第149話 精霊商人爆誕のち霊験あらたかな奇跡

「私の名前はミズゥィーダーコゥよー!」


 残念精霊に名前を付けた事で私達の間に契約が結ばれてしまった。

 あとミズゥィーダーコゥじゃなくミズダ子です。


「無事契約も結んだ事だし、貴方は正式に私の巫女ね!」


「正式っつーか詐欺じゃないこれ?」

 

「いえ、いいです」って言ったら「いいって言った! OKって事だね!」って言うようなノリだぞ。


「まぁまぁ、硬い事言わずに。私と契約してると良い事いっぱいあるよ」


「具体的には?」


「気に入らない奴を全部洗い流す事が出来るよ!」


「内容が物騒!」


「あとは水に困らなくなるわよ!」


 それは水の魔剣があるから別に困らないかなぁ。


「他にはねぇ……私より下位の水の精霊と無条件で仲良くなれるわね」


 それは……凄いのか? 正直この世界の精霊との契約がどういうものなのか良くわかんないから、判断がつかないや。


「まぁ水のある場所なら大抵の事には困らないからどーんと頼ってよ!」


「水のある場所……」


 ここ、水が全くない砂漠なんですけど……


 ◆


 結局その日は自分達が崇拝するミズダ子がやってきた事で、里の人達がお祭り騒ぎになってしまいそれ以上話し合うどころじゃなくなってしまった為、翌日改めて私達は今後の事を話し合う事になった。


「精霊様の宣言を受け、町は大騒ぎですか。そうなると町に残った者達が心配ですな」


 長老は町に残された里の仲間を心配していたけれど、それをタニクゥさんが大丈夫だと慰める。


「今頃領主達はそれどころではないだろうから心配はあるまい。我々を捕らえて事態を打開しようにも精霊様と派手に町を脱出したからな。町に残党が残っているという可能性は考えに上がらないだろう」


「ふっふーん、えっへん」


 昨夜の脱出劇を思い出し、確かにあんな大騒ぎがあったら侵入者が町に残ってるとは思わないだろうねぇ。

 と言うか残る意味がないもんね。


「そうなると町から人が逃げだし、無人となった町で新たに水の精霊様と契約の儀式を行うべきですかな」


 妨害する人が居ない無人の町なら、新しい精霊との契約も楽勝だしね。


「そう言いたいところだが、……これまでは町を、オアシスを取り戻す事ばかり考えていたが、千載一遇の、それもこれほど容易にオアシスを取り戻せるであろう状況になると、これまで先送りにしていた別の懸念が出てきてしまうのだ」


 けれどタニクゥさんは何とも複雑そうな表情で待ったをかける。


「と仰りますと?」


「新たな精霊様と再契約するにしても、オアシスが蘇った事をあの男が知れば、奴の事だ。再び軍勢を率いて戻って来るだろう」


 うん、宿でも話してたけど、それは高確率で起きるだろうね。


「オアシスを失ったという事実は奴の失脚を確実なものにさせるだろう。しかしだからこそ奴は我々からオアシスを再び奪う事でその事実をなかったことにする可能性が高い」


 あれだけ大騒ぎになって誤魔化すも何もない、とは言えないからなぁ。

 何しろ、オアシスの水源は厳重に警備されていたから、水源が本当に涸れた所を誰も見ていないからだ。

 見た人間がいるとすれば、それはグロラコ子爵本人か、彼に近しい人間だけだろう。

 つまり国に罰される前に私達から新たな水源を奪えば、そんな事実はなかったと言い張れる訳だ。


「だからこそ私達は王都に向かい、今回のあの男の失態を先回りして報告する。そして国に対し、我々がオアシスを復活させるところを直接見せる事で、奴から領主の地位を奪うつもりだ」


「国に服従するというのですか!?」


 タニクゥさんの宣言に長老が信じられないと驚愕する。


「長老、既に一つの部族でオアシスを守れる時代ではないのだ。先祖が国によってオアシスを、故郷を奪われたというのなら、今度は我々が国の力を利用してオアシスをあの男から奪い返すのだ!」


「う、ううむ……」


 タニクゥさんの熱弁に、長老は唸り声を上げる。

 そうだよねぇ。ご先祖様から故郷を奪ったグロラコ子爵の片棒を担いだ国の下に付くと言われたら、複雑な気持ちになるよねぇ。


「長老、我々にとって国とは巨人に等しい存在だ。先のない我々が巨人と戦っても勝てるわけがない。寧ろ相手を危険な、しかしその力を利用できる魔物と考えて上手く共存する事を考えるべきだろう」


 おおう、まさか国を魔物扱いとは、異世界人特有の思考だなぁ。


「何より、我々が真に憎むべき敵は、故郷を奪ったあの男ではないのか? 国へのわだかまりはあるだろうが、そもそもの元凶であるあの男を破滅させて故郷を取り戻す方が先祖も喜ぶだろう」


「それは……そうかもしれませんな」


 ちょっぴり物騒なタニクゥさんの言葉を聞いた長老は、長い沈黙の後に小さく呟いた。


「分かりました。では国に協力を得る方向で話を進めましょう。しかし、どうやって国に渡りをつけるのですか? 言っては何ですが、我々は故郷を追われた流浪の民。オアシスをなんとかできると言っても、何ら証明できる手段がございません。鼻で笑われて門前払いが関の山ですぞ」


「え?」


 長老の問いにそうなの? と戸惑いの声をあげるタニクゥさん。

 そこを考えとらんかったんかい!


「それに新たな精霊様との契約はどうなさるのですか? 詳しい話を知っておるお婆は既に亡くなっております。新たに契約する方法を知っている者はもう誰もおりませんぞ」


「ううっ」


「そこは誰かがお婆さんから教わらなかったんですか?」


 うめき声をあげて黙ってしまったタニクゥさんに代わり、誰か後を継いだ人が居ないのかと尋ねる。


「本来なら次代の巫女である姫が受け継ぐ予定だったのですが、自分が故郷を取り戻すと息巻いて、お婆から契約を継続する為の儀式の知識を学んだ途端飛び出してしまいましてな。お陰で全ての知識を受け継いではおらんのです」


「「「……」」」


「いやだって、まさかこんなに早くお婆が死ぬなんて思ってなかったし……」


「いやお婆はもうかなりの高齢でしたし、そもそも姫様は幼い頃から教えを受ける事をサボっていたではありませんか」


「うう……」


 完全に自業自得じゃん。


「はっ! だ、だがここには大精霊様ご本人がいらっしゃる! それに精霊様も仰っていたぞ。巫女様のお力があれば精霊様との契約も容易だと!」


「はっ!」ってそれ今思い出したでしょ。


「言っとくけど私は協力しませんからね」


「「え」」


 タニクゥさんだけでなく、長老までマジでって顔で振り返る。

 え、じゃないよ。今回の私は完全に巻き込まれた立場なんだからね。


「残……ミズダ子も言っていたでしょう。精霊を紹介はするけど、契約は自分でしろって」


「うぐっ」


「姫……」


 あっさり論破されたタニクゥさんを見て、長老が呆れた顔になる。

 ははーん、さてはこの人ポンコツだな?

 いや、よく考えたらこの人初対面の時からくっ殺女騎士の雰囲気プンプンしてたわ。


「むぅ……巫女様。姫様の考えの無さは儂が替わってお詫びいたします。なにとぞお力をお貸し頂けないでしょうか?」


 そして遂にタニクゥさんには任せておけんと判断した長老は、私の前で膝をついて頭を下げてくる。


「このような僻地に追われた我等にお返し出来るものなど何もございませんが、お力をお貸し頂けるのなら、我等一族の忠誠を貴女様にお捧げします。里の民全てに貴方様への末代までの忠義を誓いましょうぞ」


「重い重い重い!!」


 いきなり忠誠やら忠義とか、何言っちゃってんのこの人!


「皆さんの忠誠は里の姫であるタニクゥさんに捧げるものでしょ!? どこの馬の骨ともしれない私に捧げちゃだめでしょ!」


「いえ、どのみちこのままでは我等はあの男に協力して故郷を奪う片棒を担いだ国に忠誠を誓わざるを得ません。ならば真の忠誠は精霊様の巫女である貴方様に捧げた方が遥かにましというものです」


 あ、あーーー、そう言う事ね。

 ご先祖様相手にやってくれた国への仕返しとして、本当の忠誠は別の人に捧げてやるんだって言いたいのか。


「幸い、巫女様は我等の故郷のオアシスを守護してくださった精霊様……」


「ミズゥィーダーコゥ」


「……ミズゥィーダーコゥ様が選んだ巫女様です。我等が忠誠を誓うにふさわしいお方かと」


 さらっと会話に割り込んできたミズダ子の指摘をスルリと受けつつ、長老は私に忠誠を誓う事は何も問題ないと断言する。


「でもそれだとタニクゥさんの立場が無くちゃっちゃいますよ。それはタニクゥさんも困るでしょ?」


 とりあえず忠義とか忠誠とかはタニクゥさんにブン投げよう。本来この人が里で最も重要な立場なんだから。


「私は次代の巫女として育てられただけですから、巫女様に忠誠を捧げるのはやぶさかではないぞ。次期長老勢の立場も面倒だしな」


 おぉーい郷の偉い人ー! 立場ある人の責任感とかどこに落としてきた!


「あーもー、私は旅の人間なんですから、忠義とか忠誠とか言われても困ります! そんなものはいりません!」


 いやマジでいらんのよ。こんな所に来てまで貴族とか地位とかに縛られたら、何の為に家出したか分かんなくなっちゃう。


「これは困りましたな。我等に捧げる事が出来るものなどそのくらいなのですが……」


 困ったのはこっちだっつーの。


「ふむ、ではこうしたらどうだ? 我等が新たな精霊様と契約して領主の地位を得たら、あの男が不当に蓄えたであろう財産を全て巫女様にお譲りするというのは」


 そこに提案してきたのは、つい今々全ての責任をブン投げてきたタニクゥさんだった。


「グロラコ子爵の?」


「うむ、あの男から故郷を取り戻す為に我々は色々と調査をしていたのだが、その際に奴が多くの不正を行って私服を肥やしてきた事が確認できている。そうして手に入れた財産を全て巫女様にお譲りするというのはどうだろうか?」


 むむ、悪徳領主が肥やした私腹を丸ごと貰えるというのは中々魅力的な提案。

 お金だけじゃなく、権力に飽かして手に入れた価値あるマジックアイテムとかもありそうだし。


「でも良いんですか? 沢山不正をしていたというのなら、タニクゥさん達が領主になった際の助けになると思いますけど」


 けれどタニクゥさんは首を横に振る。


「我等の悲願はあの男から故郷を取り戻す事だ。何より、憎い男が汚い手で稼いだ金に頼るなど我等の誇りが許さない」


 だからグロラコ子爵が不正を行って得た財産は要らないとタニクゥさんは断言する。


「どうだろうか巫女様」


「うーん、そうですねぇ……」


 忠誠やらを誓われるよりはだいぶマシになったけど、問題は精霊と契約する方法だ。

 ぶっちゃけ私がミズダ子に気に入られたのって、合成スキルで合成した食べ物を使った料理をあげた、というか盗み喰いされたからだからなぁ。


 グロラコ子爵ですら、金と権力に飽かしてもミズダ子が満足する品を入手する事は出来なかった。

 となると猶更たいして金もコネもない今の私には無理だろう。

 やっぱ無理、と断ろうとした私だったけれど、ニャットがチョイチョイと私の肩をつついてタニクゥさん達から離れた所に引っ張っていく。


「どうしたのニャット、何かいいアイデアでもあるの?」


「無いことも無いのニャ」


「マジで!?」


 おいおい、この状況で全ての問題を解決するアイデアを思いつくとか、神ですかこのネコ!


「簡単ニャ。カコのスキルで合成した果物をやるのニャ」


……んん?


「いやいやニャットさん。そりゃちょっと駄目じゃないですか?」


 私はニャットの提案に致命的な問題を感じて待ったをかける。


「契約するのはそれでいいかもしれないけど、その後の魔力補給の為の儀式はどうする訳?」


「それについても算段があるのニャ。おいクソ精霊、おニャーこれまではどうやって魔力補給の儀式をされてたのニャ?」


「覚えてなーい」


「「……」」

 おいおい、何でだよ。自分の事でしょうに。


「だって儀式が行われた時は魔力消費を抑える為に半分寝てたもん。寝ぼけた状態って感じ?」


 あー、省エネ状態だったのか。確かに水の精霊が砂漠で活動するってどう考えても効率悪いもんね。


「でもカコのご飯を食べたら私の時に使っていた手段は使えなくなると思うわ。なにせカコのご飯って物凄く力に満ちてるから、私だって今までの儀式の捧げ物じゃ絶対満足できなくなると思うモン」


 つまり、最初にご馳走で釣っておいて、その後は粗末な物しか与えられなかったら契約した精霊も激おこになっちゃうって事だね。


「その辺どうするの? 私が沢山合成したとしても、長持ちしないと思うよ?」


 手段があるとすれば、中身の時間が止まる魔法の袋を使う事だけど、あれは上級貴族ですら持っているかどうか怪しい代物らしいからなぁ。

 少なくともこの郷の人達が所持しているという事はないだろう。


 何より定期的に捧げないといけない以上、数を用意する必要がある。

 けれど腐らないモノを大量に合成したとしてもやはりいつかは無くなってしまう訳で。結局のところ、タニクゥさん達が自分で用意できるようにならないといけないのだ。


「でもそんな都合よく私が合成した品と同レベルのモノを定期的に用意する事なんて出来ないよねぇ」


 それこそ最高品質の品が定期的に生えてくるようなものすっごい畑でも用意しないとだけど、そんな都合の良い話は……


「あっ」


 そこで私は自分のビックリする程大きな見落としに気付いた。


「これならいけるかも」


 ◆


「おいしーい! これなら私も大満足よ!」


「「「「おおーっ!!」」」」


 あの後、私達は自分のアイデアを試す為、郷に近い場所にある町へとある物を買いに向かった。

 そして持ち帰ったソレをミズダ子に食べさせたところ、このとおり大絶賛を受ける事に成功した。


「まさかただの水球果で精霊様が満足されるとは……」


「ただの水球果じゃないわよ! 物凄く美味しい水球果よ!」


 私が用意したのは水球果だった。ただしそれだけじゃない。


「それにしても流石カコね! こんな凄い力に満ちた水球果を苗ごと見つけて来るなんて!」


 そう、私が用意したのはこの砂漠で水筒代わりに愛される水分たっぷりの水球果……の木だったのだ。

 私はこれに合成を重ね、最高品質の水球果の木を作ったのだ。

 ちなみに水球果の木は背が低く細いので、こうして砂漠を運んでくることが出来たのである。

 ぶっちゃけ運ぶのが楽なら何でもよかったとも言う。

 あと安くて大量に手に入って最高品質に合成出来るものが望まれた。


 その点水球果の木は都合が良かった。

 水の少ない砂漠で水筒代わりになる水球果の木と言われると入手は難しいと思われそうだが、実際にはそうでもなかった。

 この付近で水球果の木自体はそう珍しい物じゃなかったのだ。


 寧ろ難しいのは水球果の木を育てる方法だった。

 なにしろ水筒代わりに使うので、水球果は大量の水を必要とするのだ。

 その為水球果の木を育てるには、近くに川かオアシスがある土地が必要となるのである。


 ただまぁ、ミズダ子がかぶりついている水球果は一見するとただの水球果にしか見えないので、里の人達は何が違うのかと首をかしげている。


「ニャル程考えたニャ。果物そのものじゃニャく、木の方を合成するとはニャ。これニャらニャー達が去った後でも精霊を満足させる事が出来るのニャ」


「でしょー」


 私も木の合成で実の方も最高品質になってホッとしている。

 これで木だけが最高品質で、実の方が普通の品質だったらとちょっと不安だったのだ。


「これならどんな精霊でも喜んで契約してくれるわ!」


「おお! 精霊様の」


「ミズゥィーダーコゥ」


「……ミズゥィーダーコゥ様のお墨付きならば間違いありませぬ! これで一族は救われますぞ!」


「「「「ミズゥィーダーコゥ様ばんざーい! 巫女様ばんざーい!」」」」


 精霊と契約がほぼ確実となって、里の人達は大盛り上がりだ。

 でも大事な事忘れてないかなこの人達。


「でも王都に行って国に認めて貰う件はどうするんですか? この話を信用してもらう為のコネって用意できるんですか?」


「「あっ」」


 私のツッコミを受けたタニクゥさんと長が固まる。

 やっぱり忘れてたな。


「それにここから王都までどのくらいかかるんですか? 往復の日数を考えると、私としても長期滞在はお断りしたいんですけど」


 ぶっちゃけ、このまま国の認定云々まで待たされると、間違いなく面倒なことに巻き込まれる気配がプンプンするからね。

 なので町から人が居なくなった時点でミズダ子を介して新たな精霊と契約を結んでもらって私達は町を出たいところ。


「むぅー、それが残っていましたな。困ったことに我々には王都の貴族へのコネなどありません。となるとやはり賄賂を渡して上に渡りをつけて貰うくらいしか方法は……」


 まぁその辺はタニクゥさん達に頑張ってほしい。

 領主に感づかれる前に王都に行って、何とか許可を貰えばいいんじゃないかなと思っている。

 オアシスの正当性に関しては、水球果を餌に新しく契約した精霊に証言して貰えばいいんじゃないかな。


「あっ、それなら私にいい考えがあるわよ」


 だがしかし、ここでミズダ子が満面の笑みで手を挙げたのだった。

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