第143話 領主の自慢と大精霊の試験

「ようこそクシャク侯爵令嬢!」


 グロラコ子爵の屋敷にやってきた私達はさっそく子爵本人に出迎えられた。


「精霊様だけでなく、私達までお招きいただきありがとうございます」 


 まぁ本音を言えば残念精霊だけ呼べばいいじゃんって思ったんだけどね。


「いえいえ、精霊様に巫女として選ばれたクシャク侯爵令嬢にもぜひ見届けて頂きたかったのですよ」


 あー、つまりアレか。お前よりも自分の方が精霊に喜んでもらえるんだぞって言いたいと?

 それとも建前上は精霊の巫女である私を同席させることで、精霊に選ばれた正当性を持たせたいとか?

 もしくはその両方かな?


「……」


 そんな彼を鋭い視線で見つめる人物がいた。

 そう、賊の人ことタニクゥさんだ。

 

「む? その者は誰ですかな?」


 タニクゥさんの存在に気付いたグロラコ子爵が訝しげなまなざしで見つめる。


「その者は私の従者です」


 最初は同行させてほしいという彼女の申し出を渋った私達だったけれど、絶対に領主に襲い掛かったりはしないという彼女の必死のお願いを受けて従者という名目でついてくることを許可したのである。


「ほう、従者ですか」

 

 タニクゥさんが従者と分かるとすぐに興味を失ったのか、彼はすぐに彼女を無視すると私の傍に浮いている残念精霊に身を向ける。


「それでは精霊様、食堂に料理を用意しております。どうぞこちらに」


「うむ……」


 グロラコ子爵に話しかけられた残念精霊は無言でうなずくと、前を行くグロラコ子爵についてゆく。

 おお、ちゃんと精霊っぽい振る舞いが出来るんだね。ちょっと感心したよ。


食堂にやってくると、使用人達が料理を運んでくる。


「今回用意した食材は素晴らしいですよ! 遠方の土地の霊峰から流れる魔力に満ちた水と土の中でだけ育つという貴重な逸品です。食材としての味もさることながら、薬として使えば非常に優れた薬効も見せてくれる品なのです!」


 おお、なんか凄そうな品だね。っていうか、そんなレア食材なら私が欲しいくらいだよ。

 

「本当ならばもっと早くお出ししたかったのですが、この食材を取り扱っていた商人が不遜にも私ではなく別の貴族に差し出そうと隠していたのです! 尤も、私の目をごまかす事は出来ませんでしたがね!」


 と、グロラコ子爵はこの食材を見つける事がいかに大変だったのかを語る。


「しかも愚かしい事に、見つかったら見つかったで値段の吊り上げまでしてきたのです。まったくこの町が滅びるかの瀬戸際だというのに、欲深い事です。私の町のお陰でどれだけ儲かったと思っているのやら!」


「っ!」


 私の町という発言にタニクゥさんがギロリと目を見開きグロラコ子爵を睨みつける。

 ヤバイ! ここで騒ぎを起こされたら……


「えいニャ」


「ふぁっ!?」


 しかしそこにニャットのナイスセーブ。グロラコ子爵にくってかかろうとした タニクゥさんの脇をニャットがつついて阻止したのだ。

 いい仕事してるよニャット!!


(後で美味い飯作るニャ!)


 私が感謝のまなざしを送ると、ニャットもこっそり親指を立てて応える。

 なんか変な幻聴が聞こえた気がしたけど。


「さぁお食べください、精霊様!」


「うむ」


 そして残念精霊による実食が始まった。その結果は……


「全然駄目ね」


 完膚なきまでの不合格宣言だった。


「そ、そんな! この料理に使われている食材は貴重な品なのですよ! 薬としても有用で、使えば非常に優れた薬になる食材なのです!」


「関係ない。精霊である私には意味のないものである」


 要約すると、全然美味しそうじゃないってことかぁ。


「くっ! 何故駄目なのだ!! これだけ貴重で高価な品だったというのに!」


 絶対の自信をもって提供した食材が、まったく残念精霊の興味を惹かなかったことで、グロラコ子爵は心底悔しがっていた。

 対してそんな彼の醜態に、タニクゥさんは凄く嬉しそうだ。


「こうなれば!」


 と、何を思ったのか、グロラコ子爵が立ち上がり私の下へとやって来る。

 一体何事!?


「クシャク侯爵令嬢、貴方は一体どんな料理を精霊様に差し出したのですか!?」


 あ、ああ、そういう事ね。ビックリした。

 でもなぁ、どんなと言われてもあれは合成して品質を最高まで上げた品ですとは言えないし……

 

「ぐ、偶然手に入れた食材を普通に料理しただけですので、何か特別な事をしたわけではないですよ。


「ではどのような形の食材だったのですか!? 色は!? 大きさは!?」


 うわぁ、めっちゃ食い下がってくる。

 でも答えようがないんだからしょうがない。これに関しては私のスキルありきの話なんだから。

 

 ああ、こうなると昔ニャットに言われた事を思い出すなぁ。

 私のスキルが誰かに知られると、そいつらに捕まって一生スキルを使う為の奴隷みたいに扱われる危険が高いってヤツ。

 そんなことにならない為にもどう誤魔化したもんかな。


 そんな私の視界に、後ろから残念精霊に耳打ちするニャットの姿が入った。

 そしてニャットの話を聞いた残念精霊が小さくうなずく。


「そのような話をしても無駄です」


 残念精霊は、ややもすればわざとらしく私達の会話に割って入る。


「む、無駄とは一体どういう事でございますか精霊様!?」


 けれどそんな演技に気付かなかったのか、グロラコ子爵は困惑した様子で残念精霊に問いかける。


「食材が我が巫女の下に来たのは、来るべくしてくる運命だったからです。貴方がそれを聞いても何の役にも立ちません」


 と、物凄く強引に誤魔化す。


「し、しかし、それでは町が……、オアシスが……」


「儀式をないがしろにした報いです。これ以上食材が無いのなら、私は巫女と共にこの町を去ります。さぁ、行きましょう我が巫女よ。はやくはやく。口直しに美味しい物が食べたくなりました」


 メッキが剥がれてきたのか、最後は半ばいつも通りの雰囲気で私の背中を押して帰路につかせる残念精霊。


「…………おのれ」


 その為、屋敷から去る私達の背をグロラコ子爵が暗い眼差しで見つめていた事についぞ気付くことはなかったのだった。

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