第128話 砂塵狼の襲撃

 私の尊厳と引き換えに無事ロックスコルピオから逃げ切った私達は、次の町へ急いでいた。


「駄目です。砂塵狼は完全にこっちに狙いを定めています。確実に戦いになります!」


 けれど砂塵狼は私達の事を諦める気はないらしく、どんどん距離を詰めてきて、かなりその姿がはっきり見えるようになっていた。

 その姿は普通の狼のシルエットなんだけど、なんだか足元だけ大きく見える。

 まるで大きめの靴かスリッパでも履いてるみたい。


「砂塵狼はあの大きな足で体が沈み込まない様になってるのニャ」


 へぇ~、雪国でかんじきとかスキー板を履く感じなのかな?


「砂塵狼が射程に入ったら一斉攻撃だ!! 当てようなんて考えるな! とにかく牽制して時間を稼げ!」


 砂塵狼の来る方向の船べりに、弓や杖を構えた船員や乗客の冒険者達がずらりと並ぶ。


「撃てーっ!!」


 そして船長の言葉と共に、一斉に攻撃が放たれた。

 すると一塊に向かってきていた砂塵狼達は、バラバラになって攻撃を回避する。

 それを矢と魔法が追いかける。

 

「そろそろ囲まれるのニャ」


「え? 囲む?」


 ニャットの言葉に首をかしげていると、砂塵狼達が奇妙な動きを見せ始めた。

 というのも、私達の周りをグルグルと回り始めたのである。


「ああやって包囲しながら近づいてくるのニャ。突っ切ろうとしたら正面の相手をしてる間に側面から襲われて、残りの連中が後ろから一気に襲ってくるのニャ」


 ひぇぇ、めっちゃ殺意が高い。


「包囲を崩せ!!」


 船長の指示に矢や魔法が円陣に殺到すると、砂塵狼達は円を大きくしたり小さくしたりして絶妙に回避する。


「なかなか賢いボスが居るのニャ。砂塵狼の円陣はボスの指揮能力の目安なのニャ」


「へぇー……って、それ今めっちゃピンチって事じゃん!」


「そうとも言うニャー」


「そうとしか言わないニャー!」


 砂漠にやって来て早々、強い魔物に襲われるってヤバくない!?


「ニャーが甘いのニャ。まぁ心配は要らんニャ」


「クローラフィッシュを攻撃させるな! コイツが泳げなくなったら終わりだぞ!!」


「了解! 思いっきり派手に泳げ!!」


 操舵手がそう言った瞬間、地面がボンッと爆ぜた。


「ほぼっっっ!?」


 い、いや違う。クローラフィッシュが跳ねたんだ!

 クローラフィッシュは物凄く激しい動きでビョンビョンと跳ねながら泳ぐ。

 そのあまりの激しさに水飛沫ならぬ砂飛沫が舞い上がり、巨体の落下と相まって砂塵狼達がこれは堪らないと円陣を広げて避難する。


「あばばばっ」


 けれど乗ってるこっちのダメージも大きく、吐くものを吐き切った筈なのにお腹の奥から込み上げてくるものを感じる。

 もう全ての力を使い切った筈なのに、これは一体……って胃液だよコンチクショー!

 不思議な力でもなんでもないわー! あっ、そろそろ本気でマズい。


「今だ、風穴を開けろ!!」


 そんな言葉が聞こえた瞬間、再び一斉攻撃が放たれた。


「ギャン!」


「ギャウン!!」


 その攻撃は見事に砂塵狼の包囲を打ち破り、円陣に大きな穴が開く。


「跳ねていたのは攻撃を避ける為と威嚇の為だけじゃニャいニャ。上空に跳躍する事で、弓使い達が安定して狙える無重力状態を作ったのニャ」


 な、成る程。それでドパンドパン跳ねてたんだ。


「よし突っ切れ!」


 クローラフィッシュは地上に着地すると、すぐさま包囲を抜ける為に泳ぎ出す。

 これで助かる。そう安心した時だった。


「ガルゥッ!!」


「へ?」


 気が付けば、甲板の上に砂塵狼の姿があった。

 砂塵狼は一直線に私目掛けて向かってくる。


 あ、やば、死んだ。


「おっと、そうはさせんニャ」


 そう思うと同時に、白い影が砂塵狼を吹き飛ばす。


「っ!? ニャット!!」


 そう、ニャットが守ってくれたんだ。

 ニャットの一撃を受けた砂塵狼はそのまま砂海へと吹き飛んでゆく。


「あ、ありがと……」


「礼を言うのはまだニャ。連中、高台を取って船に乗り込む隙を待っていたのニャ」


「え? 待って、それって……」


「キャァァァッ!!」


 突然の悲鳴に振り返れば、砂塵狼達が次々と船の中に飛び込んできていた。


「別動隊を用意して襲ってくるとは、本当に頭の良いボスが居るのニャ。カコはしっかり捕まってじっとしてるのニャ」


「う、うん」


 船の上はたちまち戦場になった。

 船員と冒険者達は甲板で暴れる砂塵狼を迎撃しつつ、クローラフィッシュを狙う円陣の群れを牽制と必死だ。


 こ、これマジでヤバいのでは?

 これでクローラフィッシュがやられでもしたら、私達は砂漠に放り出されて砂塵狼達の餌になっちゃう。

 というかこの勢いで泳ぐクローラフィッシュから放り出されたら、その時点で死ぬ気がするよ。


「な、何か私に出来る事は……」


 でも私に出来る事と言ったら、合成だけ。けどこんな状況で悠長に合成するとか無理無理。

 なら既に作った物で何か使えるものは……

 とはいえ、底なし沼の魔剣はこの状況じゃ使えないし、吹雪の魔剣もレイカッツ様に売っちゃった。

 水の出る短剣も意味が無い。侯爵家の短剣も基本性能を底上げしただけだし……

 うおお、使えるものが何もないよ! こんな事なら何か便利な武器を作っておけばよかった!


「何か攻撃力があって砂塵狼がビビるような物は……」


「グォウ!!」


 そんな事を考えていたら、砂塵狼の攻撃第2弾が襲ってきた。

 あっ、今度こそ死んだ。


「ふんっ!」


 けれどその牙は真横から割って入った槍によって私に届くことは無かった。


「大丈夫か?」


「え? あ、はい」


 槍を構えた人は、日差しから身を護る為か、フードを目深にかぶってて顔がよく見えない。

 更に口元も隠している所為で、声がくぐもって聞こえづらかった。

 でも、声の感じから若い男の人かな?


「はぁっ!!」


 そして槍の人は他の人達に襲い掛かっていた砂塵狼へと向かってゆく。


「あっ、お礼……うわっ!?」


 お礼を言いそびれてしまったのだけれど、再びクローラフィッシュが激しく動き始めてそれどころではなくなってしまう。

 そうして砂塵狼達を迎撃しながらクローラフィッシュは進み続ける。

 このまま次の町にたどり着くまで耐えきれるのかな?


「来た!」


 そんな時だった。船長が何かが来たと叫んだ。


「援軍が来たぞ!!」


「え!?」


 船長の叫びに周囲を見回せば、私達の向かう先から船らしきものが近づいてくるのが見える。


「町の警備隊の砂上船だ! 助かった!!」


 けれど、誰もが希望に湧きたったその瞬間を見計らったかのように、それは動いた。


「ウォォォォォォォォォォン!!」


 全身を突き刺すような、寒気という言葉すら生ぬるい雄叫びが響き渡ったのである。


「っ!?」


 一瞬で戦場が無音になる。

 その雄叫びに私達だけでなく、砂塵狼達ですら動きを止めてしまっている。


「……ッ、ワウ!!」


 そして次の瞬間、砂塵狼達は慌てて船の上から逃げ出してゆく。

 船の上だけじゃない。周囲で円陣を組んでいた砂塵狼達も大慌てで逃げ出し始める。


「な、何、今の鳴き声?」


 呆然とした頭で砂塵狼達が逃げた方向を見れば、高台にポツンと白い影が浮かび上がっているのが分かった。


「白い、砂塵狼……?」


 それこそが先ほどの恐ろしい雄たけびを上げた張本人だと、私は本能で理解したのだった。

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