第156話 精霊との交渉

「これはヒドイな」


 オアシスの町に上陸した私達は、水源を蘇らせるためにオアシス地下の地底湖へとやってきた。

 けれど既に地底湖は涸れていて、湿った土の匂いがするばかりの有様だった。


「完全に涸れていますね。おそらくこの穴が地下水脈に繋がっている水源でしょう」


 と、王都から同行してきた魔法使いらしき人達が穴に杖をかざしながら水源が涸れたと説明してくれる。


「君たちの魔法で水を呼び寄せる事は出来るかね?」


「無理ですね。地上の川くらいに距離が近ければ水を動かすことは出来ますが、この下の水脈はかなり深い位置にあります。我々の魔法ではとても水をくみ上げる事は不可能です」


 聞けば彼等は水源の状況を確認して、もし自分達でなんとかできるようなら自力で水源を復活させる為に送られてきたスタッフらしい。


「やはり水の精霊様のお力を借りるよりほかないかと」


「……そうか」


 完全にお手上げと肩をすくめる魔法使い達の言葉を聞いて、査察官が溜息を吐く。

 そしてチラりとこちらを見る査察官。

 はい、私達の出番ですね。


「巫女殿、オアシスの水源が涸れていることは査察官である私が確認しました。つきましては予定通り精霊様の力をお借りしてオアシスの復活をお願いしたい」


 よし、国から派遣された査察官が状況を確認してくれた。

 これでタニクゥさん達がオアシスを取り戻すための準備が整ったね。


「ミズダ子、タニクゥさん」


「はーい」


「はいっ!」


 私が呼ぶと、いつも通り緩そうな顔のミズダ子と、緊張した様子のタニクゥさんが前に出る。


「あの者を」


「はっ」


 更に査察官さんが部下に指示を出すと、一人の男が連れてこられた。


「むーっ! むーっ!」


 連れてこられたのはグロラコ子爵だ。

 ちなみに煩いので縛られているだけでなく猿轡もされていた。


「査察官である私がオアシスの水源が涸れた事を確認した。グロラコ子爵、水源を失った責任は重いですよ」


「むーっ!!」


 査察官の言葉に反論しようとしたグロラコ子爵だけど、猿轡をされているために何を言いたいのか全く分からない。


「では水の精霊様、ハチャーテ族の方、よろしくお願いいたします」


 そしてグロラコ子爵を無視してミズダ子達に話しかける査察官。


「……」


 しかしミズダ子は査察官に頼まれたのに動こうとしなかった。

 おいおい、なんか打ち合わせと違わない?

 そして何も言わずじっとこちらを見つめてくるミズダ子。


「ミズダ子、打ち合わせ通りやってほしいんだけど」


「おっけー! カコがそう言うならしょうがないわね! 任せて!」


 そしたら何故かミズダ子は嬉しそうに答えると、自分の体をシュルリと細い水に変えて水源の奥へと入っていった。

 んー、何で私がお願いしたらそんな嬉しそうになる訳?


「……やはり、彼女こそが」


 ふと、誰かが何か呟いた気がして振り向いたんだけど、皆真剣な顔をして水源を見つめているばかりだった。

 はて、気の所為だったのかな?

 そうして少し待っていると、足元に振動を感じた気がした。


「ん?」


 それは気の所為じゃなかった。 振動は少しずつ大きくなってきて、遂には体が震える程にはっきりと分かるようになってきたのだ。


「お、おおおっ!?」


「こ、これは!?」


「査察官殿、水の反応が!!」


 魔法使い達が最後まで言い切る前にそれはやってきた。


「どっぱーんっ!!」


「うひゃぁぁぁっ!!」


 最初に勢いよく現れたのはミズダ子だった。

 次いで現れたのはミズダ子に腕を掴まれた半透明の女の子。

 更にその体に繋がるように噴き出してきた水柱。


「おおおっ!?」


 そして噴き出した水は、噴水のように地底湖へと降り注ぐ。


「連れてきたわよー!」


 半透明の女の子と共に現れたミズダ子は、彼女の手を離すと私目掛けてまっすぐ飛んでくる。


「じゃああの子が水の精霊?」 


「そうよ、地下水脈を泳いでいた下級精霊。自力で水を押し上げる事はできないけど、私が運んできた水を維持するくらいの力はあるわ」


 よし、これでお膳立ては完了した。ここから先は……


「タニクゥさん、頑張ってください」


「は、はい!」


 本来の巫女であるタニクゥさんの仕事だ。


「水の精霊様」


 タニクゥさんは緊張した面持ちでミズダ子が連れてきた精霊に語り掛ける。


「んもー、なんなのよー。人がせっかく気持ちよく水脈の中を泳いでたのに」


 しかし水の精霊は突然ミズダ子に連れてこられた事が不満だったみたいで、お怒りモードだ。


「水の精霊様、お願いしたき義がございます」


「えー、やだー」


 神妙な顔でお願いをするタニクゥさんだったけれど、水の精霊は話を聞こうともしない。


「どうか話だけでも」


「いーやーよー。人間の話なんてどうせつまんないのばっかだしー」


 うーん、もしかしてこの精霊、あんまり人間の事好きじゃないのかな?

 これは人選ならぬ精霊選を間違えた予感。

 それどころか水の精霊はもう話は終わりとばかりに水源へ戻ろうとする。


「あーら、あんた私の顔に泥を塗るつもり?」


 しかしそんな水の精霊の肩を、ミズダ子が掴んだ。


「はぁ!? アンタが勝手に連れてきたんで、って水の大精霊様ぁっ!?」


 ミズダ子に文句を言おうと振り返った水の精霊だったけれど、相手がミズダ子だと気づいた途端悲鳴を上げる。

 っていうか、もしかしてミズダ子、相手に何も話をせずにつれてきたの!?


「な、なな、何で水の大精霊様がこんなところに!?」


「そんなのどうでもいいでしょ。それよりもアンタが今する事は、あの人間の話を聞くこと。良いわね?」


「は、はひっ!!」


 哀れすっかり委縮してしまった水の精霊は、真っ青な顔になってタニクゥさんの所に戻ってきた。


「……という訳で精霊様にこのオアシスを管理してほしいのです」


 そんな訳でミズダ子の脅しもあって、水の精霊はタニクゥさんの話を最後まで聞いてくれた。


「……話は分かったわ」


「それでは!?」


「でもだーめ。私じゃこんなところにいつまでも居られないもの」


 けれど水の精霊は話を聞いたにも関わらずノーと断ってきた。


「ここに居られない……ですか?」


「そっ、ここは砂漠のど真ん中、風と火の気が強すぎて水の精霊の私じゃ力を全然発揮できないわ」


 そういえばミズダ子もそんなようなこと言ってたっけ。


「つー訳で残念だけど諦めて。どうにもなんないから」


「し、しかし水の大精霊様は水の精霊様と契約すれば水源を維持することが出来るとおっしゃいました」


 うん、確かにミズダ子はそう言った。自分が水を引き寄せれば、あとは普通の水の精霊でも管理できると。

 けれどそれすらも無理だと水の精霊は言う。

 私はどういう事よとミズダ子に疑問の視線を送る。すると。


「パチン」


 なんかウインクを返してきた。違う、そうじゃないよ。


「なんか話が違わない?」


「そう?」


 いやお前が何とかなるって言ったんじゃん。

 タニクゥさんもなんか話違いません? って顔でこっち見てきてるぞ。


「大丈夫だって。この子にアレを見せてあげなさい」


「あれ? ……はっ! 畏まりました大精霊様!」


 ミズダ子の命令を受けたタニクゥさんは急ぎ袋の中から水球果の実を採りだす。

 もちろんただの水球果じゃない。私が特別に合成した最高品質の水球果の木から生えた実だ。


「精霊様、こちらをご覧ください」


「はぁー? 無理だって言ってるのに……ってナニコレ!?」


 気だるそうに振り向いた精霊は、しかしこちらを見た途端目を丸くして驚く。


「なになになに!? 何なのコレ!?」


 水の精霊は水球果に物凄い反応を見せる。


「こんな芳醇な力に満ちたモノ見た事ないわ!!」


「これは我々からの捧げ物です。お受け取りください」


「いいの!? 返さないからね!」


 まるで超高級品をタダで与えられたかのような反応を見せる水の精霊。


「んーっ! おいっしーっ!! 最高!!」


 そして受け取った瞬間、遠慮も躊躇うこともなく食べ始める水の精霊。

 まさに猫まっしぐらな光景だ。

 そしてあっという間に食べ終えてしまった。


「あー、もうなくなっちゃった」


 心底残念そうな顔になる水の精霊。


「精霊様、精霊様がわたくし共と契約を結んでくださるのなら、今の果物と同じ物を定期的に差し出す用意がございます」


「分かった! 契約するわ!」


「うわ、早っ」


 さっきまで渋っていたとは思えないほど超速でOKを出してくる水の精霊。

 あまりにもあっさりとOKが出た事にこっちが驚いてしまう。


「よ、よろしいのですか!?」


「もちろんよ! こんな力に満ちたモノを捧げてくれるなら契約でもなんでもしてあげる! これほどの力が得られるのなら、水の気が薄いここでも十二分に力を発揮できるわ!」


 水の精霊はそう言うと、大はしゃぎでタニクゥさんの体に巻き付く。


「ふふーん、だから言ったでしょ。カコの用意してくれたものなら絶対上手くいくって」


 そして得意満面の笑みを見せるミズダ子。

 いやそれにしたって上手く行き過ぎじゃない?


「んー! さいっこー! 水の番をするだけでこんな凄いモノが食べ放題だなんて!」


 いや、食べ放題とは言ってないからな。

 ともあれ、こうして無事タニクゥさんは水の精霊と契約を結ぶことが出来たのだった。

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