第115話 深探者を探せ!!

 リルクちゃんの病気を治す為に必要なラマトロの肝を入手する為、私達はそれを達成できる唯一の存在である深探者を探すことになった。


「まずは冒険者ギルドからだよね」


「まぁそれが妥当だニャ」


 ニャットも異論はないようで、私達は冒険者ギルドへと向かう。


「冒険者ギルドにようこそ」


 前回ロスト君に言伝を頼んだ受付のお姉さんの窓口に向かった私は、まずはシンプルに仕事を頼んでみる事にする。


「あの、ここに吹雪の中でも活動できる冒険者は居ますか?」


 けれど吹雪の中でと言われた受付のお姉さんは難しい顔になる。


「吹雪の中で、ですか? 正直難しいですね。吹雪の中を迂闊に動けば、すぐに方向を見失って道に迷ってしまいますし、魔物の危険だけでなく、雪で埋もれた尖った岩や折れた枝と言った自然の罠が牙を剥きますから、行きたがる人は少ないですね」


 うーん、やっぱりかぁ。


「ですのでお急ぎでないのなら、吹雪が止んでから依頼した方がよいかと」


「そう言う訳にもいかないんです。私が欲しいのはラマトロの肝なので」


「ラマトロ! 確かにそれなら吹雪の中で活動できないと駄目ですね……ですが申し訳ない事に今はラマトロを狩れる高位冒険者が出払っているんです。彼等も余程の事が無い限り吹雪の中で活動する事はありませんから、この吹雪が止むまでは町に戻ってはこないでしょう」


 リザイクさんの言った通りになっちゃったか。

 なら予定通り、本題に入ろうか。


「では、吹雪の中でも活動できる深探者の方はいらっしゃいませんか?」


「深!? ……申し訳ありませんが、それも難しいかと」


 受付のお姉さんは、私の言葉にわずかに驚いた顔を見せるも、再び難しい顔に戻ってしまう。


「冒険者ギルドなら、深探者の事を把握してるんじゃないんですか?」


「正直そういった特殊な技能は自己申告なので、我々が強引に聞き出す事は出来ないんですよ。勿論大っぴらにそれを公表して自分の強みにしている人もいますが、色々と理由があって秘密にしている方も少なくはありません」


「何で秘密にするんですか? 特殊技能なら公表した方が仕事も沢山入ってくると思いますけど?」


 何せ特殊な専門技能持ちなんだから、その分特級料とか危険手当も手に入るだろうし。


「できるとやりたいは別なんです。重要なのは危険と利益が釣り合うか、です。危険を考慮しても、十分な利益が出るなら彼等も動くでしょうが、危険の割に儲けが少ないなら、働き損です。依頼主がそれだけの報酬を必ず出すとは限りませんし、最悪の場合、断りづらい相手が平時と変わらない報酬で仕事する事を強要してくる可能性もあります。ですので、自分の技能を隠す事も、冒険者として生き残る為に当然の選択なのです」


 あー、そういう事か。確かに誰も彼もがちゃんと適正な報酬をくれる訳じゃないだろうな。中にはドケチな貴族が権力を盾に強引に仕事を受ける様に強要する可能性もあるのか……


「ですから、深探者は利益が出ると判断した時だけ、偶然を装って仕事をするので、中々そうなのか判別がつかないんですよ。冒険者には単純に無茶をして、運よく成功する無謀な人も多いですから、猶更区別がつきづらいんです」


 うーん、これは参った。深探者は皆が皆自分の力をアピールしてる訳じゃないのか。

 そしてお金目当てで無茶する人も多いから、誰が信頼できる専門技術の持ち主かも分かりにくいと。


「少なくとも……我々が把握しているなかでは、今ここに深探者は居ませんね」


 と、受付のお姉さんはギルドのホールを見回してお目当ての深探者は居ないと断言した。


 ◆


「いきなり躓いてしまった……」


「まぁ、そう都合よくはいかんのニャ」


 とはいえ、依頼を受けた以上はちゃんと探さないとなぁ。

 でも、この町の冒険者にコネのない私じゃ、冒険者ギルド以外で情報を得る事は難しい。

 もしかしたらこの町で店を経営している人なら、深探者と懇意にしているお陰で彼等の実力を知っている人もいるかもしれないけど、昨日今日来たばかりの私に教えてはくれないだろうな。


「だからといって、ノンビリしていられないのも事実なんだよねぇ」


 何せ事はリルクちゃんの病気を治す為なのだ。

 すぐに命に影響が出る訳じゃないとはいえ、ノンビリしていられないのも確かだ。


「いっそ命知らずの冒険者に仕事を頼むとか?」


 いやいや、流石にそれはマズい。死ぬかもしれないヤバイ依頼を頼むとか、人の心が無さすぎるよ。

 いや、そもそも冒険者って命知らずななんでも屋な訳だし、十分な報酬があれば問題ないのか?


「といっても、そもそも吹雪の中で迷わない人でないとなぁ。そんな都合のいい命知らずなんて……あれ?」


 そこで私は吹雪の中で動き回っていた命知らず……いやロスト君の事を思い出した。

そう言えば彼、吹雪の中で採取してたんだよね。

その事を聞いたら、飯のタネを言えるかって言ってたし……


「もしかして、ロスト君が深探者!?」


 もしかしたらそうかもしれない!

冒険者として単純な実力が足りなくても、彼を案内人にして戦闘の得意な冒険者を雇えばラマトロ討伐もいけるんじゃない!?


「よし、さっそくロスト君を誘いに行こう!!」


 まさかこんな近くに深探者かもしれない人がいたなんて、文字通り灯台下暗しだよ。


 ◆


「ロスト君居る?」


 さっそくロスト君を誘いに彼の家にやってきた私達だったけれど、残念ながらそこにロスト君の姿は無かった。


「あっ、カコお姉ちゃん、おはよう!」


「あら、カコ様ではありませんか」


 代わりに居たのはリルクちゃんと知らない女の人だった。

 お母さん……っていうには若いし、もしかしてお姉さん?

 と言うか、何で私の事知ってるの……って、あれ?

 よく見るとその人の顔には見覚えがある。


「もしかして、ノーマさん?」


 そう、それは私服姿のノーマさんなのだった。


「ええ、そうですよ。と言うか、何故私と分からなかったのですか?」


「いや、何時もメイド服姿だったから、私服があるとは思わなくって……」


「まぁ、私もいつもメイド姿という訳ではありません。それにこのような場所に来るのにメイド服では目立ちすぎるでしょう?」


 ノーマさんは心外だとばかりにプンプンと怒り顔になる……んだけど、その仕草がちょっと可愛いなこの人。


「それもそうですね。ごめんなさい」


 成程、変装を兼ねて私服で来たのか。って、よく考えたら当たり前か。

下町どころかスラムにメイドだもん。悪目立ちするに決まってる。


「でも何でノーマさんがここに?」


 と言っても、その理由は聞くまでもないか。


「お嬢様の命令です。リルク様が具合を悪くしていないか見てくるようにと」


 ですよねー。

 そんな話をしながらも、ノーマさんはリルクちゃんの口を拭いたり、体を拭いたりしてあげている。

 うーん、完全にお母さんだね。

 ティキルタちゃんの世話に慣れてるからか、物凄く自然な動作だ。流石プロのメイド。


「……本当は、あの少年の周りに女性の影が無いかを見張る為に送り込まれたのです」


 ティキルタちゃんの着替えを運びがてら、私の耳元でそっと囁くノーマさん。


「うわぁ」


 なんというか、嫉妬深いなぁティキルタちゃん。

 などと私が慄いている間にも、ノーマさんはてきぱきと部屋の中を掃除している。

 寝床で横になっているリルクちゃんがせき込まない様に、箒じゃなく、濡れ雑巾なのがまた気遣いの達人だ。

 一応、リルクちゃんの様子を見に来させたってのは間違いじゃないのかな?


「ノーマお姉ちゃん凄いねぇ。お母さんみたい」


「そうだねぇ」


 いやホント手際が良いわ。流石プロのメイド(二回目)


「流石にお母さんは失礼かと。それでカコ様はどのようなご用件で?」


「そうだった! ロスト君を誘いに来たんだった」


 いけないいけない、ノーマさんの手際の良さに見蕩れてしまった。


「彼を? 何故ですか?」


「実は……」


 私はロスト君が深探者である可能性が高く、その力を貸して貰おうと考えている事をノーマさんに伝える。


「成る程、確かに状況から推察すると、その可能性は否定できませんね。ですがそうですか。彼が……」


 流石のノーマさんも、まさか助けようとしている相手がその力の持ち主だったと知って驚きを感じているようだ。


「ですが一足違いでしたね。彼はもう仕事を探しに向かったあとだそうです」


「あっちゃー、行き違いか。しゃーない、また明日来るよ。リルクちゃん、お兄ちゃんに私が来るから待ってるように言っておいて」


「うん、分かった!」


 リルクちゃんに言伝を頼んで、私達は帰る事にする。

 ふと、帰り際に振り返ると、ノーマさんはリルクちゃんの世話をしていた。

その姿は、まるで実の姉妹のようでもあり、なんとも微笑ましい光景なのだった。


 けれど、その日ロスト君は家に帰ってこなかったのだった。

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