第112話 お嬢様大救出作戦(物理)
「あの娘の匂いがスラムからしてくるのニャ」
「ええ!? ティキルタちゃんが!?」
消えたティキルタちゃんを探してロスト君の下へ向かっていた私達は、彼が暮らすスラムでその手がかりを見つける事になった。
「ニャット、匂いを辿って!」
「ニャ!」
ニャットが身をかがめたのを見て、私はすぐにニャットの背に乗る。
もはや阿吽の呼吸である。
「しっかり捕まってるのニャ!!」
直後、風のように駆けだすニャット。
「おおっと、こんなとこになんのよ……あれ?」
「消えた!?」
ニャットがスラム飛びこんだ瞬間、何か後ろから何か聞こえた気がする。
「ん? 何?」
「酔っ払いのたわごとだから気にする必要はないニャ」
おおう、流石スラム。こんな時間から酔っ払いが居るんだ。
「ゴロツキなんて相手するだけ無駄なのニャ」
「ん? 何か言った?」
「下を走る邪魔が多いから、上を跳ぶニャ。舌を噛まない様に気を付けるのニャ!」
「え?」
次の瞬間、ニャットが大きく跳躍した。
「ふわっ!?」
そして屋根に飛び乗ると、屋根から屋根を跳躍してゆく。
「おわわっ!」
怖い怖い怖い。
高い所をピョンピョン飛ぶのもそうだけど、建物の屋根がボロすぎていつ踏み抜いて落ちるのか分かんなくて怖い!!
「あそこニャ」
そう言うと、ニャットは近くの家の屋根で止まる。
「見張りが居るニャ。けど慣れてないニャ」
「分かるの?」
「周囲への視線の向け方に警戒心が見えるニャ。けど護衛の視線じゃニャいニャ。後ろめたい事を隠したい連中の目ニャ」
つまりあからさまに怪しいと。
「ティキルタちゃんを探してる人を警戒してる?」
「多分ニャ」
「で、どうやって調べるの?」
「カコはここにいるニャ。ニャーが忍び込んでくるのニャ」
そういうとニャットはピョンと飛んで建物の屋根に上がると、するりと壁を伝って降りると、窓を開けて中に入っていった。
漫画に出てくる大泥棒みたいだなぁ……
そして少し経つと、玄関が空いて、ニャットが飛び出し、護衛達が一瞬で倒された。
で、ニャットが建物の奥に向かって合図をすると、建物の中からティキルタちゃんが姿を現す。
「ティキルタちゃん!」
ティキルタちゃんの姿に思わず声をあげてしまう私。
「っ!? だ、誰ですか!?」
突然名前を呼ばれたティキルタちゃんは、ビクリと体を震わせると、周囲をキョロキョロと見回す。
屋根の上から声をかけられたとは思わなかったティキルちゃんは、私の姿が見つからずに不安そうな顔になる。
けれどそこでニャットがティキルタちゃんの下を潜って自分の背中に乗せると、ピョンと屋根の上に飛び乗って来た。
「キャアッ!?」
大丈夫ティキルタちゃん!?」
「え? あっ、カコ様!」
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「あ、はい。大丈夫です」
良かったかぁ。見た所殴られた後とかもないし、服も破れたりしてない。
何かされた様子が見当たらなくてホッとする。
「よかったぁ」
ティキルタちゃんの安全が確認できて、力が抜ける。
「あの、私を助けに来てくださったんですよね?」
「ん? まぁそうなるかな」
結果的にそうなったって感じだけどね。
するとティキルタちゃんは、屋根の上に立ち上がり、綺麗なカーテシーを披露する。
「お二人共、助けてくださってありがとうございます」
「あっ、はい」
「気にする必要はニャいニャ。これも仕事だニャ」
うおお、やっぱお嬢様だなあぁ。
私のなんちゃってカーテシーとは動作のキレが違う。
「でも何であんな所にいたの?」
「それは……」
私が事情を聞くと、ティキルタちゃんはモジモジとしながらもいきさつを話し始めた。
「実はわたくし、どうしてもあの方に遭いたくて、屋敷を出たんです」
「どうやって屋敷から出れたの? 屋敷の出入りは門を通らないといけない筈だけど」
事実、貴族であるティキルタちゃんの屋敷は四方を高い壁に囲まれており、入り口の門からしか出入りは出来ないようになっていた。
更に壁の高さと表面の凹凸の少なさは、ティキルタちゃんが超一流のクライマーでもないと登るのは無理だろう。
「食料などを運ぶ馬車が来ますから、それにこっそり乗り込みました」
「馬車!?」
「はい。入る時は不審者や不審物がないかで中身のチェックが厳しいですが、帰りは荷物が無いのでノーチェックで出ていけるんですよ」
まじかー。っていうか何でそんな事知ってる訳?
「あの方に遭う方法を探していて気付いたんです」
うおお、この子ヤバいぞ。予想以上にアクティブなお嬢様だよ。
「ええと、あの家にいたのは何で?」
「あの方は下層民とノーマ達が話しているのを聞いたので、町の人達に聞いて下層民の方達の暮らす場所に来たら、親切な方達が話しかけてきたんです。それで事情を話したら、あの方のお知り合いで、会わせてくれると言ってくださったので、ついていったのですが……」
予想通りと言うかなんというか、いわゆる誘拐犯で、これから身代金を請求されるところだったらしい。
「ええと、ニャット」
「計画的な犯罪じゃニャいニャ。連中を締め上げて聞いてみたら、いかにも金持ちの娘がウロウロしてるから攫ったって言ってたニャ」
「ですよねー」
うん、馬車に忍び込んだことから察してたよ。
陰謀とかなかっただけよかった、と思うべきなのかなぁ?
「ともあれ、ティキルタちゃんを無事保護できたし、さっさとお屋敷に連れて行こうか」
「そうだニャ」
これ以上この場にいたら、ここが屋根の上でも面倒な連中に目を付けられかねない。
早くティキルタちゃんを安全な場所につれていかないと。
「っ! 待ってください!」
けれどそれに待ったをかけるティキルタちゃん。
「まだ帰る訳にはいきません! 私はあの方に会いたいのです!」
帰る前にロスト君に会いたいというティキルタちゃん。
うーん、どうしたもんかなぁ。正直いって、会わせてあげたい気持ちが無い訳じゃない。
けど彼と会う事はお屋敷の人達も良い顔をしない感じなんだよね。
けどそれは当然だ。ティキルタちゃんは貴族のお嬢様。対してロスト君は平民、どころか税金を支払わずに不法に滞在する下層民。
はっきり言って、身分違いの恋どころの問題じゃない。
少女漫画の世界ならキャーと黄色い悲鳴を上げるシーンだけど、現実だと悪い意味で身分の差が巨大な壁になるんだよね。
それはなんちゃってお嬢様になった私が、ある意味で一番良く理解している。というか知ってしまった。
何せご飯一つでも食事のマナーとか面倒なんだよね。
普段の立ち振る舞いとかもそうだ。日常の細かな仕草までお嬢様指導が入るとか思ってもいなかったよ。
万が一奇跡的に二人が付き合えたとしても、そういった生活習慣の違いにいつまで耐えられるのか、というのは現実的な問題として立ちはばかるだろう。
そういう意味ではイザックさんは勇者だよね。
メイテナお義姉様と結婚する為に貴族社会に飛び込んだんだから。
「でもロストくんはそもそもその覚悟以前の問題だしねぇ」
彼の場合、ティキルタちゃんとの面識が皆無に等しい。
たまたま困っていた女の子を助けただけだからね。恋愛以前の問題だ。
そんな彼女を下手に彼に合わせたら、彼女の恋心は燃え上がるだろう。
ここは会えずに帰った方が、傷は浅く済む……んだろうけど、理性で切り捨てるのも可哀そうなんだよなぁ……
「……カコ様の言いたい事は分かっています。貴族のわたくしと平民のあの方では釣り合わないと仰りたいのですよね」
私の逡巡を察したティキルタちゃんが、悲しそうに分かっていると告げる。
「でも私はあの方に会いたいのです。あの時、私は驚くばかりであの方にお礼を言う事ができなかったんです。ただの一言も」
胸元を抑えて、ティキルタちゃんは悲しそうな顔になる。
「だからせめて、一度でいいんです。直接あの方にお礼を言いたいのです! カコ様達にお礼の品を渡してもらった事で、納得したつもりでした。けれど日が経つにつれ、物を送っただけでちゃんと私の感謝が伝わっているのか不安になってきたのです」
本当ならあの時にお礼を言いたかったと、ティキルタちゃんは語る。
「お願いしますカコ様、ニャット様。どうか一度だけ、一度だけあの方に会わせてください! それが言えたら、今度こそ私は全てを諦められますので……」
恋が実らなくてもよい。ただ、直接お礼を言わせてほしいとだけ言って、ティキルタちゃんは言葉を終わらせると、強い眼差しで私達を見つめてくる。
さて、どうしたものか……
「うーん、これはこまったぞう。このままむりにおやしきにつれかえっても、ティキルタちゃんのおもいはつのるばかり。さいあくまたおやしきをとびだしかねないなぁ」
「ニャフフ、セリフが大根過ぎるのニャ」
ついつい声に出してしまった私の言葉に、ニャットがツッコミを入れる。
「どうだろうニャット、もしかのじょをおやしきにつれかえるとちゅうでロストくんにであったら、かれをおはなしさせてあげては?」
「カコ様!!」
私達の話を聞いていたティキルタちゃんの顔がパァッと喜びに染まる。
「良いんじゃニャいか? 礼を言う時間ニャんてたかが知れてるのニャ」
「よっし、それじゃおやしきにかえるとしよう!」
「お二人共、ありがとうございます!!」
はて? 何のことですかね? 私達はティキルタちゃんをお屋敷に送っていくだけですよ?
「ま、しっかり報酬は貰うけどニャ」
あ、はい。ですよねー。
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