゃうもんね。
「だからワン達が残っていたんだワン。ワンだってそんじょそこらの魔物には負けんワン!」
そう言えばワッフンは若手No1って触れ込みだったっけ。
「だが最近は村に侵入してくる魔物の数が多すぎるんだワン」
「それニャ。何故魔物避けを使わないのニャ?」
「魔物除け?」
「魔物が嫌う匂いを出す薬草ニャ。それをすり潰した汁を村の周囲の木に塗りつけて魔物が村に寄り付かなくするのニャ」
「すっごい便利じゃん! それを使えば旅の途中でも安全じゃない!」
「魔物避けは大抵の町で使ってるニャ。あと長持ちしないから旅の途中で使うには向いてないのニャ」
なーんだ残念。使用期限が短いんじゃ売りものにも出来ないね。
「勿論使ってるワン! ちゃんと数日おきに塗り直してるワン。だけど最近の魔物は興奮し過ぎて魔物避けの効果が効かないだワン!」
ワッフン曰く、魔物避けは魔物が嫌がる匂いというだけで、本当に飢えた魔物や狂暴になっている魔物には効果がないのだとか。
「弱いのも強いのも興奮して魔物除けを無視してくるから、ワン達はずっと戦い続けているんだワン。二つ名持ち達も、強力な魔物が村で暴れない様に村から離れた場所で狩りをしてるんだワン」
成程、狩りと言っても村を襲われない為の自衛の狩りだったんだね。
「ねぇニャット、魔物除けが通じない程魔物が興奮する事ってあるの?」
「そうだニャア。例えばかなりの手負いになっている時とか、餌がニャくてもう何でもいいから何か食べたい時とかは匂いもへったくれもなく狂暴化するニャ」
つまり魔物が我を忘れている時や、追いつめられてそれどころじゃない時は効かないと。
魔物避けって言っても万能じゃないんだね。
「って事は魔物達は何かに追いつめられているって事?」
「恐らくはニャ」
「ワン達も同じ考えで、二つ名持ち達は強い魔物を狩りながら情報を集めているんだワン」
イッヌ族達もちゃんと考えて行動していたみたいだ。
「ワン達はこの魔獣族の領域でずっと昔から生きて来たワン。この程度当然の考えだワン」
これは失礼しました。
「そうなると問題は二つ名持ちのイッヌ族達が事件を解決するまで村を守れるかだね」
「問題ないワン! ワン達なら仲間達が戻ってくるまで村を守り切れるんだワン!」
おお、凄い自信だ……
「とか言っても魔物除けがどうにもならん以上、いつまたオニャー達の手におえん魔物が来るか分かったもんじゃニャいニャ。一度国境沿いまで撤退した方が良いと思うがニャ」
「それは出来んワン! 村を捨てたら他の連中に縄張りを乗っ取られるワン!」
あーそういえばこの辺は国がない代わりにそれぞれの種族が縄張りを作ってるんだっけ。
確かに一時的にであっても人が居なくなったら、縄張りが奪われる危険があるのか。
「だから村を捨てる事は出来んワン!」
ままならないなぁ。
「ともあれ、それはワン達の都合ワン。お前達は気にするなワン」
おっと、助けてくれとか協力してくれとは言わないんだね。
そっか。そもそもライバルのネッコ族であるニャットに助けを求める事がまずありえないのか。
私はそもそも戦士じゃないしね。
ミズダ子は精霊だけど、イッヌ族的にはどうなのかな。ニャットとはあんまり仲良くないんだよねミズダ子。
「そういう訳だから借りを返すワン」
「借り?」
いきなり何事?
なんかイッヌ族はいきなり話題を変えるからリアクションし辛いな。
「そうだワン。業腹だがお前達に助けられた以上、借りは返すワン。何か欲しい物はあるかワン?」
とか言いながら何で助けたニャットを無視して私に聞いてくるわけ?
「って話だけど何か欲しいものあるのニャット?」
「ニャーは特に無いニャ。というか美味い肉が欲しけりゃ自分で狩ってくるのニャ。カコがなんか適当に欲しい物を貰っておくニャ」
そこで私に放り投げる!?
「何でも良いワン」
何でもと言われても、この村は今凶暴化してる魔物に襲われ続けて結構キツいんじゃない?
金目の物や珍しい物を貰えそうな感じでもないし、そもそも村がひっ迫してる状況で貰うのも気が引ける。
できればイッヌ族の負担にならないものが……あっ、そうだ。
「じゃあ魔物避けをいくつかください」
「魔物除け? そんなものでいいのかワン?」
魔物除けが欲しいと言われ、ワッフンは本当にそれでいいのかと目を丸くする。
「はい、それで構いません」
「けど殺気立ってる魔物には効き目がないワン。ほんとにいいのかワン?」
「研究用なので問題ありません。他の町の魔物除けと比べて成分の比較をするんです」
「成分? 比較? なんかよくわからんが分かったワン。皆、手伝ってくれだワン!」
適当に理由をつけて煙に巻くと、ワッフンは考えるのが面倒になったのかもうそれでいいやと納得してくれた。
そして村の倉庫から大きな樽を持ってくる。
「どうせ今の魔物には碌に効果もないし、全部もってけワン!」
「おおー、豪快!」
でも実験には都合が良い量だね!
「今日はもう暗くなってきたし、村に泊まっていくワン!」
「いいの?」
「お前らは村の恩人ワン。白夜の魔猫は気に入らんが、恩は恩。ワン達は義理は返すワン! 宴を催すんだワン!」
「「「「宴だワン!!」」」」
◆
「わっはっはっはっは!!」
「肉だワン!」
「美味いワン!」
そうして、あれよあれよという間に宴が始まった。
「こんな状況で宴会なんてしていいの?」
「良いんだワン! 良い事があったら宴をする! そして明日から頑張る! それがワン達の生き方なんだワン!」
すっごい刹那的というか、まるでどこぞの海賊マンガみたいだ。
「お前も肉を食うワン! そんな細っこい腕と足じゃこの森の魔物には勝てんワン!」
と焼いた肉を差し出してくるワッフン。
「あ、うん。ありがとう」
受け取ったお肉は本当に焼いただけのシンプルなものだ。
「はむっ……あっ、結構美味しい」
「そうワン! 何せワン達が狩ってきた肉だからな!」
「このあたりの魔物は強いほど美味いニャ。だからニャー達はこの土地に住むことにしたんだニャ。あと魔物が強いのもいいしニャ」
なるほど、グルメなニャットが私の調理を頼まず素直に焼き肉を食べているのもそれが理由だったんだね。
「くくくっ、それにカコをここに連れてこれた事ニャし、最高に強い魔物を倒せば、最高に美味い肉が食えるのニャ……!」
いや待て、なんかめっちゃ危険な事に巻き込もうとしてませんか?
「ワッフフフフッ! オイネッコ族! ワンと勝負だワン!」
と、そこに一人のイッヌ族がニャットに戦いを挑んできた。
見ればそのイッヌ族は手に大きな木のコップを持ち、その中身をグビグビと飲んでいる。
「プハァー! 宴と言えば戦いだワン!」
うん、もしかしなくても酔っぱらってるね。
「ニャフフ、酒の勢いとは言え良い度胸だニャ。受けて立つのニャ」
「ニャット!?」
流石の酒の席で暴れるのはどうかと思うよ!?
「安心するニャ。宴の席での勝負は殺し合いじゃニャいニャ」
するとイッヌ族は小ぶりなテーブルを運んできて、それをニャットと戦いを挑んだイッヌ族の間に置く。
「宴の場の勝負と言えば、アームレスリングだニャ!」
「ワッフフフ! 俺のパワーを見せてやるワン!」
「やっちまえワン、ワンダフン!」
「パワーならお前が最強だワン!」
気が付けば周囲で騒いでいたイッヌ族達も騒ぎを聞きつけてはやし立てる。
「それでは、レディ……ファイ! だワン」
「「ムンッ!!」」
テーブルがギシリという音を立てて二人の勝負が始まる。
「やれー!」
「まけるなー!」
こうして、私達の騒がしい宴の夜は過ぎていくのだった。
なお、勝負の結果はニャットの圧勝。
更に興奮して乱入してきた何十人もの参加者も下し、イッヌ族の屍(死んでないけど)が築かれたのであった。
やっぱニャット強いなぁ。
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