第129話 オアシスの町

「白い、砂塵狼……?」


 全身が総毛だつような雄叫びを上げた何かの正体は、まるで雪のように白い砂塵狼だった。


「し、白い砂塵狼だって!?」


 雄叫びのショックから我に返った船員達が、白い砂塵狼を見て動揺の声を上げる。

 慌てて冒険者達が武器を構え直すも、白い砂塵狼はこちらに襲い掛かって来る様子はなく、ただじっとこちらを見つめるばかり。


 その光景に冒険者達も戦ってよいものかと困惑していた。

 けれどその膠着状態は長くは続かず、白い砂塵狼はスッと顔を背けると、砂塵狼達の逃げた方向へ去って行った。


「おーい、大丈夫かー!」


 そこに自警団の砂馬車がやって来る。


「「「「……はぁ~」」」」


 援軍が来てくれた事で、ようやく白い砂塵狼が去った事を実感した私達は全身から力を抜くように大きな安堵のため息を吐いた。


「やれやれ、まさか白砂と遭遇する事になるとはな……」


「白砂ってさっきの白い砂塵狼の事ですか?」


 船長さんの呟きが気になった私は、白砂について尋ねる。


「ああ。奴は伝説の砂塵狼だ。何百年も昔から目撃されていて、襲われたら命はないと言われている幻の魔物だ」


「襲われたら命はないのに知られてるんですか?」


 なんか出会ったら死ぬ怪奇現象みたいな感じなんだけど。


「救助に間に合わなかった救援の連中が、去っていく砂塵狼の群れの中に、白い個体の姿を目撃した事が数度かあったんだ。そして白い奴が目撃された群れに襲われた連中は必ず全滅していた。だから白い砂塵狼は死の象徴と恐れられているんだ」


 成程、犠牲者を美味しく戴いて帰る所を目撃したって訳か。

 確かにお腹一杯なら、それ以上襲う事はないだろうしね。

 でもそうなると……


「じゃああの白い砂塵狼は数百歳って事ですか!?」


 って事になるよね。数百歳の魔物とか、めっちゃ強者感出まくりじゃん!!


「同一の個体なのか、白色が変異種の証なのかは分からん。ただどちらであっても凄まじい強さなのは確かだな」


 そっか、変異種って可能性もあるのか。

 変異種は強いし、素材としても特別な能力があるもんね。


「じゃあ私達が助かったのは……」


「相当に運が良かったんだろうさ。自警団が間に合わなかったら、全滅していただろうな」


「お、おぉう……」


 あ、危なかったぁ。自警団の皆さん来てくれてありがとう!!


「俺も実物を見るのは初めてだが、あの体の芯から震えるような雄叫びを聞けば、噂が真実だったと認めるしかねぇな」


「滅茶苦茶怖かったですもんねぇ」


 ホント、チビるかと思ったよ。

 お口からマロロっとしたあげく下からもチョロロンしてたら、もうヒロインとして取り返しがつかないところだったよ!


 ◆


 自警団に護衛され、私達の乗った砂馬車は無事次の町の手前までたどり着いた。

 周囲を壁に守られた町が歩いていける程近くまで来た事で、周りの乗客達が二度目の安堵の溜息を吐く。


「皆怖かったんだねぇ」


 正直私も怖かったけど、ニャットが居てくれたから、皆よりはちょっとだけ安心感があったと思うから、皆の怖さは相当だっただろうな。


「開門ーっ!!」


「よーし、町に入るぞー!」


 船が出入りする為の門が開き、砂馬車が町の中に入ったその時だった。


―…………―


「っ!?」


 突然、何かに見られているような感覚に襲われたのである。


「えっ? 何!?」


「どうかしたのニャ?」


 突然の事に驚いた私に、ニャットが何事かと尋ねてくる。

 っていうか、今のニャットは感じなかったの!?


「な、何か誰かに物凄く見られた気がした」


「……まぁ気のせいじゃニャいか?」


 いやいやいやいや、絶対気のせいじゃないって!!


「ううん、もうゾワッとなったもん!」


 絶対何かに見られてたよ!!


「ふーむ、そりゃアレじゃニャいか? 白砂って言うヤバイ砂塵狼に襲われて生き残ったんニャ。町の連中も興味津々って事ニャんじゃニャいかニャ」


「そ、そういうのじゃない感じがしたんだけど……」


 どちらかと言えばもっと……もっと、ううん、なんだろう、上手く説明できない。

 

「ニャんにせよ、町の中まで入ったのニャら、砂塵狼だったとしても襲ってはこれニャいのニャ。安心するのニャ」


「う、うん。そうだね」


 確かにニャットの言う通りだ。今の視線がさっきの白砂なら、町の中まで襲ってくることはないだろうし、もし、それ以外の何かが原因だったのなら……その時はニャットに守って貰おう! だって護衛だもんね!


 そうこうしていると、砂馬車が桟橋にたどり着く。

そして私達を乗せて泳いでいたクローラフィッシュがペターンと座り込むと、馬車部分にタラップがかけられ、乗客が降り始めたので私達も砂馬車を降りてゆく。


「おおう、グラグラする」


 ずーっと激しく泳ぐクローラフィッシュの上に居たから、陸に降りてもまだ揺れてる感じがするよ。


「よう、自警団の連中から聞いたぞ。よくもまぁ白砂に狙われて生き残ったもんだ」


 波乱に満ちた船旅の影響に当惑していると、港の係の人が船長さんを労いにやってきた。


「運が良かったのさ」


「さっそくで悪いが、白砂の群れの情報を頼む」


「美味い酒を飲みながらで良いならな」


「酔っ払いの情報が信用して貰えるわけないだろ。水果の実で我慢しろ」


 ですよねー。船長さん、お酒はお仕事が終わるまで我慢ですよー。


「それじゃニャー達も宿を取りに行くのニャ」


「うん!」


 報告の為に去っていく船長達を見送った私達は、第二の町に足を踏み入れるのだった。


 ◆


 港を出て宿探しに向かった私達だったけれど、それはすぐに終わった。

 というのもこの国の移動手段は基本的に砂馬車なので、宿屋も港の近くに集まっていたからだ。


「それじゃあ宿をとった事だし、町を見て回ろうか!」


 宿の人の話だと、この町はオアシスの町との事だった。

 オアシスの周りに人が集まり、そのオアシスを魔物や盗賊から守る為に壁が築かれて自然と町になったんだって。


「らっしゃいらっしゃい、水気たっぷりの果物はどうだい?」


 大通りを歩くと、そこかしこで果物を売る露店が並んでいるのが見える。

 

「うちの方が新鮮だよ!」


「一口サイズの水果の実があるよー!」


 スイカやメロン、それにヤシの実みたいな大きい果実もあれば、マスカットみたいな大粒の果物も見られる。

 まさに青果売り場って感じだ。


「色々売ってるけど、国境沿いの町と違って水を売ってるお店はないんだね」


 気になったのは、水を売ってるお店が無い事かな。

 ゲームや漫画だと、砂漠の町って言えば水を売ってるのがお約束のイメージなんだけど。


「ふぅむ、おかしいニャ。確かにこの国だと水は貴重ニャけど、国境からそれ程離れてない町ニャら、外の国から持ち込まれた水が売られているもんニャ。まぁ、高値で売る為にもっと水源が小さい町で売られる事が多いけどニャ」


「安く買って高く売るのは商売の基本だもんね」


「そういう事にゃ。だから水を入手しやすい場所じゃ入手しやすくて付加価値のある果物を売るのニャ」


 ただ、とニャットは付け加える。


「それでも全く売ってニャいのはおかしいのニャ」


 ふぅむ、と言う事はどこかで水が不足していて、みんなそこに売りに行ってるとか?


「むむむ、これは水を用意しておいた方がいいかな」


 幸い、私には水を出す短剣がある。

 魔力をそこそこ消費するけど、アレを使えば無料で水を売り放題だ。


「カコ、あれを使うニャら、同じ場所で大量に売るんじゃニャーぞ」


「どうやって補充してるか疑われるからでしょ」


 流石の私も、水不足の国で水の出どころを疑われるような売り方をする気はない。


「そうニャ。最悪領主が管理している水源から盗んだと疑われる危険があるからニャ」


「領主が管理?」


「そうニャ。この国に限らず水が希少な国では町を治める領主が水源を独占管理してるものニャ。そういう場所ニャら町に納める税金に水場の使用権が含まれているし、外から来た旅人は高い使用料を取られるのニャ。だから水泥棒は重罪なのニャ」


 成程、水泥棒と勘違いされてもいけないんだね。


「おっけー、わかったよ」


 って事は水は宿でこっそり補給した方がいいね。それに旅人ともあまり深くかかわらない方がいいかも。

 たまたま同じ方向に向かう相手だった場合、私が水を売る所を何度も見られるかもしれないもんね。


「とりあえずこの国の特産品を色々買っていこ。果物とかいろんな種類があるしさ」


「そうニャ。この国は水が少ない分、水を多く蓄える植物が多いのニャ。うニャーものもあれば、マズいのもあるからそこは注意するのニャ」


「おっけー」


 でもまぁ、私のスキルで合成して最高品質にすれば、大抵のものは美味しく戴けるでしょ!

 よーし、今夜は合成祭りでフルーツパーティーだぁー!

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