魔獣族の領域辺

第160話 密林の入り口

「ここが新しい国かぁ……」


 砂漠の国を超えてやって来たのは、密林の国だった。

 背後には私達がやって来た広大な砂漠、そして目の前にはうっそうとしたジャングル。

 うん、なんだこの滅茶苦茶な光景。ほんと異世界って何でもアリだよね。


「ここは魔獣族の領域ニャ」


「まじゅーぞく?」


「そうニャ。動物の特性を濃く持った種族達が多く住む土地ニャ」


 ニャット曰く、このあたりは国ではなく、複数の部族が暮らしているらしい。


「じゃあ王様がいる訳じゃないんだ」


「基本的にはどの部族も独立してるのニャ。交流はあるけど、連合を組んだりどこかの部族の傘下に入ったりはしニャいのニャ」



 ふむふむ、基本はお互いに不干渉を決め込んでる訳だね。


「結構閉鎖的な社会っぽいね」


 となるとここも永住するには向かなさそうだなぁ。


「でも国がないって事は、よその国が侵略に来るんじゃないの?」


 誰のものでもないなら自分達の物にしてしまおうと考える国は多いと思うんだよね。

 オアシスの町だって、もともとはタニクゥさん達の故郷だったのに、国が彼女たちの一族から無理やり奪ってしまったわけだし。

 だったら同盟も結んでいない少数種族が乱立する土地なんて、各個撃破で少しずつ制圧して国土を増やすのに最適だろうに。


「クククッそれが出来るもんニャらニャ」


 ニャットが不敵な笑みを浮かべると突如密林が騒がしくなる。


「何っ!?」



 次の瞬間密林の奥から巨大な怪獣が飛び出してきた。


「ジャァァァァァ!!」


「うひぃぃぃぃぃっ!?」


 なんか出たぁぁぁぁぁ!


「ニャフッ!」


 私達に向かって飛び掛かって来た怪獣、しかしそれに対してニャットも前に跳び怪獣に回し蹴りを放った。


「ジャウッ!?」


「ええっ!?」



 なんという事だろう、ニャットの蹴りは怪獣を吹っ飛ばし、そのままクルクルと密林の中へ叩き返してしまった。


「うっそぉ」


「こんな感じでこのあたりには魔獣がウヨウヨしてるのニャ。だからよその国の連中はそう簡単に攻め込めニャいのニャ」


「な、成程……」


 そんな軍隊が攻め込むのをためらう魔物を一撃で倒す貴方は一体何者なんですかねぇ。


「まぁ、連中が躊躇うのは魔獣だけじゃニャーけどニャ」


 と、ニャットは意味深なことを言う。


「ほかにも何かあるの?」


「まーそのうち分かるニャ」


「今教えてよー!」


「ニャハハハハ」


 けれどニャットは笑うばかりで教えてくれない。


「ねー、それよりもお腹空いたんだけどー」


 そこに割り込んできたのは水の大精霊のミズダ子。

 結局私の旅に付いてくる事になっちゃったんだよね。


「はいはい。ちょっと待ってー」


 そんじゃせっかくだしご飯にしますか。


「ニャ、それなら今倒したコイツを昼飯にするのニャ!」


「この怪獣を食べるのかぁ……」


 ニャットが引きずって来た怪獣をよく見ると、その全長は10メートルはあろうかという大きなワニだった。

 ただしその足は四対の合計8本。牙なんてもう私の腕程の太さと長さがあるよ。


「こいつはなかなか美味いのニャ」


 あっ、食べたことあるのね。


「んじゃまずは解体……だけど、これは流石に無理かなぁ」



 デカイってのもあるんだけど、この怪獣の分厚い皮が無理だった。

 ワニ革の財布とかお店で見た事あるけど、この皮は金属みたいに固くて、とてもナイフが通りそうもない。

 


「んー、私が切ろうか?」


「出来るの? んじゃお願い」


「おっけー」


 意外にもミズダ子がやってくれると言ってくれたので、お願いする。


「そーれ!」


 ドパンッッッッッ!


 そんな音と共に地面が弾け、怪獣こと巨大ワニの胴体が切断。更にその後ろのジャングルの木々が斜めに割れて倒れる。


「なっ、ななっ!?」


「いっけなーい、つい力入り過ぎちゃったー」


 てへっ、と言わんばかりの顔で拳を頭に当ててやり過ぎたというミズダ子。


「ちゃったー! じゃねーニャ! 加減しろニャバカ!!」


 当然ミズダ子のやらかしにツッコミを入れるニャット。


「いったーい、ちょっとやり過ぎちゃっただけじゃない」


「ちょっとじゃねーニャ! せっかくの肉が台ニャしになるところだったニャ!」


 って、そっちかい。


「はいはい、今度はちゃんと手加減するわよ」


 そう言うとミズダ子は宙に水の玉を浮かせ、それを平べったい板状の形にする。


「それっ」


 水の薄板はワニの皮をまるで野菜を剥くようにそぎ落としてゆく。

 そしていくつもの水の薄板が皮を剥いて、肉を切って、モツを傷つけないように切り分けてゆく。


「はいできた!」


 そしてあっという間に巨大なワニを素材別に解体してしまった。


「うわー、すっごーい」


「でしょー!」


 私の感嘆の言葉に、ミズダ子が自慢げに胸を張る。


「さーご飯作って―!」


「作るニャー!」


「はいはい。分かりました」


 さて、こっからは私の仕事だ。


 私はミズダ子が切ったワニ肉を更に一口大にカットしていき、それらに手をかざす。


「カットしたお肉を一括合成!」


 ピカッと光ったお肉はその数が1/3くらいにまで減ってしまうがこれで良し。


「一応鑑定!」



『最高品質のグランゲーターの肉:固い肉だが、火を通すと柔らかくなり、極上の味わいを得ることが出来る。水分が少な目なので、汁物の具にしたり、たっぷりタレをかけて食べるとよい』


 なるほど、水気が少ないお肉なのか。

 んじゃ半分はスープの具にして、もう半分はタレをつけた焼き鳥風の串焼きにしよう。

 私は魔法の袋から砂糖と醤油、それに料理酒を取り出すと、混ぜてタレを作る。


「そしてちょっとだけトウガラシを混ぜてピリ辛のタレにしまーす」


「「わくわく」」


 ちなみにミズダ子の前で思いっきり合成するところを見せちゃったけど、これはニャットから見せても大丈夫ってお墨付きをもらったからだ。


「こいつはカコと契約したから、契約者となったカコの頼みを聞く義務があるのニャ。だからカコが絶対に言うニャと言えば、カコの加護の事は言えニャくなるのニャ」


 精霊の契約の制約とかなんとかでそういう縛りがあるとの事だった。

 で、ほんとにそうなのか本人に確認してみると……


「そうよー、カコが絶対やってほしいってお願いするなら叶えてあげる。もちろん精霊に強制力の高いお願いをするんだから、相応の対価を要求するけどね」


 はい、合成したご飯ですね分かります。

 てな訳で対価であるご飯を作りつつ、私のスキルについて秘密にしてほしいとお願いしたところ、ミズダ子は快く引き受けてくれた。


「おっけー。ようはこの力でカコは力ある供物を用意してくれるって事ね。で、それを欲深い連中に利用されたくないから黙っててほしいと」


「うん、そういう事」


「いいわよ、なんならカコが加護を使うときは私が周囲を目隠しして誤魔化してあげる」


 おお、それはありがたい!

 という訳で私が人前で力を使うときは、ミズダ子が上手く誤魔化してくれることになったのである。


「これで今まで以上にスキルを使いやすくなったね」


「それでもおニャーがうっかりやらかさないかニャーは心配だニャー」


 失敬な、私はそんな迂闊な人間じゃないぞー!


「よし出来た!」


 なんて話を思い出してる間に、ご飯が完成した。


「「わーい!」」


 即座に食べようと殺到してきた二人を手で制すると、私は料理を皿によそう。

 ちゃんとご飯はお皿に盛らないとね。


「んじゃ、いっただっきまー……」


ガササッ!!


「メシの匂いーーーーっ!!」


 ご飯を食べようとしたその時だった。突然密林の中から何かが飛び出してきたのである。


「え!?」


 それは猛烈な勢いで私に向かって飛び掛かってきた。


「っ!」


 無理! 避けれない!


「「させるかぁー!!」」


 そこにニャットとミズダ子が立ちふさがるように飛び出すと、飛び掛かって来たそれを逆に蹴り飛ばす。


「ごはっ!?」


 密林の木々に叩きつけらえたソレは、潰れたカエルのような声を上げると地面に崩れ落ちる。


「ニャー達のメシに手を出そうとはふてぇ野郎だニャ」


「ふてぇ野郎だ!」


「一体なんだったの……?」


 恐る恐る地面に落ちたそれを見ると、そこにあったのは巨大な茶色い毛の塊だった。

 いや違う、これは毛の塊じゃない。生き物だ。


 よく見ると塊の上には耳らしきものが見えて、端っこには尻尾らしきものも見える。

 この生き物正体は、


「でっかい……犬だ」

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