第151話 国王様との謁見

「余がこのルワウマーク国国王ローメイン=ドル=デルファ=タルテロックである」


 まさかの王様出て来たぁーっ!

 ええ!? 何で王様が出てくるの!? 普通こういう時は話を聞く為に適当な役職の人が出て来るもんじゃない!?

 何で一番偉い人が出て来ちゃってるの!?


「こ、こここ国王!?」


「な、何故国王が直々に!?」


 そしてあからさまに同様の声を上げるタニクゥさんと長老。

 いやアンタ達、私達は交渉に来てるんだよ? 交渉しようとしていた二人がいきなり相手のペースに乗せられてますって感じで驚いてどうすんのさ。


 なんかその姿を見て逆に冷静になってしまった私は、相手に見られない様に小さく息を深く吸うと二人に声をかける。


「落ち着きなさい二人共。相手が国王であろうとも、私達が話す内容は変わらないでしょう?」


「「はっ!?」」


 私に窘められた事で、二人は慌てて背筋を正す。


「し、失礼しました。私はハチャーテ族の長老バートラ。こちらは村の巫女であるタノクゥ様です。そしてこのお方が……」


 と、二人の視線が私に向くと、室内の視線が全て私に集まる。


「水の大精霊様の大巫女様です」


「初めまして国王陛下」


 私は軽く会釈をして挨拶を終える。


「子供の声!?」


「そちらの娘が精霊の巫女ではないのか?」


 私の声を聞いて、国王の傍に控えていたおじさん達が不審げな目を向ける。


「無礼な! 国王陛下に顔も見せぬとは何事か!」


 そんな中、私の振る舞いが気に入らなかったおじさんの一人が私に顔を見せろと文句を言ってくる。

 はいそうです。今の私はフードを被って顔を隠しています。

 だって顔バレしたくないもん。でもまぁ多少なりとも貴族マナーを教わった身なので、こんな事を言われた時の事はちゃんと考えてある。


「私は大精霊様の巫女ですので、本来なら俗世に関わる訳にはいかないのです」


 真っ赤な嘘である。でもどこから侯爵家の関係者だったとバレるか分からないので、ここは精霊の権威をガッツリ利用させてもらう次第。


「なっ! ~~っ!」


 私にスルーされたおじさんが怒りで顔を真っ赤にする。


「控えよ大臣!」


 けれどそんなおじさんが何かを言おうとする前に国王が遮る。


「よい、相手は水の大精霊様の巫女殿なのだ。我等には分からぬ精霊との約定があるのであろう」


 おお、良い感じに勘違いしてくれたね! 流石国王。


「それよりも話を聞こうではないか。水の大精霊様が何故オアシスを涸らしたのか、その真意を」


「っ……」


 国王に諭された事で、大臣さんは言いたい事を飲み込んで一歩後ろに下がる。


「大巫女殿、水の精霊様は何をお考えなのだ?」


 意外にも国王の対応は紳士的、というか丁寧だった。

 なんというか、王様っていうくらいだからよくて「話を聞いてやろう。さっさと言え」くらいの上から目線で命令してくるかと思ったのに、寧ろこの態度は大事なお客様って感じだ。


「……」


 そんな対応に疑問を感じて国王を見てみると、なんだか様子がおかしい。

 なんていうか、凄く視線が彷徨ってる。

 こっちを見ようとしないっていうか、見たいけど見たくないみたいな感じで見たり視線を逸らしたり忙しい。

 とはいえ、このまま国王ウォッチングをしてても仕方が無いか。

 まずは事情を説明しよう。


 私が話をしようと姿勢を正すと、国王がピクンと反応する。

 その反応はあからさまに反応したりしない様に、必死で我慢しているような反応っぷりだ。


「まず先に行っておきますが、私はハチャーテ族の者ではありません。彼等から大精霊様の巫女への要請という形で関わっているに過ぎません。ですから、詳しい事情は彼女達が説明します」


 すると国王はすぐに視線を私からタニクゥさん達に向ける。


「「っ!?」」


 突然注目が集まった事にビクリと震える二人だったけど、すぐに身を正してタニクゥさんが事情を話しだす。


「……という訳で、我々には大精霊様の加護でオアシスの涸れた水源を元に戻す術があります。対価として求めるのは奪われた我等の故郷の返還、そして我等から故郷を奪った男の身柄の引き渡しです」


 最初はつっかえつっかえだったものの、話しているうちに落ち着いてきたのか、タニクゥさんは最後まで話を終える。


「ふむ、奪われた土地の奪還か。初めて聞く話だ」


「なっ! お前達があの男に力を貸して我等の故郷を奪ったのだろうが!」


「無礼者!!」


 国王の態度に激高して立ち上がりかけたタニクゥさんだったのだけれど、そばにいた騎士達が目にもとまらぬ速さで剣を抜いてタニクゥさんの首元に当てる。


「っ!?」


 うっわー、めっちゃ速い。っていうかマジで見えなかった。


「止めよ」


「ですが陛下」


「止めよと言ったのだ。剣を引け」


「……はっ」


 騎士達は国王に噛み付いたタニクゥさんから渋々剣を引くと、鞘へと納める。


「そなたらの事情は分かった。だがその話は余が王位を継ぐ前の話だ。本当に知らぬのだよ」


「そんなっ……っ!」


 悔しげなタニクゥさんに対し、国王は冷静な態度で……いや、あんまり冷静じゃないな。

 なんかこの国王、めっちゃそわそわししてる。

 こっちをチラチラ見て、まるでこれで良い? 良いよね? と伺っているようにすら見える気にしっぷりだ。

 何なのこの王様?


「失礼しました。我々としては国と事を構えるつもりはありません。ただ、現在の領主の不手際で失われたオアシスを取り戻す褒美として、我等の故郷を領地として賜りたいのです」


 この間を縫って、長老がタニクゥさんに代わって本命の要望を告げる。


「ほう、余に直接褒美を強請るか。それも領地、爵位を求めるか」


「なんと身の程知らずな! 陛下、このような無礼者今すぐ手打ちにするべきですぞ!」


 そしてすぐさま怒り出す大臣さん。もう私達が何か言う度に文句を言う勢いだ。


「……大臣、よい」


「ですが!」


「よいと言った!」


 国王は今までで一番強い言葉で大臣を叱る。


「考えるのだ。ハチャーテ族とグロラコ子爵の確執が原因で此度の水源消失は起きた。だが元を正せばグロラコ子爵の不手際だ。水源を失うという失態を犯した以上、グロラコ子爵から領地を奪う事は容易い。ならばかの者から取り上げた爵位と領地をこの者達にそのまま与えればよいだけの事であろう。国が損をする事はない悪くない申し出ではないか」


「ですがこのような話を軽々に受けては国の威信が……」


「考えよと言っている。オアシスを失う事に比べれば、あまりにも安い対価ではないか」


 ああ、砂漠に覆われたこの国にとってはオアシスは町の生命線だもんね。

 確かに問題を起こした本人、それもそこまで爵位の高くない貴族を首にして、そこに新しい人を据えるだけで問題が綺麗に解決するなら、国のかじ取りをする国王としては願っても無い話だ。

 大臣は貴族のメンツがあるから、文句を言わずにはいられないって感じ……かな?


 ただ、それにしてはやっぱり国王の反応がおかしいんだよなぁ。さっきから妙に私の反応を気にしてるし。


「良いだろう。その方らの要望を聞き入れよう」


「「っ!? ありがとうございます!」」


「ただし、それはオアシスの水源が涸れている事が事実である事と、更にその水源が戻るのを確認してからだ」


「は、はい!」


「勿論でございます」


 予想外に話がサクサクと進んだ事で、二人は困惑しつつも深々と国王に頭を下げる。


「とまぁこのような結論に至ったが、これでよろしいですかな、大巫女殿?」


 そして私に水を向けてくる国王。


「はい。全て見届けさせて頂きました。できれば今回の交渉が正当な話し合いであった事を示す書状も用意して頂けるとありがたいです」


「無論だ。精霊との約束を違えるつもりはない。すぐに用意させよう」


 ふぅ、何とか無事に話が済んだね。

 正直言えばもっと交渉が難航すると思ってたんだけど。

 ちなみにその時はミズダ子が現れて、なんか文句あんのかってババーンと水の大精霊の権威を振りかざして強引に解決する予定になっていたりする。


「はぁ……っ!」


 と、私の言葉を確認した国王が安堵の溜息を漏らす。

 けれどすぐに顔を引き締めて国王らしい様子に戻る。


「……」


 やっぱりなんか変だ。

 国王、何か隠してる?


「ではグロラコ領への視察官の選出などをせねばならぬ故、準備が終わるまで大巫女殿達にはしばし滞在して貰おう。大巫女殿達を賓客用の宮に案内せよ」


「はっ、大巫女様、ハチャーテ族の方々、こちらでございます」


 ◆


「御用命がございましたらこちらのベルを鳴らしてください。すぐに使用人が御用を伺いにまいります」


「ありがとうございます」


 私は侯爵家で学んだカーテシーを披露しつつここまで案内してくれた執事さんにお礼を言う。


「っ! め、滅相もございません。これが我々の仕事ですので」


 執事さんは慌てて頭を下げると、足早になりそうだった歩みを落として部屋を出て行った。


「……ふぅ。とりあえずはうまくいったね」


 私は安堵の溜息を吐くとソファーに沈み込む。

 うっわー、流石王宮のソファー、めっちゃ柔らかい。


「は、はい。本当に緊張しました……」


「まさか国王が直接現れるとは、予想外にも程がありました」


 二人はまさかの国王登場に相当度肝を抜かれたらしく、今にも意識を手放してしまうんじゃないかってくらい疲弊した様子だった。


「でも何だったんだろうねあの王様の様子」


「国王の様子とは?」


 私の呟きに、タニクゥさん達は何かあったのかと不思議そうな顔になる。

 どうやら彼女達は王様を直接相手にしていた所為で相手を観察するどころじゃなかったみたいだ。

 交渉は当事者にやらせるべきだと放り投げていたお陰で気付けたっぽい。


「それだけどねー、面白かったよー」


 と、そこに突然ミズダ子が姿を現す。


「「精霊様!?」」」


「ミズゥィーダーコゥ」


「「ミズゥィーダーコゥ様!!」」


 何か定番の流れになって来たなこのやり取り。


「ところで面白かったって何が?」


「あの国王達の様子が」


 そう言って、ミズダ子は私達が去った後の応接室で何があったのかを話しだした。


 ◆国王◆


 余は即位以来最大のトラブルに遭遇していた。

 なんと我が王都に水の大精霊を名乗る者が現れたというのだ。

 そして水の大精霊は我が国の民が原因でオアシスが涸れたと告げた。


 その声は水の大精霊が現れた王都外壁から発せられたにも関わらず、王宮の奥にいた余にも届いていた。

 余だけではない。家臣達全員の耳に届いたそうだ。

 王宮には魔法を使った犯罪が行われぬよう、特別なマジックアイテムを持つ者以外魔法が使えない様に細工されている。


 にも拘らず王宮内にその声は響いたのだ。

 我が国最高の魔法使いである宮廷魔術師が口をそろえてその様な事は不可能だと断言した以上、こんな事が出来るのは精霊以外にありえまい。


 精霊、神が生み出したこの世界を管理する神秘の存在。

 エルフと一部の特殊な術者だけが彼等と交流する事ができるらしいが、我等にとっては未知の存在。

 しかし精霊が世界を、自然を管理する以上、水を何よりも重要視する我が国にとっては決して無視できぬ存在だ。


 しかも今回姿を見せたのは大精霊と言う精霊のさらに上に位置する存在なのだと。

 国に仕える数少ない精霊使い達の話では、大精霊の姿を見る機会など数百年に一度あるかどうかという話で、そもそも人に関わる事などまずない。

 唯一確認されたのは、遥かな昔に大精霊の怒りを買った王が、国ごと滅ぼされたという話くらいだとも。


 そんなとんでもない存在が一体何故我が国に現れたのだ。

 しかも記録に残っているのが国を滅ぼした時のみだと!?

 ではまさか我が国を滅ぼしに来たのか!?

 冗談ではない!


「陛下、精霊は魔法が意思を持ったに等しい存在です。我等が呪文を唱え、魔力を消費する事で発動する魔法を、無自覚に、手足を動かすような気楽さで発動させ、しかもその威力は人間以上。そんな存在を従える大巫女の機嫌を損ねれば、古き大国のようにこの国が亡ぶ危険は決して大げさではありません。くれぐれも慎重に対処する必要があるかと」


 待て、それもしかして余が決定しないといけないのか?

 国が亡ぶか否かの瀬戸際になりかねぬ大問題を余が!?


「それが王の務めでございますれば」


 いやお主等、いつもなら「お言葉ですが」とか言って余の決定に異を唱えたり自分達の要望をねじ込もうとするよね!?

 こういう時ばっかり余の決断に任せようとするの卑怯ではないか!?


「うう、宮廷魔術師長よ、どうすればよいのだ」


「相手は人の理の外の存在です。どんな理由で機嫌を損ねるか分かりません。とにかく穏便に事を収める必要がございますな」


 何それ怖いのだが。最悪の場合余が本心から相手を褒めたとしても、向こうの気に障ったら国を滅ぼされるという事か!?


「ですが希望はあります。水の大精霊を名乗る存在は巫女の言葉を聞けと言ってきました。つまり水の大精霊が直接我等と交渉するのではなく、間に人間が入るという事です。人間が相手ならこちらの意図も通しやすいでしょう」


「な、成程、確かにそうだ」


 よ、よし、上手くいきそうな気がして来たぞ。


「相手を刺激しない様に、しかし国の権威を損ねないようお気をつけください陛下」


 お前達自分が交渉に参加しないからって気楽だね!


 ◆


 実際に大精霊の巫女と対面した余は、相手が子供であった事には驚いたが、それ以上に同行していた者達とは比較にならぬほどの落ち着きを見せた事が余計に不気味に映った。

 幸い、と言ってよいのか、水の大精霊の巫女は交渉に積極的に関わってはこなかった。


 不気味な水の巫女に比べれば、直接の交渉相手となるハチャーテ族の二人の相手は楽だった。 

 とはいえ、相手がどんな対応で怒りだすか分からない為、余は気が気ではなかった。  

 特にどこで見ているか分からない水の大精霊の気分が。


「以上が我等の要望です」


 ハチャーテ族からの要求は驚く程大した事の無いものだった。

 寧ろ大精霊の来訪や水源の涸渇と言った問題を考えれば些事と言っても良い程だ。

 本当にこれが望みなのか? この後にもっととんでもない要求をしてきたりしない?

 しかし余の心配をよそに、ハチャーテ族からの更なる要求も、水の大精霊の巫女からの口出しも無かった。


 ならばこれ以上話がこじれる前に、向こうの要望を受け入れて話を終えてしまおう。

 結果、余は国王としての威厳を保ったまま、無事に水の大精霊の名代との交渉を終えたのだった。


「……はぁ~~~、何とか無事に終わったか」


 水の大精霊の巫女達が去った事で、余の緊張の糸が途切れる。


「お疲れ様でした陛下。立派な対応でございましたよ」


 お前達、交渉の大半を余に任せておきながらよく言う。


「だが、大臣よ、そなたも良い働きをしてくれた。そなたがあの者達に口出しをしてくれたお陰で、余は王家としての威信を落とさずに交渉を早く終わらせる事が出来たぞ」


「勿体なきお言葉でございます」


 事実、大臣は見事に仕事をこなしてくれた。

 交渉の際、余が大精霊怖さに相手の要求をホイホイ聞いてしまっては王家の威信にヒビが入るどころではない。

 そこで大臣が適度に口を挟む事で、余が国を統べる者として、対等以上に交渉を繰り広げたという実績と王としての懐の広さを見せる演出をしてくれたのだ。


「万が一私が大精霊様の機嫌を損ねていた場合は、一族の事をよろしくお願いいたしますぞ」


「分かっておる」


 大臣は先祖代々国に忠義を尽くしている王家派閥の貴族だ。

 いざと言う時は自分が全ての責を被って一族を守るつもりでこの汚れ役を引き受けてくれた。

 この件で大臣の家の地位はますます安泰だな。


「すぐにグロラコ子爵についての過去の情報を調べろ。同行する監察官もだ」


「既に適切な者を呼び出しております」


「そうか。うむ」


 流石大臣。仕事が早い。


「我が国は、救われたか……」


 ◆


「あー、成程ね。だから国王あんなにこっちを気にしてたんだ」


 蓋を開けてみれば簡単な話だった。

 国王は私達以上にこっちにビビッていたんだ。

 それも滅茶苦茶。


「まーでも、そのおかげで交渉がスムーズにいったのならまぁいっか」


「へっへーん、私の権威のお陰だよ! 褒めて褒めて!」


「うん、偉い偉い」


「ふふーん」


 正直ミズダ子がここまで国王達に影響を与えるとは思っても居なかったのでちゃんと褒める。

 もしかして他の国でもミズダ子ってこのくらい畏怖される存在なのかな?

 それとも水が貴重なこの国限定? どっちだろうね。


「でもまぁ、上手くいったからそれでいいか」


 あとはまた町に戻って、オアシスを元に戻すだけだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る