第144話 精霊の巫女様狙われる!?

 それは深夜のことだった。

 ドッ! ガッ!


「うえ!? な、なに!?」


「何事だ!?」


 突然の大きな物音で私とタニクゥさんは飛び起きた。


「ああ、大したことニャいニャ。ちょっと賊が入り込んだだけなのニャ」


 そんな言葉と共に目に入ってきたのは、胸元の石から赤い魔法の灯を灯したニャットと、彼の前足で床に叩きつけられた黒づくめの男の人の姿だった。


「泥棒!?」


「あの男の手の者か!」


 あっ、はい。普通そっちの方ですよね。


「ホント、こんな時間に迷惑よねー」


 のんきな口調と共に暗闇から現れたのは、水の縄でぐるぐる巻きにされた何人もの黒づくめの男達をつるした残念精霊だった。

 ひぇぇ、こんなにたくさん襲ってきたの!?

 っていうか、水が赤い光に照らされてまるで血だらけに見えて怖い!


「忍び込むときに音を立てるとか、仕事が雑な連中ニャ」


「どうせ人数頼りで捕まえれば良いと思ったんでしょ」


 けれど当の二人は大した事無かったとばかりに肩をすくめている。

 この二人、普段は食い気ばかりで残念なのに、こういう時は本当に頼りになるんだなぁ。


「しかしよりにもよって精霊様が選んだ巫女を狙うとは、奴め何を考えている?」


 巫女云々に言いたいことはあったけれど、タニクゥさんの言葉にはうなずけるところがあった。


「確かに。何で私達を襲ったんだろ?」


 残念精霊を奪った私を殺せば精霊が戻ってくると思った? でもそんなことをしたら逆に残念精霊を怒らせるだけだと思うんだけど……


「なら知ってる人間に聞けばいいんじゃない? ちょうどここにいる訳だし。おきろー」


 と言いながら襲撃者の一人をブンブンと振って強引に起こす残念精霊。

 っていうかそんな風に振り回して大丈夫?


「ぐっ! がはっ! う、うう……い、一体何が」


 あっ、起きた。


「おニャーに聞かせて貰いたい事があるのニャ」


「うわぁっ!?」


 真っ暗な室内で、赤い灯に照らされたニャットを見た襲撃者が驚きの声をあげる。

 うん、真っ赤な猫ってなかなかホラー案件ではなかろうか。

 初めて出会った時の私はよく悲鳴を上げなかったなぁ。まぁあの時は命が掛かってたからそれどころじゃなかったんだけどね。

 とりあえず灯り付けよっか。


「それじゃあ何のためにこの部屋に押し入ったのか教えて貰いましょうか」


 灯をつけた私が問うも、襲撃者は薄ら笑いを浮かべるだけで何も答えようとはしなかった。

 うーん、完全に舐められています。


「なら私が吐かせてあげるわよ」


 と残念精霊が言うと、襲撃者の全身が大きな水の塊に包まれる。


「!?」


 突然水の中に入れられて驚いた襲撃者は慌てて逃げ出そうとする。

 けれど水の玉は宙に浮いて彼の逃亡を阻止する。


「ほーら素直に白状しないと溺れちゃうわよ」


 更に残念精霊は水の塊を回転させたり、振り回したりして遊びだす。


「ゴバババババッ!!」


 水の中の襲撃者はくぐもった音を立てながらされるがままだ。

 そうしてたっぷり振り回されたところで彼の顔だけが水の中から押し出される。


「どう? 言う気になった?」


「かひゅ! ぜはっ!」


 けれどこれまで水中に閉じ込められていたせいで息が出来なかった彼はそれどころではないらしく、荒い呼吸をするのに精いっぱいだ。


「まだ余裕あるわね」


 そしたら残念精霊がそんな事を言って襲撃者を水の中に戻すと、今度は空中で回転しながら8の字でシェイクをし始めた。


「ちょ!? 流石にそれはマズくない!?」


「いや、これはアイツが正しいのニャ」


「どこが!?」


「その男は必死に呼吸を整えるフリをしながら、逃げる方法を考えていたのニャ。アイツはその余裕を察して策を練るどころじゃなくなるように更に追い詰める事にしただけニャ」


 何それ、あの物凄く必死そうだった姿が演技だったっていうの!? そしてそれを二人は理解していたと!?


「人をだます訓練を積んでいたようニャけど、ニャー達を騙すには演技が拙かったのニャ」


 その後、何度か振り回す手を止めては残念精霊が声を掛けて、まだ正直に言うつもりもないみたいだと判断すると再び水の中に放り込んで振り回し続けた。その結果……


「い、言います……なんでも答えますから……許して……」


 ついに折れた。

 うん、あれからどんどん残念精霊の尋問……いやあれはもう拷問だったような気がする。

 で、延々それを受け続けた襲撃者も逃げるのは絶対に無理だと観念したらしく、とうとう全て白状すると全面降伏を宣言したのだった。


「最初からそう言えばいいのニャ。それで? おニャー達の目的は何ニャ?」


「我々の目的は、そちらの侯爵令嬢を誘拐する事だ」


「誘拐かぁ……」


 多分私が狙われたんだろうなぁと半ば覚悟していたけれど、なぜ誘拐なんだろう?

 てっきり私を殺すつもりかと思ったんだけれど。


「なぜカコを攫おうとしたのニャ?」


「侯爵令嬢は精霊様に選ばれた娘だ。なら侯爵令嬢がこの町に永住すれば、精霊様も町を見捨てなくなると判断されたのだ」


「私が永住!? 何で!?」


 何それ! どうやって私を永住させるつもりだったの!?

 寧ろ私は出ていきたいんだけど!?


「領主様のご子息の誰かと結婚させるおつもりらしい」


「いやいやいや、私はこの町からさっさと出ていきたいんですよ。それなのにどうやって結婚させようって言うんですか!?」


 しかも自分で言うのもなんだけど、今の私は子供の体なんだよ!?


「相手は子供だから、適当に菓子や物を与えてチヤホヤすればすぐになびくと考えられたらしい」


 なんじゃそりゃー! いくら何でも舐めすぎでしょ!

 今日び子供だってそんなあからさまな誘いには引っかからんわ!


「ふーん、私の巫女を舐めてくれたものね。というか私の巫女に手を出したんだから、当然報復を喰らう覚悟はあるんでしょうね」


「ちょっ!? 何する気!?」


 なんか残念精霊がやたらとやる気になってるのを見て、嫌な予感に襲われる私。


「んーそうね、この町を水で洗い流すとかどう?」


「どう? じゃなーい! そんなことしたら関係ない町の人達まで迷惑を被るでしょうが!」


「えー、ここに住んでるのなら一蓮托生って奴じゃない? ほら、連帯責任?」


 何でそんな言葉ばっか知ってるんだこの残念精霊は。


「とにかく駄目! 関係ない人まで巻き込まないで!」


「んー、でもなー、精霊が喧嘩を売られた以上、なぁなぁに済ませたら舐められるようになっちゃうんだよね。欲を持った生き物ってなかなか反省しないし、してもすぐ忘れちゃうから」


 と、残念精霊は珍しく意見を撤回するつもりはないようだった。


「人間風に言うなら面子の問題だし、ちゃんと相応の罰は与えないとね」


「でも!」


「おっけーおっけー、そんじゃ町の人間達には猶予を与えるから、それならいいでしょ?」


「うん、まぁそれなら」


 ふぅ、とりあえず逃げる余裕すらなく全滅なんてことにならなくてよかったよ。

 

「んじゃ、いよぉーいしょっっと!」


 残念精霊がぐーっと力を入れるような声をあげると、どこからか大きなゴポンッという音が聞こえてきた。

 そしてズザザザッ、ゴゴゴゴゴォと凄い音が町中に響き渡る。


「ちょっ!? なにしたの!?」


 まさか全滅しない程度に町を洗い流したとか言うんじゃ!?


「ちょっと待ってね、今町の人間達にも伝えるから」


 すると残念精霊の顔が一瞬で冷徹な表情に切り替わる。


『聞け、器に縛られし者達よ』


 その声はまるで別人のように冷たく重かった。


『警告する。お前達が領主と呼ぶ者が、私の巫女に悪意を持って手にかけようとした。これはオアシスを管理してきた私への宣戦布告である。ゆえに私はお前達に与えていた脱出の猶予を没収する。既にオアシスの水源は私の保護を失い、完全に涸れ果てた。もはやこの町で水を得る事は不可能。一切の言い訳は無意味だ。精霊である私は真実を知っている。死にたくない者は今すぐこの町から離れよ』


「……終わったよー」


 おそらくは町の住人に対する警告を終えたらしい残念精霊は、ふたたびフニャッとした顔に戻る。


「えっと……あのさ、もしかしてこの町の水源、枯れちゃったの?」


「うん、涸らした! 人間が一番困るのは水がなくなる事なんでしょ? だからやっちゃったわ! まぁもともと涸らすことは決めてたし、ちゃんと準備してたのなら今すぐ逃げれば何とか助かると思うよー」


 思うよーってアンタ……


「マジでこの町の水源涸らしちゃったの!?」


「うん! 涸らした! ムカついたし!」


「そんなあっさり町を崩壊させるなぁぁぁぁぁぁ!!」


 どうやら私はこの残念精霊の恐ろしさを理解していなかったようだった……って、ど、どどどどうしよう!?

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