第155話 救いを求める暴徒達

「グロラコ領の町が見えてきました」


 大きな砂丘を超えると、砂漠の真ん中にポツンと立つ背の低い囲いに閉ざされた町が見えてくる。

 実際にはその囲いは高いんだけど、まだ遠いから背が低く見えるだけだ。

 ただ……


「オアシスが涸れてる」


 そう、砂丘の上から町の全貌を眺めた私達の目には、町にある筈の大きなオアシスが見当たらなかったのだ。


「どうやらオアシスが涸れたのは本当のようですね。町に到着次第水源の確認に向かう予定です」


 同行していた視察官から、町に着いた後の予定を確認されると、私達が乗ったヤクツメカワウソはミズダ子の水の塊から降ろされ、砂漠の上へと降り立つ。


「キュイ」


 久々の砂の感触に、ヤクツメカワウソはほっとしたような声をあげると、船長の指示に従ってオアシスの町へとゆっくり進んでいった。ちょっと可愛いな。


『こちらは王都騎士団である。砂門を開けよ!』


 砂馬車の甲板に紋章の描かれた旗が掲げられると、船長がマジックアイテムらしき拡声器で門を守る門番達に命令を伝える。

 そして少し待つと、すぐに門が開き、ヤクツメカワウソが町の中に入ろうとした……んだけど。


「砂馬車が来たぞーっ!」


「早く乗せてくれ! 金なら出す!」


「水だ! 水もくれ!」


 外壁の内側に作られた砂馬車の港には、無数の人達が押しかけていたのだった。


「なにこれ……!?」


 人々は港のへりまで押し寄せており、ヤクツメカワウソが船着き場に止まり次第、足場を設置する間もなく登ってきそうな勢いだ。


「お待ちしておりました! 救援の方々ですね!」


 あまりの勢いにヤクツメカワウソが困惑してると、外壁の上から町の衛兵隊が声を掛けてくる。


「我々は王都騎士団である。この町の水源が涸れたという報告を受け、それを調査しに来た」


「調査ですか? では町の住人を避難させるための追加の砂馬車は?」


 船長の言葉に衛兵達の顔色が変わる。


「それは我々の管轄ではない。我々の目的はあくまでも調査と確認だ」


「そんな……」


 助けに来た訳じゃないと言われ、衛兵達の顔が真っ青になる。


「せ、せめて水だけでもありませんか? もう町の水は完全に涸れてしまっているのです。魔法で水を出せる者達は魔力に限度があるからと金持ちに囲い込まれてしまい、住民は水が無くて命に係わる状況なんです!」


 衛兵の言う通り、船着き場に殺到している人達の様子はおかしく、かなり剣呑な雰囲気を漂わせていた。

 ううむ、これじゃあ町に入ることも出来そうにないよ。

 と、その時だった。


「「ギュアァァァァ!!」」


 突然、後方で待機していた護衛のグレートカワウソ達が激しい雄たけびをあげたのである。


「うわぁぁぁっ!」


「ひぃぃぃぃぃっ!!」


 突然の出来事に町の人達が悲鳴を上げて腰を抜かす。


「え? 何々!?」


 っていうか、急にどうしたの!?


「静粛に!!」


 そこに再び拡声器で大きな声を響かせたのは船長だ。


「我等は王都より参った王立騎士団である! 此度はこの町の水源の調査にやってきたのであって、住民の避難の為に来たわけではない!」


「そ、そんな……」


 助けに来たわけではないと断言され、人々の顔に絶望が広がってゆく。


「お、お願いだ! その砂馬車に乗せてくれ! もう水も無いんだ!」


「そうだ! もうここに居ても死ぬだけなんだ!」


 けれどそんなことを言われて納得できない人々は、何とかこの町から連れ出してくれと口々に叫び出した。

 そりゃこうなるのは当然だよ。船長さんどう収拾つけるつもりなの!?


「お願いだ! 助けてくれ!」


「助けて!」


「助けて!」


「助けてくれ!!」


「静まれと言っているっっっ!!」


「「「ひっっ!?」」」」


 さっき以上にボリュームの上がった音声、そして何より船長の迫力ある一喝で場が完全に静まる。

 ま、まさかの大音量による強制沈静化とは……


「我等は救助の船ではないが、別の部署の騎士団が動いている。心配はいらん!」


「で、ですが水が無いとどのみち……」


「その心配もいらん!」


 なおも船長は断言を繰り返し、町の人達の言葉を遮る。


「これより我々はオアシスの水源を調査する。そして上手くいけば水源は蘇る。今暫く待つが良い!」


「オアシスが!?」


「本当なのか!?」


「いつ戻るんだ!?」


 オアシスが蘇るかもしれないと言われ、町の人達がざわめきを取り戻す。

 しかしそのざわめきは暴動寸前だったさっきまでとは違い、希望を含んだ音の重なりだ。


「早く戻してほしいのなら、道を開けよ! ここでお前達が道を塞いでいてはいつまでたっても水源の調査に行けぬ!」


「「「っ!!」」」


 これ以上私達の邪魔をしても損にしかならないと察した人達が、慌ててオアシスへ続く道を開ける。


「では参りましょうか」


「あ、はい」


 ついさっきまでの威圧的な雰囲気はどこへやら。

 船長は穏やかな笑みを浮かべてオアシスへ向かう町用の馬車へ私達を案内してくれた。


 いやーこの船長さん、グロラコ子爵を捕まえた時といい、今のやり取りといい、仕事になったらスイッチ切り替えるタイプなんだね。

 かなりビックリしたけど結果的にはこうして町に上陸もできたし、仕事が出来るタイプのオジ様だなぁ。

 うん、まぁ王族用の砂馬車の船長さんなんだし、そりゃ有能だよね。


「よーし、それじゃあオアシスに行くとしますか!」

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