第139話 闖入者は侵入者

「精霊様を返せこの盗人!!」


 領主の館からの帰り道、突然の襲撃を受けた私達は馬車に乗り込んできた賊にそんな言葉を浴びせかけられました。

 そして手にした剣を構えて私に襲い掛かって来る賊。

 って、大ピンチなのでは私!?


「おっと、そうはさせないニャ」


 しかしそんな賊の行動を、いつの間にか後ろに回り込んでいたニャットが抑え込む。


「なっ!?」


「ホイだニャ」


 そして後ろ足で扉を蹴って後続の賊が入ってこられないようにする。

 外からドンドンと扉を強引に開けようとする音が聞こえて来るけれど、ニャットの足はビクともしない。


「ニャットナイス!!」


「ニャフフフ、この程度軽いニャ」


 ニャットのナイスセーブで危うい場面は無事回避された。

 扉を開けられた時は背筋が凍る思いだったよ!


「くっ、放せこの盗人め!」


 賊はニャットに押さえつけらた状態でジタバタともがいている。

 というか、盗人って言われてもねぇ。

 どうも盗人呼ばわりされるのは、あの残念精霊が原因っぽいけど、盗むも何も本人が勝手についてくるって言ったんだよなぁ。


「この町のオアシスがどうなっても良いというのか!!」


 それこそ言い掛かりなんだよねぇ。


「あのねぇ、私は何もしてないよ。勝手にあの精霊に懐かれただけで、何か目的があって関わった訳でも、私がなにかしてくれって言った訳でもないの」


 寧ろご飯を奪われた被害者なんですよこっちは。


「そんな言い訳通じる訳がないだろう! オアシスの契約は神聖なる古の儀式! 何らかの魔術に通じていなければ、巫女の地位を奪う事など出来る筈もない!」


「ん? 儀式?」


 その言葉に私は疑問を感じた。

 神聖なるって物言いといい、この侵入者儀式について何か知ってる?

 少なくとも領主よりは儀式の事を重視している感じがする。


「ねぇ、貴方……」


 と、その時だった。

 馬車の外が騒めきだしたのだ。


『衛兵隊が来ました! お逃げください!』


 明らかに焦った声。どうやらこの賊の仲間みたいだね。


「っ! 私の事は置いて逃げろ! お前達だけでも精霊様をお守りするのだ!」


『し、しかし貴方が居なくては!』


「急げ! 全員捕まっては悲願を達成する事も出来ない!」


『っ! わ、分かりました……撤収! 撤収だーっ!』


 その号令を最後に、馬車を叩いていた激しい音が無くなり、ガチャガチャという音が遠ざかってゆく。


 ふーむ、何やらこの賊は彼等にとっても重要人物っぽいね。

 というか、そんな重要人物が最前線に出てくるってどうなん?

 しかも護衛が居るであろう狭い馬車のなかに真っ先に乗り込むとか、ちょっと考えが足りないのでは?


「考えが足りないのはお互い様だから考えない方が良いニャ」


「ちょっ!? 誰の話!?」


「さーてニャー」


 まるで人の心を読んだような事を言うニャット。

 けど私は深慮遠謀な知的ヒロイン気質なので、お互い様なのはきっと残念精霊の事だろう。


 さて、とりあえずこのまま馬車の中に隠れていれば、衛兵に保護して貰えそうだけど……


「その場合、この人どうしよう」


 このまま衛兵達に渡すのが一番楽だけど、あの領主何か隠してるっぽいからなぁ。

 もしこの人が何かオアシスに関する重大な秘密を握っていた場合、力づくでその情報を手に入れようとするだろう。


 その為の手段を考えると、グロラコ子爵に渡したらあまり良い未来にはならないだろうなぁ。この人。

 とはいえ、これ以上厄介事に関わりたくないってのも事実なんだよね。

 

「あら、この子、知ってる匂いがするわね」


 と、そんな中、残念精霊が捕まった賊の周りをゆらゆらと回って匂いを嗅ぐようなそぶりを見せる。


「せ、精霊様!?」


 賊もまさか残念精霊が居るとは思わず、目を丸くして驚いている。

 いや、その精霊最初からこの中でプカプカ浮いていたんですよ。


「な、何故精霊様がこのようなところに!?」


「何でって、この子と契約してるからよ」


「っ!? っっ!?」


 してません、一方的に巫女宣言されただけです。

 だからそんな泥棒猫を睨むような目で見ないで下さい。

 まさか「この泥棒猫!」って場面に遭遇する事になるとは……しかも当事者として。

 いやホント勘弁してください。


 しかし残念精霊本人のこの発言、もしかして本当に儀式に関係あるって事?

 少なくとも、無関係じゃなさそうだよね。


「しゃーない、一旦この人を連れて宿まで戻ろう。御者さん、予定通り馬車を宿に向けてください」


 領主に渡すのは、事情を聞いてからの方が良さそうだ。

 けれど馬車は一向に動く気配を見せない。


「んん?」


「……どうやら逃げたみたいニャ」


 御者台に繋がるのぞき窓を開けたニャットが、御者はとっくに逃げ出したと告げてきた。

 マジかよ……客人を放って逃げるか普通。


「んー、ニャット、この人を宿まで運んでもらえる?」


「承知したニャ」


 そう言うとニャットは毛の中からロープを取りだし、あっという間に賊をグルグル巻きにしてしまった。

 いや、どこに仕舞ってたのそれ?


「じゃあ行くニャ」


 馬車を降りたニャットが賊を背中に乗せると、私にも乗れとジェスチャーを送って来る。


「よろしく」


「ニャ! しっかり掴まってるニャ!」


 そうして、私達は捕らえた賊を連れて宿に戻るのだった。


 ◆


 宿に戻った私達は、宿の主人に見つからない様に賊を連れて部屋へと戻る。


「さて、それじゃあ色々教えてもらいましょうか」


 ニャットによって床に転がされた賊の覆面を脱がせ、いざ尋問開……って、え?


「お、女の子!?」


 なんと、賊の正体は女の子だったのである。

 しかも結構な美少女だ。


「くっ、貴様等盗人に応える事などない!」


 そして素晴らしいくっころムーヴ。成程、これが世に聞く「くっ殺せ」という奴か。芸術的ですらあるね。

 見た目が私よりも年上な感じで、凛々しさが際立つ容姿をしているので、尚更くっころ感を醸し出している。


「いやそうじゃなくて」


 馬鹿な事を考えてしまった私は、気持ちを切り替える様に残念精霊の手を引っ張って賊の少女の前に連れて行く。


「この子に事情を話すように言ってくれない」


「おっけー」


 あっさりと了承してくれる残念精霊。


「なっ!? 精霊様を使うとは卑怯だぞ!」


 くっくっくっ、権力とはこう使うのだよ。まぁ権力じゃないけど。

 どうせ私が聞いても盗人に言う事はない! とか言われるのは目に見えているので、相手の弱点を最大限利用させてもらう所存。


「って事だから教えてくれないー?」


「くっ、卑怯な! ……卑怯な」


 よしよし、もう一息。

 残念精霊に耳打ちして止めの一言を言ってもらう。


「貴方が詳しい事情を教えてくれるのなら、私も少しくらい手伝ってあげてもいいかなって思うかもね」


「本当ですか精霊様!」


 うわぁー、すっごいチョロイ。

 ちなみに残念精霊は「手伝ってあげてもいいかなって思うかもね」と言っているので、しっかり約束してる訳じゃないんだよね。


 私は協力しても良いかもって言えば教えてくれるかもしれないって言ったんだけど、グロラコ子爵との交渉で玉虫色の交渉の仕方を覚えてしまったっぽい。

 なんかよくない処世術を教えてしまった気が……


「精霊様がそうおっしゃるのならば仕方ありません。実は私達は……」


 と、完全に堕ちた賊の人が事情を話し始める。


「この土地にオアシスを作り出した者の子孫なのです」


 うぉっ、マジか。

 いきなりとんでもない情報から始まっちゃいましたよ。

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