第124話 貴族の幕間

◆マーロック◆


 薬の代金を受け取ったカコは屋敷を後にした。

 それはもうあっさりと。


「普通商人なら領主様と懇意になりたがるものなんだがなあ」


 なのにあいつは懇意どころか、一刻でも早く離れたいと思っているかのようだった。


「はははっ、まぁ彼女の状況を考えれば早く出て行きたいと考えるのも当然だろう」


 と、領主様が意味深な事を口にする。


「何かご存じなので?」


「再び吹雪が吹き始める前に町を出ないと、私の娘の我が儘に巻き込まれるだろう?」


「あー」


「そこは否定したまえよ。不敬罪で投獄するぞ」


 そんな理不尽な。

 まぁこの人がそんな短慮を起こさないのは知っているから、ただの冗談なのだろう。


「で、何をご存じなのですか?」


 この方の事だ。何か情報を得ているのは確かだろう。


「マーロック、君は南部の聖女の話を聞いたことはあるか?」


「南部の聖女ですか? いえ、存じません」


 はて、南部にそんな二つ名の持ち主が居るなどと聞いたこともないが。


「なんでも南部の危機を、領主の命を救ったのだという」


「領主? 南部の領主と言えば……」


 南部と聞いて思いつくのはバルヴィン公爵家だ。

 国内唯一の港町を持ち、強大な海軍力を持つバルヴィン家。

 だが現バルヴィン公爵は現役こそ退いたが、本人もかなりの腕前の持ち主と聞く。

 なら救われた領主とはバルヴィン公爵家の派閥の貴族と言ったところか?


「いいや、救われたのは南部最大の貴族、バルヴィン公爵その人だ」


「何ですって!?」


 俺の考えを呼んだのだろう、領主様は救われた貴族がまさかのバルヴィン公爵だと告げた。


「現役を退き、城砦の如き屋敷と屈強な軍人に守られた公爵をどうやって!?」


「さて、そこまでは私にも分からん。ただ、この件は人魚族との諍いに深く関係していたそうだ。どうも侯爵家の者が人魚族を相手に相当な事をやらかしたらしく、あやうく一触即発状態だったそうだよ」


 領主様は軽く言うが、それは他種族との全面戦争にもなりかねない大事だ。

 しかも海を領地に持っておきながら、海に生きる種族と敵対するなど自殺行為。

 更にその原因が公爵家の関係者とあっては、政治的にかなりのスキャンダルに違いない。


「そんな危機的状況を救ったのは、ネッコ族を伴った幼い少女だったらしい」


 ネッコ族、その言葉に俺はカコと共にいたネッコ族を連想する。


「事が事だけにバルヴィン侯爵は部下に戒厳令を敷いたようだが、人魚族の方にはそもそも口止めしようもなくてな、そこから漏れた情報から南部では人魚族との全面戦争の危機を阻止し、自分達の命を間接的に救ってくれた謎の少女を南部の聖女と呼ぶようになったそうだ。あと大量に町で買い物をしてくれたご令嬢の事も」


 今何か、最後に妙な事を付け加えませんでしたか?


「……それがカコだと?」


 とはいえ、流石にそれはこじつけが過ぎないだろうか?

 南部を救った人間が、何故正反対の北部に現れ、逃げる様に町を出て行ったんだ?


「それだけではない。南部の事件の数週間前、東部の雄であるクシャク侯爵が、ネッコ族の護衛を連れた少女を養女として迎え入れたらしい」


 こんどは東部!? しかもクシャク侯爵だと!

 クシャク侯爵と言えば、バルヴィン公爵家同様この国の四つの地方を統べる四大貴族の一人じゃないか。

 そこでもネッコ族を連れた娘となると……偶然が重なり過ぎている。

 どちらも有力貴族が関わっているとなると……


「もしやあの娘はいずこかの密偵と言う事ですか?」


「いや、先ほども言ったが、工作をさせるならもっと目立たない者を選ぶだろう」


「……そうでしたな」


 それもそうだ。仮にクシャク侯爵家の密偵だとしても、わざわざ養子にするとも思えん。


「噂ではクシャク侯爵家の養女は最近表に出てきていないらしい。これまでは商売の為に頻繁に外に出ていたらしいのにな」


「商売? 侯爵家の養女がですか?」


「ああ、元々は流れの商人だったらしい。それを侯爵家の令嬢の恋人を救った縁で迎え入れられたそうだ」


 なんだそれは、さっぱり前後の繋がりが理解できん。

 それとも貴族の世界ではよくある事なのだろうか? いや流石にそれはないか。

 そんな事で養子にしていたら、世の中貴族の養子だらけになってしまう。


「なんとも妙な話ですね。令嬢本人を救ったのならわかりますが……」


「令嬢の恋人は、失った腕を取り戻したそうだ」


「っ!? まさかロストポーションですか!?」


「そう噂されている。侯爵家は噂をもみ消そうとしているがね」


ロストポーション、それは失った肉体の一部を取り戻す事すらできるという失われた技術のポーションだ。


「成る程、そんなシロモノを用意できるのなら、侯爵家も抱え込もうとするものです」


そして俺と会った時に偽名を使った事にも納得がいく。

 バルヴィン侯爵家を救ったのもロストポーションかそれに近しい薬を提供したと言われれば納得だ。


「しかしならば何故彼女は護衛らしい護衛も付けずにこんな所で二人だけで行動していたのでしょうか?」


 寧ろ侯爵家に囲われて贅沢放題に暮らせるのではないだろうか?


「はははっ、私の領地をこんな所呼ばわりはないだろう」


「おっと、申し訳ありません」


「ははっ、まぁいい。理由は分からんが、何らかの事情で侯爵家を飛び出したようだ。侯爵家の人間がネッコ族を連れた少女を探しているそうだ」


家出? 幾らなんでもそれはありえないだろう。

折角手に入れた特権を捨てる理由が分からない。


「事実近隣の町で聞き込みをしている者がいたようだよ。どうかね、関係があると思わないかい?」


 当然だ。思わない方がどうかしてる。


「それは、確かに怪しいですね。しかしそこまで分かっているのなら、何故カコを大人しく帰したのですか? 領主様なら理由をつけて屋敷に縛り付けそうなものですが」


「君ね、私を悪徳貴族か何かと勘違いしてないかい? まっ、そうしたいのはやまやまだが、侯爵家の目を盗んで逃げだす娘だよ? 私がやっても同じ目に遭うだけさ。それなら優しくして恩を売っておいた方が、いざと言う時力を借りやすくなるというものだろう?まぁ、それもウチのワガママ娘の所為でどこまで有効か、というかまた我が領地に来てくれるかも疑わしいのだがね」


「ああ、だからですか」


 つまり領主様は自分はお嬢様とは違って話が分かるという印象をカコに抱かせたい為に、彼女をあっさり手放したのだな。

 その割にはあの子をおもちゃにして遊んでいたようだが……まぁそれは言わないでおこう。


「あの子ももう少し我慢を覚えて周囲を見ていれば、彼女の有用性を理解できただろうに。やはり初めての恋は御せぬものだなぁ」


「恋は盲目と申しますからね」


 まぁ、俺としてはこの油断ならない領主の娘が普通の娘らしいと事があって安心しているのだがな。


「そう言う意味では今回の結末は良い薬だ。ノーマもまんざらでもないみたいだしな。あとは……」


 と、領主様が俺に視線を送って来る。はいはい、分かっておりますよ。


「お任せください。あの小僧は私がしっかりと鍛えて真っ当に税を支払えるようにします」


 つまり、我々深探者の一員として、領主様の為に働く手駒として育てろということか。


「深探者の素質を持っている者は貴重だからな。あの少年にも恩を売っておくといい」


 あの小僧も面倒なお人に目を付けられたものだ。

 いや、一番損をしたのはお嬢様か。何せ振られた相手が自分の知らない所で父親の間接的な部下になるのだから。

横から掻っ攫われたようなものだろう。


「それにしても、あの少女はどうやってカクラム病の薬を用意したのだろうな」


「ラマトロの肝を仕入れたとの事ですが」


「それにしても都合が良すぎる。もしやラマトロの肝以外の材料で薬を作る調合法が見つかったのかとも思ったが、薬師の下に持ち込まれたのはラマトロの肝だったらしい」


 確かに、それは俺も気になる所だ。

 あのラマトロを襲った謎の魔物、アイツ等の所為で俺達もラマトロの肝を一部しか手に入れる事が出来なかった。

 カコはどうやってラマトロの肝をあれ程得る事が出来たのか。。

 

「それに君の報告にあったラマトロを襲った魔物。あれも一体何だったのだろうな」


「分かりません。少なくとも我々の誰も見た事のない魔物でした」


「となると、可能性があるのは国外の魔物か」


「恐らくは」


 それしか会えり得ないだろうな。

 俺も基本は北部で活動それ以外の土地に行くことも多い。少なくとも国内であんな魔物を見たことは一度も無かった。


「疑問はもう一つある。北部の各地でカクラム病を診察した謎の医者だ。調査の結果、同一人物と判明している。またその人物は医者にかかる金のない者達を診察し、あまつさえ発作を抑える薬まで安い金で提供してくれたそうだ。まったく酔狂な善人も居たものだ」


 そして領主様は、カクラム病の発作を抑える薬は決して安くないとも付け加える。


「その医者が最初に目撃されたのは、カクラム病が一番最初に流行った土地だ。その後、医者の目撃情報の後を追うようにカクラム病が流行り出した」


「あからさまに怪しいですな」


 まるで自分が原因だと宣伝しているようなものじゃないか。


「全くだ。で、その医者は現在行方不明なのだと。恐らくは国外に逃げ出したのだろうな」


「その医者がカクラム病を意図的に巻き起こしたと?」


「そうとしか考えられまい。本来は流行り病になるような病気では無いのだからな」


 領主様の言う通りだ。カクラム病は基本他人に移りにくい病気だからな。


「しかし理由が分かりませんね」


「だから君にはその理由を探って欲しい。これが件の医者の人相書きだ」


 そう言って領主様は医者の人相書きを机の上に放り出した。


「……これ一枚でどこに行ったのかも分からない人間を探すんですか」


「恐らくは隣国だろう。北部から国内に通じる道はカクラム病が流行っているからな。国外に逃げるのがてっとりばやい」


「そうなると……」


「ああ、あの少女と再会する可能性も高いな。困っていたら手伝ってやるといい」


 成程、カコを追えと言う事か。

 ただしカコに警戒されない様に気を付けろとも言いたいんだろうな。

 まったく、無茶な命令ばかりしてくれる。

 俺は表向きは何の後ろ盾も無いただの冒険者なんだぞ。

 とはいえ、ロストポーションを用意できるような相手なら、いざと言う時の為に仲良くしておくべきなのは間違いないか。


「……承知しました」


「はははっ、期待しているよ。さて、それでは私はお客様を出迎えねばならん」


「客ですか?」


「ああ、聞いて驚け。なんと東部の貴族だ」


「それはまさか……」


 ここまでの話を聞いて、何の関係もない来客とは思えない。


「さーて、精々ノンビリ話し込んで、時間を稼いでやらんとなぁ」


 その言葉を聞いた俺は、間違いなくその貴族があの少女と縁深い人物であり、我が主君が誰かさんに恩を売ろうとしているのだと確信してしまった。


「やれやれ、面倒な方に目を付けられたもんだ」


 まぁそれは俺も同じか。

 せいぜい頑張って俺から逃げ延びてくれよ。その方が俺も容疑者探しに専念できるからな。


「では、俺も行ってまいりますよ、エルトランザ

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