第140話 オアシスの真実
「私達の一族は、かつて精霊様と契約してオアシスを作り出した者の末裔なのです」
捕らえられた侵入者の女の子から齎されたのは、とんでもない情報だった。
「かつて我々の先祖は、争いに負けて生まれた土地を追われたそうです。そして放浪の末この地へとやって来たのですが、皆疲れと飢えと渇きで限界に達していたそうです。そこで当時の一族で最も魔力が高かったお方が、己の命を懸けて精霊様を召喚し、この地に水を呼び込んで貰ったそうです」
成程、それがオアシス、いやあの地底湖の事なんだね。
「以後、精霊様と結んだ契約を果たす為、定期的に魔力と感謝を捧げる儀式を行う事で一族は栄えてきました」
ふむふむ、聞いてる限りはこの人達が町を襲う理由なんてないよね。
何でこんな事になったんだろう。
「そして数十年前、この地に一人の旅人がやって来たのです」
と、ここで彼女の表情が忌々し気に歪む。
「旅人は衰弱しきっており、今にも死んでしまいそうだったそうです。里の者達はその旅人を憐れに思い、彼を献身的に治療しました。ボロボロの彼の姿が、幼い頃から何度も聞いてきた、先祖達の旅の苦難を思い起こさせたのかもしれません」
あー、成程。昔話として聞かされてきたから同情しちゃったんだね。
「元気になった男は里の者達に深く感謝をしました。こんな所に人が住んでいるとは思っても居なかったからもうダメだと諦めていたと。そして男は、この恩を返す為に必ずまた里に戻ってくると言って去って行きました」
ここまで聞くと良い話なんだけど、……今の状況を考えると、良い結末にはならなかったんだろうなぁ。
それは彼女の表情を見れば一目瞭然だ。
「……そして数か月後、男は戻ってきました。無数の武装した兵達を引き連れて」
それは虐殺だったと、彼女は語る。
「兵達は里を明け渡せとすら言わず攻撃を始めました。当然住民達も反撃しましたが、武装した兵の集団には到底勝てませんでした。逃げようにも周囲を囲まれていては逃亡も難しく、夜の闇に紛れ多くの犠牲を出してなんとか一部の者達だけが逃亡に成功しました」
その生き残りが自分なのだと、彼女は悔し気に語る。
「我々は里を取り戻す為に戦う事を決意しましたが、多勢に無勢でとても勝負になりませんでした。そして気が付けば旅人は国からかつて里があったオアシスの領主に任命され、貴族になっていたのです」
ああ、合法的に土地を奪われちゃったんだな。
「あの、国に訴えなかったんですか?」
「そんな事をして何になる! 我々の一族はこの地に隠れ住んでいたのだ。国も我々の存在は奴から聞くまで知りもしなかった!」
「カコ、コイツ等の先祖は戦に負けて逃げ出した連中ニャ。当然追手の追撃を恐れて里の事は秘密にしてたのニャ」
「その通りだ。しかし数百年の平和が大人達の危機感を奪ってしまった。ボロボロになった旅人の姿を見て無防備に同情してしまい、当時地図にも載っていない場所へたった一人逃げて来た事のおかしさに誰も気づけなかったのだ!」
あー、所謂隠れ里って奴だったんだ。
そして困ったことに里の人達も平和ボケして警戒心を失ってたんだね。
当時の里の人達が悪い事をしたわけでもないから、なんともやりきれない話だなぁ。
「あとから知った事だが、旅人と共に里を襲ったのはこの国の騎士団だったのだ。奴らは人の移住が困難なこの砂漠の国で、貴重な水源がある里に強い興味を示したのだ」
「でもそれなら普通に国に従うように勧告すればよかったんじゃない?」
「旅人がこの地は盗賊の根城になっている隠れ村だと報告したらしい。それで我々の反撃を受けない様に問答無用で攻撃したと仲間が当時の兵士から聞き出したんだ」
うわ、えげつない。自分が犯罪者の癖に、里の人達を犯罪者扱いして国を動かすなんて。
「ねぇ、こう言うのって何とかならないの?」
流石にこれは酷いと思ったものの、いい考えが浮かばなかった私はニャットに何かいい手は無いかと尋ねる。
「無理だニャ。国にとっては税も治めない不法滞在者の里ニャ。それに後で誤解だと気づいたとしても、投降を呼びかけもせずに無抵抗の人間を虐殺したとバレるのは騎士団の評判に関わるのニャ。場合によってはその旅人がそこまで計算してバレた時は関係者を脅迫して事実を闇に葬った可能性すらあるのニャ」
やってしまった事は戻らない。寧ろ不祥事が表に出ないように、積極的に隠蔽すらするだろうとニャットは断言する。
「そうして里の奪還が儘ならぬままに月日は経ち、里は町として発展し、更には儀式の時期が近付いてきた。領主となった旅人に恨みはあったが、移住してきた町の住人に恨みがある訳ではない。故に我々はせめてオアシスが枯れないよう。領主にこのままではオアシスが枯れる。急ぎ儀式を行うようにと文を送った。しかし奴はそれを信じて儀式を行うどころか、当時の者が生き残っている事を知り、報復を恐れてオアシスを封鎖してしまったのだ!」
あの厳重な警備はそれが原因だったの!?
「だがそれニャら領主だけで儀式を行えば良かったと思うニャ。そこまで臆病な男ニャら、万が一を考えて儀式は行ったんじゃニャーのか?」
「流石に儀式の情報まで与えては我々が里を取り戻す為の切り札を失ってしまう。なんとか交渉によって儀式の運営権利を得る事で、里を部分的に取り戻そうとしていたのだ」
つまり、乗っ取られた会社の運営ノウハウの中で、機密性の高い技術を餌に経営の一部を取り戻そうとしたって感じかな?
「でも領主はそれにうんと言わず、今回の事件になったと?」
「そうだ。精霊様直々の宣言がなされたとあっては、力づくでも儀式をおこなわなければならんと決意したのだ」
けどそれも失敗し、最後の手段として精霊の巫女を自称する私を捕まえようとした結果、自分も捕まってしまったと彼女は語った。
「うーん、これどうしたもんかなぁ」
故郷を奪われた人達と奪ったあげくにその土地の貴族になった領主。
更に国は自分達のやった事を知られたくないから、味方になってくれるとは思えない。
「国にオアシスを枯らさない為に儀式を行うから領主を追い出して自分達に管理させてくれって頼むとか? 水源が大事なら、儀式が出来る方を選ぶんじゃない?」
「それはどうかニャ。国からすれば自分達が虐殺した連中ニャ。絶対恨まれていると思って警戒するのニャ。それにオアシスを枯らさない為の儀式さえ手に入れば良いと考える筈ニャ。国の協力を得るのはリスクが高いのニャ」
「そのネッコ族の言う通りだ。里でも国と交渉する案は出たが、国が動けば今度こそ我々は成す術もなく滅ぼされかねない。町に奴の私兵しかいない今の状況だからこそ動くことが出来たのだ」
そっかー、なかなか上手くいかないなぁ。
「って話らしいんだけど、契約した本人としては何か思うところはないの?」
私は気を取り直して残念精霊の意見を聞いてみる事にする。
何しろこの件の鍵を握る中心人物ならぬ中心精霊なのだから。
「んー、別にどうでもいいわ。私は契約してただけだし」
と思ったら、本人に重要人物である自覚は欠片もない感じだった。
「そ、そんなぁー!」
そして一番の被害者が絶望に叩き落される。
あ、いや、一番の被害者は何も関係ないのに巻き込まれた私なのでは?
ともあれ残念精霊は彼女達に同情するつもりとかは一切ないらしい。
この辺りのドライさは彼女が精霊だからなんだろうか。
「カコ、同情しても意味がないのニャ。コイツ等がオニャーの部下や領民ならともかく、オニャー等は赤の他人ニャ。そんニャ見知らぬ他人の人生を背負う義理はニャいのニャ。深入りし過ぎたらオニャーの方が潰れるのニャ」
そしてドライなのはニャットも同様だった。
もしかしたらこの世界の住人皆がドライなのかな。
「ま、そう言う訳で私はもうここを出ていくって決めたから、貴方達も別の土地に引っ越したら?」
「し、しかしここは先祖代々一族が暮らしてきた土地で、亡き父母も……」
残念精霊の言葉でも諦めきれないのか、彼女は口ごもる。
「どのみち水源は枯れるんだから、ここもその内砂に埋もれるわよ」
おおう、情け容赦ねぇ……
ああほら、止めを刺されて突っ伏しちゃってるじゃん。
流石にこれは可哀想になってきた。
「とはいえ、残念精霊が居なくなって水源が枯れるから、居残る事も出来ないんだよねぇ」
なんとか水源が枯れない様にする事はできないんだろうか。
例えば魔法でどっかから水源を新しく引いてくるとかさ。
えっと、確か水路とかを作って大量の水を引き入れて、よそから水の精霊を誘致すればいいんだっけ。
うん、駄目だ。それが出来るだけの力があるなら、とっくに力づくで里を取り戻してるよね。
「いや、待てよ」
そこで私はある考えを思いつく。
「ねぇ、今はまだ水源が地下水脈に繋がってるんだよね」
「ええ、そうよ。私の力が無くなると地下から水をくみ上げる事が出来なくなるけど」
「じゃあ、別の新しい精霊を呼んで新しく契約を結べばオアシスを枯らさずに済むんじゃない?」
理屈の上では可能な筈だ。
要は水源の管理者が変わるだけの話なんだから。
「出来るわよ」
「おおっ!!」
「まことですか!!」
新しい精霊の召喚が可能と分かり、項垂れていた賊の人が目を輝かせる。
中々に現金な反応だけど、彼女の境遇を思えばそのくらい喜ぶのも当然か。
「ニャら水源である地底湖の水が枯れたタイミングが狙い目にゃ。すぐに契約したら町は領主に支配されたままニャ。寧ろ水源が枯れて町を捨てる判断をさせて無人になった町を支配してから水源を確保するべきニャ」
「あっ、でもさ、領主を追い出してからの方が良いのは分かるけど、そしたらまた町を奪いに来るんじゃないかな」
寧ろ領主の話を聞いた後だとその可能性の方が高い。
「だから国を利用するのニャ」
「国を?」
国と言われ、警戒心を募らせる賊の人。
「オニャー達はこの町の先住民である事を隠すのニャ。そして国に自分達なら召喚術で水源を復活させる事が出来る。だから町を管理する資格を自分達に与えて欲しいと交渉するのニャ」
成程、国が水源を欲している事を逆に利用するんだね。
「だがそれでも奴は力づくで里を奪い返しに来る可能性が高い」
「この国にとって水源は何よりも重要ニャ。にも拘わらず自分の領地を守り切れずに逃げ出すような奴に戻る場所ニャぞねーニャ。逆に貴族達が政敵を全力で蹴落としてくれるのニャ。水源の危機にニャにも出来ん無能よりもおニャーら達の方が重要度が高くニャるのニャ」
確かに、領地を守れない領主とか、居るだけ無駄だもんね。
「ところでさ、地底湖が枯れても再召喚って出来るの? この人のご先祖様が命懸けで召喚をするほど大変だったんでしょ」
正直そこが怖い。生き残った里の人を犠牲にするのは流石に躊躇われるし。
「そこでこのクソ精霊の出番ニャ」
と、ニャットがベッドでごろごろしている残念精霊を指差す。
「んー? 呼んだ?」
「コイツが居れば、地上の水源が枯れても、地中の地下水脈と繋がっている水源を呼び戻せるのニャ。改めて水を呼び戻して別のまともな精霊を召喚して契約を結ぶのニャ」
成程、残念精霊に力を貸して貰えばいいのか。
「そっか、元々グロラコ子爵の用意する力のある食材で満足できるか試すフリをする予定だったしね。水源が枯れたと勘違いさせて町を放棄させてから契約すればいいんだ」
これなら上手くいきそうだね。
町の人達は出て行ったり戻ったり大変だけど、この人達は町の人達に恨みはないみたいだし、戻ってきても受け入れてくれるだろう。
「うん、それなら何とかなりそう! 良かったですね!」
「あ、ああ、ありがとう」
賊の人は不思議そうな顔で私達を見つめる。
「正直、お前達が精霊様を攫い、奴に協力して町の支配を盤石にするか、どこか別の場所に連れ去るつもりだと思っていた。その、勘違いをして済まない」
「いえ、気にしないでください。誤解が解けて良かったです」
うん、私もこれで安心して町を出る事が出来そうだよ。
「じゃあ精霊の召喚、頑張ってくださいね!」
「ああ、分かっ……あ」
しかし、そこで賊の人がピタリと動きを止める。
「どうかしたんですか?」
「いや、その……」
賊の人は青い顔でダラダラと脂汗を流している。
「よく考えたら、一族の儀式に詳しい大婆様が去年急死されて、儀式以外の詳しい知識が残っていなかった……」
「……え?」
ええーーーーーーっ!! だ、駄目じゃんそれ!!
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