第109話 少年の戦い、盾の力

 町を出た私達は、何故か木の陰から森へと向かう冒険者達を見つめるノーマさんに出会った。


「あの、何してるんですかノーマさん?」


「キャッ!? え? カコ様?」


 突然話かけられた事に驚いたノーマさんが小さな悲鳴を上げてこちらに振り向く。

 っていうか、可愛い声出すなこの人。


「おはようございます。それでこんな町の外で何をしてるんですか?」


「それは……はぁ、まぁカコ様なら問題ないでしょう」


 一瞬逡巡したノーマさんだったけど、小さく溜息を吐くと何故自分がこんな場所に居るのかを語り出した。


「お嬢様に頼まれまして、例の少年に送った盾がちゃんと役に立っているか確認してきてほしいと言われたのです」


 あー、ロスト君絡みかぁ。


「でもメイドさんが一人って危なくないですか? せめて護衛の人に付いてきてもらった方が……」


「いえ、屋敷の護衛を使えば、旦那様の耳に入ります。改めての贈り物というだけなら、我が儘で済みますが、その後の事まで知りたがるとなると、流石に旦那様も良い顔はされないでしょう」


 成程、貴族のお父さんとしては、娘が庶民にお熱になるのはあまり良い気分ではないと……ん? この構図どこかで見たことあるような?


「でもやっぱり危ないですよ。冒険者を雇うとかした方が良いんじゃないですか?」


「いえ、エルトランザ家のメイドが冒険者を雇って人を追跡したとなれば、すぐに下世話な噂話の好きな者達の耳に入ります。その方が問題です」


 更にノーマさんは、報酬を安くすれば冒険者の口は軽くなるし、口止めを兼ねて報酬を上げればそんな金を支払って何をしていたのかと勘繰られるとも言った。

 成る程ね、冒険者を雇うのもそれはそれで問題かぁ。


「ご安心くださいカコ様。腐ってもエルトランザ家のメイドです。身を護る程度の立ち回りは出来るよう訓練を受けておりますから」


 余程私が心配そうにしていたのか、ノーマさんは小さく苦笑しながら、自分は大丈夫だと告げる。


「うーん……チラリ」


 私はニャットを窺うように視線を送る。

 ここで私が薬草あたりを探す名目で森に入れば、偶然同じ方向に向かうノーマさんも偶々一緒にニャットが守ってくれるんだよね。


「おニャーが何を考えてるかは分かるのニャ。けどそんな事をしてたら、次の目的地に行きそびれるのニャ。北の地はいつ吹雪が吹くか分からないのニャ。一度強い吹雪が吹けば、数日足止めされる事だってあるのニャ」


 うぐ、吹雪かぁ。実際それで一度酷い目にあったからなぁ。

 でもノーマさんを一人で森に向かわせるのも心配だ。

なにより、ロスト君に送った盾が、実際にはどう使われるのか見てみたいというのもある。

 実戦データがあれば、次に合成する時に何を優先して合成すれば良いのか分かるというものだしね。


 ……とまぁ、色々理由を考えてはみたものの、一番の理由はやっぱりノーマさんを放ってはおけないって事だよね。

 だってメイドさんなんだよ!? 武器持たないメイドさんを放っておくわけにはいかないよ。


「そもそも、事の発端は私達だからなぁ」


ロスト君へ送るお礼を何にしようって相談されて、盾にしようって提案しちゃったもんなぁ。

もしこれでノーマさんに何かあったら、罪悪感が半端ない事になる。


「ごめんニャット、我が儘を許して!」


「……しょうがないニャア」


 ニャットは大きく溜息を吐くと、私の我が儘を許してくれた。


「ありがとニャー!」


「ニャーが甘いニャ」


 しかしニャーのアクセントには厳しかったニャット先生でした。


 ◆


「居た、ロスト君だ」


 あの後、戸惑うノーマさんを強引に説得して同行した私達は、森で採取を行うロスト君を発見した。


「あれ? ロスト君って一人で冒険してるの?」


 てっきり別の冒険者達の誰かと一緒に仕事してるものかと。


「恐らく彼は下層民なのでしょう」


「下層民?」


何それ? 普通の市民とは違うの?


「下層民は町で暮らす為の税を始めの頃は支払えたものの、その後税が支払えなくなって違法に住み着いた者達の子孫です」


「それって追い出されないんですか?」


「追い出されますね。しかし下層民達が寄り集まって住む場所は、柄の良くない連中の根城にもなっています。下層民の取り締まりの際に、そういった者達を刺激してしまうと、街中で大きな騒動が発生してしまう危険があるのです」


 成程、騒動が広がって一般市民に被害が出たら大変って事か。


「勿論下層民を放っておくわけではありません。大々的な取り締まりはしないものの、定期的に衛兵隊が下層民の区画を見てまわり、捕らえた下層民は即町から追放しておりますので」


 おおう、この土地で即追放とかそれ実質的な死刑なのでは?


「季節などの運がよければ、西部の都市などに逃げる事もできますよ」


ああ成る程。北部から出て行けば確かに生き残る可能性は大幅に上がるもんね。


「そう言う訳ですので、真っ当な住民は巻き添えを恐れて下層民とは付き合いませんね。彼等と共に何かしようと思うのは、何も知らない旅の者か、下層民を利用しようとする者達くらいです」


 成程ねぇ。それでロスト君は一人で採取を行っている訳か。


「あれ、下層民同士では組まないの?」


 よくよく考えたら、普通の人は無理でも下層民同士で組めばいいのに。


「それも難しいですね。下層民同士は成果の奪い合いになる事が多いそうですから。兄弟など、よほど信頼できる相手でないと組まないでしょう」


 下層民の子達は、親から真っ当な常識すら教えられてない事が多い為、同じ下層民同士でも敵になる事がざらなんだとか。

 うーん、北都、修羅の国すぎない?

 それとも私が知らないだけで東都や南都にもそんなところがあったのだろうか?


「どのみち彼等が町で認められるようになるには、冒険者など比較的真っ当な手段で高い実力を示すしかないでしょう」


 ノーマさんは、彼等が税を支払えるようになれば、多少は町の人達の反応も良くなると呟く。


 ふーむ、そういう事ならなおさらロスト君に盾を送ったのは正解だったかもしれないね。

 そう言う立場なら、生活はかなり大変だったろうし、剣を手に入れる事が出来ただけ運が良かったのかもしれない。

でも生き残ってお金を稼げるようになれば、税を払う事も出来るようになるだろうし、そうなれば巡回中の衛兵に掴まって町を追い出される心配は無くなる。

そしていずれは鎧を含めた新しい装備一式を買いそろえる事ができるようになるだろう。


「彼が移動を始めました」


 見れば採取が一段落したのか、ロスト君は森の奥へと向かう。


「この辺りは森の表層ですから、採取できる数は微々たるものでしょう」


 そう言えばトラントの町でポーションが品薄になってた時も森の表層部は薬草が根こそぎ採取されて困った事になってたんだっけ。


「待つニャ。敵だニャ」


 その時だった。ニャットが敵が来たと言って私達の前に出る。

 そしてその直後、前方を進んでいたロスト君が体をこわばらせる。

 見れば彼の向かう先から魔物が姿を現していた。


「アレはノースゴブリンだニャ。見た目の通り、白っぽい表皮で雪と同化し、獲物を襲ってくるのニャ。あの小僧はノースゴブリンの匂いに気付かなかった所為であそこまで接近を許してしまったのニャ」


 いや、匂いなんて全然気づきませんでしたけど!?

 ともあれ、問題はロスト君の方だ。

 ノースゴブリンはニャットの言う通り、白い肌をしていた。

 更に全身を白い動物の毛皮で覆って防寒はバッチリのようだ。

 寧ろゴブリンというより他の獣と勘違いしそうな感じだった。


「でも毛皮を着たら白い肌が隠れて誤魔化せなくなるんじゃないの?」


 まぁ彼等が身に纏っている毛皮は白っぽいから、台無しにこそなっていないものの、自分達の強みをバッチリ無駄にしてると思うよ。

 なんて事を考えていたら、ロスト君とノースゴブリンの戦いが始まっていた。

 ノースゴブリンは2体で、数の上でもロスト君が不利だ。


「大丈夫かな?」


「カコの盾を上手く使えばなんとかなるのニャ」


 二人で並んでロスト君に向かってくるノースゴブリン。

 両方とも手にした棍棒を振りかぶって襲ってくる。


「うわわ、避けて!」


 ロスト君も避けようとしたものの、雪に足を取られてしまって上手く動けない。

 慌てて片方は剣で、もう片方はダメージ承知で腕で庇うロスト君。

 でもそれが幸いし、腕で庇おうとした攻撃は、ロスト君が持っている盾に当たって事なきを得た。


「そうか!」


 そこでようやく自分が盾を持っていた事を思い出したロスト君は、盾で片方の攻撃を防ぎながら、もう片方を剣で攻撃する。

 おお、ちゃんと使いこなしているよ!!


「グギャ!?」


 盾の弾力効果で、棍棒が大きく弾かれてノースゴブリンがバランスを崩す。


「今だ!!」


 その隙を逃さず、ロスト君がノースゴブリンに攻撃を仕掛ける。

 

「グギャアーッ!!」


 良い攻撃が入ったらしく、ノースゴブリンはそのまま倒れる。

 けれどそこで問題が発生した。

 なんとロスト君の剣が折れてしまったのだ。


「なっ!?」


「ちょっ、アレは不味いよニャット!?」


 武器が無くちゃ戦えない。

 けれど何故かニャットはロスト君を助けようとはせず、じっと見つめていた。


「ニャット!?」


「戦士ニャらこの程度の危機は珍しくもないニャ。これを自力でどうにか出来ないのなら、そう遠くない内に野垂れ死にするのニャ」


 それは流石に厳しくない!?


「グギャギャ!!」


 ロスト君が武器を失った事を好機と見たのか、残ったノースゴブリンが彼に襲い掛かる。


「くそっ!!」


 根元からポッキリ折れた剣を捨てたロスト君は、辛うじて盾でガードを行う。

 けれど武器が無い以上、ジリ貧だ。いずれは隙を突かれて攻撃を受けてしまうかもしれない。


「さーて、あの小僧はどうするかニャ」


 そんな大ピンチのロスト君を、ニャットは文字通り高みの見物していた。


「出来る事は無数にあるのニャ。それをあの小僧が気付けるかどうかニャ」


 文句を言おうとした私を制する様に、ニャットはロスト君にはまだ出来る事があるという。

 この状況でホントに!?


「まぁ本当に駄目そうなら助けてやるのニャ。あの程度の相手にも勝てないようなら、まだまだ子供だからニャ」


「グギャウー!」


 ロスト君をなかなか倒せない事で、苛立ちの声をあげるノースゴブリン。

 その時だった。突然ロスト君の背後から何かが飛び掛かったのである。


「ギャガーッ!」


 それはさっきロスト君の攻撃を受けて倒れたノースゴブリンだった。


「死んでなかったの!?」


「壊れる寸前だったボロい剣の攻撃ニャ。多分接合部もグラついていて、それで力が吸収されて威力が下がったのニャ」


 大ピンチじゃん!!


「うおっ!?」


 ノースゴブリンが雄たけびを上げた事で辛うじて気付けたロスト君は、ギリギリで攻撃を回避する。

 何とか危ない所を免れたロスト君だったけれど、ノースゴブリン達が妙な動きを見せ始めた。

 というのも、片方がロスト君の背後に回り込んだんだ。


「もしかして挟み撃ちにするつもり!?」


「ほほう、中々賢いのニャ。北部は過酷な分、ゴブリンも生き抜くために知恵を凝らしているみたいだニャ」


「褒めてる場合かぁー!」


 そう言ってる間にも、ノースゴブリンはロスト君への攻撃を続ける。


「うわぁっ!?」


 ロスト君は、ノースゴブリンの攻撃を盾で防ぎつつ、もう一体の攻撃を必死で回避する。


「ですがあのような大げさな回避では、彼の体力が持ちません」


 と、そこでこれまで無言を貫いていたノーマさんが言葉を発した。


「そうだニャ。これ以上戦い方に変化が無いようなら、ニャー達が介入する必要があるのニャ」


 ノーマさんの言葉にニャットも同意を示す。

 そしてとうとうロスト君に限界が訪れた。


「しまったっ!?」


 攻撃を回避し続けた事で、疲労が溜まっていたのか、彼は足をもつれさせて躓いてしまったのだ。

 当然それを見逃すノースゴブリン達じゃない。


「「グギャギャーッ!!」」


 背後を取る事を捨て、倒れたロスト君の頭目掛けて同時に棍棒を振り下ろすノースゴブリン達。

 

「う、うわぁぁぁっ!!」


 思わず両手で頭を庇うロスト君。

 だが、それが奇跡を呼んだ。


ブュカーンッ!! というなんとも微妙な音を立てて、ノースゴブリン達の棍棒が弾かれたのだ。

しかも勢いよく叩きつけた分、棍棒はノースゴブリン達の手をすっぽ抜けてしまう。


「カコの盾の効果だニャ」


「効果? あっ、そうか、弾力!」


 ノースボールスライム変異種の魔石のやや弾力がある効果を発揮したってことだね!

 しかもさっきと違って、今度は思いっきり叩いたから、反動も相応に大きい。


「あの盾、打撃や鈍器には意外と有効だニャァ」


「い、今だ!」


これをチャンスと見たロスト君は、ノースゴブリンに殴りかかる。


「って、殴ったぁっ!?」


「正解だニャ。武器が無ければ殴れば良いニャ。ツメを使えば尚よいのニャ」


「格闘は戦闘における最後の手段であると同時に奥の手ですからね。彼ももっと早く格闘に切り替えれば、あそこまで体力を消耗する事は無かったでしょう。なまじ武器を持っていた事と危機的状況に慣れていなかった事で、そんな当たり前の選択枝に気付けなかったのでしょう」


「な、成る程……?」


 二人共冷静過ぎない?


 ともあれ、ロスト君の反撃が始まった。


「「グギャアァアァ!!」」


「うわぁっ!?」


 と思ったら二体に拳で反撃されてあっという間に劣勢になった。


「魔物も手はありますからね。こうなるのは自明の理です」


「寧ろ爪を使っている分向こうの攻撃の方が強力ニャ」


「手のひら返すの早すぎない!?」


 ホントは適当に喋ってない二人共!?


「そう慌てるニャ。まだあの小僧には使っていない手があるニャ」


「手?」


 この状況でまだロスト君に勝つ手段があるの?

 ノースゴブリン達はロスト君に向かって攻撃を繰り広げる。

 今までは棍棒一つの攻撃が、両手になって二倍、二体だからさらに倍で四倍だよ!?

 彼は盾でその攻撃を防ぐので精いっぱいだ。


「い、いい加減にしやがれーっ!!」


 その時だった。ロスト君が雄たけびを上げてノースゴブリンの懐に飛び込む。

 彼は盾を前に突き出してノースゴブリンの攻撃を防ぎながら強引に潜り込むと、そのまま構えた盾でノースゴブリンの顔面を殴りつけたのである。


「おおーっ!!」


 まさかの反撃にノースゴブリンが面食らう。

更にロスト君は、盾を水平に振って横のノースゴブリンに盾をぶつける。


「グギャッ!!」


 そこからはロスト君の独壇場だった。

 彼は盾を正面からぶつけたり、盾の先端を拳の延長としてゴブリンよりも早く攻撃を喰らわせだす。


「漸く気付いたようですね」


 小さく肩をすくめ、ノーマさんが軽い安堵のため息を吐く。


「ニャ、盾は防具ニャけど、使い方によっては武器にもなるのニャ。剣で受ける事で身を護るのと同じだニャ」


 そうか、二人の言ってた手段って、盾を武器として使う事だったんだ。


「しかもカコの盾は性能だけなら最高品質だニャ。下手な武器よりもよっぽど強力な武器として応用できるのニャ」


 そんなつもりでティキルタちゃんに盾を勧めた訳じゃないんだけどなぁ……


「って、もしかしてニャットが私達に盾を勧めて来たのはそういうつもりだったの?」


「そういう使い方も出来ると思って勧めた部分はあるニャ」


 なんという事だろう。

 ニャットはロスト君が武器を失う事まで想定して私達に盾を勧めたのか。

 私達がそんな話をしていると、ロスト君達の方でも大勢が決したらしく、ノースゴブリン達は情けない悲鳴を上げながら逃げ出した。


「う、うぉぉーっ!! か、勝ったぞぉーっ!!」


 圧倒的劣勢からノースゴブリンを撃退した事で、ロスト君が勝利の雄叫びを上げる。


「っ、はぁー……それにしても、コイツのお陰で助かったぜ。まさか防具としてだけじゃなく武器としても使えるなんてよ!」


 緊張から解けたロスト君は、その場にへたり込むと、自分の身を守ってくれた盾を優しくなでる。


「これからもよろしくな相棒!!」


 ニヤリと笑って立ち上がったロスト君だったけど、ふらりと足をよろめかせる。


「あー、流石に今日はもう帰るか」


 これ以上は危険と判断したロスト君がこちらに向かってきたので、私達は慌てて木の陰に隠れる。


「よーっし、この盾があれば、明日からもっと稼げるぞー!!」


 上機嫌な様子で町へと戻ってゆくロスト君。


「これで私の仕事も終わりですね」


 そう言って木の陰から姿を現すノーマさん。


「お嬢様の送った盾で危ない所を生き残ったのですから、ご期待通りの成果を発揮したと言えるでしょう。と言う訳で私は帰ります」


「あっ、はい。お疲れ様でした。私達も次の町に行くことにしますね」


 ちょっと時間を食っちゃったけど、今ならまだ次の町に間に合うでしょ。


「いえ、今日は一旦町に戻る事をお勧めします。外の空気を感じるに、吹雪が近いようです」


「……え?」


 それから数時間後、見事ノーマさんの予言の通り、町の外は吹雪に包まれたのだった。

 くっ、逃げそびれた!

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