第108話 少年と盾

「成る程、そういう事でしたか」


 結局、ノーマさんの尋問に屈してしまった私達は、盾を誰に送るのかをゲロッってしまった。


「ノーマ……」


 バレてしまった事で、ティキルタちゃんは不安そうにノーマさんを見つめる。

 そう言えば、前にティキルタちゃんがロスト君に直接お礼をしたいって言った時は、お嬢様がそんな事を気にしなくていいって却下されちゃったんだっけ。

 って事は、ここでバレた以上、ティキルタちゃんの望みは叶わなくなってしまうっていうか、私の盾も買い取って貰えない危機!?


 ヤバイ、せっかく合成しまくったのに、台無しになっちゃうよ!?

 しかも新人冒険者用に目立たない仕様にしてあるから、別のお店で高値で買い取ってもらうとかも難しいんですけど!?

 どどど、どうしよう!? 大損の危機!?


「……分かりました。買い取る事にしましょう」


「っ!? 本当ですか!?」


 よっしゃぁぁぁぁぁぁ! 助かったぁぁぁぁっ!!


「お嬢様があの少年の事を諦めていないと分かった以上、放っておけば次は何を送ろうとするか分かりませんから。それなら私達が監督できる範囲でやって貰った方がまだマシですので」


 と、ノーマさんが小さく溜息を吐きながら許可をくれた。

 まぁ実際私を夜中に呼びつけて盾を用意させた訳だから、ノーマさんの心配は間違いじゃないっていうか大正解だと思う。


「ありがとうノーマ!」


 ふぅー、危うく取引が駄目になるところだった。

 文無しになるとまでは言わないけれど、かなり財政的に厳しくなるところだったよ。

 これからは取引が駄目になる事を考えて、資金に余裕を持たせるようにした方がいいなぁ。


「ではさっそくこれをロスト様にお送りしましょう!」


 ウッキウキな様子でティキルタちゃんは盾を抱えて立ち上がる。


「お待ちください。謝礼の品を送る事は認めましたが、お嬢様が直接手渡す事は許可できません」


 と、部屋を出て行こうとしたティキルタちゃんの前にノーマさんとリザイクさんが立ちはだかる。


「ですが、私はロスト様に直接お礼を言いたいのです!」


「お嬢様はエルトランザ家の令嬢なのですから、平民の子供、それも男と接触するなどあってはなりません。それを納得していただけない場合は謝礼の品を送る事も許可できません」


「っ!? ……分かりました」


 本当はロスト君に直接お礼を手渡したいティキルタちゃんだったけど、それを禁止されるくらいならと仕方なく納得する。


「ではこの品は私が件の少年にお渡しいたします」


「ええ!? ノーマが!?」


 誰か適当な使用人に任せるのかと思ったら、ティキルタちゃんのお付きであるノーマさんが渡しに行くと言い出した。


「他の使用人に任せても良いのですが、それではお嬢様からの謝礼と言うよりもエルトランザ家からの謝礼となってしまいます。それではお嬢様の気が済まないでしょうから、お嬢様のお付きである私が手渡す事でお嬢様の名代としての体が保てます。それならお嬢様も満足いただけますでしょう?」


「ええと……」


 ……なんというかコレ、ティキルタちゃんに自分が代理として渡すから、もうこの件で我が儘言うなよって言外に念押ししてない?


「分かりました。それで良しとします」


 納得はいかないものの、これが最大限の譲歩だと理解したティキルタちゃんが頷く。


「畏まりました。ではこちらの品は私がお預かりし、折を見て件の少年に渡します」


「待ってください!」


 と、ノーマさんが盾を手にしたところでティキルタちゃんが待ったをかける。


「ロスト様に盾をお送りする際は、カコ様を見届け人として同行させてください」


「え? 私?」


 何でそこで私が出てくるの?


「私が信用できませんか? 件の少年に渡す前に捨てると?」


「いいえ、そうはいっていません。しかし私からの感謝の気持ちをどのように渡したのかは確認する必要があります。傲慢な貴族からの居丈高な押し付けと思われて、私が感謝しているという気持ちが伝わらなければ意味がありませんので」


 おおう、そこまでは考えて無かったなぁ。

 確かにポイッと雑に渡されて恵んでやるから感謝しろみたいな対応されたら、見下されていると思って感謝の気持ちなんて全く伝わらないだろうしね。


 でもまぁ、ティキルタちゃんの様子を見る感じ、疑ってるっていうより、単純に自分が直接手渡せなかった事に対する不満からっぽいね。

 その証拠にちょっぴり頬が膨らんでるし。


「勿論カコ様には確認して頂いた際の謝礼も別途お渡しいたしますので」


 おっと、追加報酬が付くのか。それは嬉しいかも。


「分かりました。そういう事ならお受けいたします」


 まぁ私としてもせっかく作った品がどうなるのか気になるしね。


「ありがとうございますカコ様! では改めてこちらの品を買い取らせてもらいますね。お幾らでしょうか?」


「そうですね、こちらの品は変異種の素材を使用し、非常に品質のよい宝石を組み込んで特別な効果を発揮する品ですので……」


 やっべ、値段考えてなかった。

今まではオークションとかで値段は相手が決めてくれたし、ロストポーションもメイテナお義姉様達が値段を教えてくれたからなぁ。

 とりあえず今までの取引から逆算していけば……


 まず素材は普通だけど、変異種であること、それに最高品質だから護衛の人から見ても良い品だと分かる事。


 たしか底なし沼の魔剣が金貨3500枚で売れたっけ。

 で、それが普通の魔剣の4倍くらいって言ってたから、普通の魔剣は金貨900枚弱ってところか。


 今回はマジックアイテムと合成してないけど、宝石を複数合成して特殊な効果を組み込んであるから、錬金術を使って特殊な効果を組み込んであると言う事にすればある程度高くなるんじゃないかな。

 だったら……


「金貨100枚といったところですね」


「金貨100枚!? それは流石に値が張りすぎなのではありませんか?


 金貨100枚と言われ、ノーマさんとリザイクさんがギョッとなる。

 あれ? 値段設定ミスった? いやいや、ちゃんと良い物なのは向こうも分かってるんだから、そこまで的外れじゃない筈。ここは強気でいこう。

 なにせコレの性能を一番良く知ってるのは、鑑定で性能を確認した私なんだから。


「そうでしょうか? 変異種の素材をふんだんに使った特殊な効果の付いた品ですよ? それに護衛の方も品質の良さは認めてくださったでしょう? それでも信用できないのでしたら、鑑定の加護を持っている方に鑑定を依頼しても構いませんよ?」


「っ!? 本気で仰っているのですか?」


 スキル持ちに鑑定して貰えば良いという私の言葉に息を飲むリザイクさん達。

 それもその筈。鑑定スキル持ちに見せれば、この盾の性能は隅々まで確認されてしまう。

 それで金貨100枚に相応しくない性能だったら、私は自分で自分の首を絞める事になるからだ。


「鑑定の加護持ちに鑑定してもらおうとすれば、金貨20枚はくだりません。もしこの盾に値段相応の価値が無ければ、鑑定代も請求されてしまうのですよ?」


「え? そんなにするんですか?」


 マジで? 鑑定一回でそんなにするの!?

 じゃあ鑑定だけで人生左団扇確定じゃん!? 凄いな鑑定スキル!!


「貴重な鑑定の加護の持ち主に頼むなら適性価格だと思いますが? カコ様はそれをご存じではないので?」


 あっ、やべ。動揺した所為で疑われちゃうかも。なんとかゴマかさないと。


「えっと、私の知ってる鑑定の価格とだいぶ違ったので、ビックリしただけです。国によって値段が違うんですね」


「なんと、他の国でもっと安く鑑定して頂けるのですか?」


「あはは、どうもそうだったみたいですね」

 

 よし、なんとか誤魔化せた!


「分かりました。その価格で購入させて頂きます」


「お嬢様、流石にこの金額ですと、旦那様にご報告する必要が出てきます」


 と、リザイクさんがお金を使いすぎだとティキルタちゃんを諫める。


「あら、ロスト様にお礼をしたい事がバレたのですから、もうこの時点でお父様に報告するのは決まっているのでは?」


「それは……」


 どうやら図星だったらしく、リザイクさんは言葉を詰まらせる。


「畏まりました。ですが値段が値段ですので、鑑定はしていただきますよ」


「ええ、分かりました」


 うーん、自分で手渡せない不満で開き直ったのか、ティキルタちゃんが押せ押せの空気だ。

 結局、この日は代金の半分を受け取り、残りの代金は鑑定で確認してからと言う事になった。


「まぁ金貨50枚でも十分な金額だよね」


 さて、あとは鑑定結果を待って残りの代金を受け取ったら、ロスト君に盾を送る所を見てティキルタちゃんの依頼は完遂かな。


「よーし、それじゃあカニ買って帰るかーっ!!」


「おー、だニャ!!」


 報酬が入ったらそろそろ北都を出ないとだし、今のうちにカニを食い溜めるぞーっ!!」


 ◆


 ティキルタちゃんの家に納品に行って2日が経った朝、ノーマさんが宿にやってきた。。


「おはようございますカコ様。鑑定の結果が出たのでお伝えに参りました」


 おお、鑑定が終わったのか。スキル持ちがレアらしいこの世界を考えると、意外に近くに住んでたのかな?

 それともエルトランザ家お抱えの鑑定士とかいるのかも。


「鑑定の結果、カコ様の提示した価格はおおよそ適性価格と判断されました。こちらは追加残りの金額の金貨70枚となります」


 そう言って金貨の入った革袋を差し出してくるノーマさん。


「あれ? 残りのお金は金貨50枚だった筈ですけど?」


「おっしゃる通りです。そちらはカコ様を疑ったお詫びと、見届け人としての報酬の先払いでございます」


 ああ成る程、そういう事か。

 多分ノーマさん達が私を疑った事に対してティキルタちゃんが怒ったんだろうな。

 ほらみたことかって。


「わかりました、受け取らせて頂きます」


 そして見届け人の報酬を先払いしたという事は……


「それではカコ様、見届け人としての役目をお願いいたします」


「分かりました」

 

 私とニャットは、ノーマさんに案内されてロスト君の下へと向かう。

この方向は冒険者ギルドかな?


「って、もしかして、冒険者ギルドで渡すんですか!?」


 流石にそれは悪目立ちしない!?

 荒くれ者の冒険者達の前で、新人冒険者のロスト君がメイドさんからお嬢様からのお礼の品ですなんてプレゼントを渡されたら目立つなんてもんじゃないよ!?

 

「ご安心を、そのような悪目立ちをするような真似は致しません。件の少年がギルドを出て人気の少ない場所に行った所で手渡すつもりです」


「それならまぁ……」


 良かった、悪目立ちする事はなさそうだ。

 冒険者ギルドの近くにやってきた私達は、そのままロスト君の姿が見えるまで街角で待機する。


「あっ、来た」


 ロスト君が冒険者ギルドを出てきたのを確認した私達は、彼の追跡を始める。

 そして人気が少ない場所に入った所で、ノーマさんが動き出す。


「カコ様達はそこに隠れて見ていてください」


「分かりました」


 私が姿を隠したところでノーマさんが彼を呼び止める。


「そこの貴方」


「ん? 俺の事か?」


 一瞬誰の事を言っているのかとわずかに首を左右に動かしたロスト君だったけれど、近くに誰もいなかった事で、もしかして自分が呼ばれたのかと振り向く。


「その通り、貴方の事です」


「って、メイド? 何で?」


 振り向いた先に居たのが謎のメイドさんで、ロスト君が面食らっている

 まぁ気持ちは分かる。

 街中でメイドさんに呼び止められたら誰だってビックリするよね。


「貴方に渡す品があります」


「俺に?」


 まったく身に覚えがないロスト君は更に困惑する。

 これが地球だったらTVの番組のドッキリ企画かと疑うところだよね。


「以前貴族のご令嬢を助けた事を覚えていますか?」


「え? あっ、ああ! そんな事あったな!」


 言われて思い出したロスト君の姿に、ノーマさんは満足げに頷く。


「こちらはその件でのお礼の品です」


「え? でも謝礼の金は貰ったぜ?」


 何で二回も貰えるんだと戸惑うロスト君。まぁ事情を知らない人から見ればそうなるよね。


「それだけお嬢様は感謝しているという事です。さぁ、お受け取りください」


「え、でも……」


 二度もお礼を貰うのはどうなのかと躊躇うロスト君。


「良いから受け取りなさい。貴方の役にたつ物ですから」


「お、俺の役にたつ物?」


 ロスト君に強引に盾の入った包みを受け取らせる。


「ちょっ!? わわっ!?」


美人のメイドさんに密着され、品物を渡す際に指が触れて顔が赤くなるロスト君。

うーん、これはちょっと青少年には刺激が強いのでは?

しかしそんな少年の機微に気付かないノーマさんは、荷物を無事に渡せたと満足げに頷いている。


「ではこれにて失礼いたします……もう二度と会う事もないでしょうが」


 最後にボソリと呟くと、ノーマさんはもう用事が済んだとばかりに踵を返して去ってゆく。


「お、おい、ちょっと!?」


 そして訳も分からずに戸惑うロスト君だけがその場に取り残された。


「役にたつ物って、何なんだよ……。?」


 ちょっぴり顔を赤らめつつも、状況を理解する為に包みを解くロスト君。

するとその中から見知った盾が顔を覗かせる。


「盾……? 何で?」


「うん、これで私も任務完了だね」


ちゃんと盾を受け取った事を確認した私達は、首をかしげて盾を見つめる彼を背に路地を後にしたのだった。


 ◆


「という訳で、盾はちゃんとロスト君に手渡されました」


 あの後、待っていたノーマさんと合流した私は、ティキルタちゃんにちゃんと盾が渡された事を報告していた。


「ありがとうございますカコ様」


 ふぅ、これで漸く依頼完了だよ。

 さぁ、これ以上面倒事に巻き込まれない内に、北都を去るとしましょうか。

 ちょっとここに長居し過ぎたから、跳び馬車とニャットで稼いだ時間が無駄になっちゃう。


「よーし、食料と商品を仕入れたら、北都を出るぞー!」



 ◆


 そして後日、私達は荷物を整えて町を出た。


「それじゃあ隣国に行こうか!」


「おーっ、だニャ!」


 ニャットに乗って意気揚揚と街道を進むと、前方に冒険者達の姿が見えてくる。

 彼等も隣国に向かうのかな? と思ったんだけどどうもそうではなかったらしく、彼等は途中で街道から外れて行った。


「どこに行くんだろ?」


「多分近くの森かどこか、採取や魔物討伐をする場所に行ったのニャ」


「成る程」


 そっか、冒険者なら、冒険をしに行くのは当然だよね。

 と、そこで私は奇妙なものを発見した。

 いや、厳密には者じゃなく人だ。

 奇妙と行ったのは、その人物がこんな所に居るのはおかしいと言う意味で。


「あれって……メイドさん?」


 そう、街道から外れた先の木に隠れて、冒険者達の向かう先を見つめるメイドさんの姿があったのである。

 しかも良く見るとそのメイドさん、見覚えがあるような……


「もしかして、ノーマさん?」


 それは、ティキルタちゃんのメイドさんの、ノーマさんだった。

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