第133話 お肉の味

 料理を盗んだ犯人の正体は、なんとオアシスを維持する為にこの土地に縛られた残念精霊だった。

 そんな残念精霊に、何故か料理を作って欲しいと頼まれたのでした。

 うん、何が起きてるんだろうね。私にもわからない。


「おっにっく! おっにっく!」


「にーく! にーく!」


 キッチンの隣にある食堂から、残念精霊とニャットの合唱が聞こえてくる。


 あれから私達は宿へと戻っていた。

 行きは凄くヒヤヒヤしたけれど、相変わらず凄まじいニャットの身体能力で見事に衛兵達に見つかることなく宿へと帰還する事が出来たのである。

 寧ろ残念精霊のお肉食べたいコールで気付かれないかの方が心配だったくらいだ。


「しゃーない、報酬も押し付けられたし、作りますか」


 まずは二人がすぐ食べられるように、お肉を薄切りにして焼く。

 すぐにお肉に火が通るようにして、料理を早く提供する為だ。

 油を敷いたフライパンにジュージューとお肉が焼ける音がして、香ばしい香りが漂う。


「はい出来上がり! これ食べて暫く待ってて!」


「「はーい」」


「はむっ! ……あれぇ?」


「むにゃ! ……ニャ~」


 けれど聞こえてきたのは不満そうな声。


「これ美味しくなーい」

 

「……カコ、せめてソースだけでも欲しいのニャ~」


「はいはい」


 と言うか何かかける前に食べたのは君達でしょ。

 私は魔法の袋から焼き肉用に調合したタレを出してニャットに渡す。


「はむっ! ウニャ~、タレのお陰でだいぶマシになったニャ」


「へー、そんなにいいのそれ? 私にもちょーだい」


 そう言って精霊はニャットからタレの瓶を奪い取ると、自分の皿の肉にふりかける。


「ニャー! かけ過ぎニャ! もっと大事に使うのニャ!」


「いーじゃん別に。また作ればいいでしょ」


 いや、それを作るのは私なんですけど。


「あーっん、はむっ」


 精霊はタレをかけた焼き肉を口いっぱいに頬張る。

 見た目は美人なのに、唇をタレ塗れにして本当に残念だなぁ。


「……っ! ふまぁぁぁぁぁっ!!」


 そして突然食べ物を口に含んだまま叫ぶ残念精霊。


「ふもふもふもっ! ……っ、何これすっごく美味しい! この汁をかけただけであの不味い肉がこんなに美味しくなるの!?」


 残念精霊は目の色を変えてお肉にタレをビシャビシャかけながら猛烈な勢いで頬張り始める。


「ニャーッ!! 何てコトするニャーッ、このバカ精霊っ!!」


 ニャットは絶叫しながら残念精霊からタレの入った瓶を奪い返すんだけど、既に中身は殆ど残っていなかった。


「ニャ、ニャンて事を……」


瓶の中身が殆ど空っぽになってしまったのを見て、ニャットが膝から崩れ落ちる。


「大げさねー。また作ればいいだけじゃん」


 だから作るのは私なんですって。


「このドブ水精霊がっ……カコ、新しいタレを作るのニャ。その間にニャーはこの汚水をブチのめして暇つぶしをしてるのニャ」


 ニャットがとんでもない事を言い出した。


「ほっほーう、この偉大なる精霊様に逆らうと? たかがネッコ族程度が? いい度胸ね。その自慢の毛並みを水浸しにして面白キャットにしてあげる!」


 残念精霊のタンカに、私はネットでよく見る体が水浸しになってヒョロヒョロになってしまった長毛種の猫の画像を思い出して思わず吹き出してしまった。


「カコッ! さっさとタレを作るのニャ!!」


「あっ、うん。ちょっと材料買ってくるね!」


 一瞬心の中で笑っちゃった事がバレたのかと思ってびっくりしたよ。

 ここはちょっと外に避難しよう。


「水滴一つ残さんから覚悟するのニャーッ!!」


「上等!!」


 ◆


 という訳で市場にやってきた私は、急いでタレに使えそうな食材を買い集める。

 気候が違うから、東都で使ってた食材が全部揃えられないのが痛い。

 上手くこの土地の食材を使って味を調整しないと。


「あとお肉も補充しておかないとね。あの調子だと二人共どれだけ食べるか分かんないし」


 私はお肉屋さんに行ってお肉を見繕う。

 と言ってもどうせ買うのは安いお肉だ。私の合成スキルを使えば品質をいくらでも上げれるからね。

 それなら安いのを買った方がお得というもの……と思った私だったけれど、ふと疑問が湧いた。


「でもどのお肉なら喜んでくれるんだろう?」


 残念精霊が言うには私の料理は凄く力に満ちていたという事だった。

 私が用意したのは合成スキルで品質を最高にしたお肉だったけれど、残念精霊の話では変異種の肉でもこんなに力に満ちたお肉にはならないと言っていた。


「同じ最高品質のお肉を食べた筈なのに何で違うんだろう」


 考えられるのは、残念精霊の言う力の満ちたお肉とは、何らかの個体差が原因なんじゃないかってパターン。

 つまり同じ最高品質でも当たり肉とハズレ肉がある場合だ。


 それだと合成スキルじゃどうしようもない。もしかしたら最高品質を合成しまくるとアタリ肉に品質が変化するのかもしれないけど、それなら鑑定で当たり肉って説明が出ると思うんだよね。


「うーん、何が違うんだろう」


 もう一つ気になったのは、ニャットに求められて出した焼き肉のタレだ。

今思うと、あれは魔物食材でもなんでもないただの野菜を使ったタレなんだよね。

勿論合成スキルで最高品質にしたけどさ。


 もし残念精霊の言う美味しさが変異種の肉の当たりハズレみたいなもので味が変わるとしたら、最高品質とはいえ、ただの野菜で作ったタレで美味しいと喜ぶ理由が分からない。

ただの野菜に精霊が喜ぶような力なんてないしね。


「だとすれば、考えられるのは……ふむ」


 ◆


「ただいまー!」


 食堂に帰ってくると、ニャットと残念精霊が熾烈な争いを繰り広げていた。

 ニャットは自慢の爪で、残念精霊は腕から伸びた水のムチのような物を使い、物凄いスピードでお互いの攻撃を迎撃しあっている。

 うん、私が間に入ったら一瞬でひき肉の出来上がりだね。


「待ちくたびれたニャ! 早く作るのニャ!」


「そーよ、このザコ猫口ほどにも無いんだから!」


「へたくそなドブ川精霊が宿を壊さない様に尻拭いをしてやったおかげニャ!」


「宿の人に攻撃を当てそうになったのをフォローしたのは私でーっす!」


 なんかヤバイ事言ってるけど私は効かなかったことにして厨房に入る。

 そして新しいタレを作りながら、時間稼ぎのお肉を焼き始める。


 肉は薄めですぐ食べられるように。


「はい! タレが出来るまでこれでも食べてて!」


 厨房から一番近いテーブルに肉を乗せた皿を置くと、ニャットと残念精霊が一瞬で戦いを止めて席に着く。


「「はむっ」」


「んー、さっきよりはマシ?」


「食えない事はニャいニャ」


 成る程ね、それじゃあ次のお肉をだそうか。


「はい、次どうぞ」


 またしても出したのは薄く切って焼いたお肉。


「「はむっ」」


 そしてためらうことなくお肉を口に運ぶ残念精霊とニャット。


「んんー? これはいまいち」


「ニャッ、美味いニャー」


 しかし今度の感想はハッキリ分かれた。


「ふむふむ」


 二人の反応に私は納得を感じる。


「えー、さっきのお肉の方が美味しかったよー」


「そんニャことニャいニャ。この肉の方が美味いニャ!」


「舌がおかしいんじゃないのー?」


「そりゃこっちのセリフニャ!」


「喧嘩しないの! 次はこのお肉ね!」


 やはり普通に焼いただけのお肉を出す。すると……


「あっ! これ美味しい!! さっきのよりもっと美味しい!!」


「ん、同じ味だニャ」


 今度の評価は逆だった。

 残念精霊が喜び、ニャットは変わらないと評価を下したのだ。


 ここに至って私は自分の推測が合っていたのだと確信する。


「んじゃ、焼き肉はこれで最後ね! ほいっ!」


「「はむっ」」


 差し出されたお肉を間髪入れず食べる二人。


「「……っ!!」」


 瞬間。二人の目がカッと見開いた。


「美味しいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


「美味いニャァァァァァァッ!!」


 最後に出したお肉は予想通り大絶賛だった。


「これよこれ! このお肉が食べたかったの! この力に満ちたお肉!! サイコーッ!!」


「やっといつもの肉ニャ! これを食べないとメシを食べた気にならないのニャ!!」


「そりゃよかった」


 二人の喜ぶ声を聴きながら、私はタレと次の料理の支度に戻る。

 下ごしらえを終えて調理に入りながら、私はさっきの二人の反応を思い出す。


と言うのも、実は私は二人に内緒である実験を行っていたのだ。

内容は単純、毎回違う肉を出していたのである。

ただし、それは品質だけの話じゃない。


まず出したのは合成スキルでやや高品質にしたお肉だ。

 これに関しては二人共最初に食べたお肉よりはマシだと言った。


 で、次に出したのは、お店で買った高品質なお肉だ。

 こちらは精霊に不評で、ニャットの評価は良かった。


 その次に出したのは私のスキルで高品質にしたお肉だ。

 すると同じ高品質のお肉でも、精霊には好評で、ニャットの評価は変わらなかった。


 で、最後に私のスキルで最高品質にしたお肉を出すと、二人共大絶賛だった。


 その事から分かったのは、精霊は単純にお肉の品質で味を感じているのではなく、スキルで合成した事を重視しているという事だった。

 更に合成した肉でもそれぞれ味の評価が違っていた事から、合成した回数か合成で変わった品質が判断材料になってるっぽい。

成る程ね、それなら変異種のお肉でも評価が低い筈だよ。


「と、ここまで分かったのはいいけど、そうなると合成スキルの何が精霊を喜ばせてるんだろう?」


 だって私のスキルは品質をあげたり、別の物に変化させるスキルなんだから、同じ品質で評価が変わる筈がないのだから。


「何か精霊にしか分からない違いがあるのかなぁ?」

 

 答えが分かったら分かったで、新しい謎が生まれてしまった。

 一体このスキルにはどんな力があるんだろう?


「「おかわりーっ!!」」


「はいはい」


 ともあれ、今は二人の欠食児童の為にご飯を作ってあげないとね。


「んー、さいっこう! 私貴女の料理気に入ったわ! 決めた! 私、貴女に付いていくね!!」


「ふーん」


 料理とタレの調理に追われながら、私は残念精霊に生返事を返す。

 ……って、あれ? 今何かとんでもない事言われたような気が……?

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