第154話 因縁の対面

 国の専用航路を使ってオアシスの町へと向かっていた私達は、道中で遭遇した不審な砂馬車を捕らえた。


「無礼者! 私を誰だと思っている! 私はオアシスの町の領主、グロラコ子爵だぞ!」


 だけどその中から現れたのは、まさかのグロラコ子爵だったのである。


「って、何でグロラコ子爵が!?」


 突然の遭遇に私が驚いている間にも、グロラコ子爵は早く自分の砂馬車を解放しろと騒ぎ立てる。

 もしかしてこっちに気付いてない?


「貴族といえど、この航路を許可なく使う事は許可されてはいません。誰であろうと等しく厳罰対象です」


 しかしそんなグロラコ子爵に対し、船長は厳しい態度を見せる。


「分からん奴だな! 私は領地を持つ貴族だぞ! お前達の様な只の船乗りとは文字通り立場が違うのだ!」


 と、そこで騒ぎ立てていたグロラコ子爵が言葉を止めてニヤリと笑みを浮かべる。


「だが私は慈悲深い。今なら何もなかったことにしてやるから、すぐに私を解放するのだ!」


 そしてこれである。

 うーん、滅茶苦茶自分勝手な物言いだなぁ。

 貴族でも法律は守らないと駄目だよ。

 

「関係ありません。貴族であっても法を守って頂きます」


 けれど冷淡にも船長はグロラコ子爵の要求を突っぱねる。


「なっ、なんだと!?」


 自分の権力が通用しないなど、露ほどにも思っていなかったグロラコ子爵はあからさまに動揺を見せる。


「そもそも、王族用の砂馬車の運用を任されている我々も貴族なのですから、貴族の権威が通じる訳がないでしょう」


「え!? そうだったんですか!?」


 まさかの船長達まで貴族だとは思わず、こっちが驚いてしまった。

 あと王族用ってどういう事!?


「ええ、このヤクツメカワウソの砂馬車は王族専用の砂馬車ですよ。例外として国賓の方の為に使われることもありますが」


 今回のように、と船長は小声で補足する。


「お、王族用の砂馬車だと!? で、ではそちらにおられるのは王族の!?」


 あ、いえ。違います。王族どころか平民ですよ私は。


「むっ!? そこにいるネッコ族は見覚えが……はっ!?」


 しかし私の方を凝視してきたグロラコ子爵の目が輝く。


「貴方はクシャク侯爵令嬢ではないですか!!」


「侯爵令嬢?」


 ちょーっ、せっかく素性を隠してたのにバラすなー!!


「侯爵令嬢というのはどういう事ですか?」


「ななな何かの勘違いじゃないですかね!」


 やめてー! 気にしないで! せっかく素性を隠して大精霊の巫女なんてやってたのに!

 ってか私が顔を隠しても一緒に居るニャットの顔を隠してなきゃ意味がなかったんじゃん!


「いやー、まさかクシャク侯爵令嬢がこのようなところにいるとは、これぞ精霊の思し召しですな!」


 悲鳴を上げる私の気持ちも知らず、グロラコ子爵は馴れ馴れしく話しかけながら近づいてくる。

 けれどそこに船長が立ちふさがるように前に出て、グロラコ子爵の接近を阻止する。


「事情は分かりませんが、貴方は我が国の航砂法に違反した責任を取って頂かないといけません」


「ふん、話の通じぬ輩に用はない。今は法よりも我が国にとって重大な問題を解決せねばならん時なのだ。クシャク侯爵令嬢、我が領地を救う為に力をお貸し頂きたい」


 そう言って船長を無視すると、グロラコ子爵は語りだす。

 曰く彼はオアシスの水源を元に戻す為に自らが先頭に立ってその方法を探しに出たのだと。


「単に逃げ出しただけじゃニャーのか?」


 そして入るニャットの鋭い突っ込み。

 いやもしかしてこの人、マジで自分だけ逃げ出したん?


「しかし散々手を尽くしたものの、精霊様に認めてもらえる程の品は見つかりませんでした。いっそそこで諦めてしまえば楽だったのかもしれませんが、事は我が国にとって最も重要な水源。そこで私は恥を忍んで貴方を探していたのです!」


 グロラコ子爵はまるで演劇の俳優のように体を派手に動かして自分がいかに頑張ったのかをアピールしてくる。


「クシャク侯爵令嬢、どうか精霊の巫女である貴女の力をお貸しください! この国の民を救うために!!」


 と、グロラコ子爵は船長に接近を阻まれつつも、その場に跪き私に力を貸してほしいと懇願してくる。


「もはや貴女の力を借りるしか水源を取り戻す術はないのです!!」


 おおう、清々しいまでの他力本願っぷり。


「どうか、どうかこの国の民を救うために!!」


 これさ、皆の為って言いながら町の人達を盾にしてるよね。

 うん、さすがの私でもあからさま過ぎて分かるぞ。

 これで私が断ったら、私が見捨てたせいでオアシスが涸れたって責任転嫁する気だろコレ。


「貴様がそれを言うか!」


 しかしグロラコ子爵の物言いに対して怒ったのはタニクゥさんだった。


「貴様が我らの警告を無視して儀式をしなかったからこんなことになったのではないか!」


「なんだ貴様は? 私はクシャク侯爵令嬢と話しているのだ。罰せられたくなかったら事情を知らん平民は黙っていろ」


 わー、タニクゥさん相手にそれを言っちゃいますか。


「じ、事情を知らんだと!!」


「それはおかしいですな。我々は水源を維持する為には精霊様へ儀式を奉納する必要があると再三警告してきたのですぞ」


 激高して今にも殴り掛からんばかりのタニクゥさんだったけれど、それを遮るように長老が間に入る。


「長老!!」


 邪魔をするなと声を荒げるタニクゥさんに対し、長老は彼女を手で制する。


「オアシスの守り手であった我々は、契約の不履行による水源の涸渇だけは阻止すべく、貴方がたに対して警告を繰り返してきました。その我々に対して事情を知らぬとは筋が通りませんな。むしろ何故今まで解決策が分かっていながら何もしなかったのかと、責任を追及したいほどですぞ」


 タニクゥさんが騒ぎを起こして立場を悪くしないよう割って入った長老だったけれど、彼もまたグロラコ子爵に対して怒っている事には変わらなかったようで、あえて周りの船員達に聞こえるように自分達の因縁を語る。


「儀式だと? そんなどこの誰とも知れぬ馬の骨の与太話など信用できるわけが無かろう!」


 いや、その与太話が無視されたからミズダ子がオアシスの管理を放棄するって宣言したんじゃん。

 さてはこの男、自分に都合の悪い事は無視するタイプだな?


「いや、さてはお前達がオアシスを涸らした犯人なのではないか? 怪しげな儀式などと言って、私を騙して金を巻き上げる気だろう!! お前達、この詐欺師を捕まえろ!!」


 そしてとうとうグロラコ子爵は全ての責任を長老に転嫁して捕まえろまですら言い出した。

 当然グロラコ子爵の配下でも何でもない船員達は、どうすんだよコレって感じで彼を呆れた目で見ていた。 


「ふむ、与太話ですか。なるほど」


 けれど、長老はグロラコ子爵の理不尽な発言に怒るそぶりすら見せず、飄々とした態度で受け流す。

 っていうか、笑ってる?


「船長、それに査察官殿」


 すると長老は視線の先を船長と今回の事件を調査する為に同行してきた査察官に向ける。


「領主様もこうおっしゃいましたし、貴方がたに我々の手際を見てもらうにはちょうど良いかと」


 と、奇妙な言い回しをする長老。

 そして三人で集まると何やらぼそぼそと話し合いを始めた。


「成程、確かにそれなら手っ取り早いですな」


「貴方がたがそれで宜しいのなら」


 そして話が終わると三人は私達を、いやグロラコ子爵に視線を向ける。


「お前達、この男を縛って船倉に放り込んでおけ!」


「なっ!? なんだと!? どういうつもモガッ!?」


「「「アイアイサー!!」」」


 突然の拘束命令に異議を申し立てようとしたグロラコ子爵だったけれど、即座に動いた船員達によってあっという間に拘束される。

 更にご丁寧な事に口も塞がれると、彼は流れるように外へと連れ出されていったのだった。


「では行きましょうか皆さん」


「……」


 そして、口論の途中で蚊帳の外に放り出されたタニクゥさんだけが、ポカーンと口を開けて感情のやり場をなくしたまま立ち尽くしていたのだった。

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