第132話 肉泥棒とオアシスの精霊

 オアシスの町の地底湖にたどり着いた私達は、そこに佇む幻想的な半透明の美女に出会った……のだけれど。

 残念な事にその美女の口にはお肉のタレが付いていたのだった。


「ニャーの肉返すニャーッ!!」


 ニャットが臆することなく残念半透明美女に突撃してゆくと、祈る様な姿勢をとっていた顔が不機嫌そうに眉を吊り上げる。


「……煩いですよ。私はお肉の美味しさを噛みしめていたのに」


 うん、やっぱり残念な人だ。いや人ではないのか? 幽霊?


「やかましいニャ! 御託はいいからニャーの肉を返すのニャ!!」


「ふっ」


 ニャットの剣幕に対し、残念半透明美女は鼻で笑って目を開く。

 うわっ、めっちゃ美人。目を瞑っていた時も幻想的な美しさだったけれど、目を開いた顔はまるで両目の位置に宝石が嵌っているかのようだ。


 まぁほっぺたにお肉のタレがついてるんだけど。

 いや、あのタレのお陰で人外の美貌に耐える事が出来ているのかもしれない。ありがとうお肉のタレ。


「喪われたものは戻らぬもの。肉との出会いもまた同様」


 何言ってんだコイツ。あかん、完全に外見詐欺ですよ!


「やっかましいニャー!!」


 ドヤ顔を決める半透明残念美女の頬に、ニャットの肉球パンチが炸裂する。


「ほぶぉっ!」


 プニッという擬音が鳴りそうな光景に反して勢いよく吹っ飛ぶ半透明残念美女。

 いーなー、今のいいなー。そっと力弱めで私も肉球パンチをほっぺたに受けてみたい。


「くっ! 何をするんですか!!」


 しかし意外にもダメージはなかったのか、半透明残念美女は体をグッと丸めるとその反動で跳び起きる。

 しかしそのほっぺたにはニャットの肉球の後がはっきりと残っていてちょっと可愛い。


「御託はいいからさっさと肉を返すのニャ!!」


 とはいえ、これはどうしたものか。

 ニャットは肉を返せと言うけれど、既に食べられたものは返ってこない。

 胃の中のものを出させる訳にもいかないし……いや、その話題は止めておこう。

返されても困る。


「分からない人ですね。そもそもこの地のものは全て精霊である私への供物。お肉の一個や二個、減ってもこの町的にはノー問題なんです!」


「精霊っ!?」


 まじで!? この世界って精霊が居るの!?

精霊と言えば、魔法や魔物に次いでファンタジーのお約束じゃん!!


「驚く必要はニャいのニャ。どうせ精霊ニャんてちょっと自然の多い所に行けばポコポコ沸いてるのニャ」


 あれ? そうなの? なんだ、そんなに珍しいものじゃないんだ。


「あー! 不敬! その考えは不敬ですよ! 精霊は世界を循環させる大事な役割を担った存在なんですから、もっと敬うべきだと思います!」


 へー、精霊って実はかなり重要な役どころなんだ。


「ニャフッ、遊び惚けて仕事をサボりまくる連中に言われたくニャいのニャ。オニャーらのサボり癖は皆知ってるのニャ」


 しかし精霊の主張に対し、ニャットは鼻で笑う。

 ええと、精霊の仕事は重要だけど、当の精霊が真面目に仕事をする気が無いって事?

 うーん、ほっぺたにお肉のタレをつけてる事といい、もしかしてこの世界の精霊って皆あんな残念な感じなの?


「ちょっとー! 貴方がいい加減な事を言うせいでそこの子供の私を見る目が悪くなってるじゃないですか!!」


「あ”っ? 子供だと?」


 それはちょーっと聞き捨てならんぞ残念精霊。誰が子供だ。


「ひっ、何か急に睨んできたんですけどこの子!?」


 当然である。謂れのない誹謗中傷には断固抗議の姿勢ですよ。


「とーにーかーくー、ちょっとくらい貰ってもいいじゃない! お腹が空いてたのよ!」


「何言ってんの! ちょっとって量じゃないでしょ! 全部食べちゃったんだから!!」


 しかし残念精霊は私の攻撃にキョトンと首を傾げる。


「え? 全部?」


 おいおい、コイツマジで言ってんのか?


「自分の手をよく見るのニャ」


「手?」


 言われて自分の手を見る精霊。


「串の数を数えるニャ」


「? 1、2、3……7。7本ね」


「それ全部おニャーが喰った肉串ニャ」


「え?」


「あとお鍋の中のお肉も全部盗られましたよ」


「ええ?」


 私達に詰められ、精霊があれー? と首を傾げると、何かを思いついたような顔で手をポンと叩く。


「きっと美味しすぎて食べ過ぎちゃったのね!」


 精霊がニッコリと満面の笑顔を見せる。


「ごめん・ネ」


「誰が許すかニャァァァァァァァァッッッッ!!」


「ほっぶぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 多分、この世界に来て、恐らくは初めてであろうニャットの本気が炸裂した。

 残念精霊はグルグルとキリモミ回転しながら吹っ飛ぶと、地底湖の壁に激突して埋まった。

 あー、半透明でも壁に埋まるんだね。


「天誅ニャ」


 どっちかというと猫誅? ニャン誅?


 ◆


「仕方なかったのよ。魔力が足りなかったんだもん」


 量のほっぺたに肉球の跡をつけた残念精霊は、水面にへたり込むと、グスグスと半泣きで弁解を始めた。

「私達は自然に満ちる魔力を吸収して世界を循環させるのは知ってるでしょ?」


 すいません、初耳です。


「でも今はこの地底湖から得られる魔力が減ってるのよ」


 と、残念精霊はうっすらと光る地底湖に視線を向ける。

 もしかして地底湖が光ってるのって、魔力の影響なのかな?


「その所為で私もお腹が空いて困ってるの。それで気が付いたら地上に手を伸ばして多少なりとも魔力を補充出来そうなものを食べちゃってたのよ」


 つまりお腹が空き過ぎて無意識に食べてたって事?


「それで私達のお肉を?」


 でも何でお肉? いやまぁゲームとかでも魔力を回復するアイテムとか食べ物あるけど、あれは普通のお肉だよ? 特別な素材なんかじゃないよ?


「そうなのよ! びっくりしたわ! なんだかおいしそうだなーって思ってたいして期待せずに食べたら、物凄く力に満ちていたんだもの!」


 けれど、残念精霊には違ったらしく私の料理を褒め讃える。


「あんなに素晴らしい食べ物は生まれて初めて。一体どこで獲って来たの?」


 精霊はもっと食べたいとばかりにこちらに詰め寄って来る。


「いや、普通にこの辺のお店で買ったものですけど……」


「嘘! この辺りであんなに力に満ちたお肉なんて獲れないわよ!」


 いや、そんな事言われても本当の事だし。

 たまたま当たりのお肉を引いたとか。ほら、変異種の魔物素材とかかなり……


「あっ」


 と、そこで私は思い当たる。

 よく考えたら私達が自分で食材を用意する時って、大抵合成で最高品質にしてた。

 って事は、私が最高品質にした魔物食材にも何か特別な効果が付いたりするんじゃないだろうか。


 そう考えると、残念精霊の言う凄い力というのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 ゲームでも、高ランクの食材を使った料理は、下位の食材を使って同じ料理を作った時に比べ、回復するHPMPの量が違うし、一時的に攻撃力アップなどの特殊効果が付いたりした。


「そ、そういえばお肉を買った時に変異種のお肉がどうとか言ってた気がするなー」


よし、たまたま変異種のお肉を買った事にして誤魔化そう。


「そんな訳ないじゃない」


 だというのに、私の発言は一蹴されてしまった。


「確かに変異種のお肉は普通のお肉よりちょっとは美味しいけど、さっきのお肉はそんなものじゃなかったわ! 明らかに別格だった!」


 マジか。でもそれだとホントにこっちにも理由が思い浮かばないぞ。

 私の合成スキルが原因じゃないのなら、一体なぜ残念精霊が絶賛するようなお肉になったんだろう? うーん、謎だ。


「ねーねー、お肉ちょーだい!」


 そしてとうとう我慢が出来なくなった残念精霊がちいさな子みたいなノリで肉を強請ってきた。

 いやマジでなんなのこの残念ぶり。

 外見だけ見れば絶世の美女なのにやってる事は幼稚園児か低学年女児ですよ。

 それとも見た目の割には中身は若いのだろうか?


「その前の食った肉を返すのニャ!」


 そんな残念精霊の顔面がニャットの肉球で剥がされる。いいなー。


「もー、分かったわよ。でもお肉はとっくに私の魔力になっちゃったから、これで勘弁してよ」


 そう言って残念精霊がくいっと手首を動かすと、地底湖の中から青色の瑠璃のような石が浮き上がって来た。

 ただその大きさは一抱え出来る程大きい。

 もしかしてすっごい値打ち物なのでは?


「えと、それは?」


「私をこの地に縛り付ける為に使われた触媒の魔石よ。私には大した意味はないけど、人族にはそれなりに価値がある筈だからあげるわ」


「し、縛り付ける!?」


 それってなんかマズいものなんじゃないの!? っていうか自分を縛り付けるものを簡単にあげちゃえるものなの!?


「あー、そういうんじゃないから。この土地は元々私のような高位の精霊が顕現できる程自然の力に満ちてないから、この魔石をその代替にしたみたいなの」


「でも、そんな場所に無理やり縛り付けられて嫌じゃないんですか?」


「んー、魔力が貰えるから別にいいかなーって。ほら、人間だって三食昼寝付きで内に来てほしいって言われたらオッケーしちゃうでしょ」


 それは……うーん、条件次第ではワンチャン?


「あんまり深く考える必要ニャいニャ。精霊はいい加減な連中だから、深く考えるだけ無駄ニャ」


 どうやら精霊にとって土地に縛られるってのはそこまで深刻な問題じゃないみたい。


「これまではちゃんと魔力が減ったら儀式をして魔力を補充してくれてたんだけどねー」


「補充って誰が?」


「私と契約した人間の一族。この土地のオアシスを維持し続けて欲しいって頼まれたのよ」


 驚いた事に、この町のオアシスはこの残念精霊のお陰で枯れることなく維持されていたらしい。


「えっと、貴女の魔力が尽きたらオアシスはどうなるんですか?」


「枯れるわね。そうなったら私もこの土地との繋がりが完全に切れるから、地下水脈から別の土地に引っ越すわ」


「……」


 と、とんでもない事を聞いてしまった。

 このままだとこの町からオアシスが枯れてしまうって、滅茶苦茶責任重大じゃないですかー!


「落ち着くニャ」


 パニックに陥りかけていた私の肩に、ニャットの肉球がプニッと乗っかる。

 あっ、それほっぺにお願いできませんか? 駄目? そう……


「オアシス云々はこの町の人間の問題ニャ。儀式の事も自分達で頼んでおきニャがら放置しているのなら、町が滅ぼうと自己責任ニャ」


「それはそうかもだけど……」


 それでもこんな砂漠の真ん中でオアシスが枯れたら、間違いなくこの町は滅びちゃうよ。


「んー、別にそれは良いんじゃない? そもそもオアシスが枯れる事って普通にあるし。他のオアシスだって数百年もすれば枯れてそこに住んでた生き物も次のオアシスを求めて旅立つと思うわよ」


 THE 長寿種族の感覚!! あかん、完全に上位存在の感覚ですわこれ。


「じゃあ何でそんなに魔力を欲しがってるんですか!? オアシスが枯れない為じゃないんですか!?」


「お腹が減ったからに決まってるじゃない!」


 はい、完全に自分の為でしたーっ!!

 くっ、これ真面目に受け取ったらこっちが馬鹿を見るだけなのでは!? なんかそんな気がしてきた!


「そういう事だからー、これ上げるからもっとお肉ちょーだーい」


 と、残念精霊はデッカイ魔石を渡しに押し付けてお肉を強請ってくる。


「……はぁ、分かりました。用意しますから一旦宿に帰ろ」


「わーい、お肉―!」


「その前にニャーの肉が先ニャ!!」


「私だー!」


「ニャーニャ!!」


 どっちでもいいけど、私のお肉は残しておいてよねー。

 どっと疲れながら、私達は宿へと帰るのだった。

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