第130話 砂漠の町のミートタイム

 町で様々な食材を買い込んだ私達は、さっそく宿へと戻ってきた。


「買い込んだのは果物が5種、薬草が3種。あと国境沿いの町で買った水球果に水肉牛のお肉と砂岩トカゲのお肉に砂漠羊の肉。他にはマキシマ塩とサソリとクモの魔物の毒消しに火傷薬。結構種類があるね」


 特にお肉とかはクローラフィッシュの速さと砂塵狼の群れに襲われた事があって食べる暇が無かったからね。


「この宿は食事が出ない素泊まりの宿ニャけど、キッチンは有料で借りれることを確認してるのニャ! だからおニャーの加護で最高品質の肉にするのニャ!」


 はいはい、そこはいつも通りね。


「んじゃ全部の食材を二つずつ最高品質にするよー! 合成!!」


『最高品質のシヤンの実:非常に硬い皮を持つ果物で、中の果肉は少ない代わりに果汁がジュースのように溜まっている。非常に品質が良く、大変美味』


『最高品質のサンダイースカの実:表面に雷のような模様がある大きな果実。量産に向いており、砂漠の国のご家庭でもっともなじみの高い果物と言える。中には水分の多い果肉があるが、種も沢山あるのでちょっと食べづらい。非常に品質が良く、種は調理すると極上のつまみになる』


『最高品質のロンメロの実:子供が一抱えする程の大きな果実。イースカスの実とは近縁種で、中には非常に甘い果肉が詰まっている。数が少なく、品質の良い物は贈答に適した高級品として扱われる』


『最高品質のドゥルブの実:非常に品質が良い多果物。一つ一つの粒は小さいが、一粒だけでも十分な美味しさを持つ。乾燥させるとドライフルーツになるが、非常に瑞々しい為、そのまま食べる事をお勧めする』


『最高品質のゴルマの実:非常に品質が良いとろける様な黄色い果肉の果物。大変濃厚な味わいで、様々なスイーツに使われる』


『最高品質のライサンズ草:日焼けの火傷治療に適した薬草。非常に品質が良く、薬にせずとも、これをよく揉んで肌に貼りつけるだけで十分な効果を持つ』


『最高品質のスイダツ草:脱水症状の治療に有効な効能を持つ草。飲み物に絞り汁を混ぜる事で効果を発揮する。非常に品質が良いので、絞り汁を肌に塗り込むとお肌がプルプルになる』


『最高品質のインヒートの実:熱を吸収する性質があり触れると温かい。荒く砕いて飲み込むと熱中症の治療効果がある。やや飲みにくいので、水で流し込むとよい。非常に品質が良いので、持っているだけで接触部の熱を吸収する』


『最高品質の水球果:水が物質になったような果実。甘みは極限まで少ないが、少ないからこそかすかに感じる甘みが極上の甘露を感じさせる』


『最高品質の水肉牛の肉:非常に品質が良く、噛むと高級スープもかくやの肉汁があふれ出る噛むスープ。メインの具材にも出汁にもなる万能食材。肉汁が大量に出る事もあってスープ皿に入れて出すのをお勧めする』


『最高品質の砂岩トカゲの肉:噛めば噛むほど旨味が出てくる天然のジャーキー。固すぎず柔らかすぎない絶妙な硬さで、お湯に入れればスープの素になる。非常に品質が良く、庶民の手に入る食のドラゴンと言える』


『最高品質の砂漠羊の肉:独特の癖があるが、非常に品質が良い為、不快感は殆ど無く、上手く個性の域にとどまっている。香草と会わせるなどして臭みを取ると噛み応えのある美味な肉となる。薄くカットして焼くのがお勧め』


『最高品質のマキシマ塩:いくつもの栄養素を含んだ万能塩。費用に品質が良い為、この塩と水だけで緊急時のサバイバルが可能になる』


『最高品質のデザートシザーの毒消し:サソリ魔物の毒を治療するポーション。非常に品質が高く、ランクが上のサソリ魔物の毒でも治療が可能』


『最高品質のデザートスパイダーの毒消し:砂漠蜘蛛の魔物の毒を治療するポーション。非常に品質が良く、他の砂漠系の蜘蛛魔物の毒にもある程度効果がある』


『最高品質の火傷治療薬:人塗りすれば大抵の火傷が一瞬で治る。また時間が経った火傷も治る。ただし数年が経過した古い火傷の治療は出来ない』

 おー、一気に合成したから最高品質の品がズラリと並んで中々壮観だね。


「ジュルリ……」


 そして最高品質の肉の数々を見るニャットの口からはとめどなく涎があふれ出す。

 だめだ、このままだと部屋がニャットの涎でプールになっちゃう。


「まずはお肉を軽く調理しよっか」


「そうするニャ!! ジュルリッ」


 ◆


「とりあえず水肉牛の肉を軽めに焼いてステーキにしてみたよ」


 ニャットがこんな有り様だから、あまり手間のかかった料理はとても我慢できそうになかったからね。

 あとスープのような肉汁が売りの果物だから、水分を減らさない様に焼きはレアにしてみました。

 牛の肉だからレアでも大丈夫でしょ。


「いっただっきまーすだニャ!!」


 料理をテーブルの上に置いた途端、もう待ちきれねぇとニャットがステーキの入ったスープ皿に顔面をダイブさせる。


「ガブ、ブシュ、ジュゾゾゾゾッ!!」


 とても人に聞かせられないような音を立てながら、ニャットが、多分ステーキを食べて肉汁を啜っている。

 その間ニャットの顔は皿から離れる事はなく、音とわずかな体の身じろぎだけが何が起きているのかを予測させる。


 けれどそう時間をかけずにニャットの顔はテーブルの上の皿から離れた。

 その顔は全面が肉汁によってびしょ濡れとなり、濡れ猫(顔面のみ版)と化していた。普通に汚い。

 そんな状況の上、長毛種である事もあってその表情は一切分からない筈なのに、何故か彼が心の底から満面の笑みを浮かべている事が感じ取れた。いや何でだホント。


「おかわりニャ」


「あっ、はい」


 その声は非常に満ち足りていて、穏やかさすら感じたものの、何故か逆らう事が許されない謎の圧があった。

 私はすぐさまステーキの二枚目を焼くと、ニャットの顔面が間髪入れず更に投入される。

 何かの玩具かな?


 そして再びあの音が鳴ると、ニャットが顔面をあげて行った。


「おかわりニャ」


 よくドラマ出てくる和風建築のお屋敷とかのシーンでカコーンってなるアレがあったけど、今のニャットはまさしくそれだ。ただし音と絵面の汚さは比ではない。


 ともあれお代わりの要求が来ることが分かっていた私は、すぐさま次のステーキと別の料理に取り掛かっていた。


 水肉牛のステーキを焼きつつ、砂岩トカゲの肉を小さくカットしたら、串にさして炙る。

 こちらは焼き鳥のように串焼きにする。


 途中ニャットにおかわりを放り込むと、砂漠羊の肉を薄く切ってフライパンで焼く。

 羊肉だし、まぁジンギスカンだよね。

 ただしジンギスカン鍋は無いから、フライパンで代用だ。


 出来れば焼き肉のタレが欲しいけど、それを作ってる暇は今のニャットの胃袋にはない。

 なので水球果と水肉牛の肉の切れ端、あとはリンゴが名から、シヤンの実の果肉を極少量薄くカットして煮込む。


 途中、更にニャットにステーキを追加。


 そして水分を飛ばしてとろみのある汁が残ったら味見タイム。

 スプーンによそった煮込み汁をフーフーしながらペロリと舐める。すると……


「っ!? 美っ味っっっ!?」


 物凄く濃厚な味が口の中に広がる。

 私の知ってる焼き肉のたれとは似ても似つかないけれど、濃縮された水肉牛のスープの中にシヤンの実の甘みが感じられ、全く未知のタレが出来たと確信する。


 すぐさま焼けた砂漠羊の肉にこのタレをかけて食べ……


「モグニャ」


 ……れなかった。


「なっ!?」


 突然、白い旋風が巻き起こったかと思うと、私の手の中にあったフォークから肉が消えていたのである。


「う、ウニャニャニャニャニャーーーーーイッッッ‼ こ、これも美味だニャー!! 砂漠羊の味に濃厚な水肉牛のスープと甘みが絡まって堪らニャいのニャ!!」


「って、ニャットォーッ!! それは私の肉だぞぉー!」


 このネコ野郎! 人の肉を盗ったらそれは戦争でしょうがーっ!!


「ニャフフフッ、肉に飢えたニャーの前でチンタラしているのが悪いのニャ」


 こ、こいつ、目の前の美味肉に目が眩んで我を忘れてやがる!!

 ゆ、ゆるせん! 私のお肉を奪ったこと、後悔させてくれる‼


 私はテーブルの上に乗っていた水球果をひっつかむと、ニャットにぶん投げる。


「とりゃぁぁぁっ!!」


 しかしニャットはあっさりと私の投げた水球果をキャッチする。


「ニャフフ、おニャーのヘッポコ玉なんぞ当たらニャいのニャ。ゴキュゴキュ。ふー、口の中がサッパリしたニャ」


 ふっ、かかったな!


「ホイホイッ、てい!」


 私はタレの入った鍋に焼いた砂漠羊の肉を突っ込むと、調理場の出口に向かって駆けだす。


「くくっ、おニャーの足でニャーから逃げられるとでも思っているのかニャ?」


 完全に悪役のセリフを吐きながら、背後から殺気にも似た気配が広がる。


「あれ? 砂岩トカゲの焼き串を放っておいていいの?」


「ニャニ?」


 調理中の料理が他にもある事を思い出し、ニャットの声に戸惑いが生まれる。

 私を追って料理を奪うか、そこにある料理を置き去りにするかで悩んだのだ。

 くくくっ、その一瞬の悩みがお前の敗因だ! この隙に私はお肉を食べる!!


「って、ニャァァァァァァァァッ!?」


 その時だった。突然ニャットが聞いたことも無いような悲鳴を上げたのである。


「え!? 何!?」


 思わず振り向けば、そこには愕然とした表情で竈門を見つめるニャットの姿。

 何? 私を油断させる罠……って感じでもない?


「ど、どうしたの?」


「に、肉が……」


 肉? もしかして、焼き過ぎて焦げちゃったとか?


「肉がニャくニャってるのニャーッ!!」


「……へ?」


 そんな馬鹿なと思いながらも網の上で焼かれている筈の串を見れば、確かに肉が無い。

 あるのは何も刺さっていない櫛だけだった。


「え? 何で? 誰も居なかったはずなのに」


 この宿のキッチンはお金を払えば客でも使えるけれど、わざわざ自分で調理をしようなんてもの好きは私達しかいなかったのだ。

 そして宿の人達もここにはいない。

 なのになぜか、お肉だけが消え去っていたのだった。


「どういう事……?」


 まるでお肉の神隠しだ。

 でも肉だけが忽然と消える筈がない。きっと誰かが隠れてお肉をパクッたに違いない。文字通りに意味で。


「だとすれば、この羊肉だけでも守らない……と?」


 そう思って鍋を抱きかかえようとした私だったけれど、ふと腕の中が妙に軽い事に気付く。


「んん?」


 見れば鍋の中にお肉は無くそれどころかタレの一滴すら無くなっていたのである。


「…………え?」


 おにくがない。

 たれもない。

 なにもない。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」


 なんという事だろう。

 私の中の鍋のお肉も綺麗さっぱり消え去っていたのだった。

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