第152話 砂漠の猛獣

「水の大精霊の巫女様、ハチャーテ族のお二方、視察官と砂馬車の支度が整いました」


 王城の離宮で朝食を食べてのんびりしていると、執事さんが出発の準備が整ったと伝えてきた。


「分かりました。では行きましょうか」


「はっ!」


「畏まりました巫女様」


「よっこらせニャ」


「あれ~、もう行くの?」


 出発すべく皆に声を掛けると、三者三様の返事が返ってくる。


「貴方のご飯ほどじゃないけど、まぁまぁ美味しいご飯だったわ~」


 と、ミズダ子は王宮で出されたご飯を褒める。

 へぇ、あれだけご飯について厳しかったミズダ子が褒めるなんて、さすがは王宮だね。


「うむ、この城の料理は悪くニャかったのニャ。おニャーの料理程じゃニャーけどニャ」


 君達何でいちいち私の料理と比較するの?

 私の料理なんて基本素材ブーストが掛かってるだけだよ? いや、そこが重要って事なのか? それはそれで複雑なんですけど?


 ◆


「壮健でな、大精霊の巫女殿」


 砂馬車の貴族専用発着場にやって来ると、何故か待っていた王様が見送ってくれた。

 いやなんで居るの?


「過分な配慮ありがとうございます。国王陛下にも精霊様の加護がありますように」


 まぁ見送ってくれるって言うんだから、お礼は言っておこう。


「こちらの馬車にございます」


 案内されたのは物凄い豪華な装飾の施されたクルーザーみたいなのが乗ったカワウソだった。


「キュイ!」


「うわ可愛い」


 ちなみに見た目はコツメカワウソそっくりで、こっちを見て首をかしげる顔が凄く可愛い!


「ヤクツメカワウソです。非常におとなしく愛らしい外見に反して速度は速く乗り心地も良い騎獣ですよ」


「へぇ、こんな子もいたんだ」


 出迎えてくれた船長さんの説明を聞きながら船に乗りこむ。


「ヤクツメカワウソは薬草を食べる事から爪に薬草が詰まっている事でも有名で、ヤクツメカワウソの居る場所には良い薬草があると言われています。ただその植生が原因で飼育には相応の財力が必用になってしまうのですが」


 なるほど、巨大カワウソが毎日食べる量の薬草を確保できるお金持ちでないと飼育は無理と。

 道理でこんなに可愛いのに道中見なかったはずだ。


「ギュイイ!」


「うぉ!?」


 突然の大声にびっくりして振り向けば、私達の乗った砂馬車の横には滅茶苦茶ヤバそうな眼付きをした巨大なカワウソの姿があった。

 そのカワウソはヤクツメカワウソの倍以上の大きさで、特に目付きがヤバイ。

 もう関わっちゃいけない人みたいな目をしている。

 外見は同じなのに、目付きが違うだけで別物になっている。


「うわ、めっちゃ怖」


「あれは護衛のグレートカワウソです。非常に獰猛で見た目も恐ろしい事から、軍で飼育されているんですよ」


 ああ成程、確かにあの目付きのヤバさなら軍に飼われていてもおかしくないや。

 めっちゃ怖いもん。


「それでは出発しますので、中にどうぞ」


 案内されるままに馬車という名のクルーザー部分に入ると、そこは応接間もかくやという光景だった。


「馬車というよりも豪邸ですなこれは」


 うん、長老の言う通りだ。

 仮に目隠しして連れてこられたら、ここが馬車の中だなんて信じられなかっただろうね。 


 行きのジェットコースターみたいな固定具付きの椅子と違って、こっちは柔らかそうなソファーと完全に別物だし。


「うわフッカフカ」


 そして予想通りフカフカのソファ。これは高級品ですわぁ。


「キュィィィ!」


 と、外からヤクツメカワウソの鳴き声が聞こえてくると、体がソファーに沈み込む感覚を覚える。


「出発しました」


 え? マジ? 単にヤクツメカワウソが身じろぎして揺れただけじゃないの?

 けれど窓越しに外を見れば、確かに景色は動いていた。


「あっ、ほんとだ。移動してる。しかも速い」


 周囲にものの無い砂漠を見ても動いている実感はないけれど、別の窓を見れば王都がどんどん小さくなっていくのが分かる。

 凄いなヤクツメカワウソ。こんなに揺れないのに滅茶苦茶早いぞ。


「クローラフィッシュに乗ったときは死ぬかと思ったのに」


「クローラフィッシュに乗った事がおありですか? まぁ、アレは人の乗るものではありませんからなぁ」


 人の乗るものじゃないんだアレ……


「アレに乗るのはよほど急いでいる人間か、よっぽどの変わり者くらいでしょうし」


 だよね。普通はあんなのに乗らないよね。


「ギュィィィィィ!」


「おわっ!?」


 再び聞こえてきた悲鳴のような金切り声のような鳴き声に視線を外に向ければ、グレートカワウソの姿が見える。


「あれ? 何で?」


「あれらはこの砂馬車の護衛でございます」


「私達の?」


 え? 何で護衛なんて居るの? しかもアレ、軍が飼ってるヤツでしょ?


「このヤクツメカワウソは王族用の砂馬車ですからね。魔物だけでなく、不埒な事を考える賊が襲ってこないとも限りませんから」


「「「王族用の砂馬車ぁぁぁぁ!?」」」


 突然の爆弾発言に思わず叫んでしまう。


「ニャンだおニャー等、気付かニャかったのか? 砂馬車の側面に思いっきり王家の紋章が描かれていたのニャ」


 知ってたのなら先に言えーっ!


「あとヤクツメカワウソは王家か公爵級貴族だけが乗る砂馬車にゃ」


 それも新情報ぅぅぅぅぅっ!!

 なんという事でしょう。気が付いたら超VIP待遇でした。

 いや夕べからそうだったけどさ。


「「「ギュィィィィ」」」


 再び恐ろしい叫び声が上がったと思うと、複数のグレートカワウソ達が飛び出してゆく。


「魔物の群れが現れたようですね」


「魔物の群れ!?」


 その言葉に以前砂塵狼の群れに襲われた事を思い出す。


「ですがご安心を。グレートカワウソの敵ではありませんよ」


「「「ギャギャギャギャ!」」」


 その通りだとばかりに、私達の侵攻方向で砂をドパンドパン吹き飛ばしながら、グレートカワウソ達が大暴れを始める。

 なんか砂の黄色に混じって赤い物が吹き飛んでるんですけど……

 そして数分としないうちに砂の爆発とグレートカワウソ達の狂乱の雄たけびは聞こえなくなった。

 どうやら勝ったらしい。

 そして再び進みだすヤクツメカワウソ。


 その後も同様のやり取りをしながら進んでゆく砂馬車。

 グレートカワウソ達は危なげなく魔物達を殲滅してゆく。

 目付きと鳴き声はめっちゃ怖いけど、味方としては滅茶苦茶頼りになるぜぇ。目付きは怖いけど。


「しかしやはり多いですな」


「多いと言うと?」


 船長がポツリと漏らした呟きに私は問いかける。


「ああ、これは失礼しました。実はここ最近魔物の発生率が多くなっておりまして」


「魔物の発生率ですか」


 そういえば長老達も魔物が増えて出稼ぎに行く人達に被害が出ているって言ってたっけ。


「更に魔物の発生率は王都周辺だけでなく、国全体で増えているとの事です」


「理由は分からないんですか?」


 普通に考えると、魔物の産卵時期とかそういうのだと思うけど。


「魔物の産卵時期は確かに増えますが、全国的にこれだけ増えるのは異例ですね」


 この国に住んでいる人も初めての状況かぁ。なんかヤバそうだね。


「ですがご安心を。御覧の通りグレートカワウソは我が国が誇る最強戦力ですので、大精霊の巫女様におきましては安心して砂漠の旅をお楽しみください」


 悲報、グレートカワウソは国の最強戦力でした。

 ただの自称巫女にそんなヤベーもん護衛として引っ張り出してこないでー!


「魔物の方も王都から軍を派遣して大々的に討伐に励んでおります。各地の領主も同様ですので、しばらくすれば魔物の数も落ち着くでしょう」


 そっか、国もちゃんと仕事してたんだね。

 もしかしたら、グレートカワウソを護衛に付けてくれたのも、道中の護衛という意味だけじゃなく、魔物を討伐する為だったのかもしれない。


 そんな訳で、私達は安心して安全な旅を楽しんでいた……のだけれど。


「退屈ぅ~」


 突然ミズダ子がそんなことを言いだしたのだ。

 おいバカやめろ、嫌なフラグ立てるな。


「っていうか、いつまで見てる訳ぇ?」


 え? 見てる? 誰が?

 周囲を見回してみるけれど、特に誰かがミズダ子を見ているような様子はない。

 もしかして隠れて見てるとか?


「そろそろ、出てきたら?」


 そうミズダ子が言った直後、


『ウォォォォォォォォン!!』


 まるで体の芯に直接響くような雄たけびがこだました。


「なっ!? え!? 何!?」


「お、やっと出てきた」


 楽しそうなミズダ子の視線を追って船の外を見ると……


「あれは……」


 そこには、巨大な白い砂塵狼の姿があった。

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