第131話 消えた食材

「肉泥棒狩りニャァァァァァァァァァッッ!!」


 ニャットはかつてない程に荒れ狂っていた。

 それはもうリラックスしていたところに尻尾を踏みつけられた猫のごとく。


「ニャーの肉を盗むとは良い度胸なのニャー! 犯人はお子様にはとても見せられないような目に遭わせるのニャーッッ!!」


 完全にブチ切れたニャットは、犯人を求めて調理場の中を見回す。

 けれど犯人の姿はどこにも見当たらない。

 いやホント、どうやって盗んだんだろう?

 それも私が抱えていたお肉まで。


「クンクン……」


 ニャットはまるで警察犬のように鼻をひくつかせて匂いを嗅ぎ始める。

 成程、姿が見えないなら匂いで犯人を捜そうって訳だね。

 ところで猫ってそんなに鼻が良かったっけ?


「ニャッ!!」


 するとニャットは何かを嗅ぎ取ったのか、ピタリと動きが止まる。


「ニャーの肉の匂いニャーッ!!」


 って、ええ!? 犯人の匂いじゃなくてお肉の匂いを嗅いでたの!?

 いや確かに、知らない人の匂いを探るよりはそっちの方が正確に匂いを追えるかもしれないけど……食い意地ぃ。


「ぬぉーっ!! ニャーの肉ぅーっ!!」


「おわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 突然私の体が真横に引っ張られ、そのまま凄い勢いで風景が横に抜けてゆく、っていうカドア!! 壁! 机の角ぉぉぉぉっ!!


「ぶ、ぶつか、し、死ぬぅぅぅぅ!!」


 視界が目まぐるしく変わり、廊下を駆け抜け、突然視界が青空と地面に切り替わる。

 どうやら窓から飛び出したらしい。

 宿の裏手に飛び出したニャットはそのまま裏路地を駆け、犯人を追い続ける。


 あっ、近所の子供と目が合った。

 凄く不思議な物を見る目で見られた。

 ですよねー、私も真横にカッ飛んでいく人を見たら目の錯覚か自分の正気を疑うわ。


 さらにニャットはご近所のお家の壁を蹴って、宙髙く飛び上がる。

うん、めっちゃ怖いっ!!

ちゃんと背中に乗ってる訳じゃなくて、多分牙にひっかける様な感じで引っぱられてるんじゃないかな。

そんな状況で家より高い位置に舞った私の心境を考えてみてください。


「って、流石に死ぬぅぅぅぅぅ!!」


 これで着地したら確実に私の体は地面に叩きつけられるんですけどー!

 肉料理どころか美少女のタタキが完成しちゃうよ!! モザイク案件ですよ!!


「っ!?」


 と、思った瞬間、ぐるりと世界が回ったかと思ったら、視界の位置が正常になった。


「え?」


 何が起きたのかと困惑する私の足と手にモフッとした感触。

 下を見ればニャットの背中が見えた。

 ええと、なんかぐるっと回転して私を背中に乗せたってこと?


「耳元でうるさいのニャ」


「……だったら最初から普通に乗せろぉぉぉぉぉぉ!!」


 私は怒って良いと思う。


 ◆


「ねぇ、何処までいくの?」


 犯人を追うニャットは屋根の上を疾走し、どんどん進んでいった。

 そして町の中央付近にある小さな池と言うには大きい、けれど湖というには微妙な大きさの大きな水場にまでやってきた。


 ああ、あれがこの町のオアシスってやつなんだね。

 砂漠を舞台にした漫画や映画とかでよく見るけど、実物は初めて見るよ。

でもオアシスは周囲を壁でガッチリと囲まれ、更に数メートルおきに衛兵が立っている程の厳重な警戒ぶりだった。

 冗談抜きに下手に近づいたら、不審者として捕まるんじゃないかなコレ。


 まぁ水が貴重な砂漠の町だし、そりゃ厳重に警備するよね。

 さすがのニャットもこれじゃ迂闊な行動は出来ないだろう。


「飛び越えるのニャ。口を閉じてしっかり捕まってるのニャ」


「え? ちょっ!?」


 しかしニャットは私が止める間もなく屋根の上を跳躍し、オアシスに向かって跳んだ。

 って、跳んじゃったぁぁぁぁ!!

 ヤバイヤバイヤバイって! こんな堂々と侵入したら言い訳無用で捕まっちゃうよ!!


 焦る私をよそに、宙を舞ったニャットの体はぐんぐんとオアシスに近づいてゆく。

 そしてとうとう壁を越えてオアシスのふもとに降りてしまった。

 しかも最悪な事に、数メートルと離れていない位置に衛兵の姿が!!

 うわぁぁぁぁ、捕まっちゃうぅぅぅぅ!!


「ん?」


 そして無慈悲にも衛兵が異変を感じ取ってこちらを振り向いた。

 お、終わっ……


「……気のせいか」


 ……え?

 見つかって人を呼ばれるかと思ったのに、何故か衛兵は何事もなかったかのように呟く。

 というか、目の前に見えていたオアシスが消えて、突然視界が茶色くなったんだけど?

 と、思ったら、それは木の幹だった。


 え? え? 何で目の前に木があるの? 足が生えて移動してきた?

 周囲を見回せば、傍にいたはずの衛兵の姿が見えない。

いや、木の横にわずかだけど衛兵の鎧の色が見える。

 どういうこと?


「ここからは隠れて移動するのニャ。身を伏せてニャーにしがみ付いて絶対に声を出すニャよ」


「……コクリ」


 理由は分からないけど、私達は見つからずに済んだみたいだ。

 そしてニャットも犯人を捕まえるまで帰る気はないみたい。

 こうなるともうニャットの気のすむまでやらせるしかないだろう。

 下手に抵抗すれば、その騒ぎを聞きつけて衛兵達がやって来かねない。

 どうか、見つかりませんように。


「クンクン……こっちニャ」


 ニャットは犯人の匂いを探ると、陰から影へと移動してゆく。

 その動きはとんでもなく、衛兵達の死角を移動するだけでなく、彼等の巡回路、そして首の動きから視界を割り出してタイミングよく移動を行っている。


 肝を冷やしたのは、彼等がこっちを向いているのに動き出した時だった。

 だけど何故か彼等は私達の存在に気付かなかった。

 一体どうなってんの?


「相手の視線を確認したのニャ」


「……視線?」


 え? でも衛兵達って結構離れてたよ? しかも兜を被ってるから顔も見づらいよ? なのに 視線の動きなんてわかるもんなの!?


「慣れれば簡単ニャ」


 絶対嘘だぁーっ!!

 その後もニャットは漫画みたいなスニーキングを繰り広げた。

 相手が突然こっちを見た瞬間、宙髙く飛び上がって視界から逃れたり、隠れる場所が全くない場所へまるで瞬間移動みたいな速度で移動したりとやりたい放題だ。


な、成る程、さっきオアシスに侵入した際に突然景色が変わったのは、物凄い速度で移動したからなんだね……

 うん、全然納得できん。

なんだこのチート猫。本当に猫なの?


 そう言えば夢の中で女神様がニャットの事を何か言ってたような……なんて言ってたんだっけ? うむむ、さっきからトンデモ展開が続いたショックか全く思い出せない。

 帰ったら頑張って思い出そう。

 とりあえず今はニャットのモフモフを全力で満喫して現実逃避だ。すーはーすーはー。


 なんて事をやってる間にも、ニャットは進んでゆく。

 そしてオアシスの反対側までやってくると、そこからは岩場になっていた。


「あそこニャ」


 ニャットの言葉に顔をあげれば、岩場の一角が盛り上がっているのが見える。

更にそこには衛兵の姿もあった。


「って、あれ? 岩の陰に何かある?」


 いや違う。盛り上がった岩に模様……じゃないな。あれは……


「扉?」


 そう、扉だ。岩の側面に扉が付いているんだ。

 でも何で扉?


「あの扉の向こうから肉の匂いがするのニャ」


「あの扉の向こうから?」


 でもそれだと肉泥棒は門を守っている衛兵達の横をすり抜けて中に入っていったことになる訳で……


「じゃあ肉泥棒と衛兵はグルって事?」


 いやいや、いくら何でもオアシスを守る衛兵が肉泥棒と仲間とは思えない。

 っていうか、何で衛兵と繋がってるようなコネの持ち主が、わざわざピンポイントで私達のお肉を盗むのさ。

 まったく動機が分からん。

 でも衛兵達はあくびをしたりして、明らかに気が抜けた様子で、どうみても不審な侵入者に忍び込まれた後のようには見えない。


「じゃあ入るのニャ」


「え? 入る? どうやって? 衛兵が居るんだよ!?」

 

 まさかこの状況で衛兵に見つからない様に重そうな扉を開けて中に入る事が出来るの?

 それってもしかして魔法? それとも私みたいに何らかのスキルを使って?


「こうするニャ。フン!」


「「グッ」」


 背後に回り込んだニャットの手刀を喰らった衛兵達が静かに崩れ落ちる。


「……って、力づくかぁーっ!!」


 よりにもよって力技だよぉーっ!!


「駄目じゃん! 起きたら絶対人を呼ばれるよ!!」


「大丈夫ニャ。帰る時に門に持たれかけておいて居眠りしたようにしておくのニャ。そうすればコイツ等も誰かに気絶させられたとは思わずにうっかり居眠りしたと思うニャ。仮にそう思わなくても、侵入されたとなったら厳罰で済まニャいから、誤魔化そうとするのニャ」


 な、成る程、そういう事なら何とかなる……のかなぁ?


 ◆


 扉を開けると、そこは地下へと進む道が広がっていた。


「灯りをつけるのニャ」


 ニャットが首元の石を弄ると、ポゥと光が灯る。


「ニャーには十分見えるけど、おニャーは夜目が効かんからニャ」


 うん、すっごくありがたい。

 私達は地下へと進んでゆく。

 入り口こそ扉が付けられていたけれど、中は天然の洞窟って感じだ。


「ふむ、湿気が多いから滑りやすそうだニャ。ニャーから降りる時は気を付けるのニャ」


 確かにちょっとジメっとしてるね。

 そうして奥に進んでゆくと、前方からうっすらと光が見えて来た。

 って事は奥に灯りがある?


「……え?」


 けれど実際の光景は私の予想とは大きく違った。

 洞窟の奥にあったのは灯りなどではなく、もっととんでもないものだったからだ。


「光る……地底湖?」


 そう、そこにあったのは地底湖だ。それも湖全体がぼんやりと光っていた。

 電灯や松明のような眩しい光じゃないけど、湖全体が光っているから十分過ぎる明るさだ。


「すっご……」


 言葉が無いとはまさにこの事だ。

 この世界に来てからファンタジーな光景は色々見て来たけれど、光る地底湖のインパクトは凄まじかった。


 真っ暗な洞窟の中で神秘的に光る湖の光と闇のギャップ、それでいて何となく優しさを感じる光は、鍾乳洞などのライトアップした水源とは一線を画すものだった。

 幻想的とはこの為にある言葉かと思わずにはいられない。


 思わず引き寄せられそうな光景。

 もしこの光景が、実はその美しさを餌にフラフラと引き寄せられた獲物を溺れさせて喰らう呪われた湖だったとしても、この光景を見ながら死ねるならそれはそれで悪くない最期なんじゃないかとすら思えるほどに蠱惑的だ。


「ほぇー……」


 馬鹿みたいに口を開いてその光景を見つめていると、ふと何か違和感を感じる。

 一体何かと湖のあたりを見回してようやくそれに気づく。


 それは地底湖の風景にあまりにも自然に溶け込んでいた。

彫像のように絵画のように微動だにしていなかったせいで、景色の一部と勘違いしてしまっていたんだ。

 けれど、それは間違いなく風景の一部の自然物なんかじゃなく……


「半透明の女の人……?」


 湖のほとり、岸に近い水の上に、その人は立っていた。

 まるで妖精のように美しい女の人が。


っていうか、なにアレ。幽霊?

 でもあの姿は、幽霊というにはあまりにも神秘的すぎる。

 その人は両手を胸元で組んで目をつむっており、その姿はまるで祈りをささげる彫像のような神々しさが漂っていた。

 恐ろしい、怖い存在とかじゃなく、もっと別の、妖精とか、天使とか、そういう人ならざる美しさっていうの?

 そんな異次元の美貌の持ち主が、湖の水面に立っていた。


「あ……」


 声をかけようとして、いったいなんて話しかければいいのかと動きが止まる。

 あなたは幽霊ですか? それとも妖精ですか? いやいや、なんだその馬鹿みたいな質問。

 でもほかになんて話かければいいんだろう?

うう、緊張して気の利いた声のかけ方が思い浮かばない。


「見つけたニャ肉泥棒っっ!!」


 そうか! 肉泥棒……


「って、何言っちゃってんのーっ!?」


 おぉーい! 何とんでもないこと言ってんだこいつはー!

 いきなり肉泥棒とか、喧嘩売ってるとしか思えないでしょうがー!


「あんな綺麗な人にいくら何でも失礼すぎるでしょ! ほら、誤ってニャット!!」


 うぉぉーっ! ファーストコンタクトが土下座謝罪とかマジですかーっ!


「騙されるニャカコ! あいつの口をよく見るのニャ!」


「く、口?」


 ええ? 美人の口はよく見ても見なくても美人の口でしょ?


「……んん?」


 言われてよく見ると、確かになにやら違和感を感じる。

 んんー? 何だろこの違和感?

 どこにもおかしなことなんてない筈なのに……

 私はもっとよく見るために、そーっと半透明美人に近づく。すると、


「……あっ」


 私は気づいてしまった。


「……」


 その美人の口元に、明らかにタレのようなものが付着していたことに。

 さらに組んだ両手の間から、肉のかけらとタレが付着した串が伸びていたことに。


「だ、台無しだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 気付きたくなかったよコンチクショー!!

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