第123話 報酬と領主
ティキルタちゃんがぶっ倒れた事で、私達はなし崩しで帰ることになった。
「あっ、ティキルタちゃんからリルクちゃんの分の薬の代金貰うの忘れてた」
つっても、あの状況で代金を請求するのは無理だったし、下手に話しかけて我に帰られたら、何とかしてくれーって泣きつかれた可能性もあったしなぁ。
「まぁいっか。どのみちマーロックさんの雇い主から代金貰えるし」
1000人分の薬の代金だもんね。一人分くらい誤差範囲だ。
「その報酬について話があるんだが」
「ふぇっ!?」
突然背後から話しかけられた私は、思わずビクリと体を竦める。
「え? 誰? って、マーロックさん!?」
振り向けば、なんとそこにはマーロックさんの姿が!
「よう」
「なんでマーロックさんがここに!?」
「何でってそりゃあ俺の雇い主がここの領主様だからだよ」
「領主様が!?」
あーっ、そっか! 確かに言われてみれば北部全体で起きてる事件を解決してほしいなんて頼むのはその土地を治める貴族くらいだよね!
「領主様が報酬の件でお前さんと話をしたいって事で、お前さんを迎えに行こうとしたんだが、まさかこの屋敷に来ていたとはな」
「まぁ、色々ありまして……」
うん、ついさっきまで本当に色々あったよ。
「って、領主様が私と話をしたい?」
「ああ。話っていうか、礼を言いたいとよ」
礼、ねぇ。面倒くさいしなんか嫌な予感がするからお金だけ受け取って帰りたいんだけどなぁ。
「えっと、申し訳ありませんが辞退します。貴族様に会えるような身分でもないので」
という感じで穏便に断ることにしよう。そして代金を受け取ったらこの町ともおさらばだ!
「そう言うと思って来たぞ」
「え?」
すると突然知らない男性の声が背後から聞こえてくる。
振り向けばやっぱり知らないおじさん。
えっと、豪華な服を着ているから、貴族かな?
「ベリトラズ=エルトランザだ」
「え、えっと、マヤマ=カコです」
エルトランザっていうと、ティキルタちゃんと同じ苗字だー。
「って、エルトランザ!?」
「うむ、北都の領主をしている」
領主様ーっ!? なんでこんな所に領主様がポン沸きしてるの!?
普通領主様って言ったら執務室とかに居るもんじゃないの!?
「はっはっはっ、奥ゆかしいお嬢さんだと聞いていたのでな、俺か迎えに来たのだ。そうそう、娘も大層世話になったらしいな。礼を言うぞ」
フットワークが軽い!! この人絶対ティキルタちゃんのお父さんだ!
「では薬の代金を支払う故、ついてくるがよい」
私の手をガッシリ掴んで進んでゆく領主様。
うおお、な、流されるーっ!
「すまんな、こういう方なんだ」
もっと早く言ってーっ!!
◆
「さぁ食べるといい。北都自慢の菓子だぞ」
応接室に連行された私の前には、テーブルいっぱいに並べられたお菓子が並んでいた。
どれもすっごく綺麗で良い匂いがして、間違いなく美味しそうなんだけど……正直領主様の圧がキツくて美味しく食べれる気がしない!!
「そら、子供は遠慮するものではない」
うむむ、流石に断るのも失礼だよなぁ。
まぁ毒は入ってないだろうし、ここは覚悟を決めるか。
「で、では、頂きます!」
手近にあったお菓子を掴んだ私は、それを口の中に運ぶ。
「パクッ」
次の瞬間、口の中に広がる甘い甘い……甘……
「甘っ!!」
何これ、滅茶苦茶甘い! 砂糖をひたすらに突っ込んで煮込んで出来た塊を食べてるような気分だよってそれ砂糖だ!!
「はっはっはっ、そうだろう。北部の菓子は甘すぎるのが多くてな。砂糖を入れていない渋めの茶と一緒に食べるものなのだ。そら、茶を飲むと良い」
先に言ってーっ!
私は差し出されたお茶を慌てて飲むと、口の中にお茶の味が広がる。
お茶は渋みが強く、寧ろそれがお菓子の甘さを程よく中和してくれた。
「はぁ……ビックリした」
「初めて北部に来た者は必ずこの菓子の甘さに驚くんだ」
領主様はイタズラ成功とばかりに笑みを浮かべると、自分もクッキーを齧って即お茶を口に含む。
くっ、この確信犯め!! 怖いから言わないけど。
私は口直しにもう一回お茶を口に含む。
すると今度はお菓子の甘みが無い為にお茶の味がよく分かる。
「本当にお茶だけだとかなり渋いですね。でも良いお茶っ葉を使ってるからなのか、嫌な渋みはありませんね」
渋いは渋いけど、本当に飲み易いのだ。多分お菓子が無くても問題なく飲めるんじゃないかな?
「おお、分かるか。この茶葉は北部でもわずかにしか採れない極上の品を使っているのだよ。分かってくれる者で嬉しいぞ。何せそこの男はこの茶葉の良さを理解してくれんかったからな」
「そもそも砂糖の塊のような菓子は好きではないんですよ」
お茶を褒めてもらえた事が嬉しかったのか、領主様はニッコニコだ。
代わりにチクチクと刺されたマーロックさんは文字通り渋面で返す。
「帰りに茶葉も土産として持っていくと良い」
「ありがとうございます」
「ほら、他の菓子も食べるといい」
「はい」
今度は菓子の甘さに動揺する事無く、砂糖を煮詰めて凝縮したようなお菓子を人齧りすると、すぐに渋いお茶を口に含む。
うん、こういう食べ方の郷土料理と思えばいけない事もないかな。
ちなみにニャットは手を出す気配もない。完全に敬遠してます。
しっかし、お貴族様を前に料理の味なんて分からないと思ってたけど、意外にも私はお菓子の味を楽しめていた。
もしかして領主様、私の緊張を察してこんな悪戯をして私の緊張をほぐしてくれたのかな?
「さて、それでは喉も潤った事だし、薬の代金の話をしようか」
おっと、さっそく本題が来たよ。
私はお菓子を食べる手を止めて、背筋を伸ばす。
「はははっ、菓子を食べながらでいいぞ。子供は食べて遊んで寝るのが仕事だからな」
いやいや、私は子供じゃありませんので! でも領主様相手にそこを突っ込むと面倒なことになりそうなので、ぐっと我慢。
まぁ、この人なら私が突っ込んでも起こらない気はするけど。
「カクラム病の薬1000人分、更に追加で発注した500人分で合計1500人分。良くもまぁ、これだけの薬を用意できたものだ」
私は合成スキルで一発だったけど、解体師さんと薬師さん達は本当に頑張ったので褒めてあげて欲しい。いやホントにね。まぁ言わんけど。
「代金は金貨7500枚か。かなりの大金だが、本来なら流行しない筈のカクラム病が流行する危険を考えれば寧ろ安く済んだと言えるだろうな」
「カクラム病って流行しないんですか?」
「うむ、カクラム病は流行り病でないことから、薬の入手が厄介な事を除けばあまり危険な病ではない。……あくまで統治をする者としての意見だがな」
病気になった人達の事を思ったのか、最期に一言付け加える領主様。
「だからこそ、この異常な流行にはかなりの危機感を覚えたのだよ」
まぁ普通は流行しない筈の厄介な病気が流行ったら、薬の確保は大変だもんねぇ。
「しかしだな、そうなると疑問が生まれるのだ」
「疑問ですか? それって何でカクラム病が流行ったのかですか?」
「それもある。寧ろ私が気になったのは、何故入手が厄介な筈のカクラム病の薬の材料が都合よく手に入ったのかと言う事だ」
と、領主様の眼差しがギラリと私を射抜く。
「っ!? わ、私がカクラム病を流行らせた犯人だと言いたいんですか?」
しまった、確かに言われてみればこの状況、私が犯人と疑われても無理はないかも。
流行らない筈の病気、入手が難しい薬の材料、それを狙う謎の魔物、そこにない筈の薬を持って現れたら、そりゃあ怪しいよね!
ヤバいな、これ、真犯人が見つからなかったら私がマッチポンプの犯人として捕まっちゃうじゃん!
それどころか、本当にたまたま流行しただけで、本当は犯人なんて居ないって可能性もあるんだよ!?
「……」
そうだ、マーロックさんなら私達が途中の町や村に寄らず、北都の傍まで来ていた事を知っているから、病気を流行らせた本人じゃないって……って駄目だ、完全に私達の自己申告だから、いくらでも誤魔化せる。
それ以前にマーロックさんは領主様に雇われている身だから、積極的に私を庇ってなんてくれないよね!
「……」
ま、マズイ。こうなると出来るのはニャットに頼んで強引に逃げ出す事くらいじゃん!
「とはいえ、いくらなんでもこんな目立つ二人組が病の流行った場所に居たら、噂にならない筈もない。仮に裏で繋がっていたとしても、もっと目立たない人間を立てるだろうな」
「え? それじゃあ……」
「うむ、君達は事件とは関係ないと私は判断したよ」
「……はぁ~」
ビックリしたぁー、急に疑われてメチャクチャ驚いたよ!
「すまないな。お詫びと言ってはなんだが、報酬には少し色を付けさせてもらった」
え!? マジで!?
「いいんですか!?」
「ああ、君には娘が随分と世話になったようだからね。あの子がまだ支払っていない分の代金も含めてある」
おお、それは、めっちゃありがたい!
「まぁあの子も今回の件で少しは学んだことだろう。君さえよければこれからも仲良くしてやってほしい」
「は、はい」
つっても、報酬を貰ったら町を出るつもりだったから、もう会う事は無いと思うけどね。
「それでだ、君に尋ねたい事がある」
報酬を魔法の袋に入れると、領主様がそんな事を言ってきた。
「聞きたい事ですか?」
はて、なんだろう? 正直今回の流行病の件は何にも知らないから答えれる事なんてないよ?
「ウチの御用商人にならないかね?」
「……え?」
御用商人? ってなんだっけ?
「御用商人とは、わかりやすく言えば貴族のお抱え商人の事だ。筆頭商人と言ってもいい」
私がキョトンとしていると、マーロックさんが補足してくれた。
「つまり私と優先的に取引できる商人とでも思ってくれたまえ」
あー、そう言えばお義父様もそんなような事を
「しかし本気ですか領主様? 普通御用商人というのはもっと回数を重ねて信用を得た商人がなるものですが」
ほえー、そうなんだ。
「信用なら既に得ているじゃないか。領民1500人を治療する薬を提供してくれた。必要な時に入手の困難な品を用立ててくれる商人。得難い人材だろう?」
「それはまぁ、そうですが。しかしそれこそがこの二人の狙いと言う事もあるでしょうに」
と、マーロックさんは私達が危険な相手だったらどうするんだと領主様に苦言を呈していた。
なんていうか、本気で私達を疑っているというよりは、領主様の考えなしの発言に困惑してるって感じだ。
それにしても、ただの雇い主と言う割には、妙に領主様を気遣う発言するなぁマーロックさん。
「それで、どうだい? 君が受けてくれるなら、北都に君の店も用意しようじゃないか」
うおお、それってかなりの高待遇なのでは!? 町に入る為の税も高かったくらいだし、この町でお店を持つのって結構な財産が必要だと思うんだよね。
何より良いのは、幼女、いや養女にならないかとか、息子の嫁にならないかって言われない事だ。
あくまで平民として暮らさないかと言ってくれたところはポイントが高い。
高いんだけど……
「すみません。お誘いしてくださったことは嬉しいんですが、私は旅暮らしが性に合っているので、辞めておきます」
まぁ本音を言えば、ここに腰を落ち着けたらティキルタちゃんの無茶振りがいつ来るか分かんないからなんだけどね!
あと結界でそれなりに暖かいけれど、やっぱりここは北国だ。
ふとした時に寒さを覚えるのはやっぱり暮らしづらい。
そう言う意味では、ここに腰を据えるのはちょっと考え物かなぁ。
なのでお誘いはお断りさせてもらう事にします。
「そうか、まぁこうなるだろうなとは思っていたが、はっきり断られると残念だな」
「だったら誘わなければよかったじゃないですか」
「何を言うんだマーロック。何もしなければ何も始まらない。たとえ駄目だと分かっていても、誘う事が重要なのだよ」
おお、なんかいい感じの事言ってる。
「女性を食事に誘うようにね」
一瞬でダメな感じになった。
「ははは、それでは君達の旅の安全を女神様に祈っているよ」
「達者でな」
こうして、私達の北都での活動は今度こそ終わりを迎え、再び吹雪が吹き始める前に町を出たのだった。
荷物は全部魔法の袋に入っているし、売り物になりそうなものも仕入れておいたから、あとは一直線に進むだけ!
「さーて、やっと国境を抜けて隣の国に行けるね!」
「隣の国はここより暖かいのニャ!」
おおー! 温暖な気候って奴だね! 早く暖かい土地に行きたいよ!
「追手に捕まる前に、国外脱出だーっ!!」
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