第114話 薬の材料
「わたくしがリルク様の病気を治す薬の素材をご用意しますわ!」
ロスト君の妹、リルクちゃんは、カクラム病という大変な病気に罹っていた。
そしてそれを知った、ティキルタちゃんは、ロスト君に代わって、自分が薬の材料を集めると豪語するのだった。
「でも、ロスト様には内緒にしていてくださいね。薬の材料を集めてビックリさせたいので」
「うん、分かった!!」
正直安請け合いはどうかなって思うんだけど、新人冒険者のロスト君が自力で探し出すよりは、ティキルタちゃんが貴族の権力を使って探した方が見つかる可能性は高いだろうね。
「ま、これに関しては私の出る幕じゃないか」
何せ私の合成スキルじゃ、お目当ての薬草が出る可能性は低いからね。
コネを使って地道に探した方が確実でしょ。
◆
「成る程、そのような事があったのですね……」
「「はい……」」
そしてティキルタちゃんを連れてお屋敷に帰ってきた私達は、静かな怒りを湛えたノーマさんとリザイクさんの前で正座していたのだった。
なんで異世界に正座があるんですかねぇ? え? 遥か東方の国に伝わる、効率的に相手を反省させるお説教スタイル?
ところで脱走したティキルタちゃんが怒られるのは分かるんだけど、何で私まで……あ、はい。下層民であるロスト君の家に連れて行ったからですね。分かりました。
「そ、それでね、治療の為に必要な薬草を用意して差し上げたいのだけれど……」
「「……」」
正座に苦しみつつも、リルクちゃんの為に薬の材料が欲しいと言うティキルタちゃんだったけれど、ノーマさんとリザイクさんは何とも複雑そうな表情でお互いに視線を向け合っていた。
「あの、何か問題でも?」
「……カコ様、その少女の病気はカクラム病というのは聞き間違いではないのですね?」
「え? あ、はい。確かにカクラム病だと言っていました」
「そうですか……」
病気の名前を確認したノーマさんは、いよいよ困ったとため息を吐く。
「ノーマ、何をそんなに悩んでいるんですか? 薬の材料を集めれば病気は治るのですから、材料を集めればよいではないですか」
あのあと、私達はリルクちゃんの病気を完治させる為に必要な薬の材料を聞いたんだけど、残念なことにリルクちゃん本人は自分の薬に必要な素材を知らなかったんだよね。
だからカクラム病の治療に使う薬をエルトランザ家のお抱え医師に用意して貰おうと思ったんだけど……
「お嬢様、カクラム病を治療する為の材料は単純に入手が困難なのです」
「ノーマさん、困難と言うと?」
「カクラム病の治療薬を作るには、ラマトロという魔物の肝が必要なのですが、これが厄介なんです。まずラマトロは吹雪が起きている時にしか活動しません」
「吹雪が起きてる時だけ!?」
ええ!? そんな中を探して歩くなんて、めちゃくちゃ危険なんじゃないの!?
「単純な視界の悪さでラマトロを見つけるのは困難です。ラマトロは獰猛な魔獣です。運よく見つけたとしても、体温を削る吹雪の中でラマトロに勝つのは困難。更に幸運にもラマトロを倒したとして、町に戻るのは更に困難でしょう」
「ラマトロを倒したらかまくら……雪を固めて家を作って吹雪をやり過ごすのはどうですか? 暖房になるものを用意していけば凍死を回避できるんじゃないかと」
「残念ながら、ラマトロの肝は非常に短い時間でダメになってしまうんです。ラマトロを見つけたらすぐに町に戻って薬師に薬を作ってもらう必要があるでしょう」
うわぁ、見つけづらいだけじゃなく凶暴で更に時間制限まであるなんて、どんだけハードモードな訳!?
「そうした理由から市場にラマトロの肝は出回りません。偶然冒険者が吹雪に巻き込まれ、運よくラマトロと遭遇でもしない限り……」
完全に運ですね。
でも成程、ロスト君が吹雪の中採取に出かけていた理由が分かったぞ。
彼の本当の目的はラマトロを見つける事だったんだね。
「ちなみに、そのラマトロってどのくらい強いんですか?」
「そうですね。単純な強さとしては中級冒険者レベルですね。ただしそれは装備を整え、体が冷え切る前に遭遇できた場合です。確実に討伐したいなら、上級冒険者の力が欲しい所ですね」
うわぁ、そんな厄介な相手じゃロスト君の手には負えないよ!
「ではノーマ、兵にラマトロの討伐を命じてください」
話を聞いてたティキルタちゃんは、即座に兵士を動かすよう命令する。
うーん、さらっと兵隊を動かすとか、ティキルタちゃんってばお姫様。
「それは出来ません」
けれど命令を受けたノーマさんではなく、リザイクさんがそれは出来ないと言う。
「何故ですかリザイク!?」
「兵はこの屋敷と町を守るための戦力です。いかにお嬢様と言えど勝手に動かす事は許されません。しかも街中ならごまかしも効くかもしれませんが、吹雪の中を外に出すとなれば、兵に被害が出る危険が高こうございます。万が一の事があれば、お館様が激怒しますぞ」
「うっ、お父様が……」
お父さんに叱られると脅されて、ティキルタちゃんがたじろぐ。
「でも……そうです! それなら上級冒険者を雇いましょう! それなら……」
「現在この町に上級冒険者はおりません」
と思ったら、今度は上級冒険者が居ないと来たもんだ。
「ええ!?」
「居ないんですか上級冒険者!?」
「はい。上級冒険者は貴重な存在で数が少のうございます。それ故厄介な依頼がひっきりなしに舞い込んできますので、町を留守にする事が多いのです」
「でも今は吹雪で街の外には……」
「はい。ですから依頼を受けに出たまま戻って来れないのです」
あちゃー、そう言う事か。
「でもよく上級冒険者が居ない事を知ってましたね」
「彼らは有用な存在ですが、同時に危険でもあります。ですから、上級冒険者の動向は常に確認しているのですよ」
マジか。上級冒険者って、そんなにヤバイ奴と思われてるの!?
って事はイザックさん達も世間じゃ相当な存在と見られてるんだ……
けどそっかー。冒険者になって名が売れたら、貴族達から監視されるんだな。
よかった、私は商人で。
「では吹雪が止むまで上級冒険者に依頼する事は出来ないのですか?」
うーん、吹雪が吹いている時にしか出会えない相手なのに、その吹雪の所為で冒険者を雇えないなんて、厄介だなぁ。
「あとは……そうですね。深探者の力を借りる、でしょうか」
「「しんたんしゃ??」」
なにそれ? 初めて聞く名前なんだけど?
「深探者とは一部の冒険者を指す言葉です。非常に危険な場所での探索に特化した、特殊な技術の持ち主の事を言い、自分の得意とする分野では上級冒険者に匹敵、もしくはそれ以上の存在とされています」
「上級冒険者以上!?」
凄い! 一部の分野とはいえ、上級冒険者以上とか、超エキスパートじゃん!!
「ではその深探者に依頼をしましょう!」
今度こそと息巻くティキルタちゃんだったけど、リザイクさんは何とも申し訳なさそうな顔になる。
まさかこの期に及んでまだ何か問題が!?
「それが、誰が深探者なのか私にも分からないのです。彼等は専門家であるが為に、自分の技術をひけらかさない為、ごく一部の者を除いて他の冒険者と区別がつかないのですよ」
「冒険者ギルドで教えてもらえないんですか?」
「冒険者ギルドは冒険者が自ら開示していない情報を秘匿しています。これは冒険者ギルドが個人の過去には拘らず、ギルドに貢献できるものなら誰でも構わないといって人を集めているからです」
特にギルドに有益な技術を持つ者の情報は絶対漏らさないとリザイクさんは語った。
ああ、そりゃ確かに黙っていた方がギルドに便利な情報を漏らす意味が無いもんね。
でもそんな冒険者も居たんだね。勉強になったよ。
「ですが深探者ですか……」
ちらりと、ティキルタちゃんの目があからさまにこちらに向く。
ええと、もしかして……
「カコ様、仕入れて欲しいものがあるのですが」
「え? 仕入れ……ですか?」
ええと、ラマトロの肝の仕入れは無理って話だけど?
「ラマトロを討伐して時間内に肝を持ち帰れる深探者の情報を仕入れてほしいのです」
そっちかーっ!!
まさか情報屋としての仕事を頼まれるとは思わんかったわ。
「そっちは専門じゃないんですけど……」
「本当は私が直接冒険者ギルドに行って深探者に依頼をしたいのですが……」
「「なりません」」
ティキルタちゃんの両サイドから男女のサラウンドなりませんが飛ぶ。
「という訳です」
「さらに言いますと、ここ数日町の各地でエルトランザ家の者が動き過ぎました。これ以上動けば、良からぬ者達が騒ぎだし、関係者であるあの兄弟にも迷惑がかかるでしょう」
と、リザイクさんがあまりティキルタちゃんの家の人が動くと、悪人がロスト君達に迷惑をかけるかもしれないと警告してくる。
あー、そう言えばティキルタちゃんが雑に誘拐された直後だしね。そりゃ裏社会の人達も何が起きてるんだと興味を持ってもおかしくない。
「だから部外者の私に頼みたいと」
んー、確かにその深探者ってのは私も興味あるかな。
上級冒険者に匹敵する凄い人達なら、今のうちにコネを作っておくと後々便利かもしれないしね。
あと、吹雪の中でも道に迷わず活動できるんなら、万が一侯爵家の追手が吹雪の中を強引にこの町までやってきた時に、逃げる手伝いをしてもらえるかもしれないし。
……うん、この依頼、受けた方が良い気がしてきた。
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