第153話 純白の襲撃者再び

 ミズダ子の奇妙な呼びかけによって現れたのは、白い砂塵狼だった。


「あれってこないだの!」


 間違いない、あいつは砂馬車で移動していた時に遭遇した白い砂塵狼だ!

 確か白砂って言う名前だったはず。


「何であの時の砂塵狼がこんなところに!?」


 しかも奇妙なことに白砂は一匹だけで、仲間の姿は見当たらなかった。

 もしかして仲間とはぐれたとか?


「白砂だとっ!?」


 そして白砂の出現に、船内が騒然となる。


「総員戦闘態勢! 急ぎ白砂から逃げろ!!」


 しかも船長の判断は迎撃とかじゃなく、逃亡だった。


「ええ!? 逃げるの!? 護衛のグレートカワウソ達がいるのに!?」


 グレートカワウソ達は名前はちょっとバカッぽいけど、その実力は確かだ。

 そんなのが何体も護衛にいる私達に襲ってくるほど、あの白砂も馬鹿とは思えない。


「無駄です! 白砂はこの砂漠の頂点。グレートカワウソ達でも足止めにしかなりません!」


 マジですか!? こんなバカデカいグレートカワウソ達が足止めにしかならないの!?


「「ギュォォォォ!!」」


 そうこう言っている間に、周囲を囲んで並走していたグレートカワウソ達が私達の壁になるように前に出て、代わりに私達の乗っているヤクツメカワウソは白砂から逃げるべく弧を描いて進路を変える。


 けれど、そんな私達を白砂は、逃さんとばかりに雄たけびを上げた。


「ウォォォォォォォン!!」


 相も変わらず魂が震えるような雄たけびを上げる白砂。

 その恐ろしい雄たけびに、ヤクツメカワウソがブルリと震えて船がグラリと揺れる。


「うわっ!?」


「おっとだニャ」


 倒れそうになった私をニャットがサッと受け止めてくれる。


「あ、ありがと」


「これからもっと揺れるからしっかり捕まっておくのニャ」


「落ち着け! 仲間達が守ってくれている! お前の足なら逃げ切れる!」


 船長達は怯えるヤクツメカワウソを宥めて何とか再び移動し始める。


「ギャウン!!」


 その鳴き声に振り返って後方の窓を見れば、なんとあの巨大で恐ろしい形相をしていたグレートカワウソ達が何頭も積み重なって倒れ伏していた。


「って、ええーっ!?」


 マジで!? もう倒されちゃったの!? 流石に強すぎない!?

 しかも白砂の体は真っ白なままで、戦いで全くダメージを負った様子すらない。


「っていうかグレートカワウソ達の方も怪我してない?」


「実力が違い過ぎて相手にもされてないのニャ」


 それってマジでヤバくないですか?


「急げ急げ!!」


 船長達に急かされ、ヤクツメカワウソが全力で逃げる。

 その速さは凄まじく、新幹線か飛行機かといった猛スピードだ。

 これなら白砂も追いつけないんじゃ……


「ウゥゥゥゥ」


 と思ったらめっちゃ追っかけてきてる!!

 しかも引き離すどころか近づいてきてるんですけどぉぉぉぉ!!


「ちょっ、ど、どうすんのコレ!?」


 ヤバイじゃん、このままだと追いつかれて襲われちゃうよ!!

 あっ、マジヤバイ。もう真後ろまできてるじゃん!


「迎撃急げ! 怯ませろ!」


 船長の指示を受け、乗組員達が白砂に向けて攻撃を放……


「グルォォォォン!!」


「ピギィィ!!」


「「「っっっ!?」」」


 けれど白砂の雄たけびを受けた事でヤクツメカワウソがバランスを崩し、攻撃が中断される。

 それどころかヤクツメカワウソは完全に砂に足を取られてしまい、体が砂の中に突っ込んでゆく。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 当然その上に乗っていた私達もただでは済まず、砂船の中はシェイカー状態となった。


「うぅぅ……」


 なんとか揺れが収まった私は、ふらつく頭を軽く振って身を起こす。


「助かったよニャット」


 正直ニャットに捕まってなかったら、今頃そこらへんにぶつかって大怪我してたかもだよ。


「う、うう……」


 でも乗組員の人達はそうもいかず、沢山の人が激しい衝撃に倒れたり船内の壁や器具に体をぶつけて血を流している。


「いけない、手当てしないと!」


 私は急いで魔法の鞄からポーションを取り出そうとする。

 けれど、何故か突然手が震えて鞄の中身が取り出せなくなった。


「え?」


 な、なにコレ!? 何が起こってるの!?


「アイツが見てるよ」


「見て……?」


 ミズダ子の言葉に顔をあげると、私は窓の外にいるヤツと目が合ってしまった。


「……白砂」


 そう、窓の外から、白砂が私を見つめていたのだ。


「なん……」


 何で? 何で私を見てるの?

 その無機質なまなざしのせいか、手の震えが全身に回ってゆくのを感じる。

 更にただ見られているだけなのに、体中が冷えていくような錯覚さえ……ううん、これ、本当に錯覚? 冷えるというより、まるで吹雪の中に放り出されたような感覚なんだけど……


「はーいそこまで。羨ましいからって意地悪しちゃダメでしょー」


 そんな私をかばったのはミズダ子だった。

 ミズダ子は私と白砂の間に入ってその視線を遮る。

 すると不思議な事に今まで感じていた吹雪の中のような寒さが消え、体の震えも収まる。


「もう見られても大丈夫ニャ」


 そしてニャットが私の足元をくぐると、そのまま自分の背中に乗せて窓に近づいてゆく。


「え、ちょっ!?」


 近づいて大丈夫なの!?

 窓の外の砂塵狼は、今もこちらを見つめてきている。

 ただ、幸いなことにさっきの寒さと震えが再発する様子はない。


「ふふん、羨ましいならそう言えばいいのに」


 ちょ、なんかわかんないけど挑発しないでよ!

 そもそも羨ましいって何のこと!?


「フシュ」


 けれど、白砂にはその発言の意図が伝わったのか、まるで呆れるように鼻を鳴らして身をひるがえす。

 そして砂馬車の甲板からピョンとジャンプすると、数十メートル先まで跳んでいった。


「うっわ、凄」


 なにあのジャンプ力。めっちゃ跳んだよ。


「……」


 そして一度だけ振り返ると、白砂は去っていった。


「ええと、助かったの……?」


 え? 結局何しに来たのアレ!?


「単に挨拶に来ただけじゃないのー?」


「挨拶? なんの? っていうか知り合いなの?」


「んー、別にー」


 私の質問にミズダ子は知ってるとも知らないとも取れないあいまいな返事を返す。


「まーヤツに殺気はニャかったからニャ」


 え? もしかしてニャット、危険がないって分かってたの!?


「当然ニャ。カワウソ達はアイツの格に怯えてパニックにニャってたし、船の連中はそもそも気づいてもいニャかったみたいだけどニャ」


 それならそうと言ってよぉー!


「って、それどころじゃない! 皆を治療しないと!」


 私はポーションを取り出して怪我をした人達の治療に向かう。


「うう、申し訳ありません。我々としたことが客人に助けられるとは……」


 幸いにも船の人達は軽傷の人ばかりで、普通のポーションで治る程度の傷ばかりだった。


「幸い、馬車を運ぶカワウソ達にも怪我がありません。落ち着いたらすぐに移動を再開できそうです」


 砂馬車を運ぶカワウソ達にも怪我が無かったらしく、私達は彼らが落ち着くのを待つことになった。


「それにしても奇跡だ。白砂に遭遇して被害らしき被害もなく切り抜ける事が出来たなんて」


 どうやらこの状況は相当に運がよかったみたいである。


「これも精霊様のお陰なのですね!」


 と思ったら、船員達が一斉にミズダ子にひれ伏す。


「ふっふーん、くるしゅーない」


 う、うーん、まぁ確かに、ミズダ子のお陰で白砂を撃退出来た、と言えなくもないのかな?

 なんか呆れて帰ったようにも見えたけど。


 そんな感じで船員達に崇拝されて良い気分を味わっていたミズダ子だったけれど、すぐに飽きたのか、空中に寝転がってダレた感じになる。


「んー、いつになったら移動再開するわけー?」


「も、申し訳ありません。まだカワウソ達がショックから立ち直っていないもので……」


 だねぇ。グレートカワウソ達はそろそろショックから立ち直った感じだけど、ヤクツメカワウソはまだ無理っぽい。アザラシみたいに両のお手々で顔を隠して、尻尾も丸めて完全に怯えちゃってる。

 正直言えば凄い可愛い光景だから、もうちょっとくらい待っても私はいいんだけどね。


「んー、飽きた。私達だけで行こ」


 そしたら我慢できなくなったミズダ子が自分達だけで行こうと言い出した。


「お、お待ちください! 我々は精霊様と巫女様方の送迎を申し付かっております! ここで皆様だけで行かせては我々が王よりお叱りを受けてしまいます!」


 まぁ慌てるよね。私達を送るだけでなく、この人達はオアシスの町に着いたら現場の状況確認やらしないといけないわけで、私達が先に行ってオアシスを復活させてたりしたら、仕事に支障をきたすだろうからねぇ。


「ミズダ子、この人達も仕事だから、もうちょっと待ってあげようよ」


「おお、ありがとうございます巫女様!」


 私がとりなすと、船長達が一斉にひれ伏してくる。

 いやこの国の人達ひれ伏し過ぎでは!?


「でもこのままだと暇なのよねー。あっ、そうだ! なら私がこの子ごと運べばいいじゃない!」


「え?」


 言うや否や、ミズダ子は船から飛び出ると、空中に巨大な水の塊を作り出す。


「これはまさか!?」


 そして水は砂の上に丸まっていたヤクツメカワウソを持ち上げると、猛烈な勢いで移動を始めた。


「やっぱりぃぃぃぃぃ!!」


 遠ざかっていく光景を見ると、突然移動を始めた私達を見てポカーンとしていたグレートカワウソ達が慌てて追いかけてくるのが見える。


 そんな感じで私達はミズダ子に運ばれて砂漠の旅を再開する事になった。

 途中突然持ち上げられたことにヤクツメカワウソがびっくりして抜け出そうともがいたりしたのだけれど、ミズダ子にガッシリ掴まれて逃げる事も出来ず、すぐに諦めてグッタリとなる。

 そして少したら、状況を受け入れたのか、キュッキュッと楽し気な声を上げるヤクツメカワウソ。


「もともと人懐っこく好奇心旺盛な子ですからね……」


 と、ヤクツメカワウソの気性について説明してくれた船長は、状況にかなり困惑気味のようだったけど。


 ともあれ、そんな訳で私達は順調に砂漠を移動していた。

 そんな時だった。


「あれ? 何か向かってきてるわよ」


 私達を運んでいたミズダ子が前方を指さすと、視線の向こうから小さな何かが見える。


「あれは……魔物、じゃなくて砂馬車?」


 そうだ。アレは砂馬車だ。

 砂馬車が近づいてきている。


「おかしいですね」


 けれど船長は近づいてくる砂馬車に厳しい顔を見せる。


「おかしいって何がですか?」


「この航路は国の管理する専用航路なんです。ですから一般の砂馬車は使用が禁止されているのですよ」


 なんと、そんな特別な道だったんだ。

 っていうか周り全て砂で航路とかさっぱり分からないんですけど?


「貴族であっても許可を得た者しか使う事は許されないのですが、そもそもここ数日は使用申請が出ていない事は確認済みです。ですので何らかのトラブルでスケジュールが狂って我々と鉢合わせたとも考えられませんね」


 と言う事はあの砂馬車は無許可でこの航路を走る違法砂馬車って事?


「申し訳ありません。我々にはあの砂馬車を検査する義務があります。ですがヤクツメカワウソがこの通りの有り様なので、お手数ですが精霊様にあの砂馬車の捕獲協力をお願いできますでしょうか? 勿論国に申請して謝礼は用意します」


 おお、自分から謝礼の支払いを提案してくるあたり、この船長さんはしっかりした人だね。

 それに向かってくる砂馬車に後ろめたい理由があるのなら、協力しておいた方が後々タニクゥさん達にも有利になるかもだ。


「ねぇミズダ子」


「おっけー、アイツを捕まえれば良いのね! アレ気に喰わない感じがするし、任せて!」


「気に喰わない? 砂馬車が?」


 砂馬車に気に食わないとかあるの?

 それとも砂馬車を乗せている騎獣の方?


「砂馬車が進路を変えました!」


 と、船長の言葉に視線を戻せば、砂馬車が弧を描いで別の方向に向かうのが見える。


「あっ、逃げる!」


 もしかしてこっちが捕まえようとしてるのに気づいた?

 って事はやっぱあの砂馬車はたまたまここを通ったとかじゃなく、本気で後ろめたい事をしてたって事!?


「そりゃデカイ訳の分からん水の化け物が向かって来たら、誰だって逃げるのニャ」


「……そうだね」


 うん、私でも逃げるわそれ。


「あっはっはー、でも逃がさなーい!」


 進路を変えた不審な砂馬車はミズダ子から逃げようとするも、巨大な水の塊から伸びた腕によってあえなく捕まってしまった。


 すまんな怪しい砂馬車の人達よ。

 相手が悪かったと思って諦めてください。


 ミズダ子は捕えた砂馬車を持ち上げると、私達の乗るヤクツメカワウソに近づける。

 はてさて、一体どんな人達が乗ってるんだろ。

 いきなり襲ってくるようなヤバい人じゃないと良いけど。


「そこの砂馬車に告げる! 我々は王都所属の砂上騎士団である! そしてここは国が管理する緊急航路である。すぐに姿を見せ航路を無断使用した理由を説明せよ!」


 おお、船長が凄く軍人っぽいことしてる。

 国の名前を出されたし、これは怪しい船の人達も覚悟して出てくるしかないんじゃないの?

 同じことを思ったのか、ミズダ子に捕まった砂馬車の扉がバタンと開き、中から人が出てきた。


「無礼者! 私を誰だと思っている!」


 けれど、その第一声は謝罪でも事情の説明でもなく、怒声だった。


「私はオアシスの町の領主、グロラコ子爵だぞ!」


 そして姿を現すグロラコ子爵……って、え?


「グロラコ子爵!? 何でこんなところに!?」


 なんと、不審な砂馬車から出てきたのは、私達が向かっていた町の領主、グロラコ子爵なのだった。

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