第145話 阿鼻叫喚とはこの事か

 なんという事でしょう。

 私に手を出された残念精霊の報復で、この町のオアシスが涸れてしまいました。


「な、なんという事だ……」


 まさかの展開に茫然としていると、私を襲撃した刺客が真っ青な顔になって崩れ落ちていた。

 いやまぁ、その気持ちは分からないでもないよ。

 上司に命令されて子どゲフンゲフン、巫女を攫いに来たら、町が壊滅決定しちゃったなんてさ。

 でもまぁ、町の人達が知ってる以上の事を知っておきながらそんな命令に従ったんだから、同情はしないけどね。


「という訳でどうしよう?」


「どうもしニャいニャ。もう水源を涸らしちまったわけニャし、身を隠してニャるようにニャるのを待つしかニャいのニャ」


 うーん、ニャットも動揺しているのか、気持ちニャが多い気がする。


「はっ! そ、そうだ! こうなった以上はあの男が巫女様を捕らえに来るのは間違いない! 急ぎこの宿から離れましょう!」


 と、ショックから立ち直ったタニクゥさんが慌てた様子で避難を提案してくる。


「そうだね。陸の孤島になっている町の中で逃げ回るのも厄介だし、どこかに隠れないとね」


「えー、そんな事しなくてもどうどうと出て行きましょうよ!」


「え?」


 どうやって? と聞く暇もなかった。


「そーれ!」


 残念精霊がそう声を張り上げると、宿屋の屋根が吹き飛んだ。


「「「「え?」」」」


「じゃ、行くわよー」


 というお気楽な言葉と共に、お尻にひんやりと冷たい感触。


「ふぇっ!?」


「脱出だー!」


 そして突然の浮遊感。


「なになになにーっ!?」


 無くなった屋根を飛び越え、私達の体が夜空に舞う。

 どうなってるのー!?


「水を操ってニャー達を運ばせているのニャ!」


 水!? ホントだ。お尻の辺りに手を当てると、水の冷たい感触がする。

 どうも私達は水の塊の上に乗って街中を移動しているみたいだった。

 下を見れば、町の人達が私達を見て驚きの声を上げている。


「ひえー! 水の化け物だぁー!」


「水の大精霊様のお怒りだー!」


「お許しくださいーっ!!」


 ……大パニックになってます。どうしよう。


「はははははっ! 我はこの地より解き放たれる! 死にたくなければ今すぐこの地を捨てるが良い!!」


 そして水の塊の先端でノリノリの残念精霊。


「逃げろー!」


「逃げるってどこにだよ!」


「砂船に決まってんだろ! この町から逃げるんだ!」


「けど港には領主の兵隊が……」


「そんな事言ってる場合じゃねぇだろ! 力ずくでも船に乗って逃げるんだよ!」


「逃げろー! 町から逃げろー!」


 町中に響く残念精霊の声に、町の人達のパニックは更にヒートアップ。

 文字通り、阿鼻叫喚と言う奴だ。


「と、止まれーっ!」


「領主様のご命れ、逃げろぉーっ!!」


 途中、町から脱出しようとしていた私達を待ち受けていた衛兵達がいたみたいだったけれど、彼等は迫りくる巨大な水の塊に恐れをなし、ちりぢりになって逃げだしてしまった。

 まぁ逃げるよね普通。


「そーれ! 脱出成功―っ!!」


 こうして、私達はあっさりと町から脱出したのであった。


「でもこれからどこに行くつもりなの?」


 脱出したはいいけど、ここから先のアテはあるんだろうか?


「どこに行こっか?」


「ノープランかい!」


 やっぱり残念精霊だぁーっ!!


「せ、精霊様、良ければ我々の隠れ里に行きませんか?」


 そこで目的地を提案してくれたのは、タニクゥさんだった。


「昔の契約者の住処? どうする?」


 残念精霊が私の意見を尋ねてくる。


「うん、良いんじゃないかな。どこに行くにしても、今後の方針を考える為に落ち着いて考える場所がいるだろうし」


 というか、これに乗った状態で他の町に行ったらそれこそ大騒ぎになっちゃうし、タニクゥさんの隠れ里に砂船があるのなら、それに便乗させてもらいたいところ。


「おっけー。それじゃあ貴方の住処に行こっか!」


「は、はい! 我等の隠れ里はあちらの方角です!」


 そんな訳で、私達はタニクゥさんの隠れ里に向かう事になったのだった。

 ただ、私達はまだ気づいていなかった。

 この騒ぎの裏で、さらなる阿鼻叫喚がこの町で起きる事になるのだと。

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