第162話 伝説の魔猫(笑)

「ま、まさか白夜の魔猫ニャットかワン!?」


「ぶふーっ!!」


 え!? 何その厨二病全開の二つ名は!?


「え? 何? 白夜!? どういう事?」


 私はニャットに何その名前と尋ねる。


「この魔獣族の領域では強い奴に二つ名をつける風習があるのニャ」


「風習!」


 え、って事は、これからどんどん二つ名持ちの方々が出ていらっしゃると?


「じゃあこの人にも二つ名が?」


 私は恐る恐るワッフンと名乗った犬族を指差す。


「ワフッ!?」


「いニャ。そいつは大した事ニャー強さだから、二つ名はまだまだ早いのニャ」


 そうなんだ。てっきりポコポコ出て来るかと思っちゃったよ。


「ま、待て待てだワン!」


 しかしこれにワッフンが異を唱える。


「俺様はこれでも郷の若手No1なんだワン! 確かにまだ二つ名は授かっていないが、時間の問題なんだワン!」


 へー、この人結構強いんだ。


「ニャハッ、ニャーに手も足も出ニャー時点で二つ名なんて夢のまた夢だニャ。さっさと巣穴に帰るニャ」


 と思ったらやっぱりそんなに強くないっぽい。


「ぐぐぐ、それが出来れば苦労せんのだワン!」


 けれど、巣に帰れと言われたワッフンは何故か苦虫を噛み潰したような顔になる。


「何で出来ないの?」


「そ、それは……」


 もしかして何か問題があって帰れないとか?


「そう言えば、何で行き倒れになってたの?」


「なってない! ワンは断じて行き倒れになどなっていないワン!」


「なってたニャ」


「なってたわね」


「なってたねぇ」


 あの状況はもう行き倒れと言っていいと思うんだよね。

 ニャット達にぶっ飛ばされて力尽きたけど。


「グヌヌだワン」


 そうして観念したのか、ワッフンは自分が行き倒れていた理由を語りだす。


「実はワンの村が魔物に襲われたんだワン。そいつは信じられない強さで、ワン達は村を捨てるしかなかったんだワン」


 おぉう、思った以上に重い事情が出て来たよ。


「強いってどのくらい強かったの?」


「村の連中が束になっても勝てなかったワン」


 うーん、正直ニャットに負けたワッフンの村の人達の強さが良く分かんないな。

 まぁ私よりは強いのは間違いないだろうけど。


「ねぇニャット、イッヌ族ってどれくらい強いの?」


「そうだニャア、砂漠の国で護衛として付いて来たグレートカワウソを覚えてるニャ?」


「うん、すっごく大きかったよね」


 ぶっちゃけ道中の魔物はミズダ子が蹴散らしちゃったから、全然強さが分かんないんだけどね。


「アイツ等は自分よりも大きな魔物に挑んで倒すくらい狂暴で強いのニャ」


 魔物界のラーテルかな?


「で、イッヌ族は群れでそのレベルの魔物を狩る事が出来るのニャ」


「マジで!?」


 めっちゃ強いじゃんそれ!

 あんなデッカイ魔物を倒せるとか、相当なのでは?


「イッヌ族は群れでの戦いが得意な種族なのニャ」


 流石は犬系の種族ってわけかー。


「でもそんなイッヌ族でも勝てないって事は、グレートカワウソ以上の魔物って事?」


 だってグレートカワウソはあの大きさの時点でかなりヤバイじゃん。

 そのうえ強さまでちゃんとあるっていうんだから、グレートカワウソさんの株価は爆上がりですよ。


「まぁ並の魔物じゃニャーな」


 と言うかですね、私達これからそんな土地を突っ切るんですか? それ死なない? 主に私だけが。

 ヤバイ、ヤバイぞ。この状況でニャットやミズダ子とはぐれたら、もれなく野垂れ死にの前に襲われてデッドエンドですよ私。


「ねぇニャットさん。ここは一旦砂漠の国に戻って良いから、別の国に行きませんか?」


 正直死ぬような目に合うようよりは暑い方がマシだと思う。


「ニャハハ安心するニャ。何が出てきてもニャー達が蹴散らしてやるのニャ。ニャーも久しぶりにこっちに来たから、腕が鳴るのニャ!」


 あかーん! ニャットさんがめっちゃやる気モードです! こうなったらミズダ子、お前だけが頼りだ!


「ふふーん、面白いじゃないこの私の力をカコにバッチリ見せてあげるわ!」


 うわーん! 何でこんなに血の気が多いのこの人達!


「さーて、それじゃさっそくイッヌ族の村に行って身の程知らずの魔物を分からせてやるのニャ!」


「おーっ!」


 しかもめっちゃ厄介事に首突っ込む気マンマンじゃないですかやだー!


「なっ、お前達、ワン達の為に力を貸してくれるというのかワン!?」


 違うから! 全然そんなこと考えてないからね!

 単に手頃な獲物が近くにいるみたいだからそこからいくかーって思ってるだけだよ!


「さぁ乗るのニャカコ!」


 こういう時に限って積極的に乗せるのやめれー!


 ◆


「ニャッ!」


「えーい!」


「ギャウウウッ!! ガクッ」


 イッヌ族の郷を占拠していた魔物は、僅か二発で沈みました。

 いや早すぎじゃない?


「歯応えの無いヤツニャ」


「ねー、もうちょっと頑張って欲しかったわ」


 いや、発見した魔物さん、こっちに気付く前に襲い掛かったから、碌に反応できずにやられちゃったじゃん。

 しかものけぞった所をミズダ子の容赦ない追撃を喰らってもうオーバーキルですよ。

 分かっちゃいたけどこの二人ホント強いなぁ。


「バ、バカなだワン。村の皆で戦って歯が立たなかった魔物を、たった二匹で、しかもたった二発で倒しただとワン!?」


 実際には一発目の時点でもうノックアウト寸前だったけどね。


「さて、それじゃあコイツを調理するのニャカコ」


「え!? このタイミングで私の出番!?」


「コイツの肉は美味いのニャ。という事はおニャーが料理すれば、ニャ!」


「うふふ、これも美味しくなるのねー」


 既にニャットとミズダ子は魔物を食べる事しか考えてない。

 可哀そうに、魔物さんは敵どころかただの獲物としか見られていませんでしたよ。合掌。


「はっ、そうだワン! すぐに仲間を呼び戻さないとだワン!」


 と、呆然としていたワッフンが慌てだす。


「別に慌てなくてももう魔物の心配はないんだからノンビリ呼び戻せばいいんじゃない?」


「そう言う訳にもいかんワン。村を逃げた中には子供もいたんだワン」


 あっ、それは確かにマズイよね。


「じゃあ私達も探すのを手伝うよ」


「いや、その必要はないワン」


 そう私の申し出を断ったワッフンは大きく息を吸い込む。

 すると私の耳がモフッとした感触で蓋される。白い、ニャットの手だ。次の瞬間、


「ワォォォォォォォォォォォンッッッ!!」


 ニャットの手で蓋されたにも関わらず、大きく聞こえる雄叫びが響き渡った。


「わわわっ」


 そして雄叫びを終えると、大きく息を吸いなおすワッフン。


「仲間に村を取り戻したと伝えたワン。これで皆戻って来るワン」


 ほえー、今の雄叫びでそこまで通じるんだ。

 そうして小一時間が経つと、


「おお、ワッフン! 無事だったワン!」


「ワッフン、魔物を倒したというのは本当かワン!?」


 イッヌ族が次々と村に戻って来た。

 現れたのはアフガンハウンド、ドーベルマン、秋田犬、土佐犬、ブルドッグ、チワワ、ダックスフントと様々な見た目の二足歩行の犬達。


「おお、皆も無事だったかワン!」


 ワッフン達は久しぶりの再会と、村を取り戻した事で沸き立つ。


「まさかお前があの魔物を倒すとはなだワン! 素晴らしいワン!」


「凄いワンワッフン! まるで二つ名持ちの戦士みたいだワン!」


 イッヌ族達は、ワッフンが魔物を倒したと勘違いし、大興奮する。


「い、いや、ヤツを倒したのはワンではないのだワン」


 けれど、ワッフンが魔物を倒したのは自分でないと告げると、イッヌ族達は困惑の空気になる。


「で、では誰があの魔物を倒したんだワン?」


 問われたワッフンが気まずそうにこちらを見る。


「あの人間達がヤツを? いや待てソイツは!」


 と、イッヌ族の視線がニャットに集まる。


「ネッコ族ではないかワン! 何故ネッコ族がここに居るんだわん!」


「まさかネッコ族の力を借りたのかワッフン!」


 イッヌ族は、ニャットが何故ここに居るんだと騒然となる。

 それどころか、ニャット、というかネッコ族に助けて貰った事を怒ってるような?


「皆待つワン! コイツはただのネッコ族じゃないワン!」


「何を言うワン! ネッコ族など皆同じだワン!」


 何やら根深い問題がありそうな気配が漂ってくる。

 もしかしてネッコ族とイッヌ族って殺し合うほど憎んでる間柄とかなんじゃ……


「コイツは、このネッコ族は、あの白夜の魔猫ニャットなんだワン!!」


 けれど、ワッフンがニャットの名前を出した途端、膨れ上がっていた敵意が霧散する。


「「「「白夜の魔猫ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ⁉」」」」


 次の瞬間イッヌ族は蜘蛛の子を散らすように村から逃げ出したのだった。

それも猛烈な速度で。


「って、逃げちゃだめでしょー!」


 折角危険な村の外から帰って来たのに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る