第113話 小さな遭遇

 ティキルタちゃんを救出した私達は、そのままロスト君の下へと向かう事になった。

 というのも、このままお屋敷に連れ帰ったら、また飛び出して騒ぎになりそうだからね。

 なので一回だけロスト君と会わせて、ティキルタちゃんが満足してから連れ帰った方が良いと判断したからである。


「もうすぐロスト様に会えるのですね!」


 ロスト君に会うのが待ち遠しいと、ティキルタちゃんは落ち着かない様子だ。


「こっちだニャ」


 ロスト君の匂いを探りながら、ニャットが進んでゆく。


「ここだニャ!」


「まぁ、ここがロスト様の……お屋……敷?」


 そこは、お世辞にもお屋敷とは言えないような廃墟だった。


「あの、本当にここにロスト様が?」


「あの小僧の匂いがするニャ」


 疑わし気なティキルタちゃんに対し、ニャットはここからロスト君の匂いがしてくると断言する。


「まぁ入ってみれば分かるでしょ。すみませーん」


 予想通りドアにカギはかかっていなかったので、私達は軽くノックだけして家の中に入る。

「誰かいませんかー?」


「本当にこんな所にロスト様がいらっしゃるのですか?」


 家の中には碌に物がなく、廃墟と言っても過言じゃないありさまだった。


「人が出入りしている形跡があるニャ」


 ニャットがそう言ってるんだから、誰かがここを根城にしてるのは間違いなさそうだね。

 その時だった。奥の部屋からゴトリという音がしたんだ。


「ロスト君?」


 私達は、警戒しつつもゆっくりと奥の部屋に足を踏み入れる。


「だ、誰……?」


 そこに居たのは、ロスト君……ではなく、小さな女の子だった。


「「え?」」


 あれ? ロスト君じゃない?

 部屋の中を見回しても、ロスト君の姿は見当たらない。この子一人だ。


「ニャット、どういう事?」


「あの小僧の匂いはこの家まで続いてたのニャ。けどあの小僧が居るとは断言してニャいニャ」


 ええと、つまり匂いを追いかけてきただけで、本当にここがロスト君の家かは断言できない……と?


「な、何であの方のお屋敷に知らない女性が居るんですか……」


 あっ、ヤバい。ティキルタちゃんの顔が「きーっ! この泥棒猫!!」みたいな感じになってる! 駄目だよ! お嬢様がそんな顔しちゃいけません!

 とにかくこの子とロスト君の関係をはっきりさせなくちゃ!!


「え、ええと、ここってロスト君のお家です……よね?」


「え? お兄ちゃんの知り合いなの……?」


「「お兄ちゃん?」」


 つまりこの子は、ロスト君の妹さん!? 


「まぁーっ! そうだったんですね! あの方の妹君なのですね!」


 あっ、ティキルタちゃんが満面の笑みになった。

 この子本当に分かりやすいな。

 貴族としてこれで良いのかってちょっと心配になるけど。

 まぁよその家の事だし、野暮なツッコミは止めておこう。


「えっと、私達ロスト君に会いに来たんだけど、お兄ちゃん居るかな?」


「ご、ごめんなさい。お兄ちゃんは朝からお仕事に行ってるの」


 あー、それもそうか。

 ロスト君は冒険者だもんね。そりゃ朝は依頼の争奪戦で忙しいわ。


「そっか、急にきてごめんね」


「う、ううん。お兄ちゃんにお客さんが来てビックリしただけ。それもこんなに綺麗なお姉ちゃん達だったから」


「「あらまぁ」」


 ふふっ、綺麗なお姉さんとは、この子ってば分かってるじゃないの。

 やっぱり、見る人が見れば私の大人のレディーっぷりは分かるんんだね!


「単に年下の子供から見たら年上って話ニャ」


 黙らっしゃい。今の私は間違いなく年上の大人のお姉さんなんです! それ以外の情報はノットサンキュー!


「とはいえ、ロスト君が居ないんじゃ意味ないかな。出直した方がいいかも」


「そんなぁ~、あの方に会いに来たのにぃ~」


 まぁしゃーない。そもそも私達はロスト君がいつ家にいるか知らずに来たんだもんね。

 とはいえ、このまま何の手がかりも無しに帰ったら、ティキルタちゃんが暴れそうだ。


「ねぇ、ロスト君はいつ頃帰って来るの?」


 ロスト君がそろそろ帰って来るのなら、ティキルタちゃんの暴走対策にここで待たせてもらおう。

 この子にはちょっと迷惑かけちゃうかもだけど。

でも帰って来るのが遅くなるようなら、ティキルタちゃんも仕方ないと納得して帰ってくれるでしょ。

と、私が思ったその時だった。


「ごほっごほっ!」


「え!? 何!?」


 急にロスト君の妹が咳込みだす。


「だ、大丈夫!?」


「う、うん。大丈夫。お薬を飲めばよくなるから……」


「薬? どこ!?」


「そこに……」


 私はロスト君の妹が指さした場所に置いてあった薬を見つけると、水を探す。


「えっと、水、水は……」


 って、水が無い! ええと、それじゃあ井戸は……


「ニャーが持って来るニャ!!」


 水が無いと分かるや、ニャットが家を飛び出していく。


「もう少しの辛抱です! 頑張ってください!」


 そしてティキルタちゃんがロスト君の妹を励ましていると、ニャットがあっという間に戻ってきた。


「水ニャ!!」


 私は直ぐにロスト君の妹に薬を飲ませると、彼女はニャットから受けとった水で薬を喉の奥に流し込んで行く。


「コホッコホッ…………」


 ロスト君の妹は薬を飲んだ後もまだ咳込んでいた。


「コホ…………」


 そしてしばらく待つとようやく咳が止まった。


「「はぁ~、良かったぁ……」」


 私とティキルタちゃんは安堵の溜息を漏らす。


「えっと、心配かけてごめんなさい」


「え? ううん、気にしないで! 私達が勝手に尋ねてきて慌てただけだし!」


「ええ、貴女が無事でよかったです」


 私達を心配させたと思ったロスト君の妹が申し訳なさそうな顔で謝って来た為、私は慌てて彼女を宥める。

 ええと、何か話題を……そうだ! ロスト君の事を尋ねに来たんだ!


「そ、それで、ロスト君はいつ頃帰ってくるか分かる?」


「お兄ちゃん? えっと、分かんない。暗くなる前には帰って来てくれるけど……」


 って言う事はロスト君が帰って来るのは夕方くらいか。

 流石にそんな時間まで厄介になる訳にはいかないし、今日は帰った方がいいね。


「うん、分かった。また今度ロスト君がいる時に来るね」


「え!? 帰っちゃうんですか!?」


 私が帰ろうとしたら、ティキルタちゃんがショックを受けた顔になる。


「流石に夕方までいる訳にはいかないよ」


「で、ですが……」


 まぁティキルタちゃんの言いたい事は分かる。

 このチャンスを逃したら、ティキルタちゃんがロスト君に会えるチャンスは激減するだろう。

 屋敷の人達もそう何度もティキルタちゃんの脱走を許すとは思えないしね。


「ねぇ」


 と、そこにロスト君の妹が話しかけてくる。


「お姉ちゃん達ってお兄ちゃんの恋人なの?」


「「ええっ!?」」


 突然何言い出すのこの子!?


「違う違う違う! 私はそんなんじゃないって!」


「そ、そそそそうですよ! わたくしなんがかあの方の恋人だなんて! ……もしそうなれたら……い、いえ! 何でもありません!!」


「そっかー、違うんだ。やっとお兄ちゃんにも春が来たと思ったのに」


 うーむ、意外におませさんだぞこの子。

 まさか私達がロスト君の恋人に思われるなんて予想外だった。

 いやまぁ、ティキルタちゃんにとっては悪い気はしないんだろうけど。


「ねぇ、お姉ちゃん達のお名前教えて。私はリルク!」


 いっけない、私ったら慌てて自己紹介を忘れてた。

 ロスト君の家に女の子が居た上にさっきの騒ぎだから、ついつい驚いて頭からすっぽ抜けてたよ。


「えっと、私はカコ、カコって呼んで」


「わたくしはティキルタと呼んでください」


「カコお姉ちゃんとチ……チキルタお姉ちゃんだね!」


「チ、チキルタじゃなくてティキルタです~!」


「あっ、ごめんなさい!」


 あはは、小さい子にはティキルタちゃんの名前は呼びづらいかぁ。


 とりあえず、多少は打ち解けられたかな? これならリルクちゃんの事を聞いても大丈夫そうだね。


「ねぇ、リルクちゃんって何かの病気なの?」


 さっきのリルクちゃんの苦しみぶりは流石に気になる。

 もし重い病気だったら、早く対策をとった方がいいだろうからね。


「うん。昔から体が弱かったんだけど、最近面倒な病気になっちゃって……」


「面倒な病気?」


「カクラム病っていう病気なんだって」


「カクラム病? どんな病気なの?」


 正直異世界の病気は名前だけ聞いてもさっぱり分からないです。


「えっと、咳が止まらなくなったり、体が痛くなる病気だって先生は言ってた」


 成程、風邪みたいな病気かな? なんか他にも似たような症状を聞いた記憶があるけど……

 けど先生がって言ったし、薬も持ってるみたいだから、お医者さんにはかかれてるのかな?


 よく見ると、この子が座っていたのはイスじゃなく、急ごしらえのベッドのようなものだった。

 けどリルクちゃんが肩や膝にかけてるのは布団じゃなく、どこかで拾ってきたと思しきボロボロの布で、恐らくはこれを布団代わりに使っているんだろう。

 正直言って、この町でこれはいくら町の結界が寒さをある程度緩和してくれてても、寒くてまともに寝られないんじゃないかな。

これじゃ治る病気も治らないよ!


「で、でもね、お兄ちゃんがお薬の材料を探してくれてるから大丈夫!」


「あれ? さっきの薬は?」


「あれは苦しいが楽になるお薬なんだって。病気を治すお薬を作るのはすっごく大変だって先生が言ってた」


「大変って、材料が見つからないとか?」


「うん、カクラム病のお薬の材料はとっても貴重だから、お店じゃ買えないんだって。だからお兄ちゃん、町の外に出てお薬の材料を探してるの」


「ロスト君が!?」


 リルクちゃんの話を聞いて、私はロスト君が吹雪の時にも町の外に出て採取をしていた理由を理解した。

 彼はきっと、お金を稼ぐだけじゃなく、リルクちゃんの薬の材料を探す為に危険な吹雪の中で採取をしていたんだろう。


「それは大変だね……」


「うん。お兄ちゃんすぐ無理するから心配なんだ。でも最近はね、盾のお陰で冒険が楽になったって喜んでたよ!」


「まぁ! そうなんですね!」


 盾が役に立ったと聞いて、ティキルタちゃんが嬉しそうな顔になる。

 まぁ私も自分の作ったものが役に立っていると聞けば、悪い気はしないね。


「お薬の材料を集めるのは大変みたいだけど、見つかったら先生がお薬を作ってくれるの!」


 そう言ってリルクちゃんはニカッと笑う。

 けどちょっと心配だな。 この子の病気を治す為の薬の材料、聞いた感じじゃ集めるのはかなり厳しそうなだし。

 ロスト君無理をしないといいけど……

 

「成る程、分かりました!」


 と、そこでティキルタちゃんが立ち上がる。


「任せてください! わたくしがリルク様の薬を用意してみせます!」


「え!? 本当!?」


 おおっ!? いきなり何言い出すの!?


「はい! あの方、ロ……ロス、ロスト! ……様には大変お世話になりましたから、その恩返しです!」


 どもりながらロスト君の名前を叫んで顔を真っ赤にしつつ、ティキルタちゃんはリルクちゃんの病気を治す為の薬の材料を集めると宣言する。



「お兄ちゃんがお世話?」


「ええ! わたくしロ、ロロ、ロスト様がそのような大変な目に遭ってているとは知りませんでした! まさか妹君の為に大変なお仕事をしていたなんて。ですからリルク様は安心してください! わたくしが薬の材料を用意いたしますから、ロスト様にもこれ以上危ない真似はさせません!」


 まぁ、ティキルタちゃんの家の力なら、ロスト君が自分で薬の材料を集めるよりも先に薬の材料を見つける事が出来るだろうね。

 うん、これなら私が無茶ぶりされる事もなさそうだ。


「ありがとうチ、ティキルタお姉ちゃん!!」


「おっ!?」


 キラキラとした眼差しのリルクちゃんに真正面からお姉ちゃんと呼ばれ、ビキリと硬直するティキルタちゃん。


「……」


「あれ? どうしたのティキルタお姉ちゃん?」


「……はっ! え、ええ! わたくしに、お義姉ちゃんに! 任せてください!」


 うん、今何か明らかな誤解が発生した気がするけど、私は空気が読める女なので突っ込まないぞぅ。


「何か妙な勘違いした気がするニャア」


 こらニャット! しーっ!!

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