第150話 砂の王都強襲

 砂漠の国の王都は大混乱に包まれていた。

 突如王都のすぐそばに巨大な化け物が現れたからだ。


「うわぁぁぁぁ化け物だぁー!」


「何でこんな距離になるまで接近に気付かなかったんだ!?」


「そんな事を言っている場合か! 王都に入れるな! 射て! 射て!」


 混乱しながらも、王都を守る長大な城壁の上から、魔法や矢が放たれる。

 けれどそれらの攻撃は化け物を怯ませることすらできず、瞬く間に王都城壁へと肉薄した。


「デ、デカい……」


 王都を守る20mはあろうかという城壁と同じサイズの巨体に兵士達が息を飲む。

 

「に、逃げ……」


 そして化け物が城壁を破壊するかと思われたその時、突如その体がバラバラに散らばったのだ。


「へ?」


 何が起きているか分からず呆然となる兵士達。

 変化はそれだけでは終わらなかった。

 四方八方に飛び散った化け物の体が一点に集まってゆく。

 再び化け物が現れるのかと身を固くした兵士達だったけれど、彼らが見たのは全く別のモノだった。


「女……?」


 そう、そこに現れたのは先ほどの恐ろしげな姿ではなく、見目麗しい女の姿だったのだから。


『聞け、器に縛られし者達よ』


「「「「っっっっ!?」」」」


 突然響き渡った声に、兵士達がビクリと体を震わせる。


『我は水の大精霊ミズゥィーダーコゥ』


「水の……大精霊?」


『我は古き盟約の終わりを告げる者なり』


 兵士のみならず、王都に入ろうと城壁に設置された門の行列に並んでいた旅人達も何が起きるのかとこの光景を食い入るように見つめていた。


『私が管理していたオアシスは人間達による契約の不履行によって涸れ果てた。南のオアシスはこれより命の住まうことなき地となろう』


 その発言にどよめきが走る。


「南のオアシスって……確か隣国との国境近くのオアシスの事じゃないか?」


「グロラコ領のオアシスが涸れた? マジかよ。って事は砂馬車のルートも変わるぞ」


 この国でオアシスが涸れるということは、町が滅ぶという事。

 旅人や商人達はこれからの旅の予定が大きく変わる事に困惑し、同時に城壁で兵士達を指揮していた隊長らしき人達は国から町が一つ消える事に動揺の声を上げている。


『だが案ずることはない』


 再び発せられた不思議と大きくないのに何故か響く声に、人々が静かになる。

 今度はどんなとんでもない発言が飛ぶのかと。


『慈悲深き我が巫女が望んだ。人の生きる地を救ってほしいと。ゆえに私は人間達に一度だけ機会を与えよう。人の世界を統べる者よ、我が巫女の託宣を聞くがよい』


 それだけ告げると、水の大精霊を名乗った女は消え、代わりに天から水の塊に乗った三人の人と巨大な猫が降りてくると、城壁の上に降りる。

 突然現れた三人と一匹に一番近くにいた部隊の隊長がおっかなびっくり近づいてきて尋ねる。


「……あ、貴方がたが水の大精霊様の……巫女ですか?」


 はい、私達の事です。


 ◆


「こちらでお待ちください」


 あの後、大慌てでやってきた城の使者に案内されて、私達は王城へと連れてこられた。

 そして侯爵家でも見た事のない豪華な応接室に案内されたわけである。 


「どうぞ、お待ちの間こちらをお召し上がりください」


 そう言って水の入ったグラスとカットされたフルーツが差し出される。


「おっ、いけるニャ」


 早速ニャットが遠慮もへったくれもなくフルーツをパクついたので、私もまずは水を貰うことにする。

 するとキンキンに冷えた水に思わず驚く。


「わっ、冷たい」


「氷魔法使いに作らせた氷室で冷やした水です。果物も冷やしてありますのでどうぞおめしあがりください」


 勧められるままに果物を口にすると、こちらもバッチリ冷えていて美味しい。


「美味しい!」


 甘さは控えめで、酸味のないこの味わいは黄石瓜に近いかも。

 あれ、キュウリとメロンの中間の食べ物って感じで凄く美味しいんだよね。

 瓜系の食べ物ってものによって味だけでなく食感も結構違うから、面白いよね。


 なんて風に色々なフルーツを楽しんでいる私ですが、何でこんな事になったのか説明した方が良いかな。

 これというのもあの残念精霊ことミズダ子が自分が私達を王都に運ぶと言い出したのが原因だ。


 ミズダ子の力なら、最速の砂馬車以上の速度で私達を王都まで運ぶことが出来る。

 しかも仮にも大精霊なので、そんじょそこらの魔物に負けたりはしない。

 っていうかむしろ積極的に遭遇した魔物を吹っ飛ばしては回収して、後で私にご飯作ってと渡してきたくらいなのだから。


 そんな訳で私達はタニクゥさん曰く、通常の半分以下の旅程で王都近くまでやってきたのである。

 うーん、びっくりの速さの大精霊移動。


 だがミズダ子のトンデモアイデアはそこで終わりじゃなかった。

 なんとミズダ子は自分が王都の人間をビックリさせて精霊の存在を見せつけ、オアシスを何とかしてほしかったら私達に逢えと直接脅迫してしまえばいいと言い出したのだ。

 しかも移動してる最中に。


 これにはさすがの私も脅迫とかとんでもない! と文句を言おうと思ったんだけど、同行してきたタニクゥさんと長老がまさかの大絶賛。


「大精霊様が直接仰ってくださるとはなんとありがたい!」


「いやいやいや、マジで言ってます?」


「いえ巫女様。これは非常に効果的ですぞ」


 こういう時、待ったをかける側の筈の長老もミズダ子を擁護してくる。


「我が国では水は何より重要です。それ故オアシスの消滅を世界の水の管理者であらせられる水の大精霊様ご本人が証明してくだされば、国としても真剣に聞かざるを得ません」


 長老の話ではこの世界において精霊は自然の運行を管理する重要な存在なんだけど、水が貴重なこの国だとその中でも水の精霊が一番重要視されてるんだって。

 つまりこの国の人達にとっては神にも近しい存在が突然人間の前に現れて町が滅ぶぞ! って警告してきた事になるらしい。


 つまりこれはタニクゥさん達がこの国の官僚に渡りをつける為のコネ役をミズダ子がやってくれたって事になるらしい。

 滅茶苦茶力業だけどね……


 なのでチラリと横目で見ると、私達を接待してくれている執事さんやメイドさん達から、かすかに緊張感が漂ってくるのが感じ取れる。

 何も知らなければ気づかなかっただろうけど、この国の人達がミズダ子に対して抱いている感情と水の重要性を知ると、微かな感情の動きが見えてきたわけだ。


「「……」」


 まぁ、私の横にいるタニクゥさんと長老がめっちゃガチガチに緊張してるお陰で、逆に私が冷静になれたってのもあるかもだけど。

 二人ともずっと隠れ里でひっそり暮らしてきたから、王宮の荘厳な雰囲気と、メイドさん達に囲まれるこの状況に呑まれている。

 私はなんちゃってお嬢様生活でも、貴族の世界に触れていてよかったよ。


 そんな事を考えながらのんびりしていると、ガチャリという音と共に数人の人が部屋へと入ってきた。


 最初に入ってきたのは真っ白で装飾の凄い鎧の騎士が二人。

 次いで装飾が物凄くて、真っ赤なマントを羽織った髭が立派なお爺さん。

 しかも頭には王冠みたいな冠をしていて、まるで王様みたいだ。


 いや……っていうか、コレ王様そのものでは?


「待たせたな。余がこのルワウマーク国国王、ローメイン=ドル=デルファ=タルテロックである」


 はい、ほんとに王様でしたぁーーーーー!!

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